ヘンテコ医学史漂流記

第11回 青蒿で成功!

2015.10.07更新

 10月5日、2015年のノーベル医学・生理学賞が発表されました。今年は利根川進・山中伸弥氏に続いて大村智氏が日本人として3人目の受賞者となったことで話題をさらいました。
 私も以前、北里研究所に在籍していたので、お祝いを申し上げたい気持ちは山々なのですが、「ヘンテコ医史学者」としては、同時に受賞された屠呦呦(トゥー・ユーユー)教授のことに触れないわけにはいきません。今回は予定を変更してノーベル賞のお話をします。

 彼女は「アーテミシニン」というマラリアの薬を発見したことにより、中国人としては初めて、自然科学の分野でノーベル賞を受賞しました。
 マラリアは熱帯に棲む蚊が媒介する病気で、病原体を持った蚊に刺されると、病原体が赤血球の中に入り込んで爆発的に増え、赤血球を壊して増殖するときにひどく高い熱が出て、強い貧血が起こります。熱帯の発展途上国を中心に毎年数億人の患者が発生し、死亡者は数十万人の単位という、世界最大の病気の一つです。
 大村氏が開発した寄生虫病の薬も、衛生状態の悪い国に住む何億という人々を失明から救ったと言われますから、今年のノーベル賞は、貧しい人々をどれだけ救ったか、ということが授賞基準になっていたようです。

 世界で最も権威のある生命科学系の雑誌の一つである『Cell』の、2011年9月16日号に載せられた記事によると、アーテミシニンの発見のきっかけとなったのは、1967年5月23日に開かれたある会議だそうです。毛沢東主席と周恩来首相は、全国から科学研究者を集め、マラリアの治療薬を開発するための国家プロジェクト「523」を発足させました。
 このプロジェクトで屠呦呦教授とそのチームは、2000以上の漢方処方から、抗マラリア作用のある640種の処方に絞り、その中の380種の生薬から有効成分探しを始めたそうです。その中で青蒿(セイコウ)というヨモギ科の植物に強い活性があることがわかりました。

 青蒿という生薬を、私はあまり知りませんでしたが、「神農本草経」の「下品」の項に記載されている、非常に古くからある生薬で、熱を冷ます効果があり、主に熱中症などで使われていたようです。
 マラリアに対する漢方薬としては、常山(ユキノシタ)のほうが有名です。マラリアの熱発作のことは昔から「瘧(ぎゃく・おこり)」とよばれていて、常山は「截瘧薬(瘧を切る薬)」とされていましたが、吐き気の副作用が強いため、屠教授に敬遠されたのかもしれません。あるいは、シャーレの中のマラリア病原体に直接振りかけたときには、青蒿のほうが良く効いた、ということも考えられますが、定かではありません。

 ところが、青蒿に含まれる有効成分を、なかなかうまく抽出できなかったそうです。屠教授は、青蒿のことを記載している古い医書の一節に注目しました。紀元3~4世紀に活躍した学者で神仙思想家の葛洪が著した、「肘後備急方」にこうあったのです。

「青蒿一握、水二升を以て浸し,汁を絞取り、之を服し尽くせ」

 これを見て屠教授は、「青蒿は煎じてはいけない、熱を加えてはいけないのかもしれない」と思いつき、エーテルという油性の溶媒で低温抽出し、見事アーテミシニンを発見しました。

 この大発見は、すでに1972年の時点で「523」会議の中で発表されていたのですが、国家機密の扱いとなり、学会や論文で発表することは禁じられました。ようやく西側に公表され、薬として広く出回るようになったのは1981年になってからのことです。しかも、アーテミシニンを発見したのが屠教授であったことが明らかになるまで、さらに25年以上の歳月がかかりました。

 昔はあれほど隠したものを、これからは国家を挙げて喧伝していくのでしょうね。
 一方で、アーテミシニンが効きにくいマラリア病原体の報告もここ数年で出始めています。ひょっとしたらあと数年で、世紀の大発見も歴史の一コマになってしまうかもしれません。そんな折のノーベル賞です。皮肉というか、ヘンテコというか...。

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津田篤太郎(つだ・とくたろう)

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。

子どものころ、人間の模型図の腸のかたちが巨大迷路に似ていることに興味を持ち、解剖図を眺めるのが好きになる。

現在、聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。西洋医学と漢方の双方を生かす医療をめざしている。

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