「働くからだ」のつくり方

第9回 若い世代にも知ってほしい 他人事ではない脳卒中

2017.07.07更新

 交通事故に遭ったわたしが手術のあとで入院したのが、「回復期リハビリテーション病院」です。前回、そこでのリハビリの様子を少し紹介しましたが、こうした病院に入院している患者さんの大半は、脳卒中を発症した方々です。

 脳卒中というと、「お年寄りの病気」というイメージが強いのですが、若年性の脳梗塞をはじめ、働き盛りの世代が発症する例も近年は増えているようです。
わたしが入院していた病院にも、若くして脳卒中を発症した20代の女性の患者さんがいました。彼女は大企業に勤める会社員。もともと高血圧でもないし、思い当たる要因も、前兆となる症状もまったくなかったというのです。

 脳卒中が起こる背景には、精神的なストレスが大きく関与しているとか。
 仕事上のトラブルにせよ、人間関係の問題にせよ、嫌なことはしばらく続くもの。その間に急に血圧が上昇する場面があれば、発症の危険性が高まるというのです。
 ストレスが重大な原因のひとつなら、働く人、誰にとっても他人事ではないはず。
 そこで今回は、脳卒中について、考えてみたいと思います。

 脳の血管が急に破れたり、つまったりして脳に障害が出るのが脳卒中という病気です。
 脳出血、くも膜下出血、脳梗塞などの種類があり、日本人の死因の第4位にランクされている。発症をきっかけに寝たきりになる人が多いことでも知られています。

 わたしの知人も、昨年、自宅で脳出血を起こし、51歳で急逝しました。一人暮らしのため、亡くなってから数日後に発見されたと聞き、言葉を失いました。あまりにも突然の別れ......。でも、同じことが、いつ我が身に起こっても不思議ではないのです。

 著名人の若年性脳梗塞の例では、2013年にテレビ東京の大橋未歩アナウンサーが34歳の若さで、2014年にはタレントの磯野貴理子さんが発症されたのが、記憶に新しいところです。
 また、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で大ブレークした俳優・ミュージシャンの星野源さんも、2012年、31歳のときにくも膜下出血を発症し、手術を受けたそうです。復帰と休業を繰り返しつつも無事に回復され、現在、大活躍しているのはご存じのとおり。2011年に同じくくも膜下出血で倒れた歌手のKEIKOさん(小室哲哉さんの妻)は、今もリハビリ闘病中です。
 そう考えてみると、脳卒中は、決してお年寄りだけに起こるものではない、ということがわかるのではないでしょうか。

 脳卒中が恐ろしいのは、手足の麻痺や視覚障害、言語障害などの重い後遺症が残る可能性があるということです。わたしも自分自身のからだが不自由になり、脳卒中の患者さんと共にリハビリを受けたことで、みなさんの抱えている障害の重みをひしひしと感じました。
特に、若い頃に発症した場合は、その後の人生が長いだけに、自分自身はもちろん家族や周囲に与える影響も大きい。だからこそ、社会復帰のためのリハビリがとても重要になるのです。

 「若い患者さんの場合は、家族など、周囲の人のサポートが得られやすい。それがリハビリのモチベーションになるんですよ。若い人は体力もあるし、高齢者に比べて脳の学習能力が高い。同じ程度の障害なら若い人のほうが回復は早いですね。それに、若い人が持つ〝生きる意欲〟が回復のエネルギーになるのです」
 千里リハビリテーション病院の吉尾副院長はそう話します。
 万が一のときの心の準備として、現役世代の方々も脳卒中のリスクを"自分事"として捉えてみてはいかがでしょうか。

