本のこぼれ話

『近くて遠いこの身体』平尾剛(ミシマ社)

 2014年9月、ミシマガジンの人気連載「近くて遠いこの身体」が、ついに本になりました。「ついに」とつい書いてしましましたが、これは実感とともに口からこぼれ出た表現です。
 というのも、本書の担当編集者である私(三島)が、平尾剛さんにご依頼したのは、2011年のことでした。震災後、ミシマ社が京都府城陽市にもオフィスを開設し、関西での出版活動を本格化しようというタイミングでの依頼でした。
 「関西で出版活動をしていくにあたって、平尾さんとは、絶対にご一緒に仕事をしたい」
 そんなふうに強く思ったのでした。
では、どうしてそう思ったのか?
 私のばあい、理屈は「あとづけ」であることが多く、このときも例外ではありません。
 同じ1975年であること、同じ関西出身であること(平尾さんは大阪、私は京都)、同じような家庭環境(実家が自営業)など・・・共通の要素が多かったこともあるでしょう。
 けれど、なによりも「同じようなほう」へ向いている。
 そう感じられたことが大きかったと思います。
 「スポーツ」「出版」とそれぞれが立っている場所の違いこそあれ、むしろ、同業者よりも、目指しているところは同じ。
 そんなふうに互いに感じていたことは間違いありません。
 現に、私たちは、本づくりに向けいっきに意気投合したのですから。

 さる2014年10月16日、スタンダードブックストア心斎橋店でおこなわれた対談(「失われた身体感覚を求めて」)は、私たちが日々、目指している「同じような方向」とは何かをふりかえる時間でもありました。
 おおげさにいえば、私たちは、スポーツ、出版という世界で、なによりも大切にしているものは何か?
そんな大きな問いをもちつつ、意気投合から一転、どうして発刊までこれほど時間がかったのか? というところから対談は始まりました(前編はこちら)。

(文:三島邦弘、構成・写真:新居未希、構成補助:山本ひかる)

失われた身体感覚を求めて 平尾剛×三島邦弘(後編)

2014.12.24更新


個としての遊びの部分を残しておける

そういえばオールブラックスの試合はグラウンドがとても狭く感じられる。「20人いるのではないか」と思ってしまうほど、どこもかしこも黒いジャージだらけだ。これは15人の連携が緊密にとれているからに他ならない。15個の身体が結びつき、グラウンド(70×110メートル)の隅々にまで意識を行き渡らせることができるがゆえに隙が生まれない。これがオールブラックスの強さを支える根幹であって、彼が言うところの「網にかける」ということなのだろう。

(『近くて遠いこの身体』P244)


三島オールブラックス(ラグビー・ニュージーランド代表の愛称)的な強さって、個としても強いし、チームとしても強いですよね。ああいう強さって可能なんやな、と以前試合を見ていて驚いたんです。
 たとえば、ブラジルのサッカーって面白いじゃないですか。ネイマールの動きなんて、「こんな身体の使い方するんや!」って、見ているだけで興奮しますよね。強くなってきたときに、個としての遊びの部分を残しておけるってすごいなと思います。

平尾ラグビー界でオールブラックスっていったら、知らない人はいないです。ここ10年くらいずっと世界ランク1位を保っているんですけど、強くてなおかつ面白いラグビーをするんです。ほんと、強くて面白いんですよね。

三島そうですよね!

平尾もっとテクニカルにいえば、組織立っているにもかかわらず、個々の、いわゆるネイマール的な動きが生かされている。チームプレーも、個人技も際立つチームがオールブラックスです。もちろん、個人技に秀でるスター選手がそれほどいない時代には、よりシステマティックになることもあるのですが。

三島勝つためにね。

平尾それでも、すごく高いレベルでチームがまとまっている。しかも観客を魅了するようなプレーをするんですね。
 本にも書きましたけれど、ラグビーって真横か後ろの人にしかパスができないスポーツです。前に進まなあかんのに、前にいる人にはパスできないんですね。いつタックルされるかわからないので前方に立ちはだかる敵に意識は向く。サポートしてくれる味方は真横か背後にいる。つまりラグビーでパスをつなぐためには、視界の外にいる味方とやりとりしなければいけない。大袈裟にいえばすべて「ノールックパス」なんです。
 オールブラックスが見せるパスの連なりはもう芸術的です。タックルされながら、つまり地面に倒れながらのパスを「オフロードパス」っていうのですけれど、これはまさしく「ノールック」で、背後の気配を感じながら放らないとつながりません。あまりにシステマティックになると、このプレーは忌避されます。なぜならミスになるリスクが高いからです。それならパスをせずに少しでも前進した方がよいだろうと考え、相手にぶつかることを選択する。リスクを恐れ、合理的な戦術を選ぶほどラグビーではパスが少なくなります。

三島なるほど!

平尾でも、それだと見ていても面白くないですよね。サッカーでもなんでもそうですけど、やっぱり球技って、パスが繋がるから面白い。オフロードパスがいくつもつながるプレーは面白いですよ〜。倒れながらポンってパスを投げたら、プレーヤーがまわってきたりとか、あれはね、本当にすごい。僕なんか自分がやっていたから難しいていうのがわかるし、余計にのめり込むんですよ(笑)。初心者の方と一緒に見ていても、「おお!」って声を上げる人、多いです。

三島おもしろいですね。


全部とったれ!

