本のこぼれ話

京都の恵文社一乗寺店で開かれた、働き方研究家の著者・西村佳哲さんと、ミシマ社代表・三島邦弘の対談の後編。

前編の最後で、「『計画と無計画のあいだ』で三島が強調した"感覚"と、自身が書いた『自分をいかして生きる』にある"実感"は同じことを言っている」と指摘した西村さん。なんだかぐっと内容が濃くなっていきそうな予感です。
ではさっそくですが、どうぞ~。

(文:立藤慶子)

第17回 「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート(後編)

2011.12.05更新

自分たちの感覚を大切にした出版

「いま、地方で本をつくるということ」
西村佳哲×三島邦弘対談in恵文社一乗寺店レポート

『いま、地方で生きるということ』(西村佳哲、ミシマ社)

西村この『いま、地方で生きるということ』というタイトルに、カチンとくるひとが時々いるのを僕は散見しているんですよ。

三島ほう

西村たぶん、中央と地方という対立構造のなかで語られることに、ある種の屈辱を感じるんだと思うんですよね。でも、この「地方」っていう言葉に僕自身が感じていることは、おそらく「中央と地方」の「地方」じゃないなってことなんですね。

三島はい。

西村その辺、どういうふうに。

三島僕は、捉え方はほんとに人それぞれでいいと思っているんですけど、僕の捉え方は、「東京的じゃないもの」ということですね。言い換えれば、資本の論理だとか広告的なグラウンドで作られた価値観のなかで動いていく世界とは一線を画して、個人として、ひとりの人間として存在していて、それぞれが感覚を大切にしながら生きていく。そのことが重要で、だから、場所としての東京であってもいいんですよ。

西村感覚を大切にしながら生きていくことが重要。東京であってもそれはできる。

三島そうですね。で、「東京的なもの」というのはメディアを通して広く世の中に伝わって、ブランド価値が形成されてしまう。だから僕の場合は、そこで、少なくとも出版は、その東京的な世界と一線を画したことができるメディアだということに自覚的であるべきだと思っているんです。

西村うーん(頷く)

三島山手線内の中心で出版をしている人たちの一部は、個人的に話すとおもしろい人たちもいるのに、売上とか部数とかを優先するために、テレビや広告に連動した出版とかいう方向性にどうしても流されてしまう。まあ、そういう本もあっていいんですけど、それ一色になるのは危機感を覚えるし、出版という産業の幹が弱っているのだとしたら、そこに原因があると思っているんです。

西村うん。

「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート

上林曉傑作小説集『 星を撒いた街』(上林曉 著、山本善行 監修、夏葉社)

三島だからそれとは違うあり方として、「自分たちの感覚を大切にした出版」があると思っていて、ミシマ社もそこに挑戦していますし、最近だと、島田潤一郎さんという男性が夏葉社さんという出版社を東京の吉祥寺でひとりでやっている。

西村『星を撒いた街』だっけ?

三島とか『昔日の客』とかを出されています。そういう出版社が実際に増えていて僕はうれしいなあと思っていて。この動きが、福岡であっても沖縄であっても、まあどこであってもいいので、もっともっと起こってきていい。それがまあ、今日のテーマ「いま、地方で本をつくるということ」に対して僕が一番思うことなんですよね。

いま、地方で生きるある夫婦の話

西村そろそろ会場側に時間を渡して、会場の皆さんからの声を聞ければと思うんだけど

三島あ、最後に1個だけ。あの、実は、『いま、地方で生きるということ』の前書きに出てくるカフェが、今月(2011年10月)末で店を閉じることになったそうです。で、店を閉める理由が、この本を読んでかららしいんですよ。

(会場から「ええ?!」の声)

西村ちがっ、そういうわけじゃないって!(苦笑する西村さん)

三島(そんな西村さんを無視して)そう、だから罪深い本だなあと思って。

(会場から笑い)

三島そこを今日、西村さんに突っ込んで聞きたいなあと思って。その行動を起こさせてしまった西村さん・・・

西村だからそういうわけじゃないって(笑)。あのね、3月11日のあとに、えっとー、彼らはふたりの小さな子どもがいる夫婦なんだよ。

三島あー。

西村3月11日のあと1、2週間くらい、いつも夜遅くまで営業していた店を早くに閉めるようになったら、それまでは一緒に遊んであげられなかった子どもと過ごせるようになったんだって。それで、それまでの自分、「子どもと遊べないシェフとしての父」が嫌なんだということに、あの日をきっかけに気づいたんだって。

三島なるほどー。

西村それに、10年間してきたカフェでも、東京で手に入る食材でお客さんに安心して提供するということが次第に難しくなってきたらしくて。だから、あのことがひとつのきっかけになって、「いつか」と思っていたことができたというわけだよね。

三島そうかあ、そうなんですよねえ。

西村で、山梨に移ることになったんだけど、その移り方もおもしろいの。住める空き家がなかなかなくて困っていたら、その夫婦が以前に出店した音楽フェスで知り合った、山梨のお寺の和尚さんから申し出があったんだって。「寺の向いの檀家さんの家が空いていて、そこをお寺の一部として借りるので、テナントとして入ってくれないか」と。

三島え? お寺のテナント・・・?

