本屋さんと私

第16回 福井の田舎で出会ったソール・ベロー

2009.10.29更新

アメリカのユダヤ人文学との出会い

―― ところで、さっきの新聞の例でおっしゃられた、新聞が持ってるような一覧性の機能というのは、書店にも共通するのではないでしょうか。

小田嶋ウェブって自分が探すものがわかってるときにはいいんですね。
例えば、「松田聖子のシングル2曲目ってなんだっけ?」って、こっちで探してるものが明確であればウェブはすごく探しやすい。だけど、漠然と「面白いものないですか?」っていうときウェブって役に立たないんですよ。

―― たたないですね。

小田嶋新聞の方がぱらぱらめくっていったときに、「お、こんなところにこんなものが」というものを見つける可能性が高い。それが、一覧性っていうことなんだけど。
本屋さんもそうで、「何かおもしろい本でもないかな?」と思って背表紙が何百冊も並んでる棚を見ていくと、飛び込んでくる本があるんですよね。

―― ありますね。

小田嶋で、それを見つけるのも読書家の能力なんですよね。

―― なるほど。   
 
小田嶋あらかじめわかってて、この本買いたいっていう場合は、自分の範囲から出ないから。

―― そこはポイントですよね。

小田嶋自分が普段買わない本だとか、読まないパターンの本だけど、何か装丁に惹かれたとか、タイトルでひっかかったとかね。ジャケ買いした本でたまにおもしろいものがあると、とても得した気になるでしょ。

―― そうですね。

小田嶋そういうポイントがなくなるとしたら、これは大変なことですよね。
いわゆる衝動買いがなくなるわけだから。

―― 実際そうやって見つけた本で思い出深いものってありますか? この本だけはっていうやつとか。偶然見つけてよかったなぁ っていうやつとか。

第4回本屋さんと私 小田嶋隆先生

『オーギー・マーチの冒険』(ソール・ベロー、早川書房)

小田嶋割と大好きな本でね、ソール・ベローの『オーギー・マーチの冒険』(早川書房)っていうのはタイトル買いしたんですよ。
学生のとき友だちの葬式で福井県に行ったときに、手持ち無沙汰で買った本なんですけど。

―― ふらっと立ち寄った本屋さんで、買ったのですね。

小田嶋長くてぶ厚い本なんだけど、気になったから思いきって買ってみたんですね。そしたらすごくいい本で。その時は、ソール・ベローも全く知らずに買ったんですけど、後でノーベル文学賞をもらうような作家さんだったと知ったりして。

―― へー。

小田嶋それで、ソール・ベローを読んだおかげで、そこからフィリップ・ロスを読むようになったりして、「アメリカのユダヤ人文学っておもしろいな」って一つ鉱脈を掘り当てたような気がしましたね。

―― なるほど。それはすごいですね。

小田嶋それまでは、日本文学とかフランスのものは読んでたんですけど、当時、アメリカのものを読んでみるっていう発想は全くなかったんですよ。だからソール・ベローとの出会いは大きかったですね。

―― へー。

小田嶋そこから遡って、一鉱脈あてたような気分でずいぶんたくさん読みましたよ。『キャッチ-22(上・下)』(ハヤカワ文庫)なんかもその後だと思いますけど。しかも、振り返ってみると、結局自分が一番たくさん読んだ海外文学って、おそらくアメリカ文学なんですよね。

本のなかには、若干の見栄も含まれている

第4回本屋さんと私 小田嶋隆先生

小田嶋この話は、どこかにも書いたんですけど、我々の世代って、本に関しては財布のひもが緩いんですよ。

―― はい。

小田嶋自分の親父は教養のない人だったけど、自分が教養のないことを気に病んでて、子供は本を読む人に育てたかったんですよ。だから、本を買うことについてはいくらでも金を出してくれたんですね。

―― 素晴らしい話です!

小田嶋自転車とか、お菓子とかそういうものはめったに買ってもらえなかったんですけど、近所にツケがきく本屋があって、私は本はツケで買ってたんですよ。

―― ツケで本を買うという発想はいまはあまりないですよね。

小田嶋だから自分って、基本的にケチなんだけど、本だとかなりムダで4000円くらいするものでもすっと買ってたりする。ズボンだとどっち買おうか迷ったとき、両方買わないでしょ。迷った挙句買わなかったりするけど、本だとどれにしようか散々迷ったあげく3冊みんな買っちゃうとか。

―― ありますね(笑)。

小田嶋だから、ジャケ買いとか装丁買いをしちゃうんだけどね。で、一方「うちの子どもも経済観念ないな」と思うことはたくさんあるんですけど、本にはケチですね。

―― ああ・・・。

小田嶋どうしてだろう、って思いますけど、今の子どもたちってそうなんですよ。

―― 本にお金をつかうのがもったいないと。

小田嶋本当に買わないですね。「フランス語の辞書必要だろう」って言っても、「絶対要らない」って。

―― えー!? 

