ハタラク計画、スタート前

Story11. 自分で決める、決めていい

2014.03.03更新

 今年の1月下旬から2月にかけての1カ月は、私にとってはすさまじい期間でした。
 悶々と悩んだり、ぐるぐる考えたり、堂々巡りをしていたことが、一気に土砂降りのような涙とともに外にドバーっと流れ出し、ドンっと大きく背中を押され、ズンっとおへその下(丹田あたり)に力が入った、そんな期間でした。

 1月下旬のこと。出版社をつくろう、編集部をつくろう、まずはひとりではじめようと決めてから、客観的な視点が生まれました。
「私は編集者としては経験を積んできたけれど、販売や営業に関しては素人同然・・・どうすればいいか」
 本当のことを言えば、これは前々から思っていたことでした。
「販路の開拓や営業は、まずは自分でやるしかないか」
「でも物理的に難しいのでは」
「いや、誰かにお願いする余裕もないし、いいタイミングで救世主が現れてくれればいいのに」
と、日々思いながら、勝手に自分で自分にブレーキをかけ、何も進まずにすっきりせずにいました。

 実は、これもずっとずっと私の心の奥のほうで「尊敬しているあの人に相談する!」と直感にも似たものを持っていたのですが、それができずにいました。
「そんなことを相談するなんて図々しい人と思われるにちがいない」
「尊敬する人に、変な奴って思われたくない」
「でも相談したい。でも嫌われたくない」
 この繰り返しでした。相手の本当の思いや気持ちなんてわかるはずもないのに。
 
 そんなとき「人生に失敗も成功もない。もしも成功というものがあるとしたら、失敗はそこに向けて通るべきポイント」という言葉が耳に入り、「よし、もういいや。これで嫌われたらそれまで!」と、私としては思い切り勇気を出して、相談したいと思っていた方に連絡を入れ、実際にお会いすることになりました。

 すると、予想もしなかったようなうれしい提案をいただき、今までの販売や営業に対する不安やモヤモヤがクリアになりました。かなりの勇気を出して連絡を入れたことをその方に話したところ、にっこり笑って「そうなんですか(笑)。同じ仲間ですから当たり前じゃないですか。大丈夫ですよ、河田さんなら大丈夫」と。心の中で号泣です。

「私は何を怖がっていたんだろう。どれだけいい子でいたかったのだろう。動けば自ずと次への展開が見えてくる。意味なく自分の中で考えているくらいなら、まずは動こう。怖いものなんてない。怖いものは自分でつくっている」、そんなふうな気持ちが湧いてきました。

 そして同じころ、「自分で出版社をするためには、資金がないことには始まらない。他の出版社で本の編集をさせてもらい、そのお金を資金にしていこう」と思ったとき、ある出版社の方からメールをいただきました。その方は、私の以前在職していた会社の後輩から紹介を受け、何回かお会いしていました。
「そろそろ落ち着かれましたか。お仕事ご一緒しませんか」
 どんな仕事でも楽しんでやると決めていた私は、とても興味を持っていたあるテーマの企画を提案しました。その3日後、「この企画やりましょう」という連絡をいただき、あまりの決断の速さに驚く私に、「こういうことはタイミングがあると思いますよ。乗っていきましょう!」

 不思議とおもしろいくらいにスルスルと物事が進む展開と、本の編集者としての久しぶりの仕事に夢中になりながら「楽しい! やっぱり編集の仕事が好きなんだな、私」と、編集に対しての確かな手ごたえを感じていました。現在も、その本づくりにばく進中です。

 私は「普遍性」と「人」を軸にした出版社をイメージしています。そのイメージを具体化していくために、自分が届けたいコンテンツを考え、大勢の方たちの力を借りながら動き始めました。自分がつくりたいもの、やりたいことを自由に発想し、提案していくことほど楽しいことはありません。しかもそれを自分の裁量で決められるという喜びは格別です。しかし、もうひとりの自分が「本当にこれでいいの?」と、いつも問いかけている気がしていました。

 そんな思いも抱きながら、これから展開していきたいコンテンツに協力を仰ぎたい方に相談にうかがいました。2月20日過ぎのことです。その方とは仕事を通して知り合い、17~18年のお付き合いになります。頻繁にお会いしているわけではないのですが、私がきつい状況のときや、悩んでいるタイミングで、いつも声をかけてくれる方でした。大きな仕事を何度もご一緒させていただき、ダメダメな私も、弱い私も、全部丸ごと受け止めてくれる方でした。それでも私はいつも、いい人と見られたい、ダメな人と思われたくないというクセが湧き、それだけ受け止めてくれている方にも格好つけている自分を感じていました。
 
「きっと今日は、まったくちがう話になるような気がする」と予感めいたものを持ちつつ、お会いしました。私がこれからやっていきたい出版社の話、コンテンツのこと、協力をお願いしたいことなどひととおり話したときでした。
「内容はわかるよ。それはいいとか、悪いとかではなくて、河田がやろうとしていることはわかる。でもね、それが本当に河田がやりたいことなのかな?」
 来た!!

