「働くからだ」のつくり方

第3回 子どもも若者も、ロコモーティブ・シンドロームに備えよ!

2017.04.14更新

 前回書いたように、わたしは2年前、交通事故に遭い、股関節を手術しました。
 手術後、少しずつからだを動かせるようになっても、車椅子に頼る日々。1日30分程度の軽いリハビリをやるだけで、どっと疲れが出て......。ぐったりして、しばらくは口もきけないのです。
 どうしてこんなに疲れるのか、自分でも驚くほど。看護師さんに相談すると、「リハビリのあとは、みなさんそうですよ」という返事。2週間の寝たきりと手術で、体力や筋力がすっかり衰えてしまったのでしょう。

 ベッドの柵だけでなく、病室のトイレ、洗面台や廊下など、至る所にある手すりにも随分助けられました。
 手すりのおかげで、工夫をすれば、(徐々にではありますが)トイレに行く、シャワーを浴びるといったことを、なんとかひとりでこなすことができるようになりました。いちいち誰かに支えてもらうのは心理的な負担が大きく、ナースコールを鳴らす回数を減らすことが、当面のささやかな目標だったのです。

 後日、退院して自宅のマンションに戻ったとき、「バリアフリー仕様の部屋でよかったぁ~!」としみじみ感じました。
 元気なとき、「なんでお風呂やトイレにも手すりがついてるの? じゃまだな」と思っていた自分は、なんと愚かだったのでしょう! 手すりなしでの生活は、もはや考えられません(ただし、筋力アップという意味では、手すりに頼りすぎるのもよくないみたいです)。

 とはいえ、「これじゃあ、お年寄りと同じだなあ......」と、我ながら情けない気持ちもあります。
 そこで、はたと気づきました。
 わたしのからだの状態は、"高齢になったときの自分"を先取りしているようなものではないか、と。

 筋肉、骨、関節、軟骨、椎間板といった運動器の機能低下によって、「立つ」「歩く」「走る」といった動作に支障が出る状態を「ロコモティブ・シンドローム(運動器症候群、略称・ロコモ)」と呼ぶそうです。
 変形性関節症などの疾患のほか、加齢によるものが一般的で、ロコモが重篤化すると、介護が必要になったり、寝たきりになったりするわけです。

 「老化は足から」などと言われるように、高齢者に多い症状ですが、驚いたことに、最近は、「子どものロコモ」が社会問題化しているとか。
 片足立ちでバランスを取る、手をまっすぐに上げる、しゃがむ......。
 そんな基本的な動作ができない子どもが増えていて、「雑巾がけで脱臼した」「水道の蛇口がひねれない」など、信じられないような報告もいろいろ。転んだときにうまく手を付けずに、顔を地面に打ち付け、前歯や鼻の骨を折ったりする子が目立つというのです。
 2014年に埼玉県の中学2年生に対して行われた調査では、約半数の子どもに運動器の機能不全が見られたそうです。約7%の子どもが、わずか5秒間の片足立ちができない、というのですから深刻です。

 そこで、2016年度から、学校でも、筋肉や骨、関節の状態を調べる「運動器検診」が導入されました。
 チェックする項目は、「背骨が曲がっていないか」「腰を反らしたり曲げたりしたときに痛みが出ないか」「片足立ちでふらつかないか」「足裏を床につけてしゃがめるか」など。
「バンザイしたとき、両腕が耳につくか」「手のひらを上に向けて腕を伸ばしたとき、完全に伸びない、(指が肩につくまで)完全に曲がらないことはないか」など、「えっ、こんなことができないの?」と首をかしげたくなる項目も。
 こんな調査が必要なほど、子どもたちの身体面に異変が起きているということでしょう。平たく言えば、「子どもたちのからだが老人化している」のです。

 原因は、子どもたちが外遊びをしなくなったことにあるようです。昔は、鬼ごっこや木登りなどの遊びを通じて、からだの使い方を覚えたものなのに、今の子どもたちは部屋にこもってゲームをしたり、スマホを見たり......。転ぶ、高いところから落ちるといった経験がないままに、成長してしまっている。
 しかも、日常生活のなかでも、運動器の機能を鍛える場面がどんどん減っています。手をかざせば水は出てくるし、和式トイレでしゃがむ必要もない。こうした生活が「子どものロコモ」を誘発している。「子どものからだは柔軟でバランス感覚がいい」というのは、もはや単なる思い込みに過ぎないのかもしれません。

 今の10代が社会人になったとき、彼らのからだはどうなっているのだろう、仕事や生活で支障は出ないのだろうか、と心配になってしまいますが、この問題は、働き盛りの世代にとっても他人事ではありません。
 階段は避けて、エスカレター、エレベーターをつい使ってしまう。郊外での移動手段はクルマで、ほとんど歩かない。重い荷物やかさばる買い物は自分で運ばず、宅配サービスを利用する。
 便利なものに囲まれていることが、ロコモ予備軍を生んでしまうのです。

 戦中・戦後の厳しい時代を身ひとつでくぐり抜けてきた現在の高齢者に比べて、豊かな時代しか知らないわたしたち現役世代は、体力的にはひ弱でしょう。しかも、疲れているから、めんどくさいからと、からだを甘やかしているために、筋力はどんどん衰えてゆきます。
 このままでは、20年、30年後にロコモに悩む人は、今よりももっと増えているような気がします。
 足腰が立たなくなって、車椅子の生活になれば、できる仕事は限られてしまう。充実した「100年ライフ」のためにも、若いうちから筋力をつけておくことはとても重要だと思います。

 「運動習慣をつける」「筋肉を鍛える」というと、「定期的にジムに通ってハードなトレーニングをする」「毎日ジョギングをする」などといったイメージがあります。
 ですが、ロコモを予防するための運動は、強い負荷をかけてやるものではなく、スクワットをする、片足立ちをする、といった軽い運動で十分なのだとか。それを習慣として継続することが、下肢の筋力アップにつながる。逆に、スポーツのやりすぎには要注意。過度な運動は関節の負担となり、軟骨や椎間板を傷めてしまう恐れがあるからです。
 それを教えてもらったとき、運動嫌いのわたしも「それくらいなら続けられるかも」と、気が軽くなりました。健康情報がこれほどあふれている世の中なのに、たいせつなことは意外に伝わっていないのかもしれません。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

かじやま すみこ

ノンフィクション作家。神戸大学卒業。テレビ局制作部勤務を経て、渡米。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。アーティストや企業経営者の人物ルポのほか、女性の生き方・働き方、ソーシャルビジネスなど幅広いテーマを追いかける。書評家や放送作家としても活動中。
2014年秋、交通事故に遭ってから、からだについて深く考えるように。歩くこと、座ること、車椅子の座り心地……。見過ごされがちな、だけど大事なあれこれを掘り下げる日々。
主著に『紀州のエジソンの女房』(中央公論新社)、『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』(文藝春秋)、『トップ・プロデューサーの仕事術』(日経ビジネス人文庫)、『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』(ディスカヴァー21)など。

バックナンバー