本屋さんの遊び方

本屋さんの遊び方恵文社さん

「恵文社 一乗寺店」は、レトロな喫茶店のように、人々を優しく迎え入れてくれる。木造店舗と木製家具の木の温もりに、そっと包み込まれるような心地がする。

店長の堀部篤史さん(1977年生まれ)は、自著『本を開いて、あの頃へ』(mill books)のなかで、本や読書への思いを次のように綴っている。

「本や、それを読むという行為は他の何かと交換可能なものではない。検索して情報を知る以上の楽しみがそこにはあるということを自分自身の読書体験をもとに証明したかった。少なくとも読書やレコード蒐集の楽しみを知るものとして、振り返って気づく前にこの変化の流れに一石を投じたい。それを意識してから僕の読書はノスタルジーに取り憑かれた。
(略)
本を読むという行為だけは懐かしいものにしたくない。感傷的だと笑われるかもしれないが、そんな思いがこの本の至る所に込められている。」
(序文「読むことへの偏愛、読書そのものについての感想文」)

誤解のないよう補足しておくと、堀部さんは決してアンチ・デジタル派ではない。この前段で、インターネットやiPodも自身の生活に欠かせないと語る。旧きメディアと新しきメディアの両方のよさを知る立場から、本やレコードという旧きものへの思い入れを綴ったのが、この本だ。
この本で綴られている堀部さんの本への愛、旧きものへのノスタルジーが、店の中にまで溢れ出てきているかのようだ。

こうしたなつかしさと安心感のなかにあって、独特の存在感を放つ数々の本が、新しい読み手との出会いを静かに待っている。思いもかけない本との出会いに、視線は棚の前で釘づけになる。
ふと我に返り、棚の前で顔を上げると、書棚の向こうに数多くの本が目に入る。「あそこにも何かあるかもしれない」と、心は店内のあちこちに誘われる。

「恵文社 一乗寺店」は、地理的には京都の片隅にありながら、その知名度は高い。京都のみならず全国各地から人が訪れる。「京都の観光名所」と評する人もいるほどだ。
それは、決して大げさではない。ここには、想像していた以上に豊かな時間と空間が広がっている。

多くの人を魅了する「恵文社 一乗寺店」。その秘密を探るべく、店長・堀部さんに話を聞いた。

「本屋さんの遊び方 京都編」書店分布の図。青:古書善行堂、赤:ガケ書房、緑:恵文社 一乗寺店。より大きな地図で表示


恵文社 一乗寺店
ホームページ:http://www.keibunsha-books.com/index.html
店長ブログ:http://keibunsha.jpn.org/
スタッフブログ:http://d.hatena.ne.jp/keibunsha2/

(聞き手:大越裕・萱原正嗣、文:萱原正嗣)

第22回 京都編・恵文社一乗寺店 堀部篤史さんに聞きました――本を「なつかしいもの」にしないために・・・

2011.05.02更新

「恵文社 一乗寺店」の意外な(?)歴史

本屋さんの遊び方 恵文社さん

店舗入り口前に立つ堀部さん。店舗の外観もレトロな雰囲気が満ちている。

―― 本日はよろしくお願いします。

こちらははじめて来させていただきましたが、すごくゆったりしていて、なつかしい感じがします。心が落ち着くというか、安心感があるというか・・・。そういうやすらぐ雰囲気のなかに、知らなかった本との出会いがあちこちにあって、高揚感を静かに掻き立てられます。お話を伺いながら、不思議な魅力に満ちたこちらのお店の秘密を探っていきたいと思います。
まずは、「恵文社 一乗寺店」の成り立ちからお聞かせください。

堀部こちらこそよろしくお願いします。
「恵文社 一乗寺店」は、1975(昭和50)年に、いまのオーナーがこの地に開きました。
「恵文社」は、先代のオーナーが開業した個人書店です。こちらの店が「一乗寺店」を名乗っているように、恵文社にはほかにも店舗があります。本店の「西大路店」と「バンビオ店(旧・神足店)」の計3店舗です。うちの店をよくご存知の方でも、そのことをご存知ない方も結構いらっしゃいますが・・・。

