本のこぼれ話

今回は、ミシマ社が創立時から大変お世話になっている、PHP研究所ビジネス出版部編集者の吉村健太郎さんに、『「通貨」を知れば世界が読める』(浜矩子著)の制作秘話をうかがいました。

ある日この書籍を読んだ三島から、「通貨というものがはじめてよくわかった」というメールがミシマ社メンバーのメーリングリストに流れました。それは読まなくては! ということで読ませていただいたところ、本当に、はじめてよくわかったのです。通貨というとっつきにくいテーマが、"読ませる・わかる"本になった秘密はどこに? 担当編集者に聞いてみよう! ということで吉村さんを直撃しました。

(聞き手・文:星野友里)

第14回 『「通貨」を知れば世界が読める』(浜矩子著)編集吉村さん

2011.06.21更新

大河ドラマのような通貨の物語

第14回本のこぼれ話 吉村さん

『「通貨」を知れば世界が読める』(浜矩子、PHPビジネス新書)

―― 今まで通貨に関する本を読んでも、わかるようで結局わからずに現在に至るのですが、この本でやっと、金本位制や基軸通貨の意味がわかりました。

といっても、お勉強している感覚ではなくて、物語を読んでいるように楽しく一気に読み終えたら、色々なことがつながって腑に落ちていた、という感じでした。制作にあたって、どんな工夫があったのでしょうか?

吉村ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。そうですね、今回はワーグナーの『ニーベルングの指輪』というのがありまして、それをひとつの軸として、全体をつくり切れたところがよかったと思います。

もともとは去年の秋頃に、PHPの『Voice』という雑誌に浜先生が通貨に関する寄稿をくださって、それが非常に面白かったんですね。そこに『ニーベルングの指輪』がちょっと出てきていたのを読んで、「通貨の話を、ワーグナーを軸にして一冊いきましょう」というお話しをさせていただきました。

―― なるほど、大河ドラマのような物語のコンセプトは最初からあったんですね。

吉村はい。ただ原稿が進んでいくうちに、これもワーグナーにつながる、これもつながる、といった感じでひとつになっていった感覚もあって、一本筋が通ることで本が一気に引き締るというのは、私も今回勉強になりました。

―― たしかに、最近ミシマ社から発刊になった『創発的破壊』の場合は、なかなか決まらなかったタイトルが決まった時に、一本筋が通った感じがしました。

吉村それとこの本に関してはもうひとつ、「はじめに」にあるように震災があったことも大きかったと思います。あれだけのことが起こった直後に、一時的とはいえ、円が高くなりドルが安くなった。「なぜでしょう」という疑問を先生にぶつけさせていただいたのですが、非常に明快に答えていただきました。できあがってから振りかえると、それがもうひとつの切り口となって、2本の線が通ったと言えるかもしれません。まあ、つくっている最中はあまり意識的ではなかったのですが。

―― だから読んでいても、迷子にならずにどんどん内容に引きこまれたんですね。

吉村あとは、企画自体は以前からあったのですが、震災後にわりと短期間でつくりあげたので、それもちょっとよかったのかもしれないと思います。もちろん時間をかけてつくった方がよい場合もあると思いますが、最初に原稿を読んだ時の感覚を忘れずに、一気につくりあげてしまうよさもあるというのは、今回思いました。

―― なるほど、本の勢いというか、ドライブ感は、読んでいてとても感じました。

文体を持っている作家はすごい

吉村それと今回すごいなと思ったのが、原稿の最終段階で浜先生が細かな言い回しなどを修正されたときに、ものすごくよくなったんですね。全体がより浜先生らしくなったというか。一流の著者というものはしっかりした文体を持っているものだと、改めて思いました。

―― たしかに一読者として、その著者の文体が読みたくて本を読むことってあります。

吉村この本でいえばたとえば、「そういったものはごめんこうむりたい」とか「しからば」とか。そういう言葉づかいが大好きですね、浜先生の文体の大ファンです。

―― 接続詞のことばの選び方ひとつで、印象は変わりますよね。読んでいて、サブプライムローンの証券化を「ツケの福袋」にたとえているくだりなど、たとえ話がとてもわかりやすいというのも思いました。

吉村そうですね、もちろん経済や金融に関する膨大な知識があるのは前提となっていて、同時に、たとえが詩的で知的というか、文章と先生のキャラクターやセンスがマッチしていて、うまいな、すごいな、と思います。
ビジネス書というと、内容ありきで無個性と思われがちですし、実際そういう部分があると思うのですが、今回は、内容だけでなく文章を楽しめるビジネス書として、お読みいただけるのではないかと思います。