「河田だからできること、河田でないとできないことがあるんだよ。それはあなたがしてきた経験。きつこともつらいこともあったけど、それを経験できたから今があるんだよ」
 自然と涙が溢れ出ていました。

「表面的に輝いているもの、きれいごとはもういらないし、それをあなたは好んでいないでしょ? 本物や真実、目に見えているものの裏側、本質、リアルなものを求めているんじゃないのかな」
 図星でした。

「もう大丈夫だから。河田は河田のままでいいんだよ。そのまんまのあなたでいいんだよ。気を遣ったり、無理したり、我慢しなくていいんだよ。思う存分自分を愛しなさい。自分を好きになりなさい。そうすれば自分の中心にコアができて、もっともっと強くなれるよ」
 
 もっとも私が苦手としているクセを見事に言い当てられました。人から良く見られたい、いい人、できる人と思われたい。それは誰かに認められない自分には価値がない、その裏返しです。だからいつも「もっと頑張らないと、もっと努力しないと、もっともっとちゃんとしないと、こんな私は受け入れてもらえない、認めてもらえない。そんな私には価値がない」と。

 あるテレビ番組でキンキキッズの堂本剛さんが「10人いたら、10人に好かれようとは思いません。その内の1人にでも好かれたらそれでいいやと思う。そうしたら楽になって、怖くなくなった。みんなに好かれることなんて無理ですもん」と、話しているのを聞いてハッとしました。
 
 誰かに認められていないと不安という私のクセは、軸がそのときかかわっている相手にあり、相手が変わればまた軸が変わる、これを繰り返してはヘトヘトになり、心も削られていくような経験をしてきました。そしてそれをまだまだ続けている自分に、「そのままのあなたでいいんだよ」と言ってくれた方、そして堂本さんの言葉。
 
 ある友人からも言われました。
「『こんな私ですがなにか?』ぐらいの心持ちで人とかかわっていけばいい。それで離れていくような相手ならそこまでのこと。それ以上でも以下でもないし、ましてや自分が悪いとか思うなんて意味がないし、自分がかわいそう。だって自分のことをいちばんわかるのも自分だし、いちばん愛せるのも自分。自分が自分を愛せなければ、誰かを愛するなんてできない。 
 
 そして相談にうかがった方が最後に言ってくれたこと。
「自分を好きになる、愛するためには、絶対に自分を落とすような言葉は言わないこと。自分を謙遜したり卑下したりすることを言わないこと。人から褒めてもらったら、にっこり笑って『ありがとう』と言い、きついことや嫌な思いをする言葉をかけられたら、にこっと笑ってその場を去ればいい。言葉はもの凄い力を持っているんだよ。それが言霊。あなただからできることが、もうわかったでしょう」

 自分が今後やっていきたいことをとおして、自身のクセを知り、自分を愛することや好きになることが腑に落ちました。これは誰かにどうにかしてもらうことではなく、自分で決めればいいこと。私はそうやって生きるんだと決めること。
 なんでも楽しむ、行動する、ハッピーでウキウキすることをイメージする、我慢はしない、素直になる、そう決めました!


 実は今回では書ききれないほどの、「自分で決めること」「あなた自身が決めていいんだよ」ということを2月にあらゆる人から言われたり、読んだ本に書かれていたり、たまたま点けたテレビ番組から聞こえてきたりしていました。

 決めるだけでいい。自分で決めていい。自分の人生だから。私の出版社の骨子に自分というまるごとすべてを、存分に入れることを決めました。


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河田実紀(かわだ・みき)

大学卒業後、出版社に入社。主に雑誌の編集に携わる。2011年、女性雑誌の編集長に就任。2013年独立。

大好きな編集の仕事を軸に、今の時代だからこそできる出版の力を見出そうと、「一度きりの自分の人生、楽しんで生きる!」と決め、一歩を踏み出す。

月に一度トークイベント「おとな塾」を開催中

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