本屋さんの遊び方

今回の「本屋さんの遊び方」は、創立60余年、京都を中心に滋賀・大阪に22店舗を展開中の大垣書店の取締役企画開発部長、平野篤さんにお話をお伺いしました。
平野さんは大学在学中から書店員をはじめて、はや32年という大大大ベテラン。
そんな平野さん流「本との接し方」の極意とは?

(聞き手:窪田篤・太田敬子、文:太田敬子)

第25回 大垣書店 取締役企画開発部長 平野篤さんに聞きました

2011.11.02更新

平野さんと本とのビミョーな関係

―― はじめまして。今日はよろしくお願い致します。

平野よろしくお願いします。

―― 今日は、駆けだしの出版人として、そして本好き人間として、大先輩である「本の達人」平野さんに色々と教えていただきたく・・・。


平野ちょっと待った! 誰がそんなこと言ったの?

―― え!? あ、えっと、それは・・・。

平野それは憶測ですねえ、間違ってます。僕は本好きな人間ってわけでもないし、たくさん読んでるってわけでもない。

―― や、あの、す、すみません! 本はあまりお好きではないのでしょうか・・・。

平野いやいや、好きってわけでもなければ嫌いってわけでもないし、もちろん「いいなぁ」と思うこともあります。そういう中途半端な、よくいえば程よい、つかず離れずの関係が、今の仕事を続けていられる理由でもあるんじゃないかなと。本を好きすぎると、本屋ってできないんじゃないかなあと思いますね。

そもそも、本は量的にではなく、質的に測られるべきものだろうと思います。量的に計りたがる人間ほど、本を信用してねえなぁ、と感じちゃう。
例えば僕が「本読みと出会った」と思った体験として、就職試験で5人くらいの集団面接をしたことがあってね。集団の面接っていうのはたいてい、最初の人の発言を、後に続く人がオウムみたいに模倣していくんですよ。だから「普段どんな本を読みますか?」って聞いても、みんなおんなじように賢そうな本しか言わないんです。つまんねえなーって思う(笑)

でもそのとき、最後の5人目の男の子が「僕、本は読まないんです。でもひとつだけ、『坊ちゃん』だけは何度も何度も読んでます」って言ったんです。僕はヘーッと思って、「ずーっと、ぼっちゃん一本できたの?」って聞いたら、「ずーっと、ぼっちゃん一本できてます。あれだけは何回読んでもおもしろい」っていうんです。僕はそれを聞いて、「ひさしぶりに読書家に出会ったな」って嬉しくなりました。たぶん、本を読むってこういうことだと思います。

―― なるほど。必ずしも大量に読むことが大事というわけではないのですね。

本屋を続ける理由はモチベーションにあらず

―― ところで、先ほど本とはつかず離れずの関係でいらっしゃるとおっしゃいましたが、それでも30年以上、本屋というお仕事をつづけてこられているのは、どういったモチベーションがあるからなんですか?

平野うーん、特にありませんねえ。

―― えっ、ないんですか? 仕事に対してモチベーションがないのに、ずっと続けてこられたのにはどういった原動力が?

平野それはね、仕事観の違いだと思う。今の若い人は、たぶん仕事とプライベートのスイッチが完全に分かれていて、仕事には仕事のモチベーションが必要なのかもしれないけれど、僕の場合は、仕事と私生活をはっきりと分けられる性格じゃなかったんですよね。まして、本は空気と一緒のようなものだから。本屋という仕事を選んだ瞬間に、呼吸を無視できないのと同様に、本を自分の人生から切り離すわけにいかなくなってしまったんです。

―― 確かに、本は仕事とは関係なく、至るところで見ることができますもんね。

平野そうそう。街で本屋を見かけないことはないくらい、人と本とは密接に関連している。それくらい誰にとっても意味を持っているわけですし、それを扱っているところに立っている。そこにはモチベーションや動機といった大層なものはないんです。

―― なるほど。先ほどからお話を聞いていると、本と平野さんとの関係のキーワードは「つかず離れず」という言葉なんじゃないかというような気がします。

平野そうですね。なんというか、僕は若い時からすべてにおいて中途半端で、何にも傾倒しない人生を歩んできたわけです。たしかに本は好きだったけれど、まわりの友人たちみたいに、本に対して何かテクニカルな知識を培ってきたわけではないし。「この本はイイ」だの「しょうもねえ本だな」だの、やいやい言ってはみるけれど、「じゃあどれがホンモノなんだ」と聞かれるとサッパリわからない。そんな中途半端で無責任な態度ばかりとってきて、しかも、それでいいやと居直っちゃってるんです。

でもこの居直りってのは良いと思う。居直る前は、世間が良いというものには自分も同意しとかないとカッコつかないんじゃないか、自分は「わかってない人間」だと思われちゃうんじゃないかと不安だった。でもそういうことを思われたくないばっかりに、大して面白くもないものをほめるってのも嫌だったし。本当はわかっていないのにわかったふりをしちゃう自分のずるさも嫌だった。だから、書店で働きはじめてすぐに、「もういいや、文章くらい自分の好きなように読もう」と居直っちゃったんです。

でもだからこそ、本棚をつくるときでも、「この本は自分はつまらないと思うが、ある人にとっては重要な意味を持っているんだろう」と考えることができるんじゃないかと思います。まあ、小市民的小ズルさをきっちり蓄えた、中年ジジイとも言えますが(笑)

―― そんなことないですよ(笑) 平野さんは本と人との間で絶妙なバランス感覚を備えていらっしゃるような気がします。

平野さん流「本の楽しみ方」

―― 「本屋さんの遊び方」ということで、平野さん流の「本の楽しみ方」を教えていただけませんか?

