本のこぼれ話

去る10月22日、京都の2書店、恵文社一乗寺店とガケ書房が共同開催した小冊子イベント『きょうと小冊子セッション』にて、「いま、地方で本をつくるということ」と題したトークイベントが行われました。話し手は、働き方研究家・西村佳哲さんと弊社代表・三島邦弘。

「ふたりとも、このお題に関してあんまりよくわかっていないんだよね(笑)」というところから、会話はスタート。

そして西村さんの著作『いま、地方で生きるということ』の制作話から、三島の初の著書『計画と無計画のあいだ』の裏話へと展開していきます。いったいこのトークはどこにいくのか? ちゃんとオチはつくのか? どうぞお楽しみくださいませ。

(文:立藤慶子)

第16回 「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート(前編)

2011.12.01更新

東京という記号

西村(会場に向かって)えっと、今日は、はじめに1時間ほど僕と三島さんとで話をして、そのあとは会場の皆さんから、「聞いてみたいな」とか「突っ込んでみたいな」とかいうことがあれば、答えていきたいなと。

三島そうですね。あのー、今日掲げていただいたテーマに関しては二人ともよくわかっていないということが先ほど判明して、そのあたりはうっかり本編で話さないかもしれないんで

(会場から笑い)

三島そのときは質問でどんどん突っ込んでいただければと思います。

西村はは(笑)。でも何の話していいか全然わからないよね。まあ、おいおい。・・・始めましょうか。

三島はい。よろしくお願いします。

西村・・・さてさてさて。えっとー、今日は

「いま、地方で本をつくるということ」
西村佳哲×三島邦弘対談in恵文社一乗寺店レポート

『いま、地方で生きるということ』(西村佳哲、ミシマ社)

三島はい。今日は「いま、地方で本をつくるということ」というテーマなんですが、もちろんこのお題は、西村さんがお書きになった『いま、地方で生きるということ』がベースになって生まれたわけです。

西村え? そうですか?(笑)

三島そうですよ(笑)そういうことです。なので、この本がどうして生まれたのかという話から始めますと、去年の8月に西村さんにお会いして、紙の真ん中に「いま、地方で生きるということ」とだけ書いて「こういう本をどうですか」ってお見せしたんですよね。

西村そうだったね。

三島そしたら西村さん、その紙をじーっと見つめているわけですよ。そのあいだは僕、「断られるんちゃうかな」って思いながら、息もできないくらいに緊張していて。しばらく経ってから、「どうしてわかったの?」みたいなことを僕におっしゃって。

西村ああ、言いましたね。

三島そうそう。それまで僕は知らなかったんだけど、西村さんは「地方」、というか「東京以外の場所で暮らす」ということに関心を持っていて、実際に住む場所を探していたという。

西村うん、探していた。

三島だから僕はもう、「じゃあぴったりじゃないですか! 書くしかないですね!」みたいな気持ちで、「これは本になった」と確信したんですよね。

西村でも僕はそのときはそうじゃなくて、黙って紙を見つめながら「困ったー」っと思っていた(笑)。

三島はは、だいぶ違いますね(笑)。

西村だって自分からは進んで書かないもん。あのさ、本を作ったり書いたりするには"熱源"がいるんじゃない?

三島はい、いりますね。

西村たしかにそのときの僕には、東京以外のどこかに住むことに関心があったけど、それは自分の人生としてそれをどう現実化するかという熱源で、本を書くための熱源じゃなかったの。だから、この本を書くための熱源は三島さんにあったの。

※ 結局書くことになった西村さんの心境については、
ミシマガジン掲載 「いま、地方で生きるということ」を書いてみて 西村佳哲(前編)をどうぞ。

三島そもそもこの本を西村さんに書いていただきたいと思ったのはなぜかというと、僕は、最初の就職で初めて東京に住んだときから、東京の持つ空気に違和感があったんです。一極集中のシステムのなかで、"東京という記号"が虚構の力を持って動いているような状態だなあと思っていて。

