本屋さんと私

今月は小田嶋隆さんにご登場いただきます!
じつは、小田嶋さんには、ミシマ社のホームページ内で、『コラム道』というタイトルで、本業コラムについて書いていただいておりました。
連載五回で小休止していたのですが、このたびミシマガジンで復活します!
今回は、そのあたりのことからお話いただきました。

第13回 小田嶋隆の『コラム道』入門(小田嶋隆さん編)

2009.10.08更新

書くことを考えない時間をつくる

本屋さんと私 小田嶋隆先生

―― いよいよ、『コラム道』を再開いただけるということで!

小田嶋ええ(笑)。そうですね。

―― どういうテーマで書くかはもう決められているのですか?

小田嶋2、30年同じ仕事をしてきて慣れてきたからなのかもしれないけれど、「書き出しについて」とか「結末について」とか、なにかテーマになりそうなものを自分で作って行くと、アイデアは割と思い浮かぶようになりますね。

それで、今度「普段どこでものを考えるのか」っていうことについても一回書けるかなと思っています。人って、机に向かってキーボードに手をのせてから考える部分もあるけど、そうじゃなくて、普段どういうところで頭が動き出しているのかって、不思議なところですよね。

―― たしかに、それは私も気になります。

小田嶋「今週の連載のネタはこれでいこう」みたいなことは、事を改めてアイデアを考えるところじゃないところで考えている部分ってありますしね。

―― なるほど、小田嶋さんの場合は、いつ「書くネタを考える」時間をつくっていらっしゃるのですか?

小田嶋そうですね。たとえば、考えることが3つあったり、食事前だったり、寝る前だったり、寝ている間っていうのは、あまり能率的じゃないような気がするんですよね。それはとてもよく考えているということなんだけど。

―― ほう。

小田嶋オフのときに、「いかに書くことを考えないですむようにするか」を考えることの方が能率的なのかなと。

―― ああ~。

小田嶋 ちゃんと専念して考えられるようにするには、考えないときに、できるだけそこから離れられた方が本当はいいはずなんですよ。

―― なるほど。

小田嶋特にね、寝転びながらついでに考えてるときって、頭の片隅でCPUパワーの1/10くらいを使っているだけで、大したことを思いついてるわけじゃないんですよ。

―― ほう~。確かにそういうところはありますね。小田嶋さんは、オフのときは全く仕事のことは考えずにいらっしゃるんですか。

小田嶋そうは思いつつ、やっぱり、そうでもないですけどね(笑)。なんでなんだろうな。この仕事ってちゃんとしたオフってないようなところがあるじゃないですか。

―― はい。

小田嶋それがね、自分でも不思議なところなんですよね。

―― 逆に言うと、どこでオフを作っていらっしゃいますか。頭の中でのオフといいますか。

小田嶋普通に休みの日はつくってますけどね。ただ、締めきりって一つだけじゃなくて、先にいくつか控えてるじゃないですか。

―― はい。

小田嶋それって、ドミノじゃないけど、順調に行けば大したことないんですけど、一つひっかかると次のもひっかかるし、ひっかかりながら次の仕事に取りかかってることの能率の悪さもあったりしますよね。だから、オールオアナッシングみたいなところはありますね。

出来不出来にこだわらない

小田嶋連載みたいな形で、ある程度5、6回こなした仕事なら、ネタがあろうがなかろうがちゃんと書けるようにはなりますね。

―― そうですか。

小田嶋毎週水曜日に締め切りがあるときは、いかに出来が悪くても必ず仕上げるんだっていうあきらめが着いてるから。
書くことが、アイデアの問題ではなくて、習慣の問題になる。
書くことってアイデアだと思うかもしれないけど、アイデアじゃないんですよ。アイデアがなかったらしょぼいアイデアで書けばいいんです。ある程度書いてるうちになんとかなるもんなんですよ。

