「働くからだ」のつくり方

第14回 洋室でも和室でもオフィスでも 椅子を使いこなして健康に!(最終回)

2017.10.06更新

 わたしの新刊『長く働けるからだをつくる ビジネススキルより大切な「立つ」「歩く」「坐る」のキホン』の出版を記念して、先日、東京・新宿の紀伊国屋書店で「意外と知らない椅子のこと」と題したトークショーを開催しました。今回は、その様子をご紹介しましょう。
 ゲストとしてお招きしたのはシーティングエンジニアの光野有次さん。まず、「シーティングエンジニアとはどんな仕事なのか?」とうかがったところ、「英語のsitは『坐る』でseatは『坐らせる』。だから、シーティングとは座らせること。自分の力でうまく坐れない人に、気持ちよく坐ってもらえるようなハードウエア、つまり椅子を提供するのが仕事です」とのお答えが。「シーティング」が必要なのは、身体能力の衰えた高齢者や障がい者だけではありません。光野さんによれば、「パソコンの前で一日中座って仕事をしている人や、長距離運転をするドライバー、車椅子のユーザーなど、椅子のヘビーユーザーも含まれる」そうです。オフィスワークがメインの人は、自分の坐る椅子についてもっと真剣に考えたほうがよさそうです。

 椅子に坐れなければ寝たきりの生活になってしまう。だから、超高齢社会ではその役割がますます重要になる。そんな大前提をみなさんに知ってもらったうえで、わたしが進行役になって、トークショーを進めました。
 まずは、椅子の機能について――。
 人間は本来、坐ることが苦手です。立って歩くよう進化したため、骨格の構造が座位には適していません。「四足動物である犬は"おすわり"の状態で長くいられる。だから忠犬ハチ公もおとなしくずっと待っていられたんですよ(笑)。ところが人間の場合は、いわゆる"体育座り"のように、手や腕を使ってからだを安定させないと、うまく坐ることができない。そこで椅子という道具が発明されたのです」(光野さん)
 それでも椅子に長く坐っていると疲れるし、せいぜい2時間が限度。座りっぱなしの現代人はからだにかなり負担をかけているのです。その負担を軽くするための機能がバックレストやアームレスト。バックレストやアームレストを使って、骨盤を起こし、背骨が(立ったときと同じ)S字カーブになるようにするのです。

 椅子文化が根付いている西洋の人たちはそれをよく知っているのですが、日本人はバックレストを正しく使いこなしていません。「日本人は必ずと言っていいほど座面に浅く坐り、前かがみになってしまう。たまにバックレストに背中を添わせるように深く坐っている人を見かけますが、話を聞いてみると、みな帰国子女なんですよ」と、光野さん。前かがみに坐ると、背骨は丸くなりC字のようなカーブに。骨盤は後方に倒れます。こうした猫背の状態では首や腰に負担がかかり、心臓や肺、腸なども圧迫されるのです。(このあたりの詳しい説明は前回も書いたので、ご参照ください)
 要するに、日本人は正しい椅子の使い方を知らないということ。床に直に腰をおろす「床坐」の文化があったため、家庭で椅子を使うようになったのは1960年代になってから。正しい座り方を習う機会もありません。でも、超高齢社会に突入したいま、「椅子の使い方は、大きなテーマになるのではないか」と光野さんは指摘します。

 西洋人の場合、リラックスするときはカウチやソファ、食事をするときはダイニングチェアなどと、目的によって椅子の種類を使い分けます。それに対し日本人は、道具(椅子)ではなく自分のからだを使って、あぐら、横坐り、正座といった多様な座位に対応してきました。
 「『人生50年』の時代はそれでもよかったのですが、『人生100年』となると話は別。身体機能が衰えてくると、床の上にうまく坐れなくなるし、『よっこらしょ』と立ち上がるのもたいへんになる。座面の高さ40センチの椅子から立ち上がるほうがずっとラクなのです」

 長く働くため、また健康寿命を伸ばすために、椅子が重要な役割を果たすことはわかりました。では、どんな椅子を選べばいいのでしょう。
 座面の高さなどが自分のからだに合ったもの(もしくは、自由に合わせられる調節機能つきのもの)であることに加え、骨盤サポートの機能があれば理想的だと光野さんは語ります。
 日本では、高機能の椅子として、腰椎のカーブを支えるように張り出した「ランバーサポート」つきのものをよく見かけます。ところが、そういう椅子は「70年代の古い人間工学理論に基づいたもの」だとか。「僕らも学生の頃、『ランバーと左右の坐骨の3点で支えるのが椅子の原理』だと教えられましたよ。そういう椅子に坐ると、最初は気持ちがいいのですが、20分もするとおしりが前にすべって骨盤が倒れ、背中が丸くなってしまう。そこで90年代にスウェーデンの理学療法士が考えたのが、大きな骨である骨盤そのものを支える方法なんです」

