「働くからだ」のつくり方

第7回 "病院らしくない病院"とは

2017.06.12更新

 不自由なからだで、なんとか入院の準備をしたのが、前回までのお話でした。
 まとめた荷物を宅配便で病院に送って、タクシーで駅へ。心強いことに、出張で大阪に行く知人が新大阪まで同行してくれることになり、一緒に新幹線に乗り込みました。ドアに近い座席に着席して、ほっと一息。2時間半じっと座っていられるのか心配でしたが、東海道新幹線のシートはなかなか優秀らしく、「もう耐えられない!」という事態にはなりませんでした。

 新幹線が新大阪駅のホームに滑り込むと、これから入院する千里リハビリテーション病院のスタッフが、車椅子を用意して、待ち構えている姿が......。
 列車を降り、支えられながら車椅子に座ってみると、昨日まで病室で使っていたものとは雲泥の差なのです! シートの座り心地と安定感がすばらしい。これからのリハビリも、きっと期待以上のものになるに違いない。そんな予感がしたのです。

 車椅子に乗ったまま30分ほどバンで移動し、千里リハビリテーション病院に到着。
 建物の中に入ると、およそ病院とは思えない、スタイリッシュなインテリアに圧倒されました。明るさを抑えたシックな間接照明はホテルのロビーのよう。パンフレットやウェブサイトで写真は見ていたものの、実物を目の当たりにするとインパクトは段違い。ここに〝入院する〟というイメージが湧きません。

左:病室の洗面台がおしゃれすぎる(タオルは今治タオル)、右:病院とは思えないロビー

 ですが、この病院でいちばん斬新なのは、リハビリに対する考え方ではないでしょうか。
千里リハビリテーション病院の副院長である吉尾雅春先生は「本質的なリハビリテーションをやりたくて、この病院をつくった」とおっしゃいます。
 「リハビリテーションは『人間としての復権』という意味合いを持つと、僕は思っているんですよ。それを正面に据えるなら、今までの病院のあり方ではダメだと。そこで建物などの箱モノから、すべてを変えて、病院らしくない病院にしたんです」

 コンセプトは「リハビリテーション・リゾート」。総合プロデューサーは、有名アートディレクターの佐藤可士和氏、セラピストや看護師のユニフォームをデザインしたのはファッションデザイナーの滝沢直己氏と聞けば、「病院らしくない病院」のトンガリ具合がなんとなく想像できると思います。

 わたしのような骨折の患者もいますが、入院している人の大半は、脳卒中を発症し、何らかの障害を抱えた方々です。
 手足が麻痺して動かせない。言語や記憶に障害が出る。何の前ぶれもなく、そんな状況に追い込まれた人たちは大きな不安の渦の中にいます。
 心身ともに深く傷付いている患者さんに、無機質で制約の多い従来の病院とは違う、リラックスできる環境を提供する。「立つ」「歩く」といったからだの機能を回復するだけでなく、社会生活を取り戻し、人として幸せになってもらうための支援を行う。
 そんな理念のもと、既成概念にとらわれない、数々の試みが行われているのです。

 根幹となるリハビリ訓練は、1日に3時間と、非常に充実しています。しかも365日休みなし。リハビリ専門の病院でも、これほどの量のリハビリを提供しているところは珍しいそうです。
 検査や手続きと並行して、わたしも入院初日からリハビリ開始です。
 まずは現状のチェックから。医師やスタッフの方々の前で、「ちょっと歩いてみてください」と言われ、杖を使って歩いたところ、みなさんが難しい表情に......。自宅での作業や新幹線での移動で疲れていたせいか、歩行がボロボロだったらしく、予想していたより長期の入院を勧められたのです。
 自分としては、なんとか歩けているつもりだったので、「まだそんな状態なのか」と、びっくりするやら、落胆するやら。「仕事のこともあるので、なるべく早く退院したい」とお願いして、1カ月程度での退院を目標とすることになったのです。

 今回、取材のために二年ぶりに病院を訪ね、吉尾先生にお会いしたとき、当時のわたしの状態について、興味深い話を聞きました。
 「人工股関節の手術をして2、3週間ですからね。傷はよくなっているかもしれませんが、すぐに生活ができるかというと、そうではないのです」

 吉尾先生は著名な理学療法士ですが、札幌医科大学で解剖学も学ばれた医学博士で、脳のことにもお詳しい。先生によれば、何かの動作をするとき、意識的に脳が筋肉を動かす前に、無意識レベルでも、脳がその動作を実現させるための準備を行っているのだとか。
たとえば、転がってきたボールを蹴るとき、「右足で蹴る」という動作は本人が意識して行っている。けれど、その準備として「左足を踏ん張って、からだを支える」ことは、本人が意識するのではなく、脳が勝手にやっているのだそうです。
 「生活をスムーズに行えるよう、無意識レベルで脳がからだの動きをコントロールしてくれているのです。手術をして股関節をそっくり入れ替えたときに、歩くことに関するそうした脳のシステムが(手術をしたことで)一度壊れてしまったんですよ。意識的に脚を曲げたり、伸ばしたりはできても、動作の準備ができないからすばやく動けない。そのシステムは2、3週間程度では再構築できないのです」
 手術による筋肉のダメージや寝たきりによる筋力低下だけでなく、「脳のシステムが働かないから、うまく動けなかったのだ」と聞いて、驚きました。動作がぎこちないのも無理はない、やはりリハビリは必要だったのだと、非常に納得。しかし、こうした脳のシステムまで視野に入れたアプローチをするリハビリ病院は、まだまだ少ないのだそうです。

 「医療費の削減」「入院の短期化」という国の方針も影響しているのか、わたしと同じ手術を受けても、千里のような回復期リハビリテーション病院でリハビリを続ける人はそれほど多くはないようです。もちろん、希望すれば可能ですが、整形外科の医師から「専門病院でのリハビリは必要ありませんよ」と言われたら、「そんなものか」と思ってしまう人が大半ではないでしょうか。
 わたしの場合は、リハビリを続けてよかった、そうでなければ今の自分の状態はなかったのではないか、と思っているのです。

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かじやま すみこ

ノンフィクション作家。神戸大学卒業。テレビ局制作部勤務を経て、渡米。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。アーティストや企業経営者の人物ルポのほか、女性の生き方・働き方、ソーシャルビジネスなど幅広いテーマを追いかける。書評家や放送作家としても活動中。
2014年秋、交通事故に遭ってから、からだについて深く考えるように。歩くこと、座ること、車椅子の座り心地……。見過ごされがちな、だけど大事なあれこれを掘り下げる日々。
主著に『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』(文藝春秋)、『トップ・プロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)、『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』(ディスカヴァー21)など。

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