―― へ~。でも、やっぱり平凡な思いつきを、それなりに読ませる文章にするって、腕が必要になりますよね。

小田嶋いや、そうでもない面もありますよ。週刊誌の連載でも50回とか60回とか一回も落とさずにやっていくわけですけど、その原稿が全部素晴らしい出来なのかと言うと実はそんなことはないですから。
「ここ2回ほどしょぼく進行してるから次はしっかりせねば」とか、そういった全体を見て考えたりしますね。

―― なるほど。それに、「しょぼい」と思えるものにも一筋の光があったりすることがありますもんね。

小田嶋そうなんですね。コラムの仕事って、小説なんかと違うのは自分でうまく書けたと思っても、案外読んでる方はそう思ってなかったりするんですね。逆に「しょぼいなぁ」と思ってても、中には感心してる人がいたり。

―― へー。

小田嶋あと、ある種のファンの中には、「なんかよくわからない原稿だったけど、この一言がおもしろかった」とか。そういう読み方をしてくれる人もいるんですよ。

―― なるほど。

小田嶋だから、あんまり出来不出来にはこだわらないほうがいいんですね。
書き上げることについていうと、基本的にはノルマをちゃんと自分でスケジュールに組み入れられることのほうが大事ですね。
出来不出来はけっこう偶然みたいなところがあって、書いてみないとわからないときがありますし。

―― そっか~。

小田嶋「それって、大昔に北村透谷が言ってたことだよ」っていうことでも現代風に言えれば、いいコラムになったり。

―― はい(笑)。

小田嶋例えば、村上春樹の小説が好きな人は、あの文章の中毒性に惹かれているところがあるじゃない。流れてくるメロディーを楽しんでいるというような。コラムなんかも、そういったところで楽しんでくれる人もいるんですよ。

―― なるほど、そうですか。

小田嶋ブルースギターなんて、同じところをずっとやってるわけだけど心地よい感じになって聴ける。ただ、厳しい読者っていうのは「それらしく書いてるけど内容ないよね」って気づいてますけどね(笑)。
だから、たまには内容のあるものを書かないと行けないわけですよ。
コード進行だけじゃなく、アドリブのフレーズとかね、あるいはうならせるメロディーとか。

村上春樹にいらつくのはなぜ?

小田嶋書評を書くのはけっこう難しいですね。この前、村上春樹の『1Q84』の書評を依頼されたんだけど、大家の作品になると、けちょんけちょんにけなすわけにも行かず、かといって褒めちぎるのもねぇ。
率直な感想を書くだけでは書評にならないし。

―― 確かに。

小田嶋良い書評家は、ちゃんと本の紹介もして、なおかつ「私の見方はこうだ」っていうことをひとつふたつ言える人ですよね。小説なら文学史の中での位置付けができて、「こういうところが長所で、こういうところが欠点だろうけれど、こういう読者が納得するんじゃなかろうか」という感じで。

―― 確かにそうですよね。

小田嶋だから、ちゃんと読書界の地図が描けるほど類似作品を知っていたり、ジャンル分けできるところまでの読み方ができてないといけない。
私の場合は、「作品を読んでいて思い出したんだが」っていう個人的な話をしちゃいがちで。「他の人はどうかわからないけど、おれはこう読んだ」みたいな。だけど、それって読書家のファンにとっては腹立つことだと思うんですよ。
書評自体がコラムというか、自分の作品になってしまうというか。

―― でも、それが面白いんだと思いますけどね。

小田嶋村上春樹って、割と嫌いだっていう人いますよね。

―― 絶対受け付けないっていう人もいますよね。

小田嶋私もね、好きなんだけど遠ざけてるっていうくらいの距離感なんですよ。「ちゃんと認めてるんだけど、読むとなんとなくイライラする」っていう感じで(笑)。

―― なんとなくわかります(笑)。

小田嶋それで、どうしてイライラするんだろうっていう解明も含めて、じゃぁひとつ新作を読んでみようかということで、読んでみたんです。

―― ええ。

小田嶋やっぱり出来はいいんですよ。ちゃんとしてます。それで、なぜイライラするのかというと、「こいつの思わせぶりって何なの?」って気がしてすごく面倒くさかったんですね。寓意が先に立ってて、話が先に動かない。

