ヘンテコ医学史漂流記

第4回 「お上品」な薬草?

2015.01.05更新

 さて、牛頭人身の神様が遺した「神農本草経」はどのような書物であったか? というところからお話を始めましょう。
「神農本草経」は、神農さまが発見した365種類の薬草(不思議なことに一年の日数と同じですね)について、ひとつひとつどういう性質のものか、どういう効能があるのかを解説している書物なのですが、冒頭で薬草を「上品」「中品」「下品」の3グループに分けています。
 これは「お上品(じょうひん)な薬草」「下品(げひん)な薬草」ということではなく、読み方も「ジョウホン」「チュウホン」「ゲホン」と読みます。「上品」には120種類が該当し、中には蜜蝋(ハチの巣から採れるロウ)や牡蠣の貝殻も含まれるので、「薬草」という言い方は不正確ですね。漢方では、植物だけでなく動物から採れるものや、鉱物や化石も薬として使うので、まとめて「生薬」と呼んでいます。

「上品」の生薬の特徴は「養命薬」、つまり命を永らえる薬であって、毒性がまったくなく、飲めば飲むほど体に良い、とされています。最もよく知られているのは御種人参(オタネニンジン)で、別名を「薬用人参」とか「高麗人参」といわれて、体力が落ちてやせ細った人の胃腸を元気にするという滋養強壮の薬です。
 高麗人参というと、足軽時代の豊臣秀吉が病馬の世話係をやらされたとき、自腹を切って馬に高麗人参を食べさせて、いたく織田信長に気に入られたという講談話だとか、高利貸しから金を借りて、病気の父親に高麗人参を飲ませたために、借金のカタにとられた哀れな貧乏娘が悪代官のもとに連れていかれて「あれぇ~」となる時代劇でその名を聞いた人もいるかもしれませんね。
「高麗...」という名前からもわかるように、日本では採れず、長らく「高麗」すなわち韓国などから輸入に頼っていたので、非常に高価な薬でした。

 ところが、数年前、旅行で長野県のとあるスーパーに立ち寄ったときのことです。
 ふと野菜売り場に並んでいるパック詰めされた根菜らしきものを見て驚きました。なんと、オタネニンジンと書かれているではありませんか!(ふつうの八百屋で売られているにんじんはセリ科の植物で、生薬の人参はウコギ科ですからまったく違う植物です)。
 漢方薬局の店先とかで、大きなガラス容器に入ってディスプレイされているような立派なものとは程遠く、大きさは小指ぐらいでパックに十本ぐらい入っていました。値段は忘れてしまいましたが、そんなに高いものではなく、普通の野菜ぐらいの値段です。

 実は、オタネニンジンは江戸時代の中頃に技術が開発され、日本でも盛んに栽培されるようになっていたのです。私が立ち寄ったスーパーは「北御牧村(きたみまきむら)」(現・東御(とうみ)市)というところにあって、その昔、皇室の馬を育てる牧場があった場所です。それまで天然モノに頼っていたオタネニンジンが栽培可能になったのは、馬糞を肥料に使うというアイデアが大きなブレイクスルーをもたらしたから、といわれます。
 栽培が可能になったとはいえ、今でも大変な手間がかかる農作物であることには違いありません。漢方薬として使われるようになる大きさまで育つには5~6年かかるそうです。その間に一度でも風水害に遭ったり、病虫害で枯れてしまったらそれまでの努力は水の泡です。スーパーに並んでいたのは育ちが遅れて間引きされたものだそうで、地元の人たちは天ぷらにして食べるのだとか。

「中品」も120種の生薬があり、その薬効は「養性」つまり体力を養うことである、と述べられています。「上品」との違いは"使い方次第で毒にも薬にもなる"、という点です。
 漢方薬のなかで一番有名で売れているものは、かぜ薬の葛根湯ですが、葛根湯に含まれる葛根や麻黄という生薬が「中品」に分類されています。
 葛根はクズの根です。クズ切りという透明な麺のような食品がありますが、その原料で、からだを温め血行を良くする作用があると言われています。そして、麻黄は発汗作用や咳を止める作用がある生薬ですから、葛根湯を飲むと体が温まって、汗が出て熱が下がり、咳が止まって風邪が治る、というわけです。

 麻黄は日本で最初に科学的な研究が行われた生薬でもあります。
 1885年に日本近代薬学の父、長井長義が麻黄から有効成分のエフェドリンを発見しました。エフェドリンには気管支を拡げて咳を止める作用のほか、血圧を上げる作用もあり、手術中に血圧が下がりすぎたときに使われることがあります。ですから、高血圧で薬を飲んでいるような人は要注意だ、ということになります。
 また、長井長義はエフェドリンをもとに、メタンフェタミンという物質を合成しました。これは後世、「ヒロポン」の名で知られるようになった覚せい剤です。
 たしかに、葛根湯を飲むと、風邪をひいて頭がぼーっとしているときには少ししゃっきりする気がしますし、敏感な人が飲むとドキドキして眠れなくなる、ということもあります。
 あるドクターなどは、夜勤明けには必ず葛根湯を飲んで日中の業務に備えている、という人までいます。おそらく体のなかに入ったエフェドリンの一部はメタンフェタミンに変わって効いているのでしょう。スポーツのドーピング検査では、麻黄の入った漢方薬を飲むと引っかかります。

 また、こんなことを言う人もいました。葛根には女性ホルモン様物質が含まれているので、男の子の性欲を抑える作用がある。それに、麻黄には覚せい作用があるのだから、年頃の受験生が勉強に集中するには葛根湯がピッタリだと...。
 どこまで本当かどうかわかりませんが、もう医者になって何年か経っていた私にとっては「そんな話は10年前に教えてくれよ~」と言いたい気分でした。
 とにかく、葛根湯は風邪ひきにはいい薬ですが、血圧の高い人、しっかり眠りたい人、性欲の減退に悩んでいる人には都合の悪い作用があります。これこそが「上品」との違い、"使い方次第で薬にも毒にもなる"ということですね。

 さて、次回は「下品」からお話を続けたいと思います。「上品」→「中品」の流れでいうと、残り125種の「下品」はいよいよもって「毒」ということになりそうですが、「毒」が薬の本に載っているとはどういうことでしょうか?
「毒」が薬になったりするんでしょうか?
 ヘンテコリンな話になりそうですね。続きは次号、ご期待ください...

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津田篤太郎(つだ・とくたろう)

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。

子どものころ、人間の模型図の腸のかたちが巨大迷路に似ていることに興味を持ち、解剖図を眺めるのが好きになる。

現在、聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。西洋医学と漢方の双方を生かす医療をめざしている。

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