小田嶋「こんなものが3000円もするの?」ってびっくりしてますよ。
彼らからすると、ゲームとかにたくさん金がかかるでしょ。携帯とか。だから、本に2000円とかっていうとびっくりするんですよね。

―― つらいですね。

小田嶋しかも、基準を『少年ジャンプ』で考えてるから(笑)。「ジャンプが240円でこんなに厚いのに」っていう感覚なんですよ。
だから、本って売れないのかなって思っちゃいますね。3800円くらいする本を、ふっと手に取って、ぱらぱらめくって、すっと買っていくなんて考えられないことなんでしょう。

―― そういう人を、もう一度本の世界に覚醒させることって、できないんですかね。

小田嶋難しいことですよね。こないだ、朝日ジャーナルの編集長が書いていたコラムがおもしろかったんですけど、「われわれの時代は、朝日ジャーナルをもっていることは、ひとつのステータスで、見栄をはる意味でももってたんだ」と、そして「今の若い人たちは見栄さえはらないんだ。それは、たいへんまずいことだぞ」って。
確かに我々は本をもつことに対して、単に読みたいからじゃなくて、「こういう難しい本を読んだぞ」っていうことの若干の虚栄も含んで読んでいたわけですよね。

―― はい。

小田嶋「高い本を本棚に置いてあるぞ」っていうことは、単にこの本が「面白いから」とか「有用だから」ということじゃなくて、そういう本が並んでいる本棚の景色を見て自己満足しているみたいなところがあったりね。

―― 本が並んでいる空間にうっとり。

小田嶋そういうところがないと、高い本って売れないわけですよ。

―― なるほど。

小田嶋彼らの場合は見栄をはるポイントが本じゃないんですよね。どこではってるのかわからないけれど。
「あの本を読んだぞ」っていうことで見栄をはらなくなってきてるということになると、きついですよね。

本は宅配ピザとは違うんだよ

小田嶋何かについて調べることについていうと、ウェブのほうが便利かもしれないですけど、読書の面白さっていうのは、それと違うところにありますよね。

―― そうですね。

小田嶋情報力で勝負しようとすると、スピードではまず勝てない。だから、「本って違う物だよ」っていう、もっと気どった値段の高いところ。プレタポルテじゃなくてオートクチュールなところでやらないとって思います。

―― ですよね。若い人でもそこに気づいてる人は気づいてるんでしょうけどね。

小田嶋うん。

―― 絶対数は少なくなってるんでしょうけど、そこからうまく波及して行くといいなと思いますね。

小田嶋うん。でも、いまは一番ウェブに流れてるときだから、そこから少し戻ってくる流れはあると思いますけどね。
それこそ、情報メディアが「活字とテレビ」くらいしかなかったときから、今は「活字とウェブとテレビ」っていう3本立てくらいになった状態なわけですよね。

―― はい。
 
小田嶋そうやって、地位が相対化したことは間違いないですけど、だからといって、取って代わられるわけではないでしょ。

―― そうですね。

小田嶋ウェブと活字は、並列で違う性質のもので、置き換えられるわけじゃなくて、棲み分けるようになるというか。バイクと自動車と自転車の関係みたいなものですよね。

―― そうかそうか。そういうことですよね。

小田嶋飛行機があるから自動車いらないっていう問題じゃないですよね。

―― 問題設定として間違ってますもんね。なるほど。
なんか、そこをごっちゃにして論じがちなところがあるなと思いますね。

小田嶋そうそう。でも、そこはやっぱり、ウェブが無料っていうことの違いが一番でかいんだと思いますけどね。

―― ええ。

小田嶋うちの子どもたちが情報に対してケチになるのは、「ウェブで探せばただなのに、なんで本で買うわけ」っていうところじゃないですかね。

―― なるほど。最初の話であったように、「書店に並んでいるものには叡智が詰まったもんなんだ」っていう、そこに価値を感じられるかどうかですよね。

第4回本屋さんと私 小田嶋隆先生

『人生2割がちょうどいい』(共著、講談社)

小田嶋そうですね。本屋に行くといろんな本が、「あ、こんな本もあったんだ」っていうことに気がつくけど、それこそ必要な本をamazonで手に入れるようになると、そうやって出会う機会を失うでしょ。
本屋に足を運んで体感してみることからわかることってあると思います。
だから最後に一言、これは、声を大にして言いたいですね。「本は宅配ピザとは違うんだよ。注文したものが届くデリバリーじゃないんだよ」と。

―― それ、すごくわかりやすいですね! 本はデリバリーじゃない。

小田嶋教養とか知識っていうものはそういうものじゃないぞと。出会うものだし、探すものだし、自分から見つけに行くものなんだから、注文して届くものではないぞと。

―― なるほど。本というものが、ウェブとの違いからよくわかりました。
今日は本当にありがとうございました。

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小田嶋隆(おだじま・たかし)

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。著書に、『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』『1984年のビーンボール』(以上、駒草出版)、『人生2割がちょうどいい』(共著、講談社)などがある。日経ビジネスオンラインで「ア・ピース・オブ・警句」を人気連載中!

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