―― それぞれどういうお店なんでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

恵文社 バンビオ店」のウェブサイト。「一乗寺店」とサイトのテイストは似ているが、扱う本も、店舗の外観や内装も大きく異っている

堀部どちらもうちの店とは雰囲気も品揃えもまったく異なります。本店はいわゆる一般的な書店で、バンビオ店はコミックや同人系に力を入れています。

他に店舗があるのは知っていても、その店舗も一乗寺店と同じような店舗だと思われている方もいらっしゃいます。そういう方が本店やバンビオ店を訪ねて、あまりの違いにビックリされたという話も耳にします。ちなみに、バンビオ店はバンビオ店で、コミックの世界では熱い支持を集めています。

一乗寺店は、開店当初から漠然と「ちょっと変わった品揃えの店」にしたいという思いがあったと、いまのオーナーから話を聞いています。恵文社のなかでのチャレンジ・ショップです。

うちの店がある京都市左京区周辺は、周りに大学がたくさんあります。京都大学、京都造形芸術大学、京都工芸繊維大学、京都精華大学など、特に芸術系の大学が多く、個性豊かな学生が多く住んでいます。「そういうユニークな学生に向けて面白い本を届けよう」というのがそもそもの始まりです。

変わった品揃えを実現するにはどうすればいいか? 取次からの配本や出版社の常備(*)に頼っていては、独自性を出すのは難しい。ということで、既存の仕組みに頼らずに、自分たちで本を仕入れる方法を開店当初からとっていました。

スタッフの人選も変わっていました。変わった本を選ぶには、変わった人間が必要だろうということで、周辺に住む芸大の学生やアーティスト志望の若者をスタッフにしました。学生や若者のアルバイトが、それぞれのセンスで仕入れや棚づくりをしていました。
こんな風に何から何まで、一乗寺店はそれまでの書店のセオリーとはまったく違う方法で運営してきました。


 * 配本・常備:配本とは、「取次店(本の卸会社)が、新刊委託等の際その出版物の種類や部数、及び配本先である各書店の規模、地域等を総合的に勘案し、 予め定めてある方式(パターン)にあてはめて配本すること」。パターン配本ともいう。常備とは、「出版社と取次店、書店との合意により、特定の書籍を常(平均一年契約:契約販売期間終了までは店頭からは撤去しない) に店頭に商品見本として陳列しておくこと」。
出典はこちら


「恵文社 一乗寺店」は35年の時間とともに・・・

―― 35年前から、配本に頼らずに自分たちで本を仕入れていたとは驚きました。そういう動きは、ここ数年ぐらいのものかと思っていましたので・・・。

堀部とはいえ、仕入れも棚づくりも完全にスタッフ任せだったので、しばらくは混沌とした状況が続いていました。棚ごとに表情がガラっと変わりますし、スタッフが入れ替わると店の雰囲気も変わっていました。漫画雑誌『ガロ』が全盛の時代は店全体がサブカルチャーに傾倒していましたし、人文系に強いスタッフがいるときは、岩波文庫がやたらと充実している、という状況です。

そんな状態だったので、経営も厳しいものがありましたが、オーナーが頑張って、「恵文社全体で採算がとれればいい」と、スタッフに任せ続けました。そういう長年の積み重ねを経て、ここ数年ぐらいでようやく、うちの店なりのメソッドを徐々に整理できてきた、というところです。

 * 『ガロ』:白土三平の『カムイ伝』、水木しげるの『鬼太郎夜話』をはじめ、つげ義春、安部慎一など、個性的な漫画家が作品を寄せた青年向けの漫画雑誌。日本のサブカルチャーに大きな影響を与えたと言われている。刊行は青林堂。1964(昭和39)年に創刊し、2002(平成14)年で休刊。2010(平成22)年には、iPadアプリ『ガロver.2.0』としてリニュアールした

―― 堀部さんが店長になられたのは2002(平成14)年でしたよね? ここ数年で動きに変化が出始めたのは、何か具体的な取り組みをされたんでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

