本のこぼれ話

第20回 『オオカミの護符』 小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ

2011年12月の発売以来、いくつもの書評で取り上げられ、2012年5月現在累計部数11,000冊と、日本全国に静かに広がり続けている、小倉美惠子さん著『オオカミの護符』。ミシマ社でも、2月のミシマガジン「今月の一冊」にて、みなが一番読みたい一冊として、ミシマガ大賞に選ばせていただきました。

今回は、ミシマガ大賞受賞を勝手に表彰させていただくとともに、著者小倉さんと編集者足立真穂さんにお話を伺いました。

本の刊行にいたる不思議なお導きのお話や、護符を追うきっかけとなった幼いころの原体験のお話など、『オオカミの護符』をすでに読んだ方も、まだの方も、ぜひお楽しみください。

(聞き手:三島邦弘・星野友里、文:松井真平)

第20回 『オオカミの護符』 小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ

2012.05.16更新

オイヌさまが「出せ」と言っていた?

第13回今月の一冊 2012年2月 今年読んだ中のナンバーワン!

『オオカミの護符』(小倉美惠子、新潮社)
50世帯の村から7000世帯が住む街へと変貌を遂げた、川崎市宮前区土橋。長年農業を営んできた著者の実家の古い土蔵で、護符がなにやら語りかけてくる。護符への素朴な興味は、謎を解く旅となり、いつしかそれは関東甲信の山々へ――。都会の中に今もひっそりと息づく、山岳信仰の神秘の世界に触れる一冊。

―― 『オオカミの護符』(新潮社)、本当におもしろく読ませていただきました。先に小倉さんご自身が製作された映画(『オオカミの護符』制作:ささらプロダクション)がありますが、 小倉さんは映画を撮られているときから本にしたいと思ってらしたんですか。

小倉実は本を書くなんて考えたこともなかったのですが、上映会を見た書評家の東えりかさんが「これは本にしたほうがいい」と働きかけてくださったんですね。それでもこちらは「東さんってどんな人なんだろうかねぇ」という感じでいたんですけど、偶然、共通の知り合いがいることがわかって、その人の導きで「じゃぁ、信頼できる人だから」と本格的に書き始めたんです。その後、新潮社の足立さんを紹介してもらうことになり。

足立最初はいまとはまったく違うもので、正直、そのときは「本にするのは難しいかな」と思ったんですね。どうしたらよいかわからなくて。素直に小倉さんにもそう話していました。でも、どうも気になって、ときどき思い出していたんですよ。護符のこととか、「その後、どうなったかなぁ・・・」なんて。そこで、3回目くらいに思い出したとき、「これは何か縁があるのかもしれないな」と考えて、そのときにもう一度お会いしたんですよね。

小倉最初はほんとに自分ひとりで始めた作業だったんですけど、いろいろつながりここまで広がって。不思議な本ですよね。

足立ほんとうに「つないでもらった」という感じですよね。不思議と、困っていると誰かしらがつないでくれるというか。こうやって賞状までいただいて。この本には思いがけないことが起こります。

小倉起こりますね、ほんとに。

「もうひとつの暮らし」の世界を紹介したい

―― 「護符」を追おうと思われたきっかけはなんだったんですか?

小倉土橋という土地の農家に生まれたことが大きいです。私は幼少の頃から学校に通うようになるまで、明治生まれのじいさんばあさんたちの人生観、自然観のなかで育ってきたんですね。だけど、学校に行くようになってからは、いわゆる近代化というか、そういうものの軸のなかで動き出さなくてはいけなくなっていったといいますか。そのなかで、じいさんたちの世界とまったく違う軸を持った世界に自分を完全にあわせることができなかったんです。

―― なるほど。

小倉社会人になって思考がどんどん会社型というか、「いつまでに何をする、と決めたらひたすらそれをやる」ということを身につけてきたのですが、いっさいそれはやめて、昔の暮らしの軸にはどのような意味があったのか知りたいし、確認したいと思った。「講」(※)だとか、そういったものが持つリズムとか、そちら側の論理、軸に従ったところに立ってみたいと思ったんですね。

※編集注:(素朴な信仰を基盤にした)村の人々の集まり。農村で地神を祭る地神講など、さまざまな種類の「講」がある。『オオカミの護符』では、武蔵御嶽神社に村を代表してお参りに行く人を決める「御嶽講」が詳しく取りあげられている。

