月刊城陽

城陽市を拠点に、森の案内人として活躍中の三浦豊さん。森の良さを伝え、皆で分かち合えるよう、日々活動されています。ミシマガジンで三浦さんの新連載「木のみかた」が始まったこともあり、ミシマ社の本屋さんのフリーペーパー「紙の月刊城陽10月号」ではあらためて三浦さんに取材をさせていただきました。今回はそんな取材のなかから、紙面で紹介しきれなかったお話をお届けします! まずは、三浦さんと城陽の街との出会いのお話から。どうぞ!

(聞き手:新居・山田・服部 文:服部蛍)

第13回 「紙の月刊城陽」番外編 三浦豊さんインタビュー

2012.12.21更新

第13回 「紙の月刊城陽」番外編 三浦豊さんインタビュー

庭選びから始まった城陽ライフ

―― 三浦さんと城陽市との接点って何だったんでしょう。

三浦ミシマガで連載中の「木のみかた」2回目にも書いたんですけど、京都市の下鴨に実家があってそこに元々住んでいました。城陽にくる前は旅をしていた期間が長くて、旅の時に撮り貯めた写真が整理できないままに溜まっていたので、森のガイドをちょこちょこしながらその整理をしたりしていました。そんなとき、ふと、旅を続けていた時の森との一体感がなくなってしまっていることに気がつきました。分断されているというか。大地が欠けていたんですね。そこで、これは地面が必要だ! と思って、広い庭があるところに引っ越そうと思い立ちました。あと、植物も育てたかったんで。それってもう、城陽のような郊外じゃないと無理でしょ?

―― そうですね。庭欲しかったら郊外じゃないと難しいですよね。

三浦郊外を選んだはいいけど、庭があるっていうのがまた難しくて。不動産とか見てると、庭っていっても、駐車場があるだけなんですね。そんなん庭じゃないよ! と。

そんなこんなで、なかなかいい物件が見つからなくて苦しんでいたんですけど、城陽を偶然通った時に、ある不動産を見つけて入ったんです。そしたら、そこのおばちゃんがつい最近いい物件が入ったって紹介してくれて。その家っていうのがすごくいい家なんですよ。平屋の庭有りの家なんですけど。すぐに、そこに住むことに決めて、さっそく実家から鉢植えをいくつか持ってきて植え替えたりしました。

―― 実際、城陽住んでみてどうですか?

三浦すごくいいところですね。

―― もうちょっとお店が増えたらいいなあとか思わないですか? ご飯のお店とか。

三浦うーん、でも僕、旅してた時から食については無関心だったんですよね。コンビニ弁当でも全然構わなかったし。こだわりないからチェーン店とかでも構わないですね。面白みはないかもしれないけど。だからこれはこれで、いいですよね。城陽っていいですね。名前かっこいいしね(笑)

都会で自然を感じた大学時代

―― ところで、何がどうなって"森の案内人"というお仕事をはじめられたんですか?

三浦僕は大学で建築を勉強していて、心地いい、気持ちがいい空間についてずっと模索していて、それがすべてのはじまりでした。その当時は夢見る建築少年やったんで(笑)、デザイン関係の勉強をしていたこともあって、天井を突き抜けて空が見えたらいいな、とか、そういうデザインとかも考えていて。で、そういうのを積み重ねていったときに、パラダイスって何なんだろうと考えるようになって。そこでそういう描写をするようになったんですけど。

―― なるほど。じゃあ大学ではずっと建築の勉強をしてはったんですね。

三浦そう。それに加えてもうひとつ、大学時代に徹底的にやったのが歩き回ることでした。僕は東京の街が大好きで、京都生まれの京都育ちだったのに、東京に行きたくて行きたくて。京都が退屈だったんです。

―― じゃあ結構、東京の街を歩かれてたんですか?

三浦東京の街に行かな始まらへんと思ってたんで。京都、東京、世界って感じだったんですね。見たことない新しいものをつくりたいって思ってたところもあって。東京の雑踏とか大好きで。うれしくて、うれしくて。

それで東京を歩き回って、大学三回生くらいの時に、キーワードがパッと頭に浮かんだんですよ。それが「みんな忙しそう」ってことやったんですけど。"忙しい"っていうワードが出て。それまではうきうきで歩いてたのに、忙しいって気づいて、なぜかそこで目線が下がったんですよ。で、目線が下がった時に、コンクリートに覆われている街なのに、よく見たら隙間から植物やらがいろいろ生えてるのを見つけて。人工のど真ん中で、ですよ。

―― それはすごいですね。

三浦そうでしょ。見て回ってスキャニングしていくと、色々想像がわいてきて。時系列が見えてくるっていうか。コンクリートを張ってからどうやって植物が生えてくるかとかっていうね。植物って放っておいても生えてくるじゃないですか、巨大化して木になったり。で、それってすごいことやな、と。

