本屋さんと私

作家の方々は、本屋さんとどんなつきあい方をしているんだろう。
自分が書いた本が並べられる場所にたち、どんなことを感じているのだろう。
そんな素朴な疑問からたちあがった連載です。
毎月、気になる作家さんに、本屋さんの「お話」をうかがいます。

本屋さんと私 ―― 井上章一さん編

第6回 本屋さんと切ない恋

2009.08.13更新

「汚い本屋に連れ込まれ」

―― 本屋さんとはどういう付き合い方をされていますか。

井上僕が買う本のかなりの部分は古本なんです。
昔から、古本屋にはなぜか惹かれる部分があってね、中学生、高校生くらいから覗くようなところがありました。ところで、私は中学、高校と男子校でしてね。いわゆる男女交際を、したことがない。

―― へー。

井上それで、男子校の牢獄を終えて大学生になって、かすかに男女交際をはじめて、初めてデートというものをしたときのことです。あまりの緊張感に耐えられなくなって、ちょうど、この辺り(*編集部注:三条烏丸通付近)ですよ。

―― おおおお。

井上たまたま見かけた古本屋に、入ったんです。本屋さんにエスコートいうのも変ですけれども、店内へ女の子をさそった。でも、その後、彼女は、私が誘っても二度と付き合ってくれなくなりました。そればかりか、「井上さんに、汚い本屋さんに連れ込まれた」っていう評判が私の耳に届くように(笑)。

―― えーー(笑)。

井上私はデートの緊張感に耐えられなくて、砂漠でオアシスをもとめるような気持ちで飛び込んだんです。「あそこなら落ち着ける」っていう気分やったんでしょうね。

―― なるほど。それが、先方の受けとり方はまるで......

井上まるで違いましたね。「汚い本屋に連れ込まれた」ですからね。

―― そうですか。

井上はい。で、「京都古本屋往来」っていう京都の古本屋さんが出してる雑誌があるんですけど、そこから原稿依頼をいただいたので、その話を書いたんですよ。

―― おおおお。

井上そしたらね。古本屋のおっちゃんらが、「どこの本屋や どこの本屋や?」って(笑)。「まさか、うちちゃうやろな?」って騒ぎ出した(笑)。

―― (笑)。

井上それでもう、言えなくなりましたね。

―― 「その汚いって、うちか? おまえとこか?」ってことですもんね。

井上まぁでも、あんまり古本屋になじみのない若いお嬢さんから見たら、どの古本屋も汚いかもしれませんね(笑)。

「祇園に本屋さんを出しませんか?」

井上きれいなのは、アスタルテ書房くらいやないですかね、京都だったら。アスタルテ行ったことあります?

―― あ、ないです。

井上あのね、御幸町の三条上がったところにあるんですが、古本屋のくせにっていうと怒られるんですが、古本屋なのに上下足分離なんですよ。

―― へー。

井上土足厳禁。で、インテリアがかっこよくてね。なんとなくゴスロリのお嬢さんに人気がありそうなインテリアですね。

―― ほー。

井上品揃えも、澁澤龍彦、金子國義、まぁそっちの、ややとんがったフランス世紀末ものを揃えているというような。

―― それは昔からあるんですか。

井上昔からあります。ひと頃はよくその......売り場に、黒っぽい服を着た、それこそゴスロリっぽい美少女がよくいらっしゃったんですけど、この頃店長が直にいるみたいですけどね。(笑)。

―― そうですか。
昔からそういう装飾なんですか。ゴスロリとかが、ブームになる......

井上それより前ですね。

―― へー それすごいですね。先をかなり、先って言うのもよくわからないですが(笑)。

井上先っていうかね、ま、そういう趣味はね、澁澤龍彦とか種村季弘が、京大やったら生田耕作さんとか好きだっていうような人たちの間では早く評判になってたと思います。マンションの2階にあるんですよ。

―― そうなんですか。普通の部屋ってことですか。

井上マンションの一室を本屋にしてるんです。

―― でも、マンションの一室だと、一見さんはさぞ入りにくいでしょうね。

井上一見さんで思い出したんですが、祇園に、祇園書房という本屋さんがありました。そこが、品揃えも花街ものに焦点をしぼっていて、料理の本とか、和服の着こなしの本とか、ま、いかにも花街の本屋さんやったんです。
文庫本なんかでもね、結構文芸色が濃くてね、あまり普通の新刊屋さんの文芸コーナーとは違う感じですね。で、僕は2年にいっぺんほど接待をしていただいて、芸妓さんが集まるお茶や遊びというのをしていただくことがあります。

―― はい。

井上あの、白く塗った芸妓さんがでてきはると、会話に困るんですよ。何しゃべっていいかわからへんで。

―― はい(笑)。

井上それで、とりあえず私がしゃべってたのは、祇園書房の品揃えの話なんですけど(笑)。芸妓さんたちがよく言うのは、あそこはたしかに「祇園ならではの本屋さんと思うけれども、あたしらが欲しいと思う雑誌ひとつもおいてあらへん」と。

―― なるほど。

井上ファッション雑誌もあんまりないし。ま、品揃えがオジン臭いと。でも、「こんな本もあって助かるんやで」っていうそういうやりとりをして、間が持ったんですね。

―― はい。

井上ところが、その祇園書房がなくなったので、今接待を受けても、私はすがりつく話題がないんですよ。

―― そっか、芸妓さんはもはや知らないわけですか。

井上いま、習いはじめたばかりの人は知らはらへんよね。
最近京都の花街は、けっこう蘇り出しているし、観光客も多いので、ぜひ志のある本屋さんは、あそこに本屋さんを開きませんか? と。

「中国人のふりをしている日本のおっさんがいる」

―― そこの場所って今どうなってるかご存じですか?