―― なるほど。僕、この本のなかで印象的なのが、

 御岳山に登ると、まさに「武蔵國」が一望できる。改めてこの山上で「首都圏」と「武蔵國」の二つの言葉を発してみた。すると「首都圏」という言葉は明らかに都心に向けて凝縮していくが、「武蔵國」はむしろ山に向かって柔らかに開けていく音がする。戦後、私たちは東京に目を奪われて慌ただしく過ごしてきたが、祖父や祖母、そして武蔵國のお百姓は皆、山に気持ちを向けて生きてきたのだ。

という箇所なんですね。この言葉に出会ったとき、ぱっと開けるような感じがしたんです。僕は京都出身なんですが、京都ってビルの合間でもどこかしらに山が見えるんですよ。そういう場所で生まれ育ったので、東京の空間がどこか窮屈だったんですね。でも、いまはビルに隠れているけど実は東京も山に向かって開けていて、山に包まれているんだ、と思えたら「ある意味、京都と同じじゃないか」と見方が変わって。

足立ルーツをしっかりつかめると、どこか安心できますよね。

―― 本のなかで、子どもの頃、寝る前に布団のなかで祖母が昔話をそらんじてくれた、というくだりがあって、そこもすごくいい話ですね。

 夜、眠りにつく前は祖父と祖母がその身に宿してきた豊かな世界が私たちに受け渡されるエキサイティングな時間だった。・・・年老いた祖母が少ししわがれた声で「そら」で語る話は、身の深いところに到達し、沈澱していった。

―― ああいう体験が小倉さんのなかに眠ってらっしゃるんですよね。絵本の読み聞かせとかではなく、地元の話を地元の言葉で聞いている。それは特別ですよね。

足立やっぱり違いますよね。

小倉だから、子どもには大人が直に感じていることは、とりあえず伝えておくといいですよね。忘れていてもいつの日か芽が出ると思います。

―― 「意味ないから」とかそういうことじゃなくて。

足立何かが残るんですよね。

―― そうした体験が、会社員として計算して計画的にやっていたなかで、ぽっと蘇ってこられた。

小倉不思議と昔から、ものごとを判断するとき「これは違うだろう」と感じてしまう自分の価値判断があって、それはばあさんとかじいさんから受け継いだものだなぁと。「すごくいいように言ってるけど、なんか違うんじゃないか・・・」とか(笑)。

―― その身体知を受け継ぐというのは、もう絶対にお金で買えない財産ですよね。

足立お金で買えないものこそ貴重です。

安心感をなくしたじいさんたち

―― なるほどなぁ。そこで、そういった土橋のことを撮影していこうと、どこかの段階で思われたということですか?

第20回 『オオカミの護符』 小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ

小倉理屈はわからないんですけど、どうも年寄りの風貌が変わってきている気がして。昔の人って、見てるだけで、ちょっと幸せなオーラを出しているというか、素朴だけど、しっかりしていて安心感があった。

最初、じいさんたちが醸しだすその安心感は「年寄りの力」だと思っていたんですけど、最近の70代の人たちの顔を見てても安心しないというのは「どうもそれだけでもないな」と。その違いはなんだろうなと。

そうした、言葉では表しきれないものを映像というのは伝えられるんじゃないかと思った。あと、言葉でも、土橋にしかない土橋オンリーで語られている語感とか抑揚とかね。そういうものも記録しておきたいという気持ちで映像に手を出したといいますか。でも、映画そのものよりは、文章ができたことで新たに映画の魅力が逆に伝わるみたいなことになっているのがおもしろいですね。

―― これを読んだら絶対映画も観たくなりますもんね。ここだけでは終われない(笑)。

足立そう。どうにかしないと収まらない(笑)。

―― その後、本を出された後は違うかたちで映画を広める動きは特にないんですか?

小倉まだおぼろげなのですが・・・。本や映画をきっかけとして、皆さんが心のどこかで感じている「?」を掬いあげるような語らいの場を開きたいと考えています。「昔の年寄りと今の年寄りは何か違う・・・」とか、素朴な疑問から語りや学びを深める場。

