本のこぼれ話


 みなさん「銭湯経済」ってご存じですか?
 ミシマ社の新刊「シリーズ 22世紀を生きる」の第3弾『「消費」をやめる〜銭湯経済のすすめ』の刊行記念イベントが2014年6月26日にスタンダードブックストア心斎橋店で行われました。
 表紙の袖には次のような説明が載っています。

銭湯経済
空虚感を埋め合わせるための消費欲に支配されることなく、職住が隣接した町のなかで、見知った顔の人たちが働き、暮らし、銭湯に浸かる。その落ち着いたリズミカルな暮らしが営まれる、半径3km圏内でめぐる経済。

 大きな反響をいただいたミシマ社刊『小商いのすすめ~「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』の著者、平川克美先生が自身の実体験とともに、暮らしと経済が隣接する新しい社会のあり方を提言します。

 そんな平川先生と対談していただいたのは、シリーズ第1弾である『人生、行きがかりじょう』の著者、バッキー井上さん。喫茶店のマスターでもある平川先生と、漬物屋、居酒屋の店主でもあるバッキーさんが、それぞれ実践する「銭湯経済」を語ります。
 お2人のコミカルだけど深い、噛み合っていないようでいて、実は息ぴったりな名対談をご堪能ください。

(構成:鍋島綾、写真:新居未希)

平川克美×バッキー井上 銭湯経済を語る

2014.07.24更新

家賃は漬物

平川最近は喫茶店の親父をやり始めて。まだ3カ月くらいなんですけど、おもしろいんですよ。

バッキーあーおもしろいですか。

平川おもしろい。でも儲かんないよ。喫茶店が儲かるわけない。どんどん潰れていってるんですよ。

バッキーあー、東京の下町のほうで? 京都ももうどんどん潰れていってます。

平川やってみてわかりましたよ。あれはね、潰れますよ。僕のとこは強気で一杯500円なんですけどね。豆もちゃんとインドネシアから密輸して。

バッキー密輸・・・。

平川1日30人来たって1万5千円でしょ? 土日とか休み入れてたら35万くらいで、 家賃10万以上かかるから、人件費払ったらもうないじゃない。商売としては成り立たないということがすごくよくわかりましたよ。

バッキー僕、百練(居酒屋)始めたときね、2、3カ月くらいはずっと売り上げ6千円くらいでしたよ。だから月18万〜20万くらい。

平川で、家賃払ってたの?

バッキー家賃はね、そんときはね、漬けもんでよかったんですよ。

平川それはいいね!(笑)たぶんね、そういうあれじゃないとやれないんですよ。だから僕んところもコーヒーの仕入れ代は払ってないですよ。払ったらやってけないもん! 酒もおいてるけど酒代も払ってないですよ。

バッキー払ってないんですか!(笑)

平川誰かが払ってるんです。払える人が払ってくれるんですよ。

バッキーそれは電通的にですか?

平川電通的じゃないよ。

バッキーじゃ博報堂的にですか?

平川なんだよ博報堂的って(笑)。基本的に隣町カフェはみんなのものですから、必要な人がみんなで育てあげていこうねっていうスタンスなんです。お釣りも払わないんですよ。

バッキーえぇ!?

平川だからコーヒー1杯で5千円置いてってもらってもいいし、1万円置いてもらってもいいと。

バッキーへぇー!

平川もちろん仲間内の話ですけどね。商売やってるわけじゃないから。遊びみたいなものです。内装も全部中学校の時の仲間がやってくれてるんで、お金はかかってないです。そのかわり、うちのコーヒーはうまいですよ。


"キャラメルなんたら"より喫茶店

バッキー僕が店をやらせてもらってるのは、京都の町の中でも小さい区分なんですけど、錦市場の商店街はまだ活性してるんですが、メジャーなカフェとかがでてきて、ドタバタしてますね。大変ドタバタしてます。

平川メジャーなカフェって?

バッキー名前は忘れましたけど全国展開しているようなカフェとか。

平川あーあれは喫茶店じゃないんです。喫茶店が大事なわけで。カウンターの前で注文して、訳のわからん横文字のね、なんたら...キャラメル...マッキャーノとか...キャラメルっつったらキャラメルですよ! 何がでてくるかわかんないでしょ。こっち行って待っててくださいって。喫茶店と蕎麦屋はちゃんと町になきゃいけない。休む場所がないんですよ。

バッキーあー、わかりますわ。

平川最近よく思うんだけど、寝る場所もない。町歩いていると眠くなるんだけど横になる場所がないんです。だから今作っているんですよ。さっき言った隣町喫茶店の他に、隣町旅館、隣町農園...

バッキーへえ〜。

平川喫茶店と旅館と農園をすべてつなげようと。

バッキーどんなふうにですか?

