「働くからだ」のつくり方

第13回 椅子について考えてみませんか

2017.09.01更新

この連載から生まれた書籍『長く働けるからだをつくる ――ビジネススキルより大切な「立つ」「歩く」「坐る」のキホン』が、7月14日発売になりました。「人生100年。からだが資本!」。体調管理のキホンのキは「立つ」「歩く」「坐る」。自分のからだのこと、本気で考えてみませんか? ミシマ社とインプレスが立ち上げたビジネス書レーベル「しごとのわ」より発刊。どうぞよろしくお願いいたします!


 「長く働けるからだ」を維持するため、姿勢や歩き方、そして靴を見直してきたわたしが、次に目を向けたのは椅子でした。
 オフィスワークの多い現代人は、「人生の3分の1を椅子に坐って過ごす」といわれるほど座りっぱなしの生活をしています。にもかかわらず、(この連載の第4回でも書いたように)日本には「椅子文化」が育っていない。多くの人が椅子という道具を適切に使いこなすことができていないというのです。
 わたしの場合、文筆業という職業柄、「働くこと」と「坐ること」はほぼ不可分。よくよく考えてみると、「3分の1」どころか半分くらいは椅子の上の生活かもしれません。椅子という道具を知り、その機能を使いこなすことはとても大事だと、あらためて気が付いたのです。

 リハビリを振り返ってみても、「上手に坐ること」は、「安定した歩行」と並ぶ大きな課題でした。
 身体能力が完全に回復していないうえに腰痛もひどく、姿勢を保ちながら坐り続けることがとても難しくて......。リハビリ通院のためにバスに乗るときも、じっと坐っているのがつらくて、病院に着いたときは冷や汗でぐっしょり。坐って仕事をするのはつらいので、立ったままパソコンを打っていた時期もあったほどです(もっとも、それはそれで、すぐに疲れてしまうのですが......)。

 地道な筋トレの成果もあり、あの頃を思えば、今はウソのように腰痛が軽くなりました。それでも「坐ること」にはまだ不安がある。椅子とはこれからも長くつきあわなければならないのに、そんなことでは心もとない。そう考えて、シーティングエンジニアの光野有次さんに、「正しい坐り方」を教えてもらうことにしました。
 これからの超高齢化社会では椅子の役割がますます重要になるというのが、光野さんの持論です。「上手に椅子に坐れなければ、我々は寝たきりの生活になってしまいます。すると筋力が衰え、骨ももろくなって認知症も進む。寝たきりをなくすためにも、その人に合った椅子に坐ることが大切なんですよ」
 たかが椅子と、あなどるべからず。「坐ること」は、健康寿命にも大きく関わってくるというのです。にもかかわらず、わたしたち日本人は「からだに負担の少ない、正しい坐り方」を教わる機会がない。これも日本社会の盲点だと思います。

 一般的な感覚としては、立ったままの姿勢より坐っているときがラクですが、実は、坐っている状態のほうが、首や腰への負担は大きいそうです。
 腰椎にかかる負荷で比べた場合、背筋を伸ばして椅子に坐っているだけで、まっすぐ立っているときに比べて1.4倍、パソコンを操作するなど腰を前方に20度傾けて坐った状態では、2倍近い負荷がかかるとか。
 運動不足などで体幹の筋力が衰えると、首や腰への負担はさらに増す。だからこそ、からだを支えてくれる性能のいい椅子に、きちんと坐ることが重要なのです。

 みなさんも、一度自分の坐り方をチェックしてみてください。座面に浅く坐り、背中を丸め、首を前に突き出している、なんてことはありませんか?
 椅子の背(バックレスト)にはもたれかからず、背筋をピンと伸ばして坐わるのがいい姿勢――そう思い込んでいる人も多いかもしれません。ですが、「坐らせること」の専門家である光野さんは、「欧米人と日本人の坐り方は明らかに違う。日本にはバックレストを使いこなす習慣がない」と嘆きます。
 「椅子文化が根付いた西洋では、子どもの頃から、椅子に深く坐り、バックレストで背中を支えるという坐り方を、行儀作法として教えられる。長い時間坐るときは、それがいちばんラクな方法でもあるんです。ところが日本の学校では、『椅子にもたれかかってはいけません!』などと指導する。日本では、そもそもバックレストを〝背もたれ〟と訳しているでしょう? 椅子の本質を理解していないことが、そこに表れているのです」

