ヘンテコ医学史漂流記

第2回 まじないもバカにならないぞ

2014.11.05更新

 私の好きな落語で「死神」という噺があります。ある貧乏な男が、ひょんなことから死神の姿が見えるようになってしまい、死神と話をするようになりました。死神は彼のあまりの貧乏ぶりを憐れんで、次のようなことを教えてくれました。

「具合が悪く、命に係わる状態の病人には死神が取り付いている。もし病人の頭の方に死神が座っていたら、もう何をやっても助からないが、病人の足の方に死神が座っていたら、ある呪文を唱えれば死神が立ち退いてくれる。その呪文は...」

 彼は次の日から「よろず病気治します」の看板を出して、にわか医者になります。運のいいことに、治療を依頼してきた最初の数人は、足元に死神が座っている病人ばかりでした。立て続けに医者が見放した病人を治す「奇跡」を起こして大評判となり、大金持ちになる...というストーリーです。

 この世に薬も検査も手術もなかった大昔の時代、ひとは病気になったらどうしていたのか...これは想像に過ぎないですが、「死神」の落語のように、おまじないをしたりや呪文を唱えるしかなかっただろうと思います。
 こんな話をすると
「おまじないなんかで病気が治るわけがない!」
「呪文で病気が治ったら、楽だなぁ~」
 とみんなに言われちゃうのですが、医者生活を10年以上続けている私は、「いやーなかなか、おまじないもバカにはならないぞ!」と思っています。

 医者になりたての頃、わからないことだらけで不安の塊だった私に、あるベテラン指導医が「津田君なぁ、4割の患者は何もしなくても治る。4割の患者はどんな治療をやっても治らない。薬だの手術だのが本当に治るか治らないかを左右するのはせいぜい2割ぐらいだよ...」と諭してくれたことがありました。

 いまの私なら、さらに次のひとことを付け加えます。
「治る4割も、下手に薬を出すと治らなくなる」...これは、私のオリジナルではなく、中国の古い時代の歴史書(「漢書芸文志」)の一節をもじったものです。
 曰く、「病ありて治せざれば、常に中医を得。(病気になって治療せずにいるのは、中ぐらいのランクの腕前を持った医者にかかるのと同程度の治療成績である)」

 とはいえ、具合が悪くて助けを求めている人を目の前にして、まったく何もしない、というのではとても気まずいし、だれも褒めてくれません。
 そういうときこそ、おまじないの出番です。
 何しろ、「中ぐらいの医者にかかる」のと同じ効果があります!
 その効果はどこから来るのかというと、人間のからだのなかに備わった、自然治癒力というものがその源です。人体は病気にかかると、それを治そうとする仕組みが働きます。これこそが、中ぐらいの腕前を持った「内なる医者」であり、おまじないには、「内なる医者」の足を引っ張りかねないような余計な治療や、むしろ有害かもしれない治療から遠ざける、という効能があるわけです。

 おーすごい! じゃあ、明日からおまじないを始めようかな...と思ったそこのアナタ!
 そうは問屋は卸しません...「プロ」のまじない師になろうとしたら、ひとつ、大変な能力を身につけていなければなりません。
 それは、「治る4割」を見抜く能力です。こればっかりは医者生活12年の私でもマダマダ自信がありません。薬や手術をしないと治らない2割と、何をしても治らない4割に、いつまでも効果の上がらないまじないを続けていると、泥棒や詐欺師扱いされます。落語「死神」に出てくるにわか医者は、死神が頭に座っている場合にきちんと治療を断ったからこそ、大金持ちになれたのです。

 さらに、「治る4割」でも、周りから大切にされて、必要なケアを受けていないと、治らなくなってしまうかもしれません。ですから、太古の時代の「プロ」まじない師はきっと、療養指導や看護指導も手ぬかりなくやっていたのではないかと思います。
 時には「おヨメさんを大事にしなさいヨ...」と説教するより、「毎日、洗いざらしの布で病人をくるみ、神に供えた食事を日に三度、病人に与えよ、さもなくば、祟りがあるであろう!」とでも言わないと、いけ好かないお姑さんが、なかなか指導に従ってくれないかもしれません。まじない師もかなり頭脳を使う商売です。

 医学の歴史の話をするはずが、ヘンテコなまじないの話ばかりになってしまいましたが、この次は、いよいよ「薬の誕生」についてお話をしたいと思います。乞ご期待!

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津田篤太郎(つだ・とくたろう)

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。

子どものころ、人間の模型図の腸のかたちが巨大迷路に似ていることに興味を持ち、解剖図を眺めるのが好きになる。

現在、聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。西洋医学と漢方の双方を生かす医療をめざしている。

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