―― 動かないですよね。

小田嶋何も進まないくせに、とてもそれっぽい道具立てばっかり並ぶわけですよ。今回の作品も、はじめの300ページくらい何も動かないんですよ。

―― そうですね。見事に。

小田嶋温室で蝶々を飼っている老婦人だとかね。でまたトム・コリンズとか飲んでるんでしょ。そういうのがいちいち腹立つんですよ(笑)。
「予備校の講師のくせに豆挽いてやがる」とかね。

―― (笑)。

小田嶋インスタントコーヒー飲んどけ、みたいな感じがあるんですよね。あの人の小説だと、必ず豆は挽くものだし、酒だって「とりあえずビールで」みたいな飲み方絶対にしないでしょ。

―― しないですね(笑)。

小田嶋必ず銘柄とシチュエーションが決まってる。それがハイソサエティじゃない、普通の人がお酒の銘柄とかシチュエーションにこだわってるでしょ。音楽も適当に聴くようなことしないし。なんか皆すごくおしゃれな生き方してるわけですよ。それがイライラするんだろうなと。

―― なるほど。

小田嶋それと、最後まで読むとわかるんだけど、最初の300ページくらいいろんなことがバタバタと書いてあるんだけど、その伏線が結びついて物語がドライブするのは450ページから後だったり。

―― はいはい。

本屋さんと私 小田嶋隆先生

小田嶋それに我慢できないわけですよ(笑)。

―― そうですよね(笑)。

小田嶋駆け出しの小説家だったら、最初の30ページで「こいつは話が進まねえ」って捨てられるわけですよ。あんなね、読者を放置するみたいな書き方は大家じゃないと許されないわけで。

―― なるほど、そう言われるとそうかと思いました。

小田嶋だから、出来の良し悪しというよりも、そういったところが気になりましたね(笑)。

読書と書くことについて

小田嶋で、読書で少し思ったんですが、読書が自分の栄養になるのは、35歳くらいまでかなと。

―― ほう。

小田嶋それくらいの歳までは、「ああ、そういえばこの本を読んで影響されたんだな」って振り返って思うことはあります。
でも、そこを超えると娯楽として読むことはあるけど、勉強として読まなくなる。それに、良いものを読んでも、変に影響されなくなったように思いますね。
すぐ真似したりとかね、そういうことも割とやりにくいし。

―― なるほど。

小田嶋仮に、自分がいちアマチュアだったら、レイモンド・チャンドラーの文体を真似てもいいけど、一応プロとして文章を書いている人間なら、誰かのものを読んでそれとそっくりになってるっていうのは、ちょっとあっちゃいかんことだから(笑)。

―― ええ、そうですね(笑)。

小田嶋もう少し、影響の受け方も微妙じゃなきゃいけないわけで。若い頃は軽薄にそっくりになったりして、そういう中で自分なりに何かが身につくんだと思うけど。

―― はい。

小田嶋それで、宣伝会議のライター教室にくる人たちに言うのは、もう読むことから勉強しようっていうのは違うんじゃなかろうかって言っています。
ある段階まできたら、読むことからじゃなくて、書くことから学ばないと成長しないぞと。

―― いつまででも、お勉強で終わってしまいますからね。

小田嶋そういう意味で、いいなと思った文章を真似るのはいいことだとは思いますが、そう思っても、そういうことはやめないといけないなと思います。

―― なるほど。真似るのも期間限定で、ということですね。

小田嶋そう。似ちゃいかんでしょ。って(笑)。

―― たしかに(笑)。
では、今後の『コラム道』では、読書のことにもぜひ一度触れていただければと。

小田嶋そうですね。

―― 連載の再開を楽しみにしてます!

(次週、『うかつな女にコストはかけない』につづきます!)

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小田嶋隆(おだじま・たかし)

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。著書に、『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』『1984年のビーンボール』(以上、駒草出版)、『人生2割がちょうどいい』(共著、講談社)などがある。日経ビジネスオンラインで「ア・ピース・オブ・警句」を人気連載中!

本屋さんと私 小田嶋隆先生

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