 光野さんの開発した椅子や車椅子には、骨盤を支えて後傾を防ぐ「骨盤サポート」と、坐骨が滑り出すのを防ぐ「アンカーサポート」が付いています。坐る人の体型に合わせて背ベルトの張り具合を調整、また左右のパッドで骨盤をしっかりホールドすると、脊柱がまっすぐに保たれて、体幹が安定。肩こりが軽くなるほか、手も使いやすくなるといいます。
普通の車椅子では猫背気味の姿勢だった人が、骨盤サポートのついた車椅子に坐ると背筋がシャキッと伸びることを画像で紹介。また、いつも苦しそうに顔をゆがめ、口から物を食べることもできなかった認知症の高齢者が、光野さんのシーティングによって、わずか10分で別人のように穏やかな表情になった実例には、会場から驚きの声が上がりました。笑顔を見せ、ついには食事もできるようになったとか。まさに奇跡のような変化です。

 実際に体験してもらえば、効果がはっきりわかるだろうと、光野さんの新作「レポNEXT」を会場に運び込み、3人の参加者の方々に実際に坐ってもらうことにしました。
 座面の高さや背ベルトの張り具合をからだに合わせて、骨盤パッドで腰をぎゅっと固定すると、「キツいくらいだけど、気持ちがいい」「内臓が広がって、気のせいかからだが温かくなってきた」という感想が。ごく短時間の体験ながら、骨盤を起こすことで内臓の働きに良い影響が出ることを実感できた様子。「坐ったときの姿勢が悪いのは自分のせいだと思っていましたが、椅子がサポートしてくれるとラクにいい姿勢がとれる。疲れ方も違います」。そんな感想もきかれました。
 この椅子の原型は、発達障害の子どものために開発されたもので、「坐っただけで落ち着きが出る」と、とても好評なのだとか(会場では、子どもたちの変化を記録した動画をお見せしました)。満を持して大人版の発売となったわけですが、ビジネスパーソンが座った場合も、姿勢の改善はもちろん、集中力アップなどの効果が期待できそうです。

 次に、光野さんが開発した「日本の暮らしに合う椅子」を画像で紹介。「通販生活」のカタログにも掲載されてロングセラーになった名作「かに座」や、ロッキングする疲れない座椅子「ゆり座」は、ご存じの方も多かったのか、みなさん興味津々。トークショー終了後も問い合わせが相次ぎました。(現在、「ゆり座」は販売終了。「かに座」はモデルチェンジして「かに座プラス」になっています)
 「かに座」は、座面の高さが22センチという低さ。正座がつらくなっても、これに坐れば和室でも違和感がなく、座面が広いのであぐらもかける。立ち上がりがラクで、膝への負担も少ない。さまざまな工夫が詰まっているから、10数年にわたって売れ続けたのです。
この「かに座」開発の背景には、光野さんの個人的な思いがあったそうです。「父親が脳卒中で倒れて半身マヒになったのです。畳に坐るのもつらくなったのを見て、日本人好みの姿勢がとれる、和室でも使いやすい椅子をつくろうと考えたんですよ」

 「かに座」や「ゆり座」のように、日本人の生活様式や身体文化に合う〝和洋折衷の椅子〟がもっと生まれてもいいのではないか。そう光野さんは話します。「日本の『床坐の文化』が悪いわけではありません。超高齢社会では西洋の椅子のほうが便利かもしれないけれど、畳の暮らしもいいぞ、と。椅子の使い方も理解したうえで、いいとこどりをすればいい。畳の上で使いやすい椅子は、西洋人には考えることができませんからね」
 昔の日本家屋には、畳に座って、ひじを置くのにちょうど具合のいい高さに「ひじ掛け窓」があったそうです。日本版アームレストとも呼ぶべき、先人の工夫の賜物です。西洋のマネをするだけでなく、そういうデザインをもっと考えていけばいいのです。
 さらに大事なことは、無理をして椅子に自分に合わせるのではなく、自分のからだに椅子を合わせること。「主人公は"自分のからだ"なんです。今日の話をきっかけに、『自分のからだに椅子を合わせる』という発想を持ってほしい」。そんな光野さんの言葉で、トークショーを締めくくりました。

 椅子にせよ、靴にせよ、自分のからだに合ったものを上手に使いこなすことが大切――「働くからだ」を取り戻す過程で、わたしが痛感したのもそのことでした。「長く働けるからだ」のための試行錯誤はこれからも続きますが、ミシマガの連載は今回でひと区切り。長いあいだ、お読みくださり、ほんとうにありがとうございました。どうか、みなさんの「100年ライフ」が健やかなものでありますように!

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かじやま すみこ

ノンフィクション作家。神戸大学卒業。テレビ局制作部勤務を経て、渡米。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。アーティストや企業経営者の人物ルポのほか、女性の生き方・働き方、ソーシャルビジネスなど幅広いテーマを追いかける。書評家や放送作家としても活動中。
2014年秋、交通事故に遭ってから、からだについて深く考えるように。歩くこと、座ること、車椅子の座り心地……。見過ごされがちな、だけど大事なあれこれを掘り下げる日々。
主著に『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』(文藝春秋)、『トップ・プロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)、『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』(ディスカヴァー21)など。

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