西村まあそうだね。

三島初めて聞きました。「お寺革命」ですね。

西村なんでも「革命」(笑)。

三島はい(笑)。

西村まあ、つまり、なんていうのかな、「動きはじめると想像しなかった形で道が開けていく」ということなんですよ。

三島そうですよねー、ほんと、そうなんですよ。

西村でも、僕はここ2年間くらい、主にそのカフェで本を書いていて、1日に6時間くらいいるような店だったので、それがなくなってしまうのは残念ですね。はい。

自分発の灯(ともしび)

※ 最後に、会場から質問の一部を紹介します。

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参加者今日のテーマの「いま、地方で本をつくるということ」についてですけど、あの、東京以外の地方、つまり田舎とかで出版社をつくったときに、その出版社は、地元に住んでいる人に何を与えられると思いますか?

三島いちばん大きなことは、自分が生まれ育った土地で自分も出版の仕事ができるんだという可能性が出ることだと思っています。つまり、たとえば子どもの頃から本が好きで、書き手になりたいとか、編集者になりたいとか、ブックデザイナーになりたいとかだったとしても、今は「東京に出るしかない」という空気感が強いと思うんですよ。

でも、地方に出版社ができて、その本が全国に流通したりという流れになってくると、自分のこの土地で出版活動ができるんだという希望や実感を持てる。そのことが僕は重要だなと思っています。

※ マイクを交替して西村さんの回答

西村えっとー、僕のほうは、そもそも出版というのが自分の大きなテーマではないので、僕が思っているのは、どこにいてもいいので、自分発で何かをつくるということをたくさんの人がやっていくといいなあってことかな。でも、じゃあたとえば、リトルプレスがすごく増えればいいのかっていうと、ちょっとそんなふうにも思えない部分はあって。

三島へえ

西村なんていうのかな。ちょっと偏屈な見方かもしれないんだけど、たとえばアルネ(注:イラストレーターの大橋歩が企画・編集していた小冊子)みたいなものが出て、その後にアルネっぽいものがたくさん増えるのは、なんかつまんないなあって、僕は思っているんですよ。

三島ああ、なるほど。

西村うん。なんていえばいいかな。ある特異点みたいなものができあがったあとに、それっぽいものがその周りにいっぱいできていって、最初にあったものの熱を奪っていくというか。ほかと違う熱の、カロリーの高い状態のものがせっかくそこにできているのに、それをみんなが総掛かりで奪って、熱的に死の状態っていうのかな、均一化させていくということを、みんながやるなあと思っているのね。

三島あー。

西村うん、別のいい方をすると大衆化ってことなんだけれども。たとえば今、「もう東京じゃないよね」ってことになって、じゃあ大阪だとか、あるいは京都だとか、「これからは福岡だ」とか言って動いている人たちが出始めているとして。でもそういう人たちは、結局また、新しい"イケテル場所"というのを探しているだけで同じなんじゃないかという。

三島なるほど~。

西村うん。自分で何かを作り出そうとか、自分自身が熱源になっていこうとか、自分の火で温かくなっていこうとかじゃなくて、火のそばに近づいていって温まろうとしている意味では、出来合いのルールに乗っかるということと構造がとても似ていて。で、そのうち「福岡、もう終わりだよね」みたいなことを言い始める(笑)。

三島ふんふん

西村そのこととリトルプレスの話はまたちょっと違うのかもしれないんだけれど。なんだろうなあ、もっとこう、自分にとってかけがえのないものを、それぞれがやっていくのがいいなあと思うんですよね。そのひとつひとつが、三島さんが『計画と無計画のあいだ』で「豆電球」という例えで書いているような、ほんとに小さなあかり、灯るような感じの熱源になっていく。

一冊の本、一枚のはがきを媒介にして、その小さな小さな光が日本全国あちこちで灯りだす。どんなに優れた電子機器やネットツールであっても拾うことはできないだろう光。その光は必ずしも眼に見える光とはかぎらない。その、目には見えないかもしれない豆電球の光も、それが束になっていくと世界を温かく照らし返すにふさわしいエネルギーをもち始める。
 豆電球のような灯の集積は、確実にぼくたちが日々生きていくエネルギーになっているのだ。

(『計画と無計画のあいだ』 p127)


西村まぶしくてみんながそこにわーっと集まっていくようなものじゃなくて、「ぽっ、ぽっ、ぽっ」って灯っているような。でも、確実に電気が流れているんだということがわかるというか、ある交感が起こっているんだなってことが感じられる。そういう満足の仕方というのかな。それをみんなが、それぞれの場所で培っていくのがとても大事なことだと思っているんです。

三島そうですね。

西村だから、東京でも、そういう活動がありえると思っているし、僕は自分が住んでいる永福町も、東京のなかの一地方だと思っているので、そこでできることがあるなあと思っています。僕、今度はリビングワールドの仕事で本のシリーズをやろうかなというのがあって。

三島え? "リビングワールド刊行"ですか?

西村まあそうかな。それは働き方研究みたいな本とはちょっと違うんだけど。で、そのなかには「永福町」っていう本もあるんですよね。・・・うーん、さあ、ほんとにやるのかなー(笑)

三島それは、たのしみ!

◎対談を終えて

 この日、京都の一乗寺にある恵文社さんの上空には、バケツをひっくり返したような大雨が降っていました。

<完>

第17回 「いま、地方で本をつくるということ」 西村佳哲×三島邦弘対談 in 恵文社一乗寺店レポート(後編)

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西村佳哲(にしむら・よしあき)

1964年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。建築設計の分野を経て、つくること・書くこと・教えることなど、大きく3種類の仕事に携わる。
デザインオフィス、リビングワールド代表。多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師。
働き方研究家としての著書に『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)、『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)、『自分の仕事を考える3日間』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(以上、弘文堂)、『かかわり方のまなび方』(筑摩書房)など。

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