ハタラク計画、スタート前

Story7. 「時代が変わる・・・・・・かぁ」 

2013.11.02更新

 小さかったころ、内容はぜんぜんわからないけれど、おとなたちが何人か集まって話をしては、笑っている光景を見て、
「この話の内容がわかって、私も笑えるようになったら、もう大人っていうことなんだろうなぁ」と、漠然と思っていました。
「そんなことがわかるようになるって、汚れた感じがするなぁ」なんて、
思ったりもしていました。今にして思えば、かなりおしゃまさんだったのかもしれません。

 話の内容はわからなかったけれど、おとなたちが言っていた、
 「時代が変わったわよねー」「そういう時代なのよ」というフレーズは覚えています。
 当時の私には、"時代"という単語があまりにも壮大すぎて、時代の変化を感じるときが自分にも来ることが想像もできませんでした。


 数日前、私が今春まで務めていた出版社の先輩や、同僚、元部下だった人たちから次々に連絡をもらいました。それは、私自身も携わっていた編集していた雑誌が年内で休刊するというニュースでした。その雑誌は創刊して25年ほどの歴史があり、私が入社したときに配属され、編集の基礎をすべて教えてくれた雑誌でした。気づけば15年以上も私が編集者として働いていた雑誌でした。
 会社を離れて半年がたち、気持ちや思考の整理がもうできていたと思ったのですが、今回のニュースを聞いて、さびしいというか、卒業した学校がなくなってしまうような、そんな焦燥感が湧いてきました。


 そして同じころ、雑誌『広告批評』を主宰された天野祐吉さんの訃報を知りました。出版社社長であり、コラムニスト、テレビなどのコメンテーターなどさまざまな分野で活躍されていた方でした。90年代、私が大学生だったころ、『広告批評』が大好きでよく読んでいました。それを読んでいる自分がイケていると思ったりもしていました。わからないなりに、「天野さんてかっこいいなー。天野さんみたいな新しい感覚で仕事ができたら楽しいだろうなー」と、憧れにも似た思いを抱いていました。その天野さんが亡くなられたことには、漫然とした寂しさが湧いてきました。

 続いてお昼の名物番組『笑っていいとも』が来年3月で終了するというニュース。私が小学生のころにはじまった番組で、「いつかテレフォンショッキングに呼ばれたいなー」と、友だちにも言えない恥ずかしい野望を持っていました。司会のタモリさんのシニカルで知的でクールで、全身から漂う"変わっている人"空気がたまらなく好きでした。その番組も終了する―――切なさが湧いてきました。


 こうやって立て続けに起こった出来事を目の当たりにして、
「時代が変わるんだな、変わったんだな」と心の底から思いました。
 これらは私にとっては、時代の変化を感じる象徴的な出来事であったかもしれませんが、それぞれの人がいろいろな場面で時代の変化を感じているのだと思います。
 

 時代の変化を感じるとき、それは今まで当たり前とされていたことや、普通と言われていたこと、そんな固定観念がくつがえされたときにあふれてくるものかもしれません。
 たとえば、10年ぐらい前、神社仏閣にお参りすることで願いが叶うなんて迷信であって、参拝すること自体、特に若い世代にとっては"普通"のことではありませんでした。しかし今、パワースポットを巡りや、お伊勢さん詣出など、それこそ当然のごとくされています。
 
 同じく10年ぐらい前には女性が自ら「結婚したい!」と、声を大にして言うことなど、恥ずかしくて考えられませんでした。それがいつの間にか「婚活中です!」と、堂々と言える時代になっています。
 
 もっと大きく考えると、私の両親(団塊の世代よりも少し上の世代)が子どもだったころ、両親の両親、つまり私たち祖父母の世代の多くは、農家や自営業が多かったと聞きます。私の両祖父母もそうでした。戦後の高度経済成長と共に企業が増え、私たちの両親世代は会社勤めが"一般的"となりました。しかし、終身雇用神話は崩れつつあり、資本主義に疑問を呈する声も広がり、自ら事業を起こす人たちがどんどん増えています。数十年前には起業をするなどという人は、かなりの特別視をされていたそうです。それが今では「そういうのもいいよね」という風潮になっています。

 
 まだ半世紀にも満たない私が生きてきた人生のなかでも、気づけばこれだけの「時代の変化」を感じていました。時代は想像以上にもの凄いスピードで変化をしています。極端に言えば、昨日まで"普通"だったことが明日からは普通じゃなくなる、それくらいの感覚に感じます。
 幼少期に終戦を迎えた方、ジャーナリストの田原総一郎さんや亡くなられた筑紫哲也さんらが語っていたことがあります。

 「玉音放送で終戦を知り、終戦前日まで『こうしなさい』『それはダメだ、するな』と言われていたことが、終戦を迎えた途端に一気に変わった。その状況を理解した時『正しい、正しくないはないんだな。普通ということもないんだな。真実は自分で決めて、自分の中で持つものなんだな』と思った」と。
 少年たちにこれだけのことを気づかせた戦争というものが、どれだけ衝撃的でどれだけ強烈なものだったことか、想像に値します。

 
 このように時代や世代は違っても、感じていることは同じかもしれません。"一般的"や"普通"はあるようでないもの。時代と共にも変わるし、地域によっても国によってもまったく変わります。大事なのは、自分がどうしたいか、どうありたいかという自分の中の軸を持つことなのだろうなーと。そして変化していくことを客観的に見ることができる自分を持つことも大切だろうなーと。

 新しいことをはじめるとき、なぜ勇気がいるのか? 

 知らないところに一歩を踏み出すのだから当然と思っていたけれど、知らず知らずのうちに蓄積されてきた"普通""一般的""固定観念"のようなものが、その一歩にブレーキをかけているような気がします。
 
 親友が言いました。
 「こだわりが自分のアイデンティティーだと思っていた。そのこだわりというのは、家族、親せき、学校、育った地域、会社・・・・・・と、いろいろなコミュニティで知らず知らずのうちに浸み込んできたもの。決して否定するものではないけれど、意外とそのこだわりが、何かをするときの恐れを生んでいるのだと気づいた。こだわりをひとつずつ手放していけば、もっと自由に、もっと広がっていくのでは」。


 時代の変化からはじまった今回の話。今は当たり前のことが実は当たり前でないということ。私が準備をしている編集部も、集ってくれる仲間も、ちょっと前まではありえないことだったのかもしれません。私自身でさえ、今のような状況を想像もできていなかったことですし、それこそ当時の一般論で言えばありえないことです。
 でもそこに、「大丈夫かなー」「本当にできるのかなー」という恐れがないのはなぜなんだろう? 確証も何にもないけれど、自分が楽しんで、同じことを楽しみ笑える仲間がいて、なにかを生み出し、それがだれかの役に立てばいいなーというシンプルな思いがすべてかもしれません。それに、同じような思いを抱き、楽しんでいる先輩にも次々出会っているからかもしれません。

 時代の変化を感じられる年齢にもなったことですし(笑)、これからも変化を冷静に感じていきながら、自分の思いを大事に進んでいけたらと思います。

 ますます面白い時代になってきた!!
 

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河田実紀(かわだ・みき)

大学卒業後、出版社に入社。主に雑誌の編集に携わる。2011年、女性雑誌の編集長に就任。2013年独立。

大好きな編集の仕事を軸に、今の時代だからこそできる出版の力を見出そうと、「一度きりの自分の人生、楽しんで生きる!」と決め、一歩を踏み出す。

月に一度トークイベント「おとな塾」を開催中

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