本屋さんと私

第15回 なくしたものは、もう戻らない

2009.10.22更新

雑誌から文化祭的ノリがなくなった

小田嶋雑誌なんかでも、昔は編集者とライター、作家の距離が今よりもずっと近かった、というか会うのが頻繁でしたよね。手書きだったし、電子メールもなかった頃は、原稿も手渡しだったし。

―― そうですね。

小田嶋編集者も、大阪の先生のところに原稿をとりにいくときは、一泊かけて行ったりしてね。とりに行ってみたところでまだ原稿が書けてなくて、「すみません、今日は帰れません」って電話するような、そういう牧歌的な仕事をしてたわけですよ。

―― 今からすれば、少しうらやましいですね。

小田嶋それが、今や1人の編集者が15人くらい担当の著者を抱えて、やりとりは大体メールか電話でしょ。
私が連載していた雑誌の編集者さんもすごい数の担当を持っていて、とてもじゃないけど全員と会ってられないくらいなんですよね。こないだついに、2年も連載してたけど、電話でしかやり取りがなかった編集者もいましたしね。

―― へー。そうですか。

小田嶋編集者1人に対してすごい労働強化が行われてるわけですよ。

―― 間違いなくそうですよね。

小田嶋昔なら40人くらいで1冊の雑誌をつくっていたものが、次第に20人になり、今なんかもしかしたら8人でできるんじゃないかっていうふうになってますよね。そのうち、5人でも可能なんじゃないかと。

―― 雑誌によっては、2人くらいでつくっているところもあるんじゃないですか。

小田嶋しかも、原稿も電子メールできたものを全部デジタルであげちゃえば、締め切りは入稿前日で大丈夫だっていうふうになったりしてね。で、しまいには、「ウェブ版でいいじゃないか」という話になって雑誌がなくなるっていうね(笑)。

―― 一度そのスケジュールでやってしまうと、それで行けるんじゃないかってなってしまいますもんね。

小田嶋でも、そうやって省力化も可能なんだけど、それで失われているものはありますよね。

―― ありますよ〜。

小田嶋人間がものを書く環境だとか、あるいは、編集者とライターが顔を会わせることで生まれていた何かっていうのがあったはずなんですよ。

―― そうですよね。

小田嶋ひとつは、雑誌をつくることの文化祭的なノリがなくなりましたよね。

―― なるほど。

小田嶋昔は、なんだかよくわからないんだけど、ライターとか印刷会社の人も参加して、とにかく大勢の人たちがああでもないこーでもないって企画会議をしてた。文化祭の模擬店じゃないですけど、雑誌ってそういうやつらがつくってたっていう感じがありましたよね。

―― はい。確かにそうですよね。

小田嶋エディターみたいな職業が人気商売だったのは、そういうところに魅力があったわけですよね。

ブティックみたいな本屋があるといい

小田嶋逆に言えば、小出版社が「大出版社じゃなくても本はだせるんだぜ」ってなったのも、そういった省力化の効果の一つかもしれないですけどね。

―― 確かにそうですね。

小田嶋20年前だったらね、20代のやつらが集まって「出版社つくろうぜ」なんてふざけんなの一言ですよ。

―― 絶対そうですね。今は本当に、パソコンとコピー機と電話があれば、とりあえずはできますもんね。

小田嶋いい著者と、売るルートをつくる営業力をもってればね。著者―出版社―書店という流れが、簡略化したから小さい出版社がでてくるようになった。そういう、良い面と悪い面と両方ありますけどね。

―― はい。

小田嶋だから、本屋ってそういう意味でいうと、ただの売り場じゃなくて、情報を発信する基地みたいな役割が大きくなったんじゃないですかね。

―― はい、そういう役割が大きくなってると思いますね。

小田嶋なんか、最後の基地みたいな感じですよね。だから、「あの書店は、どういう本の置き方をしてるのかな?」っていうところを見るようになってきた。
本屋なんてどこも一緒だよと思っていた時代は、本屋に行って本がないと2週間待つのが当り前だったけど、今は「あそこは、この手の品揃えがいい」とか「小さいながらも多少、置き方が違うぞ」みたいなところを見るようになっていますよね。

―― 確かに。

小田嶋だから、最近は、全部揃っているような巨大書店と、ベストセラーだけ置いてるような中小の書店に二極化してますけど、それ以外に、ちょっとおしゃれなブティックみたいに本を売る書店があるといいと思うんですよね。本の世界って、ファッションにおけるブティックみたいなものってないでしょ。

―― そうかもしれないですね。

小田嶋ブティックって必ず、そのブティックの味があるじゃないですか。
「うちはこっち方面のブランドとこういう傾向の服については、アドバイスできますよ」っていう感じで。単に売るだけじゃなくて、お客にも勧められるマヌカンがいるような、そういう目利きがいる本屋さんができるといいですね。

再販制度ってどうなの?