―― 通貨の話とは直接関係ないのですが、個人的に、「東西ドイツ統一でパニックに陥った『鉄の女』サッチャー」のくだりはとても面白かったです。

吉村そうなんです。東西ドイツ統一が、欧州各国にとっては単純にプラスな話ではなかったという浜先生の視点は、つねづね面白いなあと思っていました。先生はロンドンに駐在されていた期間も長いので、実感としてそれがわかるという意味で、真骨頂だと思います。ユーロの話にからめてこの話を入れていただいたのは、できあがって読み返すと大正解だったと思います。

編集というお仕事、教えてください!

―― 目次や小見出しについては編集者の方がつくると思うのですが、この本は小見出しもすごく面白かったです。「『お金』に翼が生えた日」とか「誰もがハッピーになれる通貨、それが基軸通貨」とか「危機の連続でも、シティは死なず!」とか・・・。ビジネス書っぽくないですよね。

吉村小見出しは今回、かなり遊ばせてもらいました。やりすぎたやつは先生が直してくださったんですけど(笑)

―― そんなこともあったんですね(笑)。ここからはちょっと、個人的にお聞きしてみたいことにもなってしまうのですが、編集の仕事について少し質問させてください。編集者歴10年の吉村さんは、どのように企画をつくられているのでしょうか?

吉村そうですね、最初のうちはなかなか出てこないかもしれませんが、何年もやっていて人脈ができてくると、著者の方と話をしながら、こういう企画でつくってみましょうか、という話になることも多いです。

―― そうなんですか。テーマが先にあるというよりは、著者の方とのやりとりのなかで出てくるという感じですか?

吉村うーん、それは両方ありますね。やってみたい企画というかテーマはいつも考えていて、今でも数十個~百個くらいはあります。

―― ひえ~、すごい・・・。

吉村いえいえ、大半がくだらないばかりか、本人もなんのことだかわからないものも沢山あるほどで。特に「ブカレスト 上司 100」というメモは、ここ5年くらいなんのことだかずっと思い出せません。ともあれ、そういうやってみたいテーマと、仕事を一緒にしたいと思う著者の方がうまく結びつくときというのが、一番幸福な形ですよね。

―― 「ブカレスト 上司 100」・・・なんだったのでしょう。面白すぎます。仕事をしているなかで、一番うれしいときはどういう時ですか?

吉村うーん、そうですね・・・。今回の本もそうなのですが、つくり終わって、白焼き(印刷所で試し刷りをした原稿)をざっと見直しているときに、読者の視点から、なかなかこの本面白いじゃないかって思えたときは、うれしいし楽しいですね。

そしてもう一つの大河ドラマ

第14回本のこぼれ話 吉村さん

吉村さん

吉村こうやっていろいろお話しているうちに思い出したのですが・・・。

―― はい。

吉村私は学生時代、「オペラとか知っているとかっこいい」という不純な理由でワーグナーの『ニーベルングの指輪』をビデオにとったのですが、これが全四幕、15時間もあるという代物で、そのままずっとほったらかしていたんです。ご覧になったことはありますか?

―― いえ、ないです。

吉村それが、生まれてはじめてロシアに短期留学に行くことになりまして。当時のロシアは今よりも物騒だったので、これはもしかしたら生きて帰ってこられないかもしれないと思ったわけです(笑)。

―― 悲壮な覚悟だったのですね(笑)

吉村それで、「やり残したことはやっておこう」ということで、出発の直前に一気に観たわけです。まぁご覧の通り、いまだにおめおめと生き永らえておりますが。
ともあれ、以来ワーグナーファンで、浜先生が通貨と『ニーベルングの指輪』を重ねあわせて書かれているのを読んだときは、ワーグナーファンとして「おおっ」と思いましたね。

―― そんなつながりがあったんですね、これを聞けずに今日の取材が終わっていたら大変でした、思い出していただけてよかったです。

吉村今考えれば、15年越しの思いが結実した、ということなのかもしれませんね。完全に後づけですが、ええ。

―― 今、この本のもうひとつの起源が明らかになりましたね(笑)。『ニーベルングの指輪』をめぐる通貨の物語と、吉村さんの15年越しの想いが結実した物語と、壮大な二重の大河ドラマが秘められた一冊です。みなさまぜひぜひお読みください。

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