一乗寺店のウェブサイト。味わいのある品々が並ぶ。

堀部いえ、私自身は特に何も・・・。ここ数年で変化が出てきたきっかけとしては、1999(平成11)年のウェブサイトの開設が大きかったと思います。ウェブサイトをつくったことによって、うちの店のパブリックイメージを広く世の中に発信することができるようになりました。

それまでは、スタッフごとに店に対するイメージにバラつきがありました。本の選び方や棚のつくり方についても、スタッフの間である程度共有できていたとは思いますが、感覚的な部分が多く、言葉にして表現するのはなかなか難しいところがありました。

外部に発信するメディアを手にしたことで、「恵文社 一乗寺店ならでは」ということをスタッフ一人ひとりが強く意識するようになりました。全体的なイメージしかり、本の選び方や棚のつくり方しかりです。

こちらに来てくださる方にも変化がありました。それ以前は、近隣に住んでいる方がほとんどでしたが、サイトをつくったことで、遠方から足を運んでくださる方が増えてきました。経営も少しずつ安定するようになってきました。

店の本質的な部分は、ウェブサイトをつくる前も後も変わっていません。ウェブサイトをつくった意義は、スタッフの意識や店が目指す方向性がよりクリアになり、お客さんとの接点が劇的に増えたことにあると思っています。そういう意味で、画期的な出来事だったと思っています。

ただ、それができたのも、一乗寺店の30年の土壌があったからのことです。長い時間をかけてつくりあげてきたものに自分たちが慣れてきて、スタイルが洗練されつつあった。そこに、新たにウェブというメディアを手に入れて、方向性がよりはっきりした、ということだと思っています。

―― 「慣れてきた」というのは、具体的にどういうことでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

書店に併設しているギャラリー「アンフェール」。普段は主に雑貨を扱っている。

堀部長い時間のなかで、お付き合いする出版社の数も増えてきましたし、出版社の特徴や傾向も徐々にわかってきました。

書店と併設するかたちで運営しているギャラリー「アンフェール」の使い方、活かし方もだんだんと感覚がつかめてきました。イベントや企画展を開いて人を集めたり、本だけでなく雑貨を取り扱ったりというように、です。

こういう積み重ねがあったからこそ、ウェブを変化のきっかけにすることができました。

「セレクト」するのは当たり前、買い切るつもりで仕入れています。

―― 「うちの店なりのメソッド」いうことばを使われていましたが、具体的にはどういうことでしょうか?

堀部「メソッド」とは言っても、うちの店にはマニュアルの類はありません。ある程度言語化できるようになっていますが、感覚的な部分も多いので、言葉で説明しきれない部分も当然あります。メソッドが洗練されてくるまでに時間がかかったのは、そういう難しさがあったからだと思います。

大きなポイントは、ウェブ検索の登場です。情報のかたちやアクセス方法が多様化したことで、比較対象ができて、本の特性やうちの店のメソッドが説明しやすくなってきました。
端的に言うと、うちの店のメソッドは、「ウェブ検索的でない」ということに尽きます。

―― と言いますと・・・

堀部メソッドには大きく2段階あります。本を仕入れる段階と、本を棚に並べる段階です。

本屋さんの遊び方 恵文社さん

美しくディスプレイされた多くの本が、新たな読み手との出会いを静かに待っている。

ウェブで検索して得られる情報は、基本的には実用情報です。映画の上映スケジュールや玉子焼きのつくり方、といったようなものです。そういう情報は、ウェブで必要なときに調べれば済む話で、何も本でなければならない理由はありません。

これからの時代の本には、実用情報以上のものが求められています。これまでの本も、ずっとそういうものが求められてきたと思いますが、ウェブという比較対象ができたことで、本の役割がはっきりしてきました。

たとえば小説は、実用的な情報を集めたものではありませんし、小説のあらすじを知っていることと小説を実際に読む行為は本質的に異なるものです。小説は、ものがたりを読んで、そこから何かを感じてこそ意味があります。これからも、さまざまな小説が読み継がれていくと思います。