井上どうなってるのかな? いま、別の営業になってますね。

―― あ、そうですか。

井上全然違う営業になってますね。もう、僕の目に入らないですね。現金なものですね。

―― なくなったのは残念ですね。

井上残念ですね。ところで、銀座に、銀座のお姉さんならではの品揃えの本屋さんってあるんでしょうか?

―― いやぁ、よくわからないですね。

井上ホステスさんがかいた本だけを集めてるとか、けっこうなタイトル数ですよ。

―― そういう本屋さんも出てくると楽しいですよね。

井上芸舞妓がらみの本屋さんがあっても、たぶん祇園の芸妓さんたちが立寄らはるということはないと思いますけど、観光客が多いのでね、観光客が本を買っていきますし。で、ほら外国人が多いですから、エキゾチックな日本紹介の本とか並べとくと結構売れるんじゃないかと思いますけどね。

―― それは、売れそうですよね。

井上芸妓さん舞妓さんの握手とサイン付きとかいう日を設けるとか。

―― バカ売れしそうですね。

井上今は特に、花見小路あたりが夕方以降にいくと、なんていうかベネチアかフィレンツェみたいなことになってるんですよ。町行く人のほとんどが外国の人。

―― へー、そうですか。

井上ずっと前から、プッチーニのマダムバタフライ、いわゆる芸者ガールは日本エキゾティシズムのシンボルですから。たくさん来はるんだと思いますが、事実上、京都以外ではほぼ絶滅してるじゃないですか。まあ、金沢にものこっているかな。

―― 東京に彼らの求める日本はないんですね。

井上一緒に名古屋にいったことがありますけど(*編集部注:『名古屋と金シャチ』の制作時、井上章一さんと共に、しゃちほこ立ちをする名芸妓に取材したことがある)、名古屋の名妓重でも博覧会のとき女子大生が一人、芸妓になりたいと志願してきたというてはしゃいではったじゃないですか。

本屋さんと私 井上章一さん編

『名古屋と金シャチ』(NTT出版)

―― そうでしたね。

井上ほぼ絶滅しているのに京都だけはまだ現役で残ってるからね。

―― そうですね。

井上そういうのに興味をもつ外国人観光客がくるんだと思います。
ま、特に、海外旅行をし始めてまもなくの中国の人たちは、もの珍しいのか、べたべた触らはるらしいんですよ。舞妓さん芸妓さんに。

―― えー。

井上それが気色悪いというふうな声を聞くんですが、だけど、私は確信をもっているんですが、多分、中国人のふりしている日本人のおっさんがいると思う。

―― (笑)。いるでしょうねぇ。どさくさにまぎれて。

井上どさくさにまぎれて。

「散髪屋ではなしに、美容院に置いてほしい」

井上いらんことばっかしゃべって、すんません。

―― いえ(笑)。

井上あの、このごろね。大型書店なんかで、美術やデザインをはじめとするグラフィックもののコーナー作りに、店内のかまえを変えてるところありませんか。インテリアをちょっと他のところと違うようにしてるところ。

―― グラフィック?

井上京都の大垣書店とかも、グラフィックもんだけ、映画とか舞踊とかまぁ、美術、建築、工芸とかのコーナーだけね、少しインテリアを変えてはるんです。

―― あぁ、たしかに。

井上つまり、どういったらええのかな。他のフロアは散髪屋やけれど、ここは美容院やっていう感じ。

―― なるほど(笑)。

井上で、密かに、散髪屋ではなしに、美容院に置いてほしいなと(笑)。

―― (笑)。

井上ま、そう強く願っているわけでもないけど、でも、その願いもなかなかかなわなくて。

―― そうですか。

井上なかなかね。
一応私、ビジュアル方面の業界に片足くらい突っ込んでいるつもりでいるんですけどね。
建築方面のおしゃれコーナーに行くっていうと、いわゆる現代思想と近い人たちでしょう。

―― なるほど。

井上それこそ、NTTなんかでやってる雑誌があるじゃないですか。

―― 『ICC』とか。

井上はい。で、私は幸か不幸か、ああいう方面からは全く声がかからないです。

―― でも、美容院が必ずしもいいわけではないですよね。

井上いや、まぁ、あっちに置いて欲しいからといって、本の内容を変えようとは思いませんが、誤解でもなんでもええから、「あの本おしゃれやな、ここに」っていう、そういう店員さんがおってもええんじゃないでしょうか。

―― それはいて欲しいですね。

井上はい。


次回「もし私が本屋さんだったら(井上章一さん編)」をお届けします。

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井上章一先生

1955年京都市生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院修士課程修了。現在、国際日本文化研究センター勤務。歴史家、評論家。
著書に『霊柩車の誕生』(朝日新聞社)、『つくられた桂離宮神話』(講談社学術文庫、サントリー学芸賞)、『パンツが見える。』(朝日新聞社)、『愛の空間』(角川書店)、『伊勢神宮』(講談社)、『アダルト・ピアノ』(PHP新書)など多数。『阪神タイガースの正体』(太田出版)を著すなど阪神ファンとしても有名。

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