西村違和感があった。

三島うん、なんか、実態以上の記号だとかブランド的なものによりかかって、なんとなく成り立っている世界が、一部かもしれないけれど、ある気がしていて。それを「ちょっとおもしろくないな」と思っていたんですよね。でも西村さんは、東京にいながらその文脈に乗らずに、執筆活動やワークショップ活動をやってらっしゃっていて。

西村その文脈に乗っていないように見えたんだ。

三島もしかして乗ってらっしゃる部分もあるのかもしれないけれど、その間(はざま)で揺れ動きながらやってらっしゃる。で、西村さん自身がきっと、東京以外の視点というのを持ちたいと思ってらっしゃるんじゃないかという気がしていて。それはもう、僕の直感だったんですけども。

西村はい。

三島だから、このテーマで西村さんに書いてもらったら、ほかの誰にも書けない本ができるんじゃないかと思ったんです。それは、僕みたいに違和感を覚えながら生きている人たちの心に響く一冊になるんじゃないかと。

西村でもさ、それくらい三島さんのなかでいろんなことがはっきりしているんだったら、自分が書きゃいいじゃない(笑)。

(会場から笑い声)

三島それは無理です! 自分のなかでは、「はっきり」してるわけじゃないんです。だって今の話、大雑把ですよね?!(笑)

西村まあまあ(笑)。とにかくだから、この本に関しては、僕は今なお、自分が何を書いたかよくわかっていないんです。確かに自分が書いているんだけれども、三島さんと一緒に書いたという感覚が非常に強い。

三島西村さん、いつもそうおっしゃるんですけどね(笑)。で、結局、東北と九州へ旅をして10人の方にインタビューされて、その土地に根ざしていたり、あまり土地にこだわっていなかったりといろいろな方が登場されて、それぞれの生き方が綴られる。そのなかに西村さんの想いも綴られていく、ロードムービーのような感じで読める本になったんですよね。単に「東京対地方」という構図のなかで田舎暮らしを推奨したり、田舎で暮らすハウツー本のような本にはならなかった。そこがすごいと思っています。

いまこそ「ほっこり革命」だ!

※ 話は、三島がミシマ社の設立から現在までを綴った『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)へと移ります。

「いま、地方で本をつくるということ」
西村佳哲×三島邦弘対談in恵文社一乗寺店レポート

『計画と無計画のあいだ』(三島邦弘、河出書房新社)

西村三島さんがミシマ社の本作りの自伝っぽいことをいま書くとは思わなかった。だって、いまは真っ最中で、振りかえっている暇なんかないじゃない。

三島ない、全然ないですね。

西村じゃあなんで書いたの?

三島いや、もうこれは、急にそういうことになっちゃったんですよー。あの、今日ここで初めてパブリックにしますけれど、もともとは「ほっこり革命」という本を書きたかったんです。

(会場から笑い)

西村いや、たぶんここは笑うところじゃない。何月頃?

三島6月頃ですかね。僕、6月24日が誕生日で、その日に会社のメンバーが、ミシマ社のロゴをチェ・ゲバラ(注:キューバ革命の指導者)風にアレンジした「チェ・ミシマ」というTシャツをくれたんです。いま着ているこのTシャツですけど。

西村「チェ・ミシマ」って書いてある。いちおう似顔絵になってるんだ。

三島そう。それくらい6月頃の僕は勝手に革命づいてたんです(笑)。なんというか、3.11があって、今みんなが何かを変えなくちゃとどこかで感じている。でも実際は何もできていないという空気感のなかで、「革命が必要だ」と思っていて。それである日、「もしゲバラが生きていたら『ほっこり革命』をしたんじゃないか」って思いついて。

西村3月11日のあとに、「いまこそほっこり革命だ」と思っていた男がいた!

三島もうそのときは「キターッッッッ!!」って大興奮して、むちゃくちゃノリノリで、昔から知り合いの編集者の方に「『ほっこり革命』の本を書きたい」って言ったんです。そしたらその人、びっくりするくらいにピンときてなくて(笑)。僕は相当落ち込んだ(笑)。

西村うん(笑)。

三島落ち込んだんだけど、この本の最後にも書いているように、その編集者の方に「革命の本を書きたいんだったらミシマ社のことを書くのがいい、絶対いい!」と言われて、それで書くことになったんです。

西村書き終えて、自分なりの「ほっこり革命」になった感はあるの?