玉子焼きにしても、単純につくり方を見せるだけなら単なる実用情報ですが、テーブルウェアと組み合わせた美しい写真が載っていたり、著者の思いがエッセイで綴られていたりすれば、単なる情報を超えた情緒的なものが生まれます。
そういう実用情報以上のものが込められた本を、うちの店では選んでいます。

―― 仕入れで本を選ぶのは、実物を見ないと中身がわからない難しさがあると思います。その辺りはどのように工夫されているんでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

自由が丘3丁目 白山米店のやさしいごはん』(白山米店お母さん(寿松木衣映)著)。やさしい母の味を愛情豊かに手書きでノートに綴る。発刊は2011(平成23)年3月10日

堀部まさにその通りですが、実物を見る前におおよそのイメージをつかむ方法があります。タイトルや著者、書影(本の外観)を確認するのはもちろんですが、出版社の特徴や傾向も判断材料にして、どういう内容でどういう雰囲気の本かをイメージします。つくり手の文脈まで意識すると、だいたいのところをイメージできるようになります。たとえば、先日ミシマ社さんで料理本を出されましたが、単なるレシピ集ではない何か予感を予感させるものがありました。

お客さんも、そういうつくり手の文脈をよくご存知です。「何かがありそう」な本をこちらが感知して店頭に並べると、POPであれこれ説明しなくても、お客さんにきちんと届きます。

買い切って売り切る感覚も、仕入れの際の重要なポイントです。うちの店では、買い切りが前提の雑貨やミニコミ、洋書を長年扱っています。本の世界は仕入れた後に返品が可能ですが、普通の小売りの感覚で、売り切る自信がある本をその数だけ仕入れるようにしています。

うちの店は、ガケ書房さんと並んで、「本のセレクトショップ」と形容されることがあります。うちの店のウェブサイトの店舗紹介で、「本にまつわるあれこれのセレクトショップ」と自分たちでもそう名乗っていますが、はやくこの表現をやめたいというのが本音です。ガケ書房の山下さんともよく話をしますが、小売店が「セレクト」するのは当たり前ですので・・・。

恵文社流「棚の編集術」

―― 棚に本を並べる際のメソッドはいかがでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

「検索的でなく」並べられた本は、一冊一冊、表情が実に豊かに見える。手前の机は、「本の本」のコーナー。本と読むことについてさまざまな思いが綴られている。

堀部棚についても同様で、「検索的でない」方法で本を並べています。

具体的に言えば、「タイトルの五十音順」でも「作家順」でもなく、検索志向とは完全に逆を行く発想です。検索的に本を並べてしまうと、せっかく実用情報以上の本を選んでも、その本が実用的なものとしてしか見えなくなってしまいます。必要なものを探しやすくするためではなく、知らないものを発見してもらうために棚をつくっています。

とはいえ、もちろん無造作に並べているわけではありません。見ればどういうものがあるかはわかるように、棚ごとにテーマを設定しています。先ほどのミシマ社さんの料理本の例で言えば、レシピ集として紹介するのではなくて、食にまつわる随筆やアートブック、マンガを一緒くたに棚に並べます。「料理・食」というジャンルでゆるやかにくくっておいて、そこにいろいろな本を散りばめます。そうすることで、たとえば休日に料理をつくりたくて本を探しに来た人が、食文化の歴史に興味を持つようなことが起こるわけです。

「本ならではの本」「実用情報以上の本」には、それぞれ文脈があります。うちの店がやっているのは、本が持っているもともとの文脈を組み替えて、新しい文脈を提案することです。書店で本の中身を書き換えることはできませんが、本の文脈を変えることはできます。そうすることで、本に新しい意味を持たせることができますし、お店に来てくれた人の興味や関心も広げることができます。

―― 具体的にはどういうことでしょうか?

