ヘンテコ医学史漂流記

第5回 クスリはリスク

2015.02.18更新

 さて、中国最古の薬物学書「神農本草経」について、上品(じょうほん:有害な副作用が全く起こらない命を永らえる薬)と中品(ちゅうほん:使い方によっては毒にも薬にもなる薬)をお話してきました。今回は残りの下品(げほん)についてです。

 下品とは、病気になったときだけに服用すべき薬のことです。薬というよりは基本的に"毒"です。「毒を以て毒を制す」医療には、基本的にこのような本質をもっています。
 いくつか例を挙げてみましょう。たとえば大黄という薬、これは下剤です。下剤というと「便秘したときに飲む薬」と思われるかもしれませんが、昔は下痢した時にも下剤がよく使われました。
 そんなことをしたら余計に下痢が止まらなくなるじゃないか! と思われるかもしれませんが、昔の人は、「お腹の中に病気を起こす原因が潜んでいるから下痢をする。そういうときは一刻も早く病気の原因を追い出さないといけない」と考えて、大黄を飲ませたわけです。
 いまは抗生物質があるので、細菌による食中毒にかかったら、細菌をやっつけて治すことが可能ですが、昔はそんな薬が無かったので、大黄で細菌を追い出すのがベストの治療だったのです。

 江戸時代の中頃、シーボルトというドイツ人が日本にやってきて、長崎で医療活動をしました。それがさも医学の進歩をもたらしたかのように言われるのですが、彼は下痢の患者にアヘンという麻薬を使いました。麻薬で神経が麻痺すると、痛みが消え、腸の動きが止まるので下痢も止まります。当時の人々は、アヘンの効き目に驚いて賞賛したのですが、その後、容態が急変して亡くなる患者も出ました。本間棗軒という漢方医は「病気の原因をそのままにして下痢を止めてしまったら、悪くなるのは当たり前だ!」とシーボルトを強く批判しました。

 話が脱線してしまいましたが、大黄は下痢を起こさせる下品の薬です。病気が治ったら服用を中止しなければならない、いわば「毒薬」です。そんな「毒薬」が漢方薬の三分の一を占めていることに、びっくりされるかもしれませんが、西洋医学の薬はどうでしょうか? 上品・中品・下品に分けると、ほとんどすべてが下品に分類されてしまうでしょう。
 西洋医学の薬は、用量が多すぎるとだいたいにおいて有害なことが起こります。高血圧の薬は血圧が下がりすぎてしまうし、糖尿病の薬は血糖値が下がりすぎてしまい、睡眠薬なんかはわざと量を多く飲んで自殺に使われるほどです。ですから、「毒を薄めて使っている」のが薬だ、と言っても過言ではありません。「クスリはリスク」、毒と薬は反対語ではなく、コインの裏と表なのです。
 しかし、なかなかこの考え方は理解してもらえません。薬を飲んで何か副作用が出ると、驚きや憤慨、失望といった反応をされるのが常です。薬の反対は毒だ、という思い込みはどこから来ているのでしょう?

 人々は病いや老いというものから何とかして自分を遠ざけたいと願うものです。ふつうの生活を送っていたのでは病いや老いが去ってくれないので、何か特別なこと、普通はやらないヘンテコなことに首を突っ込みます。それは見たことのないようなおまじないかもしれないし、一風変わった体操かもしれませんが、食事を替えてみたり、あるいは薬を飲んでみたり...。
 普通ではないことをすれば、普通ではないことが起こります。それは「死人が生き返る」とか「奇跡の治癒」ばかりとは限りません。具合の悪いことばかり起こったり、都合のいいことと悪いことが両方起こる、なんてこともあるでしょう。
 ところが、あまりにも健康や若さに執着していると、そういうフクザツな事情は頭に入らなくなってしまいます。そして、「体に良いことばかりの薬、体に悪いことばかりの毒」というごく単純な二分法を信じ込むようになりがちです。

 こういった単純すぎる二分法はしばしば現実に裏切られます。中国の六朝時代(紀元後3から6世紀)に「寒食五石散」という漢方薬が大ベストセラーとなりました。「神農本草経」のなかから、選りすぐった貴重な鉱物由来の生薬5種類で構成された処方で、"不老長寿の薬"と謳われました。
 この薬には服用にあたり注意しないといけないことがありました。体を暖める作用が極めて強いため、薄着をして絶えず歩き回ったり、水を被ったりして体を冷やさないと、死んでしまいます(このような激しい副作用を「散発」と呼び、その対策のためにウロウロ歩き回ったことが「散歩」の語源になった、という説もあります)。そのうえ、食べ物も冷たいものばかり食べないといけないので、薬には「寒食」の名前がついています。
 この「五石散」、一体何が入っていたんでしょうか?
 色々な説があるのですが、多くは「神農本草経」の中の「上品」や「中品」に属する鉱物だったようです。そのラインナップをよく見てみると、丹砂(硫化水銀)や雄黄(ヒ素化合物)といった、とても無毒とはいえない代物も含まれています。おそらく、五石散にはいろいろな有害重金属が混ぜられていて、飲んだ人々は次々に中毒したのだろうと思われます。
 それほどの"薬害"を巻き起こしながら、なぜ五石散に人気が出たのかというと、非常に高価で一握りの富裕層にしか手に入らなかったからではないかと私は思います。

 現在でも、サプリメントは高額なものの方がよく売れます。高い方が包装も上等で、なんだか効きそうな気がするし、若さや健康に対する強い願望が値段に反映されている、という側面があるのでしょう。そして、高価な薬を手にできること自体が、富の象徴、「ステイタスシンボル」になる、ということもあります。
 中国史上最大の書道家である王羲之も、五石散の副作用に苦しんだ被害者でした。末期になると、皮膚がただれるのでなるべく衣擦れのしないダボダボの服を着て、道端を酔ったようにふらふらと歩き、バタッと倒れるのです。その"中毒症状"すら「ステイタスシンボル」とみなされ、五石散を飲んだふりをして、ダボダボ・ファッションを身にまとい人通りの多い街頭で倒れるのが流行したといわれます。

 五石散の教訓は、神農さまはデタラメを書いて人々を惑わせる化け物だった、そんな怪しいものを信じたのが間違いだ、ということではないと私は思っています。
 あの神農さまが「上品」「中品」と評価した薬ですら、これだけの薬害を引き起こしてしまうのですから、「下品」や西洋医学の薬は推して知るべしです。
 若さや健康に執着し、ゼイタク品を祀り上げて狂奔する人間の方こそ、ヘンテコリンをしでかしてしまう存在なのだ―クスリの歴史を紐解くと、そういうことが垣間見えるような気がします。

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津田篤太郎(つだ・とくたろう)

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。

子どものころ、人間の模型図の腸のかたちが巨大迷路に似ていることに興味を持ち、解剖図を眺めるのが好きになる。

現在、聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。西洋医学と漢方の双方を生かす医療をめざしている。

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