ラグビーを始めたばかりのときに指導者や先輩からしきりに言われたのは、「声を出せ」「黙ってやるな」ということだった。パスが欲しいときには「はい!」もしくは「パス!」と声を出しなさい。さもなくばボールがもらえないよ、と。

(『近くて遠いこの身体』P150)


三島そういうふうに繋がっていくのが最終形だとすると、その第一歩は声だすことだ、と平尾さんは言ってらっしゃいますよね。オールブラックスの選手も若かりしときは、そこからスタートしているんでしょうか?

平尾しています。チームに所属していたときに一緒だった、元オールブラックスのプレーヤーに聞いたら、やっぱり基本はそうですよ、と。ラグビーは声を出すことから始まる。
 ひとつ面白かったのが、日本ではパスを放る人が大切で、ちゃんと相手の胸元にパスしなさいって言われるんです。パスをうまくつなげるためには、放り手のほうに重きを置く。けれどその彼曰く、小さい頃から「どんなパスでも取ってあげなさい!」って教えられるらしいんです(笑)。最初聞いたときは「ふーん」って感じでしたけど、よくよく考えればこれって大きな違いだと思うんですよ。

三島だいぶ違いますよね。

平尾取ってくれると思うから、安心して放れるし、結果的にいいパスになる。ちゃんと放らなあかんという意識が身体を硬くするから、うまく放れなくなる。パスという技術を習得する初歩の段階でこれだけの違いがある。こういうことか、と目から鱗でした。「とにかく、自分が「ここだ!」というタイミングでパスを放る。必ず取ってくれるから。そしたら安心してパスが放れるだろう」って言うんですよ。こうした環境で幼い頃からやっていった先に、まるで背中に目が着いているようなオフロードパスが繋がるようになる。一点差を競うような、ミスが許されない極限の場面でも、ポンって放れるんですよね。日本では、ともすればそれは軽い(軽率な)プレーとみなされて「しっかり相手を見て放りなさい!」と正されることが多い。相手を見てから放ってたら、原理的にはラグビーなんかできないんですけどね(笑)。

三島何でも、「とれ!」ていうところから始めてなかったら、何もとれるようにならないですよね。
 これ編集も同じことやと思います。編集者はラグビーでいったら、書き手から球をほられる方なんですね。胸元に来るなんていうことは、そうそうないです。それこそ斜め上とかからパスがくる(笑)。けれどそこで「いやいや、正面から放ってください」とか言ってたら、「は?」っていわれるわけです。「誰が正面から放るって言ってん」という(笑)。悪い意味じゃなくて、それほどに面白いっていう意味なんですけどね。



できへんけど、まあしゃあないか

平尾困ったときって、外側になんかいい方法がないかを意識したりしますよね。たとえば、ネットとかで同じように悩んでいる人をみるとか。

三島ちょっとわかります(笑)。

平尾そういうふうに、なにか困ったとき、自分の外側にマニュアルを求めてしまう。
そうではなくて、まず自分の感覚のほうを探ってみる。これが大事だと思うんですよね。外に頼ると、2歩も3歩も絶対に遅れる。外側になにか正解があると思っていくのではなくて、たとえば僕だったら、パスを「なんで取れへんねんやろう」と考えて、ずっと相手の動きを観察する。それって、自分のなかの感覚を見つけようと探っているわけですよね。正解らしきもので、困ったときのもやもやを解消してしまうのではなくて。そのときって、おそらくいろんな神経回路が組変わっていたり、勝手に筋肉ちょっとついてきてたりしていると思う。

三島なるほど。平尾さんは、自分の感覚がだんだん深まっていったり、高まっていったりするのに、どういう過程を経てきたと思いますか?

平尾くよくよしないことかなあと思います。いきなり日本代表になんてなれなくて、その都度できないことにぶち当たるわけですよ。けれど、そこであまり神経質に考えないことですね。できへんけど、まあしゃあないかって。

三島うんうん。それ大事ですね。

平尾今、大学で教えているんですけど、学生みんな、必要以上に悩むんです。できない自分はこれに向いていないんじゃないか、そもそも私はなんでこのスポーツをやってるんだろう、とそこまで自分を追い込むんですよ。
今すぐにはできないことはたくさんあるし、怒られたり、いろいろ言われたりします。でも、いずれ時間かけたら、できるやろうって、僕は思ってました。その時々は悩むんやけど、まあええか、明日練習しようって(笑)。これはけっこう、大事なことなんじゃないかなあ。

三島むずかしい顔しないで、笑っていく。これも、「感覚を失わない」ために大切なことですよね。感覚さえ、失わなければなんとかなる!

平尾剛さんを囲む会 開催します!

日 時:2015年1月11日(日) 開場14:30 開演15:00
会 場:隆祥館書店多目的ホ-ル

参加費:1,500円(当日は1,800円)
お申込方法:料金先払いにてお願いいたします。お振込をもって参加受付とさせていただきます。
振込先 三井住友銀行上町支店  (普通) 1353923
    カ)リュウショウカンショテン
申込み・お問合せ:隆祥館書店 06-6768-1023
Eメ-ル: ryushokan@eos.ocn.ne.jp


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ミシマ社編集チーム

平尾剛(ひらお・つよし)

1975年大阪生まれ。同志社大学、三菱自動車工業京都、神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属し、1999年第4回ラグビーW杯日本代表に選出。2007年に現役を引退し、現在は神戸親和女子大学発達教育学部で講師を務める。共著に『合気道とラグビーを貫くもの――次世代の身体論』(朝日新書)。「SUMUFUMU LAB」でコラムを連載。

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