 椅子の本質とは何か――これは、なかなかに難しい問いです。
 椅子の主要なパーツであるバックレスト(あるいは、バックサポート)とは、その名のとおり、背中をサポートし休ませるもの。背中にかかる負荷を減らして体幹全体を守り、疲れにくい姿勢を保つための機能です。ところが、「背もたれ」と訳してしまうと、「だらしなく、もたれかかる」というニュアンスが含まれてしまいます。
 「肘掛け」もしかり。アームレスト(あるいは、アームサポート)という英語が示すように、肘を支えることで、肩にかかる腕の重みを軽減する機能がある。また、立ち上がりの動作では手すりの代わりになり、姿勢が崩れて坐り直すときも、からだを支えてくれる優れものです。肘を置いておくお飾りのようなものではなく、あるとないとでは大違い。経験者として断言しますが、アームレストのありがたみは、筋力が落ちたときに痛感するのです。

 バックレストを使って坐ると、なぜラクなのか。光野さんの解説を、もう少し聞きましょう。
 「バックレストを使うと、骨盤を立っているときの状態に近づけることができるのです。なぜなら、人間のからだは立って歩くようにつくられているから。立ったまま獲物を追いかけ続けられるよう、二足歩行に進化したとき、人類は『坐る』という選択肢を捨てた。骨格の構造が座位には適していないため、坐るとすぐに疲れるのです。みなさん意外と知りませんが、椅子にじっと坐っていられるのは2、3時間が限度。映画もお芝居もだいたいそれくらいでしょう? 坐るということは、それほど疲れるものなんですよ」

 まっすぐな姿勢で立っているとき、人間の背骨(脊柱)は、横から見るとS字を描いているように見えます。そのとき骨盤は起きた状態。この構造が骨盤にかかるからだの重さと重力をうまく分散してくれる。立位に適応するように、進化の過程で、背骨がこの形状に変化したのです。
 ところが、坐ると骨盤はおのずと後方に倒れます。土台である骨盤が傾くと、背骨は丸くなってC字のようなカーブに。猫背気味のそういう姿勢になると、首や腰にも負担がかかり、心臓や肺、腸などが圧迫される。結果、呼吸が浅くなったり、腸の働きに影響が出たりしたりするのです。
 つまり、坐ることでさまざまな無理が生じるということ。それを軽減するために、背中から骨盤のあたりをバックレストでしっかり支えて立位に近い状態を維持し、骨盤の後傾を防ぐというわけです。

 人間は立っているのが自然なのだから、坐っているときも、なんとかして骨盤を立位の状態に近づければいい。そのために、バックレストやアームレストを使いこなして、座位を安定させなければいけない。
 その基本を理解したところで、次に考えるべきは、自分のからだに合った椅子選びです。
 巷には多種多様な椅子があふれています。「人間工学に基づいた設計」を謳う高機能オフィスチェアも人気ですが、光野さんによれば、「日本の椅子は、70年代の古い人間工学理論に基づいたものが多い」とか。
 では、どんな椅子が理想的なのか。日本の暮らしに合った椅子や、調節の注意点とは何か。とても気になるところではないでしょうか。

 そんなお話を、光野さんから直接うかがう機会を設けました。 
 東京・新宿の紀伊国屋書店で行うトークショー『意外と知らない椅子のこと/「長く働けるからだ」と椅子の深~い関係』では、光野さんをゲストに、さまざまな角度から「坐るということ」に斬り込みます。9月8日(金)19時から。(詳細、申し込みはこちら
 わたしの新刊『長く働けるからだをつくる ――ビジネススキルより大切な「立つ」「歩く」「坐る」のキホン』でご紹介した内容を、さらに深掘りしたものになるはず。椅子とのつきあい方を見直すための時間になればと思っておりますので、東京にお住まいで、ご興味のある方は、ぜひ足をお運びください。光野さんが開発された新作椅子をお試しいただく企画も準備中。皆様のご来場をお待ちしています!

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かじやま すみこ

ノンフィクション作家。神戸大学卒業。テレビ局制作部勤務を経て、渡米。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。アーティストや企業経営者の人物ルポのほか、女性の生き方・働き方、ソーシャルビジネスなど幅広いテーマを追いかける。書評家や放送作家としても活動中。
2014年秋、交通事故に遭ってから、からだについて深く考えるように。歩くこと、座ること、車椅子の座り心地……。見過ごされがちな、だけど大事なあれこれを掘り下げる日々。
主著に『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』(文藝春秋)、『トップ・プロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)、『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』(ディスカヴァー21)など。

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