堀部本は、置き場所や横に並ぶ本を変えるだけで、ガラっと表情が変わります。本来の文脈とは違った顔を見せるようになります。劇的に変わるんです。

本屋さんの遊び方 恵文社さん

図案事典』(野ばら社)。可愛らしいイラストに心がやすらぐ。

わかりやすい典型例として、1950年代に初版が刊行された『図案辞典』(野ばら社)という本があります。この本は、もともと年賀状用の図柄のカット集としてつくられたもので、完全な実用書の部類に入ります。ですが、いまの時代にカット集を見て年賀状を書く人はまずいません。ですが、文庫サイズの大きさで場所もとりませんし、レトロでかわいいイラストがとても印象的です。そこで、「乙女のためのコーナー」をつくって、女性的な感性の随筆や女性向けの画集と一緒に並べて以来、うちの店では長く売れています。

この本が、大型書店でデザイン・図案コーナーにあっても見つけられることはまずないと思います。こうやって、埋れていた本に新たな光を当てて、本と読み手との新たな出会いを生み出すのが、うちの店の「棚の編集術」です。

―― 堀部さんはレコード店でのアルバイトをされていたことがあって、そのときの経験がこちらで活きているという話を拝見したことがあります。

堀部そうなんです。まず、商品をセレクトするのが当たり前です。棚のつくり方では、面出しと棚差しでお客さんの反応がまったく違うということを実感しました。商品の紹介の仕方にも特徴がありました。きわめて同時代的なんです。

CDやレコードの紹介をするのに、音楽の話ではなくてファッションやカルチャーの話を持ち出します。というのも、音楽を聴く人は音楽だけ聴いているわけではなくて、ファッションや他のカルチャーにも興味を持っています。ジャンルを超えた横のつながりがきっかけになって、「その曲を聴いてみたい」と思うことがあるわけです。

そういう同時代性は、うちの店でも大いに参考にしています。うちの店のような規模だと、大型書店には量ではどうやってもかないませんが、逆に、大型書店は量が多すぎてレコードショップのメソッドを導入することは難しいはずです。本に気軽に接してほしい、本との接点を増やしたいという思いと、大型書店との差別化の意味合いを含めて、うちの店では同時代性を意識して棚をつくっています。

モラトリアムが許されたからこそ、いまがある。

―― 堀部さんご自身について伺いたいと思いますが、こちらで働くようになったのは、どういうきっかけだったんでしょうか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

店舗外観。堀部さんの横に並ぶ自転車が、店舗の賑わいを表している。

堀部友人が恵文社でアルバイトをしていました。その友人の紹介です。私が、本が好きで、『ガロ』が好きで、サブカルも好きだったので、「向いてるんじゃないか」ということでアルバイトに誘われました。簡単な面接で採用が決まって、いきなり「好きなように棚をつくれ」と言われました。私がアルバイトを始めた1996(平成8)年当時は、いまと比べると圧倒的にゆるかったなと思います。

―― そこから店長になるまではどういう流れがあったんでしょうか?

堀部うちの店は長らくアルバイトだけで運営していましたが、経営状態がかなり悪かったんです。見かねたオーナーが、大型書店で店長を経験されていた方を店長として連れてきました。ですが、その方は長く続きませんでした。うちの店のメソッドにあわなかったというか、自分の趣味に走ってしまわれて・・・。私はそれを下から見ていて、「こういうやり方ではダメなんだな」と感じていたら、その方が辞めるときに、オーナーから「お前がやれ」とご指名を受けました。それが、2002(平成14)年です。

―― 1977年のお生まれで2002年だと店長になられたのは25歳ですよね? 就職はせずにアルバイトを続けていたということでしょうか?

堀部就職はしませんでした。就職活動をしようという発想もなく、卒業後もアルバイトをかけもちして暮らしていました。

京都市のなかでも左京区は学生文化が強い地域です。卒業しても就職せずにこの地に残り、自分たちで店をつくっている人が、私の周りには何人もいました。私にとってはそれが見慣れた光景だったので、就職せずに京都に残るのが自然な選択でした。

いろいろ幸いな点があったと思います。アルバイトのかけもちで生活が成り立っていたこと、就職のためにこの仕事を辞めずに済んだこと、アルバイトで始めたはずの仕事が本業になったこと、不安定だった経営も安定してきて、店長の手当てもつくようになったこと・・・。
モラトリアムでいられたからこそ、いまの自分があると思っています。

