本屋さんの遊び方

今回は、1885年創業、銀座の老舗書店「教文館」にいらっしゃる吉江美香さんにお話を伺ってきました。
教文館さんでは選りすぐりの本がきれいに置かれていて、フェアの切り口や見せ方をいつも勉強させてもらっています。
ほかとはちょっと違ったお客さまと書店員さんが集まる面白空間。その秘密がほんの少しわかりました。

第12回 教文館 吉江美香さんに聞きました

2010.08.24更新

「本は大事なもの」という認識がありました。

0824-14.jpg

―― 面白い本や話をいつもたくさん教えてくださり、ありがとうございます。

吉江いえいえ。

―― 早速ですが、小さいころから本をよく読まれていたのでしょうか。

吉江家にたくさん本があったんですよね。本の背表紙を見て育ちました。『赤毛のアン』とか『若草物語』、『ナイチンゲール』といった本を読みました。印象に残っているのは、小学生のとき同じクラスだった男の子に『ルパン対ホームズ』を借りて読んだことですね。それまで女の子の読み物しか読んでいなかったので「男の子が読むものは面白い!」と思いましたね。

―― なるほど。

吉江当時、本屋さんが毎月本を届けてくれていたのですが、『鉄腕アトム』が楽しみでしたね。帯がシールになっていて。姉がいるのですが、姉も本を読むのが大好きでなぜか『赤毛のアン』が大好きで、アンってシリーズになっているんですけど、その本ごとに手作りのブックカバーをつくったりしていて、家として「本は大事なもの」という認識があったと思います。姉とは色んなことをしたのですが、カセットテープに本の朗読を吹き込んだりもしました。「わたしクララでお姉ちゃんハイジね」とか決めて。

―― 声優みたいですね。面白そうです。それ、いつぐらいのことですか?

吉江小学校1年くらいですかね。姉が紙芝居を書いて、みんなに披露したこともありました。私がピアノで雷の音を出したりして。とにかく本以外でも姉の影響を強く受けていましたね。自分が好きなものがわかったのは、高校生かな。その後、短大に行って普通に商社に入社したんだけど、面白くなくてすぐやめちゃった。それでたまたま募集してた教文館に入ることになったんです。

―― 最初から本屋さんになるぞ! と決めていたわけではないんですね。

吉江そうですね。なんか、受けたときの会社としての「のん気」さが良かったんですよ。

―― たしかに。いい意味での「のん気」さを感じます。お客さま含めみなさん、焦ってないというか。

吉江当時、教文館にはたくさんの文化人が来ていました。江國滋さん、三國一朗さん、常盤新平さん、小沢昭一さん・・・。もちろん今も椎名誠さん、嵐山光三郎さん、いしいしんじさんなど、たくさんの方がいらっしゃいます。

―― すごいですね。なんて刺激的な職場!

吉江有名無名関わらず、お客さまからいろいろなことを教わります。清水俊二さんというレイモンド・チャンドラーの訳をされている方がいらっしゃったときは、もう、本当に素敵で紳士的な方で。清水さんが素敵だったので、チャンドラーにもミステリーにもそれまで興味があまりなかったのですが、読んでみよう! と思えましたね。読んで、「清水さん、これ読みましたよ」っていいたくて。そしてミステリーって面白い! と知りました。

―― 確かに本って、何がきっかけで読むかわかりませんよね。装丁、著者、出版社、編集者・・・。訳者もきっかけになるんですね。

「売り上げがあがれば、いい、ってもんじゃない」

吉江えぇ、いろいろなきっかけで本を知ります。私、本を「商品」として見られなくて。大ヒットにならないと思っても、知ってほしいと思ったら手をかけたくなるんです。売り上げのことを思えばいえないけど、どうしても、大切にしちゃうんです。

―― 素敵です。そんな書店員さんに見初められた本は、幸せと思います。

吉江木内昇さんの『茗荷谷の猫』を仕掛けたときは、平凡社の方が連絡をしてくださって本人まで伝わって。嬉しかったですね。

―― 一冊の本と誠実に向き合われていて、こちらも背筋が伸びる思いです。

吉江教文館には「こういった本を置く・置かない」といった意志と誇りがあるんです。昔、『Santa Fe』って写真集ありましたよね。

―― 約20年前ですが、覚えています。宮沢りえさんを篠山紀信さんが撮ったものですよね。

0824-15.jpg

吉江元々アイドルの写真集というジャンル自体置いていなかったので、あの写真集を教文館では置かなかったんです。

―― 当時ワイドショーで大々的に取り上げられていた、話題の写真集をあえて?

吉江えぇ。当時の社長が「うちでは置かない」と明言し、それに反対する社員もひとりもいませんでした。「当然そうだよね」という雰囲気でしたね。発売前に予約のお電話をたくさんいただいたのですが、すべてお断りしました。なかには「なんでだよ!?」みたいにおっしゃるお客さまもいましたが、何か誇りのようなものを持って「うちにはありません」と答えていましたね。

―― あきらかに話題の本でも置かない、というのは、すごく勇気のある決断だと思います。

吉江社長もね「売り上げがあがればいい、ってもんじゃない」って話していましたね。私もそう思いました。お店も小さいし、全ジャンルの本は置けません。ないものはない。そこで選んだものは、誇りを持って置いていきたいと思います。いろんな出版社の方が良くしてくださって、定年などで去られるんですけど、こんな小さなお店なのに、きちんと引き継いでくださってみなさん営業に来てくれるんですよね。すごく、ありがたいことです。会社同士のつながりを学びました。だから私も、今、自分の下で働いている人にぜんぶ伝えていきたいと思います。

―― どの出版社さんとも、深く確かな関係を築かれているんですね。

吉江1885年、125年前に創業した教文館当時働いていた人の写真を見たことがあるんです。125年後に、後輩が見ているなんて想像もしていないであろう、男の人が写っていました。そのとき彼が感じたことや店への思いを、つなげられているのかしらと感じることがあります。50年後に、まだ見ぬ後輩に何かつなげられたらと思います。

―― あぁ、本当にそうですね。後世に何を残せるかを、大切にしたいですね。吉江さん、好きな作家さんや、今注目している書籍はありますか?