小田嶋そうなるには、再販制度があとどれくらい続くのか? っていうことも関係してくると思いますけどね。

―― ほう。

小田嶋再販制度がなくなり、書店の買いきりが基本になれば、「仕入れちゃった以上売らなきゃいけないんだ」っていうことですよね。
売れなかったら返していいんだよっていう商売(再販制度)って、書店以外にないような気がするんですね。

―― 私もないと思うんですよね。

小田嶋だから、書店ってそういうところでいまいちショップじゃない展示場みたいな感じがするでしょ。「とりあえず、出版社の皆さんに棚をお貸ししてますよ」と。
だから「お客さんこれお似合いですよ」っていう売り方ができる商売じゃなかったりする。でも、再販制度がなくなったとしたら、「この商品を入れたんだけど、思うように売れないからじゃぁ300円で売っちゃえ」とかね。ある程度アメリカなんかではそうだったりしますよね。ワゴンセールの本とそうでない本と分かれてるでしょ。

―― そうですよね。

小田嶋だから、この再販制度ってどうなのよ? って思いますね。
でも、再販制度もいきなり止めると、そのショックで日本中の書店がかなりつぶれるから、そこはソフトランディングさせていく何かが必要なんでしょうけどね。長い目でみると再販制度ってなくなっていくような気がします。5年、10年っていう話じゃないけど、20年とかするともうなくなっちゃうでしょ。世界的に見てもね。

―― そうなんでしょうね。日本だけですもんね。

新聞がパパラッチの記事だけになったらダメでしょ

小田嶋再販制度がなくなって、そのうち新聞の宅配制度なんかもなくなっていくと、情報の流通が大きく変わるわけですよね。で、そこで見逃されがちなのが、ソースの必要性なんですよ。例えば新聞とかね。

―― 情報源ということですね。

小田嶋実は2ちゃんねるの連中って、新聞をばかにしてるくせに、新聞以外のソースを信用しないんですよね。そもそも、ウェブ上の情報って豊かなようでコピペのコピペのコピペだから、何か記事を見るたびに「ソースは何だ」と必ず聞きにいくんですよ。ソースってのは何かと言うと、生身の人間が事件の現場に行って書いたというものだけが、唯一ソースなわけですよ。だから、なんだかんだいいながら、新聞記事っていうのは絶対になくなってはいけないというか。

―― ほんとうにそう思います。

小田嶋世界が動いている限り、取材に行ってそれを書く記者がいないと、新聞記事ってできないわけです。
ホンジュラスで事件があったとか、ニカラグアで地震があったってことになると、メキシコ支局だったり、ブラジル支局のやつらが飛んで行って取材にいく必要がある。

―― はい。

小田嶋メキシコ支局の駐在なんかは、年に2回くらいしか記事を書かないとしても、常にメキシコ政府とパイプを保ちつつ、いろいろ各国の大使たちと夕食会なんかに参加したりして記事ソースの手当をしておく必要があるんですね。非採算だけど、そういう記者を山ほど抱えてることで新聞のクオリティーって保たれてる面があるんですよ。

―― そうですよね。

小田嶋それを、じゃぁ、もう新聞のビジネスモデルが成り立たないから、支局を全部なしにするっていって、パパラッチがあげてくる記事だけでつくろうよっていうのは、成り立たないですしね。

―― いかないですね。

小田嶋この先新聞なんかもどんどん支局を閉じていく可能性はあるけどね。
でも、そうなってしまうと、本当に活字というか、文字情報の世界って、すごく層が薄くなる可能性が感じられますよね。

―― 現地の新聞記者頼み、なんていうわけにもいかないですからね。

小田嶋そうそう。

―― でも、本当にそういうことがまかり通るような雰囲気になりつつありますよね。

小田嶋ダメな典型というのは、例えば中田英寿がイタリアで活躍して、サッカーの記事が売れた頃は、新聞社も特派員を出してたわけですよ。
でも、ヨーロッパで活躍している選手の記事を書いてもそんなに注目するほどでもないっていうことになると、サッカー好きの現地の商社マンが新聞社と契約して書いてたりするわけですよ。それでも別にいいんだけど、そういう記事ばかりになってくるとどうかなと。

―― かなしい気持ちになってきます。

小田嶋フリーのパパラッチから記事を買うだけになると、本当にクオリティーどころじゃないですよね。

―― 紙面はうまるもののっていう感じですよね。

小田嶋なくなってしまった後は二度と再生ってできないですからね。そういうところはもっと意識していかないといけないと思いますね。

―― 本当にそう思います。

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小田嶋隆(おだじま・たかし)

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。著書に、『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』『1984年のビーンボール』(以上、駒草出版)、『人生2割がちょうどいい』(共著、講談社)などがある。日経ビジネスオンラインで「ア・ピース・オブ・警句」を人気連載中!

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