本屋さんと私

本屋さんと私―― 福岡伸一さん編

第3回目の「本屋さんと私」のゲストは、福岡伸一先生です。
福岡先生、8月のある日に、なんと自由が丘にあるミシマ社の一軒家においでくださいました。
「昔、こんなところに下宿してましたよ」とおっしゃる元・下宿部屋の一室で、本の思い出と本屋さんへの思いをぞんぶんに語っていただきました。
9月の毎週木曜日は、福岡先生の日です!

第9回 三月書房は究極の本屋さん(福岡伸一さん編)

2009.09.03更新

「何か思わぬ発見を求めて本屋さんに行きます」

―― 先日発刊された『世界は分けてもわからない』、とても面白く読ませていただきました。

第9回 本屋さんと私 福岡伸一 画像

『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)

この本の中でも書いてらっしゃる、マップラバー(map lover)とマップヘイター(map hater)という表現がおもしろかったです。この考え方は本屋さんに行ったときも通用するのかなと思ったんですが、先生ご自身は本屋さんに行かれたとき、どんなふうに、目的のものを捉えようとされてらっしゃいますか?

*1 マップラバー(map lover)はその名のとおり、地図が大好き。百貨店に行けばまず売り場案内板に直行する。自分の位置と目的の店の位置を定めないと行動が始まらない。(中略)
 対する、マップヘイター(map hater)。自分の行きたいところに行くのに地図や案内板など全くたよりにしない。むしろ地図など面倒くさいものは見ない。百貨店に入ると勘だけでやみくもに歩き出し、それでいてちゃんと目的場所を見つけられる。二度目なら最短距離で直行できる。(中略)
 マップラバーは鳥瞰的に世界を知ることが好きなのだ。やっぱりそのほうが安心できる。マップヘイタ―は世界の全体像なんか全然いらない。私と前後左右。自分との関係だけで十分やっていける。だって、そのほうが簡単じゃない。(『世界は分けてもわからない』より)

福岡そうですね。私は本屋さんで、自分が買いたい本がどこにあるか見つけるのがあまり得意じゃないんですよ。本に対する勘が良くないのかもしれないのですが、最近のターミナルにあるような大型書店って、売れ筋の本は平台にドドッと積み上げてあってわかりやすいんですが、分類しにくい本になると、どこにあるのかなかなかわからない。

―― 確かに。

福岡それで、最近は検索装置がおいてあるところもありますが、誰かが使っていたり、入力がめんどうになってしまったりと、なんかそういうことに阻まれてなかなか到達できなかったりしますね。
だから、買いたい本がわかっているのであれば、ネットで買った方がいいって思う人が現れるのは当然だと思います。

―― 確かに、そうかもしれないですね。

福岡でも、本屋さんに行く喜びっていうのは、実は欲しい本を買うというよりは、何か思わぬ発見を求めて行くということの方が大きいと思うんですよね。
「こんな本があったのか」「なんとなく気になってたけど、やっぱりおもしろそうだな」とかね。そういう自分が予定してなかったことが起きる場所として本屋さんがあってほしいと思いますね。

「三月書房は、私にとっては究極の理想の本屋です」

福岡私にとって理想の本屋と言いますと、京都にある「三月書房」という本屋なんですよ。知ってます?

―― 知ってます。

福岡三月書房は、私にとっては究極の理想の本屋です。

―― なるほど。

福岡一見、古本屋さんみたいなんですよね。

―― そうですね。

第9回 本屋さんと私 福岡伸一先生 画像

福岡場所も、寺町の古道具屋や自転車屋なんかが並ぶ街場の一角にあります。昼間から暇にしてるおっちゃんが集ってくる喫茶店が並んでるようなところにポンってあってね。
間口もガラス戸が四枚くらいで広くない。店内も真ん中に書棚があるだけで、平台もなく古本屋みたいに本がただ並べてあるという感じです。でも、実はそこは新刊の本を扱ってる普通の本屋さん。

―― そうなんですよね。

福岡例えば、つい自分の本が売られてるか気になって見に行くんですけど、ちゃんと何冊かピッと入ってるんですよ。で、ちょっとその周囲を見てみると、理科系で最近気になるいくつかの分野の本もちゃんと怠りなくある。

―― ほう!

福岡また別のところに目を向けると、思想史であれば、柄谷行人、浅田彰といった本もちゃんとある。この分野のこれだけはおさえておきたいっていう話題書や基礎文献はかなりきちんと取り揃えられているんですね。

―― 確かに、あの小さなスペースの中に、まさに世界が詰まってますよね。

福岡私の関係する分野だけでも「なかなか目利きだな」っていう本が揃っているので、おそらく自分の知らない分野でもそうなってるわけですよね。

―― なるほど。

福岡ということは、三月書房をうろうろするだけで、どういう本を読まなければいけないかが大体確認できてしまう。まさに、「教養とは何か?」ということを教えてくれる本屋さんなわけですよ。