もちろん、モラトリアムはいい面ばかりではありません。モラトリアムのままおじさんになってしまったような人も知っています。良し悪しはありますが、世の中に流されずに生きていく人が一定数いるのは、この地域のひとつの特色だと思っています。

―― 店長になられてから、ご自身のなかで何か変化はありましたか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

書店に併設する「生活館」。くらしのための本と雑貨が仲良く並ぶ。

堀部基本的なところは変わっていないと思いますが、店全体に意識を向けるようになったことと、お客さんの反応をより強く意識するようになりました。具体的には、店全体でのお客さんの動きを見て、自分が好きかどうかとは関係なく、コーナーを入れ替えたりバランスを変えたりしています。

たとえば、私は映画好きですが、店長になってから映画コーナーを縮小して他のコーナーを充実させました。2006(平成18)年には、書店の横に「生活館」というフロアを新たにスタートさせました。そのころから『ku:nel』(クーネル)のようなライフスタイル誌が徐々に出始めていて、新たな潮流を感じていました。ただ、当初はうちの店としても扱いかねていて、置き場所を試行錯誤していました。そういう状況でも目に見えた反応があったので、独立したコーナーをつくる必要性を感じました。

いまでは、ジャンルへのこだわりはありません。別の言い方をすると、うちの店のメソッドを使えば、どんなジャンルでも面白く見せられると思っています。そのために大事なことは、いろんなジャンルのよさをわかる、好きになる、ということです。

私は以前、建築や料理にあまり関心を持てませんでしたが、実際に触れてみたら面白さがわかってきました。良さをわかるには自分で買ってみることも大切なので、ことあるごとにいろいろな本を買うようにしています。そういう視野の広がりも、店長になってからの変化のひとつです。

合理性を超えたところに「文化」は宿る。

―― 棚のつくり方で面白いと思ったのは、「ウェブ検索的でない」ことを意識してつくったこちらの棚の方が、ウェブ検索よりも「インターネット的」な感じがすることです。

ウェブは、その名のとおり、リンクを介してまさにクモの巣(=ウェブ)のごとく、情報がリゾーム状につながっていくことを志向してつくられたものです。それが、GoogleやAmazonの登場でウェブの性質が変わって、いまでは目的の情報やものを手に入れるための実用ツールになっています。
こちらの棚を見ていると、興味や関心がとめどなくどんどん広がっていきます。ウェブが本来目指していたリゾーム的な広がりが、リアルな店舗でむしろ鮮やかに具現化されていて、不思議な逆転現象のように思います。

本来的には、本や書棚が持つリゾーム的な性質をウェブで実現しようとした、というのが正確なところだと思うので、書棚の並びをもって「インターネット的」と表現するのもおかしいかもしれませんが、こちらの棚を拝見していたら、そんなことを思いました。

本屋さんの遊び方恵文社さん

窓から差し込むやわらかい光は、本の未来を明るく照らしているかのようだ。

堀部リアルの世界にしろウェブの世界にしろ、実用的な合理性を超えた言語化しづらいことは、どんどん切り捨てられているのが現状だと思います。
私は、本だけでなくレコードも好きで、2,000枚くらいのコレクションがあります。そのうち、店に通って手に入れたものは、いつどこで手に入れたかを驚くほど鮮やかに覚えています。その店の「そこにしかない佇まい」が、心に強く残るんだと思います。

インターネットは、何かを探すときにものすごい威力を発揮します。私もネットの検索やオークションでレコードや本をよく買いますが、ネットで手に入れたものは、いつどうやって買ったかをほとんど覚えていません。

こういう自分の体験から考えてみても、場所の意味や場所が記憶へもたらす影響には計り知れないものがあると思っています。ですが、合理性や利便性、効率性が重視される時代にあって、そういう感覚的なところはどうしても無視されがちです。

私は、書店やレコード店に限らずお店そのものが大好きです。個人がやっている小さなお店に特に心惹かれます。喫茶店しかり、居酒屋しかり・・・。「そこにしかない佇まい」に興味を掻き立てられます。