都会の人にとったら邪魔やと思うんですよ。コンクリートを道に張ったりするのはそのせいですよね。でもそこに感情移入すると植物ってすごいなと思って。すごい力があるな、と。で、そこで「これと、なかよくしたいな」と思ったんです。寄り添いたいというか。

―― なるほど。

三浦で、寄り添うにはどうしたらいいだろうと思ったときに、「庭」が出てきたんですね。ずっと考えてた"心地いい"ってものと、植物みたいな芽吹いてくるものと。その時は森っていうワードは遠すぎて浮かばなかったんですけど。

それで、庭! と思った時に、庭師になろうと決めて。でも、地元の京都でやるのは違うと思ったんですね。自然のところでやっても面白くないでしょ。東京でやらないと意味がないと思ったんです。そこでいろいろと勉強をはじめて、どうにか就職できたんですね。憧れの世界に入れて色々学べたんですけど、一年目の冬に足を怪我してしまって、それでやめないといけなくなってしまいました。

―― そこから、どう過ごしはったんですか?

三浦そこからはもう自分で何とかしていかないといけないじゃないですか。で、色々考えるうちに気がついたんですけど、「僕って自然を知らないな」と。自然を見て回らないといけないと思って。そこで森とかをいろいろ見て回ったんですよ。5年間。

5年間の一人旅に出る

―― 5年間! 5年間も旅に出てたんですか!?

三浦そう(笑) 5年間行ってました。でも森を見てまわる間にすごいシーンをたくさん見たりしてよかったですよ。とてつもなく美しいシーンというか。そういうのに出くわした時に、無重力のように感じたというか、すごい経験だとおもったんですね。で、そのきれいなシーンを一人きりじゃなくて、みんなに伝えたいなと思ったんです。
だから旅が終わって「これからどうしようか」って悩んだ時も、森の良さを伝えたいという思いは強かったので、そういうことがやりたいなと思っていて。まだその時は森のガイドなんて考えてもなかったんですけど。

―― そこから、森の案内人への道が開けていったんですね。

三浦まあ悩んでる期間も長かったですけどね。でもある時、友人と森を歩いていて発見があったんですよ。それっていうのが、僕が森を見て回っているうちに話せるようになった木の名前とか物語とか、そういう話に喜んでくれたっていうことなんですけど。旅が一人きりだったんで、他者が喜んでくれたのがすごくうれしくて。

そしたらそのうち交通費くらい出してあげるよって言ってくれて。そこで初めて利益があったんですね。で、「あ、これでお金もらえるのかな」と。そこから終わった時に「いくらでもいいので入れてください」って言ってみたら、2000円集まったんですよ。そこでこれを仕事にしようと思ったんです。

―― 森の案内人の誕生ですね!

三浦まあ、「森のガイドはじめます!」って言っても、名刺つくって知り合いに配っただけなんですけどね。でもそうやって配ったら友達の友達が、って感じでじわじわ広がっていって。それの延長上に今の自分がいます。今は旅行会社の方にお仕事を頂いたりしています。来年からは、自分でもツアーをつくっていこうと思います。告知は、フェイスブックやツイッター等でしていこうと思ってます。

森と人との繋がりを目指して

―― まだまだ日本人は森に出かけたりする機会が少ないですよね。

三浦そうですね。僕は一度、ニュージーランドに行ったことがあるんです。自分の知らない自然を知ろうという思いで。ニュージーランドってイメージでは綺麗なんですけど、いうほど森がないんですよね。だからこそなのか、森のありがたみが日本人の感覚とは全然違うんですよね。森の大切さを知っているんです。森はどこも保護区になっていて、森のなかに老若男女みんなが歩いたりベンチに座ったり、楽しんでるんですよね。

―― 日本ではありえない光景ですね。

三浦そうなんですよ! あっちは、森をリビング感覚で楽しんでますからね。そういうのを"トランピング"って言うらしいんですけど。
出会ったおばあちゃんに「トランピングっていいですね」っていうと、「ここらへんじゃ森を楽しむくらいしかないしね」っていってたんですよ。それって余裕から来る答えじゃないですか。それがすごく印象的で。もしこのトランピングが日本でできたら、すごいことになると思うんです。こんなにいいところがたくさんあるんだからね。人が細かく森に行けるようになったらすごくいいと思うんです。

―― 確かに、森に人がいたら楽しそうですね。今日はどうもありがとうございました。

三浦こちらこそ、ありがとうございました。

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2011年4月1日より発足した、ミシマ社の京都オフィス。京都府城陽市の一軒家を、オフィスとして使用している。当初2名で活動していたが、現在は営業担当・窪田、編集の三島、総務の三島亜希子の三人体制。学生チーム・関西仕掛け屋ジュニアのメンバーとともに、「ミシマ社の本屋さん」を2012年1月30日より開店中。

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