三島うーん、そうですね、それはあります。ありますね。

感覚がのびのびしているか

西村僕はこの三島さんの本を、2日前の夜から読みはじめたんだけど、すごいおもしろくて。実はそんな期待してなかった。

三島あ、そうですか、はははは(笑)。

第16回 「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート

『自分をいかして生きる』(西村佳哲、バジリコ)

西村っていうのは、ミシマ社のことについてはある程度知っているつもりだったから、そういう内容なら既知のことだと思っていたの。でもねえ、すごいおもしろかった。というのも、僕が以前に書いた『自分をいかして生きる』という本と同じ山を、別の方向から、別の登山口から、別のいで立ちで登っている本だなとすごく思って。

三島へー。

西村「へー」って思う?

三島いや、すごいうれしいです。西村さんがそう思ってくださるということがうれしい。

西村うれしいとかじゃなくて、そう思わない?

三島えー、いわれると「そうかなあ」って気がしてくる。

(会場から笑い)

三島だって、書いているときは全然そんなことを考えている余裕がなかったんですよ。これ、書くの、すごい大変で。7月に「書こう」って決まって、創業5周年目になるのが10月なんでそのタイミングで出すのが決まっていたから、1カ月半くらいでガーッて集中して書いたんです。

西村ああ、そうか。お疲れさまでした。でね、「自分をいかして生きる」と同じ山を登っているという話に戻ると、

三島はい。

西村なんかさ、この本のなかでいろいろ感じる部分があったんだけど、たとえば、わりと軽快に書いたと思われる前半のエピソード部分。まだ三島さんがひとりで会社をやっていて、最初の本を出したらお金がなくなっちゃって、もう立ち行かないというときに、お金がないのに、「いま人を雇う」って決めて、実際に雇うという流れがあるじゃない? あそことかね、「ほんとすごいなあ」と思って。

三島なんでですか? アホというか、「無計画」なだけですよ(笑)

西村いやいや、僕はアホとは思っていなくて。なんか、世の中には「こういうものだ」という常識がいっぱいあるじゃない? 営業はこうするものだとか、出版っていったらこういうふうにやっていかなくちゃいけないとか、取り次ぎは通さなきゃいけないとか、いろんな「あったりまえじゃん」という常識。でも、三島さんはそれを前提としていないというか。

三島うーん、でもそれは僕、全然常識だと思ってないので。みんなが思い込んでいることでも、僕はそう思ってないというだけであって。というか、僕にとっては"感覚"、自分のなかの感覚がのびのびしているかどうかっていうことが重要で。

いうなれば、自由とは自分の感覚がよく利くという状態をさすのだ。逆にいうと、感覚が働く範囲内において人は自由でいることができる。

(『計画と無計画のあいだ』 p246)


西村そうだね。三島さんは、こうすべきとか、グローバリズムとか、そういう出来合いの話に乗るのではなく、そのレールを自分で引こうよと思っていて、その手がかりになるのが「感覚」だと。

三島はい、そうですね。

西村で、その"感覚"を、僕の本の『自分をいかして生きる』では、"実感"という言葉でとらえていて、同じことを言っている。

三島同じ。ああそうか。

西村うん。で、そのことと、『いま、地方で生きるということ』は当然つながるんじゃないかと。

三島そうですね。

西村その「地方」っていう2文字の言葉に、いったいどんな意味を込めているんだろうかということだよね。

後半に続きます!)

第16回 「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート

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西村佳哲(にしむら・よしあき)

1964年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。建築設計の分野を経て、つくること・書くこと・教えることなど、大きく3種類の仕事に携わる。
デザインオフィス、リビングワールド代表。多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師。
働き方研究家としての著書に『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)、『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)、『自分の仕事を考える3日間』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(以上、弘文堂)、『かかわり方のまなび方』(筑摩書房)など。

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