京都は、寺社仏閣が多く景観が美しいまちとして知られていますが、そういう個人店文化がまだしっかりと残っているのも、この地の大きな魅力だと思っています。特に、左京区をはじめとした京都の周辺には、まだまだ面白い店、面白い人が息づいていて、遠くから人を呼び寄せる力になっていると思います。

一方、同じ京都でも、中心地の河原町では個人店はほぼ壊滅的です。カラオケボックスやドラッグストアが立ち並び、京都は中心から郊外化してしまっています。合理性や利便性の名のもとに、資本の論理がまかり通ってしまった結果です。
「恵文社 一乗寺店」は、そういう流れに一石を投じていきたいと思っています。合理性・利便性・効率性を追求する世の中の流れのなかで、そこからこぼれ落ちてしまったものを守り続けていきたいと思っています。

合理性だけで人間の生活が成り立つのであれば、味わいのある店もおいしい食事も存在理由がなくなってしまいます。人間が栄養剤だけで生きられるとしても、そういう暮らしが豊かだとは思えません。
言語化が難しい部分、合理性を超えたところにこそ、「文化」は宿るはずです。うちの店はそういうものを守っていきたいですし、「文化的」な書店でありたいと思っています。

―― 電子書籍についてはどのようにご覧になっていますか? 本にはない利便性があって、本を駆逐するという声もありますが・・・。

本屋さんの遊び方 恵文社さん

街場のメディア論』(内田樹、光文社新書)。「第六講 読者はどこにいるのか」で本と本棚の持つ意義や機能について論じている。

堀部電子書籍は情報への入り口のひとつだと思いますし、電子書籍には電子書籍の意義があると思っていますが、本とは本質的に異なるものです。書かれている内容が同じだから、本を電子書籍で代替可能だという見解もありますが、それは違うと思っています。

ポイントは、ミシマ社さんとも縁深い内田樹先生がおっしゃっているように、「身体性」だと思います。本の厚みの感覚で、どの辺りまで読んだか、どの辺りにどんなことが書いてあったか、不思議と体が覚えているものです。本棚を見れば、どんな本があるかを一望することもできます。そういう身体感覚は、電子情報にはない、本特有のものだと思います。

雑誌にも、単なる実用情報ではない重要な役割があると思っています。雑誌というひとつのメディアのなかには、自分の興味の外にある情報もたくさん載っています。雑誌に目を通すことで、そういう自分の外にある世界に触れられるだけではなくて、一冊の雑誌のなかで、自分が興味を持っているものがどう位置づけられているか、情報の重要度や世の中での受け止められ方を相対的・客観的に知ることができます。

情報自体よりも情報の意味や重みを身体的・感覚的に知ることができるのが、本や雑誌、書店の重要な性質だと思います。それは、電子書籍やウェブの情報検索ではなかなか得がたいものだと思っています。

長期滞在大歓迎、心ゆくまで存分に・・・。

―― 「恵文社 一乗寺店」では、お客さんにどういう風に「遊んで」ほしいと思われていますか?

本屋さんの遊び方 恵文社さん

店内を行き来して回遊するお客さんたち。女性が目立つなかで、小学生と思しき子どもの姿も。何を熱心に読んでいるのか・・・。少なくともこの子が生きている限り、本は「旧きメディア」にも「なつかしいもの」にもなりえない。

堀部目的の本を探しにくるというよりは、本との偶然の出会いを楽しんでほしい、と思っています。きっかけは何でもいいと思っています。店に来ていただいて、ゆっくり見ていただければ、何がしかの発見があるはずです。そのためにいろいろなイベントを企画して、はじめての人でも来やすいように入り口をいくつも用意しています。

こちらに来られた際は、騙されたと思って、自分の興味がないところをじっくり見てもらうと面白い発見があると思います。

たとえば建築書のコーナーに、一般的なくくりでは建築の外にある本も置いています。その本が、新たな好奇心の扉を開くきっかけになるかもしれません。

特に目的意識を持たずに、休日のお暇なときに、観光の合間に、ゆっくりとご覧になってほしいと思っています。

―― 実際に、みなさんすごくゆったりと本を見られているように思うんですが、お店での滞在時間はだいたいどれぐらいでしょうか?