平川野菜が農園から喫茶店にくるんです。その野菜も商店街に配ろうと。

バッキー配るんですか。

平川お裾分けの文化をつくろうと。"おもてなし"って嫌いで。いやらしいじゃないですかなんか下心があるみたいで。だからお裾分けの文化を作ろうと思っているんです。自分のところで使わないものは第三者に渡すと。地域に贈与しましょうねという。

バッキーそれは喫茶店に来られたお客さんにお裾分けを?

平川そうだね。専用の棚を作って、そっから適当に持っていってというふうに。その場合、地域の八百屋さんには配慮しなきゃいけないけどね。


大事なことは1メーター圏内にある

バッキー"半径3キロメートル圏内で巡る銭湯経済"と新しい本にありましたが。

平川3キロはちょっと広いね。だいたい半径100メートル以内で過ご してます。

バッキー100メートルですか。

平川もう電車乗って遠く行くのいやなんだよ。だからなるべく小さい範囲で行動する。すると何が起こるか。ものがいらなくなるんです。

バッキーそうですね。

平川見てたら欲しくなるでしょ? 動き回っちゃだめなんです。海外なんか行っちゃったら欲望全開になっちゃう。なんとかのバッグを買うためにどこどこへいくとか。これ完全に倒錯で病気なんですが。大きく動かなければ、その分の理想図をもっと別の本当に重要なところに差し向ける事ができる。これが銭湯経済です。

バッキー動かないようにですか。

平川アクティブになっちゃだめです。元気とかアクティブとかはまやかしだから。大事なところは足下にあります。脚下照顧。そういう元気な時期も人間にはあるけど、日本はもうアクティブになろうという段階は終わってて。アクティブになろうというだけですごいエネルギーを使う。

バッキーたしかに。

平川身の回りの小さなことをちゃんと、店の前を掃き清めるとか、自分の服をちゃんとたたむとか。大事なことは1メーター圏内にあるんです。そのことに気づくべきですよね。どうですか?

バッキーそうですね。僕の場合、机の周りをだんだん触らなくなるんですよ。もう何年も開けてない引き出しとか。誰かにもらったものをそのままおいて何年もたってるとか。それで、どんどん小さい範囲の道具しかいらなくなるんです。

平川遊びの道具ですか? 釣り竿とか。

バッキーいや、ペンチとか。僕あんまり遊びの道具持ってないんです。

平川独特だよねバッキーは(笑)。

バッキー平川さんもあんまあそび嫌いでしょ?

平川いや、僕は遊び大好きですよ! 僕は超アクティブだったんです。多動症ですね。

バッキーあ〜そうやったんですか。

平川ガキの頃から、こういうところに座ってないですから。授業中もウロウロ走り回ってたんで、先生の前に座らされて。仕事始めたときもあっちいったりこっちいったり、動いていることがなにごとかなんではないかと錯覚してたわけですけど。

バッキーへぇー

平川だから10年くらいアメリカやヨーロッパの会社つくったり。もうほんとにああいうのはまったく意味のないことだということがよくわかりました。

バッキーそんなもんですか。

平川アメリカ人じゃないから僕は。それなりに楽しいことはあるんですよ。あるけど、やっぱいいんですよ、生まれた町に戻ってきて。戻ってきたら生まれた町のこと何も知らないことがわかって。多くの人が、隣町のことを知ってると思ってるけど、それは今のこの瞬間のことで、町には歴史があるわけで。本当に知らない。もう1回ちゃんと調べ直すということを始めたら芋づる式に出てきて。1人で調べても意味ないから、それをやるときに喫茶店みたいなところで集まったらと思ったんですが、喫茶店がないじゃない。ということで。

バッキーなるほどそれで。

平川隣町探偵団を結成して、隣町喫茶店を作って、隣町大学院...というわけです。

バッキー聞いてると平川さんかなりアクティブですけど(笑)。

平川アクティブなんだけど、範囲が広くないから。前は地球をまたにかけて股先になっちゃったっていう(笑)。ああいうことはするべきじゃないね。


*明日はバッキーさんが「小商い」の中で見つけた現代の問題点を平川先生に投げかけます。お楽しみに!

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年東京生まれ。1975年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。渋谷道玄坂に翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを内田樹らと共に設立、代表取締役となる。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。立教大学特任教授。著書に『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』(ミシマ社)、『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書y)、『株式会社という病』(文春文庫)、『経済成長という病』(講談社現代新書)、『移行期的 混乱―経済成長神話の終わり』(筑摩書房)、『俺に似たひと』(医学書院)などがある。


バッキー井上(ばっきー・いのうえ)

1959年京都市中京区生まれ。高校生のころから酒場に惹かれ、ジャズ喫茶などに出入りする。水道屋の職人さんの手元を数年した後、いわゆる広告の「クリエイティブ」に憧れ広告会社にもぐり込む。画家、踊り子、「ひとり電通」などを経て、37歳で現在の本業、錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主となる。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』などで京都の街・人・店についての名文を多く残す。著書に『たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』(140B)がある。

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