足立オイヌさまがやってくれるから大丈夫(笑)。

―― なるほど(笑)。都市の論理ではないところで。

知りたい気持ちが芽生えてる

小倉ただ最近、地元の新住民の人たちの間での上映会が増えています。「自分たちの住んでるところにこんな文化があったのか」ということがまずすごいと。

―― すごくいいですね。まずはやっぱりそこに住んでいる人たちが「そうか」と気づくことが大事ですもんね。

小倉そうそう。そこで、いいなと思うのは、いまある伝統行事をただ形式的に受け継ぐだけではなく、昔の「風土(自然)」とか「人のつながり」とか、そうしたものの構造そのものを理解して、そこからいま何が活かせるか考えていこうという動きになっているのがおもしろい。
「昔の社会って閉鎖的だし封建的だし、別になくても困らないんじゃないか」とみんながどこかで思っていたけれど、意外にその後にできた企業社会がそれより優れているとはいま誰も思ってないというか。

―― そうですね。

小倉むしろ「あの風土と共に生きていけたシステムが本当はどういうものだったのか」ということを知りたい気持ちが、この映画を見ようとする人たちのなかに芽生えてきているのがすごく嬉しい。

―― さっきおっしゃられたように、老人も「老人の役割」というか、老人になろうとしない老人が都市化とともに多分増えてきている。そうすると「そら」で物語を語ることができなかったりとか、そもそも伝承するものを自分が持ってなかったりとか、そういうことにもなっていて、でも多分その虚無感をどこかで本人も気づいている。

小倉新興住宅地の「建売住宅」の問題ってけっこう大きいと思うんです。いま土橋は7000世帯近くが住む街になっているんですが、神社とかお寺の伝統行事は50軒ほどの「旧住民」の人たちによって続けられているんですね。開発後に住み始めた「新住民」の人たちは、自分たちの住む土地の交渉を直接地元の人たちとしないまま住むことができた。その仕組みは、人をたくさん集めて大きな街をつくるには優れたシステムだったけれど、反面、その土地の祭祀や神事と関わりを持てないまま暮らす人をたくさん増やしたんですよね。

―― 講とか、いろんなかたちでのつながっていく行為がいま求められているのは、その辺とも関わりがありそうですね。この本は川崎を舞台にされていますけど、それこそ日本全国で、こういう動きがいろいろ起こってくるんじゃないかなと思いました。

足立なんでしょうね、足りないと思っている部分が北海道でも一致していたり、大阪の方から反応があったりするんです。自分たちの土地に置き換えてみなさん読んでくださる。

小倉逆にいうと、講とか伝統行事というものは、その土地の風土と乖離してないものだからこそ、どんな土地でも同じように考えられる基盤があるのかもしれないですよね。

オイヌさまのお告げのままに

足立それで「多分、オイヌさまのこの護符の絵がなんとも入りやすいんだろうね」という話を前にしたんですよね。風土と共に生まれてきた土台を持ちつつ、さらにこのオイヌさまには「可愛くて憎めない感じがある」というか。

小倉たしかに(笑)。なんか愛嬌があるというか。怖過ぎもせず。

―― 懐かしさもある。

足立そう。失礼ながら、ちゃっかりいるような感じがしますね(笑)。

―― そういう意味でも昔のものはよくできてますよね。

小倉ツイッターとか見てると、表紙に惹かれて買ってしまった人も多いみたいですね。 

足立やっぱり、オイヌさまの力ですかね(笑)。

―― 小倉さんのこれ以降のご活動はどんな感じなんですか?

小倉『オオカミの護符』のあとに、やはり川崎市北部を舞台とした『うつし世の静寂に』という映画をつくりました。いまは次の新作に取り掛かっています。ひとつは長野県の諏訪一帯を舞台にしたもの、もうひとつは奈良市の奈良町で。これまでの反省を活かし、ささらプロダクションの「味わい」を大事にした作品づくりに取り組んでいます。

―― 楽しみにしてます。

小倉ありがとうございます。

足立オイヌさまのお告げのままに。

小倉お告げのままに。

―― お告げのままに。いいですね。気持ちがゆったりします(笑)。

足立「深く考えない」っていうね(笑)。ふふふ。そういう感じで(笑)。

―― 今日はすごくたのしかったです。ありがとうございました!

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小倉美惠子(おぐら・みえこ)

1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋に生まれる。
2000年から自主的に地元「土橋」の映像記録を開始。
2006年(株)ささらプロダクションを設立し、プロデューサーとして
2008年に映画『オオカミの護符――里びとと山びとのあわいに』(文化庁映画賞文化記録映画優秀賞受賞。地球環境映像祭アース・ビジョン賞受賞)、
2010年に『うつし世の静寂(しじま)に』を公開。
2011年に書籍『オオカミの護符』(新潮社)を上梓。

(株)ささらプロダクションHP

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