吉江カズオ・イシグロが好きですね。土屋さんの訳が素晴らしいと思います。

―― 私もオススメされて読みました。透明な感覚というか、好きな文体です。

吉江あと、『小さなチーム、大きな仕事』といった面白い本をたくさん出しているハヤカワ新書juiceっていうシリーズがあるんですけど、そのシリーズを編集している方が面白いんですよ。今話題の『これからの「正義」の話をしよう』の編集もしたスゴい人なんですけど、髪の毛がロン毛だったり、ちょっと変わってて。

―― へー、同じ方が編集してらしたんですね。ぜひお会いしてみたいです。編集者の方とも顔でつながっているんですね。

吉江『これからの「正義」の話をしよう』は、発売前に原稿を読ませてもらい、悩んだのですが仕掛けることを決めました。今となっては原書も完売ですけどね。

―― 教文館さんでは、多面で仕掛ける、ってあまりないですよね。たぶん、『これからの「正義」の話をしよう』の仕掛けは、いつも来ているお客さまも「おっ」と思われたと思います。でもこれは面白いですよね。

吉江ね。この本の売れ方は、書店界の「希望」だと思うの。答えのない政治哲学を、「学びたい」と思う人がこんなにいるって素晴らしいと思う。うちのお客さまは、真面目な方が多いんです。私なんか全然続かないNHKの語学の本が、キチンと毎月売れたりするんですよ。

本を、諦めたくない

吉江「いいものは静かに続いていく」というのが理想ですね。電子書籍などいろいろいわれていますが、使い方を知っている人、情報の仕分けができる人が手段のひとつとして使うには、いい手段ですよね。ですが、わたしは本が好きだし、辞書だってまだ売れてるし「諦めたくない」って思います。だって本を読んでいる人ってカッコイイじゃないですか。

―― そうですね(笑)。

吉江電車で見た目がどんなにギャル男の人でも、スッと文庫本取り出すと「おっ、いい人なんだ」って思っちゃう(笑)。取り出したのがiPadだったら、少しガッカリしそう。

―― 今電車で携帯いじってる人多いですものね。イヤホンもしてたら、完全に閉じた世界になってしまっていて、ちょっと気になります。

吉江そう。お店のレジでもイヤホンしたままの人には、あえて小さい声で話すの。「損してますよ」っていってあげたくなります。うちはお客さまとも顔でつながっているので、話かけたいけど、話しかけようかどうかはかなり迷いますね。「前買われた本、いかがでした?」とか。

―― 買われたお客さまと本を、覚えていらっしゃるんですね。

吉江全員ではないですけどね。たとえば、教文館ではブックカバーが色違いで2種類あるのですが、どっちをかける方か覚えてても毎回聞いた方がいいのか、それとも覚えた色をサッとかけた方がいいのかとか、悩みます。

―― そこまで覚えているんですか?

0824-16.jpg

吉江えぇ。たまにジャンルごとに色を変えている方もいるので、探り探りですけどね。

―― そんなところまで。頭が下がります。

吉江翻訳ものも悩みますよね。初心者向けがいいのか、古典訳がいいか。頼まれ方の口調から推測しますね。そうやって顔なじみになった方が、クリスマスにストラップをくださったり、月島のおばちゃんかららっきょうをいただいたり、会社が銀座近くから離れても来てくださったりと通ってくださり、本当にありがたいですね。だから私も、その方が好きそうな新しい本が入ったらお知らせしたりしています。

―― 仕事を越えた、暖かい付き合いをされてて素敵ですね。吉江さんのお人柄が、みなさんとのつながりを生んでいるんですね。

吉江いえいえ。

―― 書店員のみなさんも知識が豊富な方ばかりですよね。

吉江そうですね。それぞれ得意ジャンルを持っているので、お客さまに聞かれたとき、自分が知らなくてもあの人が知ってる、という社員間の信頼はありますね。歌舞伎ならあの人、落語ならこの人・・・とか。

―― さすが。少数精鋭ですね。何を聞かれても誰かは答えられる書店なんて、今となってはあまりないと思います。これからお店をどうしていきたい、といった目標はありますか?

吉江もうね、第一の目標は「潰さないこと」(笑)!

―― なるほど(笑)!

吉江つなげていくためにね。あと、手作り感を大切にしたいですね。そして、売れればいい、というのを越えて読者の人に届けていきたいです。死ぬ気で書いている作家さんに失礼にならない売り方をしていきたいですね。

―― 吉江さんに見初められる本をお届けし続けられるよう、精進します! 今日は長時間、本当にありがとうございました!


お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

ミシマ社営業チーム

バックナンバー