 リハビリ病院に移った当初、院内では歩行器を使うように言われていました。それがやがて杖を使った自立歩行になり、最終的には杖なしでも歩けるように......。
 前にもふれましたが、こうした施設内の移動も、大事なリハビリなのです。
 食事は病室ではなくレストランで食べますが、日に3回、病棟からレストランまで移動するのも訓練のひとつ。途中の渡り廊下では、いったん外に出るため(屋根は付いているので雨天でも濡れません)、外の空気にふれることになる。
 「ああ、今日は天気がいい」「今朝は肌寒い。もうすぐ秋だな」などと、たとえ一瞬でも気温の変化や季節を感じられるよう、意図的にそういう設計になっているとか。それがまた、いいリフレッシュになるのです。

 北欧風のインテリアで統一されたレストランは、とてもおしゃれな空間。いつもピカピカに磨き上げられていて、無駄なものが何もない。とはいえ、入院患者の大半は何らかの障害を持つ高齢者の方々ですから、みなさんが席に着くと、やはり〝病院〟という雰囲気になります。
 レストランには和・洋さまざまなメニューがあり、決められたカロリーの範囲で好きな物を自由に選ぶことができます。メインの料理のほかに、スープやサラダ、和食の小鉢もあれば、カレーやラーメンも用意されている。朝はパンにしたり、お粥にしてみたり。お料理はどれもおいしくて、デザートとしてフルーツやケーキをプラスする楽しみもあります。
 決められた〝病院食〟ではなく、自分の好きな物を組み合わせて食べられることは、ささやかな自己実現、自己表現でもあったと思います。
 
 レストランで好きな物を頼んで、食べる。
 そんなこと当たり前ではないか、と思われるかもしれません。
 ですが、骨折をして、さまざまな自由を奪われたことで、今まで当たり前だったことが、とても特別なことになりました(脳卒中でリハビリ中の方は、もっと苦しい思いをされているはずです)。
 風を感じながら外を歩いたり、自由に買い物をしたり、友だちとカフェでお茶を飲んだり――そんな日常の何気ないことが、実はどれほど幸せなことだったか!
 わたしのリハビリは、そういう〝幸せ〟を、ひとつひとつ取り戻していくプロセスであったように思います。

 この病院では、リハビリの時間に外に散歩に行くこともできます。
 回復の度合いによって足を伸ばせる距離が長くなり、1キロほど先のスーパーや大きな公園にも行くことができる。病院の近所には、おいしいと評判のパン屋さんや、遠方からわざわざお客さんがやってくる有名なコーヒー店もあり、許可が出れば、ひとりで外出することもできるのです。

 敷地外に出ることはうれしい反面、怖さもあります。外の道には段差も傾斜もデコボコもある。歩行が不安定な者にとっては、冷や汗が出るほど歩きにくいのですが、そこを歩けるようにならなければ「もとの生活」には戻れないのです。
 最初の頃は、理学療法士さんと一緒でも、外を歩くのはおっかなびっくり。でも徐々に自信がつき、リハビリの時間に、その人気のパン屋さんまで行ってパンを買ったときは、とても満ち足りた気持ちになりました。

 そして、自分なりに目標を決めました。
「退院するまでに、あの有名コーヒー店にひとりで行って、コーヒーを飲む」

 病院のすぐ裏にあるお店なのですが、途中に急な坂道があったり、いつも混雑していたりと、入院患者にとってはハードルが高い。いわば小さな冒険です。
 それをめざしてリハビリを続け、そして、その夢は叶ったのです。

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かじやま すみこ

ノンフィクション作家。神戸大学卒業。テレビ局制作部勤務を経て、渡米。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。アーティストや企業経営者の人物ルポのほか、女性の生き方・働き方、ソーシャルビジネスなど幅広いテーマを追いかける。書評家や放送作家としても活動中。
2014年秋、交通事故に遭ってから、からだについて深く考えるように。歩くこと、座ること、車椅子の座り心地……。見過ごされがちな、だけど大事なあれこれを掘り下げる日々。
主著に『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』(文藝春秋)、『トップ・プロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)、『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』(ディスカヴァー21)など。

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