本のこぼれ話

『エピジェネティクス』仲野徹(岩波新書)

 ある日、ミシマ社内で『エピジェネティクス』という本が話題になっていました。
「え、エピジェネ......?」
「ハリー・ポッターに出てくる魔法......?」
「いや、どうやら生命科学のことばらしいで」
 みんなでワイワイ話していたところ、その場に居合わせたデッチ(学生のお手伝いさん)のコバヤシくんが興味津々に。すぐに本屋さんに走り、読んでみました。
 すると、おもしろいのだけれど果たしてこれはちゃんと自分は「わかって」いるのか? ええ、ここって、どういうこと? 頭で考えがちな学生代表・コバヤシくんは、そんな疑問で頭がいっぱいになってしまいました。

 そこで! 著者である仲野徹先生のところへ伺い、生命科学の基礎的な部分から、最新のホットな話題まで、直接教えていただいてきました。

(構成:小林翔太・新居未希、写真:新居未希)

第41回 教えて、先生! 『エピジェネティクス』仲野徹先生

2014.09.23更新


ゲノムが読めたら、知りたいですか?

仲野よく医学部で教えてるときに言うんやけど、これからもう10年もしたら、10万円くらいで遺伝子調べてUSBメモリーで持ってきて、「先生すんません、私の遺伝子これですねんけど、どんな治療が一番よろしいですか?」って絶対言ってくるよ。そんな時代が来るから、君らもそれに備えて勉強せなあかんで、って言うねんけど、何を教えていいかもわからへん(笑)。

―― (笑)。

仲野でもそんな時代は来るし、中学生くらいがゲノムとは何か、遺伝子とは何かDNAとは何かとか、そういうのがわからへんかったら、ゲノム情報とか見たって理解できひんからね。インフォームド・コンセントって言われるけど、わからへんと思うわ。これからややこしい時代になるよ。

―― う~ん。

仲野いろんなこと知ってるからって幸せとはかぎらへんからなあ。まずこれからは、ゲノムを読むのが10万円くらいになったとき、自分のゲノム情報を知りたいかどうか。10万くらいやったら知ってみたいという気持ちもあるけど、嫌なこと言われる可能性もあるわけやからね。健康でも、どういうふうな遺伝子の異常を持ってるとかがわかる。ある種の遺伝病の遺伝子というか、遺伝病になるような突然変異を持ってることだって当然わかるわけやね。それが子どもに伝わる可能性もあるわけで、そうするとたとえば結婚するときに、相手にその遺伝子異常持ってる人は絶対嫌や、とかでてくるよ。

―― ええ~! そんなことで判断するのん、嫌やなあ......。

仲野その次いったら、結婚はしてもいいけど、子ども産むときに着床前診断いうやつやね、それができるから、着床前に調べて、遺伝病の子どもを産まないようにするとかね。あと、今は法律で禁じられているけど、生命保険に入るときに、このゲノムやったら掛け金これぐらいです、とか。

―― うわあ~。

仲野遺伝情報を保険に利用するのは法律で禁じられていて、今はまだゲノム情報がそれほど行き渡ってへんから問題にならへんけど、世の中の5割とか6割がゲノム情報を知る時代になってしまったら、生命保険会社はゲノム情報を提供する人にはオプションとして安くするとか、ゲノム情報を提出しない人は割高にするとか。そういうふうな時代が来る可能性はなくはないからね。
 ゲノムに関しては、そんな時代がそこまで来てるのよ。日本人はそういうことへの教育が全然なされてないと思うね。

―― 現に、まったく知らなかったです。


知りすぎることで、人間が劣化していく

仲野これも医学部の生徒に教えるときによく言うんやけど、ゲノムのことを知らん患者さんが、何も知らんと誰かに言われてゲノム情報調べて持ってきても、その人にどこから説明したらいいかわからへん可能性が高いよね。

―― うんうん。

仲野何も知らへん人に、ゲノムとか遺伝子とか、突然変異とか、あとリスクがどれぐらいで......とかいうのを説明してたら、お医者さん時間かかってどっから説明したらいいかわからへんよね。小学生は無理でも、中学生くらいからそこらへんのとこは教育するようにしていかへんかったら、医療現場が混乱するんちゃうかという気がするな。どれぐらいの人がゲノムを読むかわからへんけどね。

―― いやー、絶対混乱すると思います。

仲野僕は、ゲノムは読まんとこうと思ってるけどね。知ったところであんまりいいことなさそうな気がする。予定調和で生きてても面白くないやん?(笑)。結局、ゲノムを知るというのは、予定調和を求めるかどうかやと思うね。
 それでなくても今って、なんとなく物事がわかりすぎてない? 最近、迷子にもならへんようになってない?

―― あっ、たしかにそうですね。グーグルマップがあるから......。

仲野これから「地図の"上"はどっちや」って聞いたら「自分の歩いている方向です」って答える奴が絶対出てくるで。昔は、地図は北が上やって習ったやん。あと、いいか悪いかは別として、電車の時刻とか乗り換えもスマホとかで調べて行ったら、無駄な待ち時間がなくなってくるやん?

―― そうですね。

仲野あかんであれ。そう思わへん? これから人間がそういうふうにできていってしまうと思うねん。「今日は電車あかんかったなぁ。待ってばっかりやったわ」っていうふうなことで、なんとなくあきらめる姿勢が身についていくんちゃうかと思うねんな。いろんなことを知りすぎることで、地図の見方もわからへんようなってくるやろうし。なんか、地図に迷ったことない奴って嫌なことない?(笑)

―― (笑)。今、地図読めない人がめちゃめちゃ増えてる気がします。

仲野そうやろ。それと一緒で、ゲノムを読んだからって迷子にならへんわけじゃないし、まぁ基本的にはそういう経験はしたくないんやけど、ゲノムを読んで知りたいっていうのも、行きたいところに一番能率的な道順知りたいとか電車の乗り方知りたいとかいうのと一緒で、そういう姿勢ってあんまりよくないというか、人間が劣化していくんちゃうかなっていう気がするなあ。


    

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仲野徹(なかの・とおる)

1957年大阪生まれ。1981年大阪大学医学部卒業。内科医としての勤務、大阪大学医学部助手、ヨーロッパ分子生物学研究所研究員、京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、現在大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科教授。専攻はエピジェネティクス、幹細胞学。著書に『カラーイラストでよくわかる 幹細胞とクローン』(羊土社)、『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)。

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