堀部2時間、3時間という方も珍しくはありません。10時に開店してすぐにお見えになってお昼までいる方もいらっしゃいますし、お昼を食べに外に出て、また戻ってこられる方もいらっしゃいます。うちは長期滞在大歓迎ですので、心ゆくまで楽しんでもらえたらと思っています。

―― 旅行と同じですね。観光地を見てすぐに帰ってくる旅行もあれば、旅先で長く滞在して、その土地の意外な顔を発見する長期滞在型の旅行もあります。こちらで過ごす時間は実に豊かで贅沢だと思います。また、ゆっくり遊びに来たいと思います。今日はどうもありがとうございました。


本屋さんの遊び方 恵文社さん

京都の平熱 哲学者の都市案内』(鷲田清一、講談社)。京都で生まれ育った哲学者が語る京都の平熱(日常)は、猥雑でありながら知的で優雅な香りが漂っている。京都のまちの奥深さと、表れては消え、消えては表れるさまざまな表情が描かれている。

最後に、堀部さんが京都をどのように見ているか? 冒頭にも挙げた堀部さんの自著『本を開いて、あの頃へ』から、堀部さんのことばを引いてみたい。京都で生まれ育った哲学者・鷲田清一氏が案内する異色の京都本『京都の平熱 哲学者の都市案内』(講談社)について堀部さんが綴った思いだ。

「京都市内に無数に走るバスの一つに206系統という路線がある。京都駅を起点に、市内の中心部を避けるように周辺をぐるりと一周するバスだ。自分も大学への通学や、通勤に日常的に使用していた路線だった。著者は京都を巡り、案内するのにこの路線をガイドラインとして使用する。円を描くように周辺部を走るこのバスを選んだのは何故か。この路線同様、京都市内の中心は空洞化しているからである。阪神方面からこの街に降り立つ地点となる阪急電車の終点河原町駅や、京阪三条、四条駅周辺は、まるでどこかの地方都市と代わり映えのしない、チェーン店やドラッグストア、歓楽施設が占拠し、烏丸通はどこにでもあるようなオフィス街と化した。206系統の路線が囲む市内中心地はもはや郊外化が進行する一方で、歴史とは切り離して考えても、街の個性を感じられる場所は多くはない。著者がこの系統のバス路線に沿って思索を巡らせたのもうなずける話だ」

(ラーメンとラブホテルの京都 『京都の平熱 哲学者の都市案内』鷲田清一)


京都市バス206系統路線図と、古書善行堂(青)、ガケ書房(赤)、恵文社 一乗寺店(緑)。いずれも路線の外側にある。より大きな地図で表示


ミシマ社京都支社設立記念の「本屋さんの遊び方 京都編」も今回の「恵文社 一乗寺店」が最終回。特に意図したわけではないが、「古書善行堂」も「ガケ書房」も、すべてが左京区で、206系統バスの路線の外側に位置している。

面白いまちだから面白い店ができるのか。面白い店があるから面白いまちになるのか。ニワトリとタマゴの議論と同じで結論を出すのはむずかしい。だが確実に言えるのは、始める人がいなければ店は生まれないし、続ける人がいなくなれば店は消えてしまうということだ。そして、面白い店がなくなれば、まちの面白さも失われていくのは想像にかたくない。

堀部さんの言うように、京都の「中心」は空洞化しているのかもしれない。だが、京都の「周辺」には、まだまだ面白い人と店がある。「文化」を守り育てる人と店がある。

「"周辺"で"文化"を守る」
「言語化できないところに"文化"は宿る」

どこかで聞いたことがある言葉だと思ったら、以前取材で訪ねた「しまぶっく」の店長も同じようなことを語っていた。
本屋さんは面白い。本屋さんはすごい。今日も、本屋さんへ遊びに行こう。

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