平野僕は最近、もっぱら古本にはまっています。京都では年に2,3回古本市が開催されているのですが、毎回、奥さんと一緒に足を運んでは古本との出会いを楽しんでいます。 奥さんと「じゃあ何時にどこそこ集合ね」と決めて、パアッと散る。それで約束の時間に、お互い選んだ本を持って帰ってきて、「お前なに買うの」とか「アッ! くだらねえ本買いやがって! どうだ、俺の勝ちだっ(笑)」とかキャッキャ話して、何を買うのかをあれこれ悩む。

―― わあ! すてきなデートですね!

平野そうでしょ。ただね、そこの古本市では精算が最後だから、精算前に「お前ちょっとそれ高いから買うのやめときなよ」というやり取りもする。僕はあんまり、奥さんの買いたい本には口出ししないようにしてるけど。反撃が怖いから(笑)

―― なんだか可愛らしいお二人ですね。お話を聞いていると本当に本を介してコミュニケーションを楽しんでいらっしゃることが伝わってきます。そんな平野さんが、お店の本棚をつくる際に、スタッフのみなさまにお伝えしていることはありますか?

平野僕がかならず言っているのは、「100冊中99冊は申し訳ないけど「資本の論理」で選んでください。ただし、最後の一冊は自分の魂で選んでみてほしい」ということです。 今、本棚づくりは非常に難しい世の中になってきています。多様化の時代と叫ばれてひさしいけれど、実は売れている本だけが爆発的に消費されるばかりで、多様化するどころかどんどん偏ってきているんじゃないかとさえ思う。

こんな情勢のなかでは、書店員はマーケティングの結果だけで動いていてはだめなんですよね。だから、100冊入る平台があれば、そのうちの99冊は市場や売上の動向を見て仕入れてもらわなくちゃ困るわけだけれど、あとの一冊だけは自分の魂で選んでいい。そして、その一冊が売れた時の喜びを、自分が本屋を続けていくときの礎にしなさい、といっています。でも、絶対に100冊全部魂で選んじゃダメだよ、ともいっている。そんなもの、歪んでるに決まってるんだから(笑)

先ほど本屋を続けていくモチベーションの話をしていましたが、たぶん、そういうところがモチベーションというか、自分の原点になるところなんだと思います。どこかでホンモノ志向といいますか、市場のウソを見抜く力を持っていないと、ウソにまみれてウソであることを忘れますからね。だからそのために魂を常に磨いておきなさいよ、とはいつもいっています。

魂をみがくために

―― なるほど、魂の一冊、ですか・・・。きっとたくさんの人が魂を磨くために色々な本を読んでいわば「筋トレ」のようなことをしているのだと思いますが、なかなか難しいことだと思います。「魂の筋トレ」のためのコツや読んでおいたほうがいい本ってあるんでしょうか?

平野ない(キッパリ)。そんなものがあるってみんなが言うから世の中間違ってる。そんなものはないんですよ。だから最初の話と矛盾しますが、乱読して、自分で探すことが必要なんだと思います。特に若いうちは、選ぶなんて傲慢ですよ。とにかく読む。誰かがいいと言ったらすぐに読む。それでつまらないと思ったら、バカヤローと言って壁に投げる。そして投げた本が傷むのをみてちょっと心を痛める(笑)

―― なんだか最初に伺ったお話と180度違っていておもしろいですね。やはり量も必要と?

平野そういうことですね。本に対する審美眼のようなものはそういった積み重ねの結果として磨かれていくものだと思います。特に若いうちはなんでもやってやろうという姿勢で、とにかくやみくもに読むことをおすすめします。だから、本屋でいちいち買わない。図書館で借りて読む。ほんとはもちろん本屋で買ってほしいですけど、お金のやりくりも大変だろうし(笑)

そういった意味では僕も乱読の時期ってのはあった気がします。もちろん初めからいっているように、僕は読書家でもなんでもありませんし、常に無名の読書人でありたいと思っています。本のことはお客のほうが知っているんだから、わからないことはお客さんに聞け! というスタンスです。そうすればお客さんは「なんだそんなことも知らないのか」と言いながらもニコニコしながら教えてくれて、満足して帰っていく。これはひとつのコミュニケーションですよね。

本はたしかにひとつのモノでしかないのだけれど、コミュニケーションのなかでどんどん広がっていく可能性を持っている。これがたとえば「大根」なんかだとそうはいかないと思います。大根では1時間も会話を続けていられないでしょう(笑) でも本にはそれができる。なぜなら、本はどんな人でも必ず一度は触れるものであり、社会の根底にある「言葉」とつながっているからです。だから僕はスタッフに、「言葉」を扱っている仕事なんだからプライドを持ちなさいと常に言っています。

―― 私もお話を聞いて思ったのですが、出版業界に入って面白いと思ったことのひとつは、こんなに真摯に「言葉」というものに取り組まれている方がいらっしゃることを知ったことがあります。まだまだ出版業界に足を踏み入れて日が浅いので、その域には到達できていないと思うのですが、そういう方の近くにいられることは幸せだと思っています。

平野そうですね。結局、本そのものが大事だったり価値があるわけではなく、その本の読者がその後どのような影響を受け、どのような言葉で考え、どのようなアクションを起こしたか。あるいはその本がコミュニケーションをいかにゆたかにしたか、といったことのほうが大事なのだと思います。そういう、ある意味開き直った態度で本に臨めば、もっと本を気楽に味わうことができるのではないでしょうか。

―― なるほど、本に対するバランス感覚と「居直り」の態度が、結果として本と人との関係をより親密なものにするのですね。これからも出版業修行の身として、日々魂を磨いていこうと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました!

平野さんの写真がNGだったため、平野さんのイラストをいただきました

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