「青少年を導く、稀少種の本屋さん」

福岡しかも、ひょうひょうとした宍戸さんっていうおじさんがひとりで全部やっている。それがまた本当に驚くべきことで。あの人相当読んでるわけですよね。

―― そうですよね。私もあそこでたまたま最初、寺山修司の本を買ったんですけど、レジにもっていったら、「寺山(ブーム)、もう一度来るね」って(笑)。

福岡ははははは。

―― で、思わず「そうですか」と答えてしまって(笑)。

福岡寺山修司っていう名前はみんな知ってるけど、じゃあいったいどこから読めばいいか、何から読めばいいかということは誰も教えてくれないわけですよね。

―― ええ。

福岡でも、三月書房に行くと、何冊か寺山修司が置いてある。そして、そこにあるのは手頃な寺山修司だったりする。

―― まさにそうですね。

福岡それで、この辺から読もうかと思って買ってみることになる。そういうのはあのおじさんが、「寺山ならこのへんから読んでみたら」という感じで置いてくれているわけですよ。それでたまにそれを買いにきた人がいたら、しめしめという感じでね。

―― 本当にそんな感じですよね。

福岡すごいのは、そういった目配りが全ての分野についてできていることです。
私なら、サイエンス読み物分野だけなら、「こんな感じかな」というふうに作れると思います。けど、寺山修司のところとかは作れないですよ。マストアイテムはマイナーアイテムを読んだ上でないと指定できない。

―― はい。

福岡そうやって、青少年を導いてくれるような、発見を用意してくれるような本屋さんということで、三月書房は最高だなって今も思います。京都に行けば、あそこに寄るのが定番ですね。
そうすると、意外と東京の出版関係の人がいるんですよね。この前も、「福岡さんですよね」とC書房の方に声をかけられました(笑)。

―― なるほど。わかります。

福岡皆それなりにチェックしてるところなんだと思います。
けれど、ああいう古本屋さんみたいであっても、『ハリーポッター』とか『1Q84』とかを積み上げてはないけど、ちゃんと一冊くらいはある。そういう本屋さんは、やっぱり稀少種ですよね。

―― 本当に。

「一度は三月書房参りに行こう」

第9回 本屋さんと私 福岡伸一先生 画像

福岡私も教育に携わるようになって、いろいろ経験してきた中で思うのですが、学生に何かを教えるっていうことは、ある意味では不可能なことなんですよね。
おもしろさを伝えて、その人がそれを面白いと思うかどうかは完全に相手の問題なので、それを面白がらせることはできないわけです。

―― なるほど。

福岡けれど、内田(樹)さんじゃないけど、教育者の教育者たるゆえんは、それが不可能なことだと知りつつも、繰り返し「こういう面白いことがあるんだよ、見てごらん」と言い続けることにある。それが教育者の役割だと思うんですね。スルーされてしまうことがほとんどではあっても。
でも、なにがしかの小さな言葉の断片が、彼もしくは彼女の心のどこかに残って、それがあるとき「あぁ、そういえばあのときあの先生がこんなこと言ってたな」って思い出してくれればそれでいい。

―― はい。

福岡「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という諺のとおり、私たちは馬を水辺に連れて行くことはできるけれども、その水を馬が飲むかどうかはわからないわけです。
しかも最近は、その水辺自体に近寄れないような川ばかりになりましたよね。

―― 確かに。

福岡コンクリート護岸だらけの川ができているように、ちょっとたたずんで水のなかを覗き込んで、何か魚が泳いでいたり、亀がどこかに隠れちゃうような、そういう水辺は、今はあまりないですよね。

―― そうですね。

福岡本屋さんもそれに似てるなと思うんですよ。
三月書房みたいな、ふらっと立寄って10分もいれば、必ず何か発見があるような本屋さん。ああいうおもしろい本屋さんは、ちょっと東京では出会ったことないですね。古本屋とかだったらあっても。しかも古本屋さんは、結構分野が決まってますよね。歴史書なら任せてというふうに。そういうところはあっても、新刊を含めて古今東西のものを扱う本屋さんはないですね。

―― あそこは本当に貴重な場所ですよね。

福岡以前、S社の人で、ある古い作家さんのどうしても手に入らないレアな本を探している人がいたんですね。でも、三月書房に行ったら、その人が探していた作家の本がちゃんと置いてあった。その解説本まで置いてあったんですよ。
それは驚くべきことだし、多分あそこには、訪れた人の頭の中になんとなく気になっているなにがしかのものは、やっぱりあるんですよね。
何平米もあるような大型書店にも決してない本が、あの小さな宇宙にある。これってすごいことですよ。

―― 確かに。そういう意味ではこの本のタイトルじゃないですけど、あの宍戸店長はきっと世界を分けてないんでしょうね。

福岡そうそう。世界を分けないで、自分の好きなように関係性を作ってるわけですよね。80年代だったら浅田彰の『構造と力』があるけど、当時はやっていた何かもう少しくだけたサブカルの本も隣りに置くとかね。そういう感じでつないでるんですよね。

―― なるほど。

福岡だから、本に関わる全ての人は、一度は三月書房にお参りに行きなさいと言いたいですね。

―― 三月書房詣で。いいですね~。


次週は、「書店行脚に行きました」をお届けします。

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福岡伸一先生

1959年東京生まれ。京都大学卒業。ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。専攻は分子生物学。
著書に『もう牛を食べても安心か』(文春新書、科学ジャーナリスト賞)、『プリオン説はほんとうか?』(講談社ブルーバックス、講談社出版文化賞科学出版賞)、『ロハスの思考』(木楽舎ソトコト新書)、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、サントリー学芸賞・中央公論新書大賞)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『動的平衡』(木楽舎)などがある。

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