ヘンテコ医学史漂流記

第10回 漢方のスーパースター

2015.09.10更新

 今回は、漢方の世界のスーパースターの登場です。その名は張仲景(ちょうちゅうけい)。活躍したのは後漢時代の末期から三国時代ですから、前回の皇甫謐とほぼ同世代か、一世代上ぐらいにあたる人物です。
 彼の事蹟を記載した歴史書には「官は長沙の太守に至る」とありますから、中国華南の大都市、長沙の行政長官だったようです。そんな市長さんか県知事さんみたいな人が医学の歴史に名前を残すことになったのには、わけがあります。

 当時、彼が治めていた地域で「傷寒」という病気が流行しました。「傷寒」は現在の医学でどのような病気に当たるかはわかりませんが、腸チフスや出血熱ウィルスのような、高熱が出る重症感染症であったようです。ひょっとすると、絶滅してしまって現在には無い病気かもしれません。
 どれほど恐ろしい病気であったか、彼の著書「傷寒論」の序文を見てみると
「もともと私は大家族の生まれで、親戚が200人以上もいたが、建安元年(紀元後196年)から10年足らずの間に、3分の2が亡くなってしまった。そのうちの70%が傷寒にかかっていた。」とありますから、彼の身内の半分近くが「傷寒」で死亡したことになります。
張仲景はこのような現状を深く歎き、いにしえの書物から当時の医学書まで、手に入る限りの資料を参考にして、「傷寒」の治療論である「傷寒論」という本を世に出しました。

 この「傷寒論」は一つの病気を研究し、その原因と治療、それから将来どうなっていくかについて(予後)を記載する、史上初の試みであったのではないかと思います。
 「傷寒」以外の病気についてはどうしていたかというと、張仲景はもう一冊の本「金匱要略」に治療法を記載しました。この二冊はあわせて「傷寒雑病論」と呼ばれます。「傷寒」以外の病気を、「雑草」とか「雑魚」のように「雑病」とまとめてしまうのはいかにも乱暴ですが、事実上、これが漢方薬を使った薬物治療学の最初の書物であり、特に江戸後期以降の日本では"漢方医学のバイブル"と目されています。

 バイブルというたとえは、キリスト教から来ています。キリスト教の聖典には旧約聖書と新約聖書がありますが、これはちょうど漢方の歴史において、「神農本草経」「黄帝内経」と「傷寒雑病論」の関係に似ているところがあると思います。キリスト教が「ジーザス・クライスト・スーパースター」なら、漢方は「張仲景・スーパースター」です。

 キリスト教と並ぶ一神教であるユダヤ教やイスラム教では、旧約聖書を聖典とはするものの、新約聖書の扱いが変わってきます。旧約聖書は「救世主・スーパースターを派遣するよ」という神と人との間の旧い約束に基づいて書かれた書物ですが、イスラム教はマホメットこそがスーパースターであり、キリストは露払いの預言者にしか過ぎません。ユダヤ教では「まだスーパースターは現れていない」という立場で、キリストの存在を認めていません。
 これと同じように、東洋医学全体で見ると、張仲景をスーパースターとはみなさず、「傷寒雑病論」を他の多くの古医書と同等に扱う立場(中国医学の立場)がありますし、また鍼灸師さんたちは、「黄帝内経」を中心とする鍼灸医学だけを学んで、「傷寒雑病論」の漢方薬医学は学ばない、ということもあるわけです。

 まぁ、宗教戦争のように血で血を洗う対立になったりはしませんが、一つの重要文献をとりあげても、流派のあいだで大きく扱いや価値観が違う、というのは西洋医学にはない特徴で、ヘンテコに見える点かもしれません。

 次回は「傷寒論」の具体的な中身に迫っていきたいと思います。

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津田篤太郎(つだ・とくたろう)

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。

子どものころ、人間の模型図の腸のかたちが巨大迷路に似ていることに興味を持ち、解剖図を眺めるのが好きになる。

現在、聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。西洋医学と漢方の双方を生かす医療をめざしている。

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