本屋さんと私

本屋さんと私 山陽堂書店
(三代目店主・万納幸江さん、幸江さんの長女・遠山秀子さん)    
                                  (聞き手:三島邦弘)

第18回 住み込み店員さんと家族の食事に追われ(50年前の書店のカタチ)

2009.11.12更新

結婚早々、怒涛の日々

第18回本屋さんと私 山陽堂さん

幸江さん私は50年前にここに嫁いでからのことしかわからないんですけど。

―― ぜひ、その最初のところからうかがいたいと思ってまいりました。
こちらにこられたのは50年前ですか。

幸江さんそうです。昭和34年です。ちょうど美智子様のご成婚の一週間くらい後でした。

遠山さんちょうどここの前を通ったんですよ。馬車が。

―― そうなんですか。

幸江さんご成婚のパレードを見させて下さいというご近所の人たちが来て、うちの屋上や窓から見たりしたそうです。その9日後に私はここに嫁いできました。

―― そうですか。まだ余韻がありましたか。

幸江さんそうですね。ありましたね。でも、その頃はあまりテレビがなかったのね。テレビが出てきたのはオリンピック頃でしょうか。
でも、あなた(遠山さん)が生まれた頃はテレビをみて踊ってたから、白黒はあったかしら。
でも、その頃はテレビをみる余裕がなかったわね。ともかく、全部で10何人の食事の支度を義母と2人でしなくてはいけなくて、それで、その合間に店番ですからね。どちらもあまりね。

―― では、とつがれて息つく間もなく、やれ食事の支度だ、やれ店番だ、と大忙しの日々が待っていたのですね。

幸江さんそうです。本屋の何たるかも全然わからず店番ですから、本当に困りました。

―― それはご苦労も多かったでしょうね。

エンゲル係数の高い本屋さん

幸江さんあの当時は6人くらい住み込みの店員さんがいまして、食事前に週刊誌1冊から配達してました。荷が来ますよね。そうすると、全部仕分けして、店員さんが食事前に配達するんです。その範囲がかなり広くて、2キロ四方くらいかな。私は地理も詳しくないのですが、そんなふうに聞いていました。
戦前は世田谷のほうまで行ったと言ってましたが、私が来た頃は千駄ヶ谷のほうとか、渋谷近くまで配達していたそうです。しかも自転車ですからね。

―― 自転車ですか!?

幸江さんはい。それで、週刊誌をひととおり配達してから、朝食を食べるんですね。

―― 何時頃から配達されてたんですか。

幸江さん7時半頃には食事してたから。週刊朝日・週間読売・サンデー毎日・女性自身、週刊誌がたくさんでる日はもう6時頃には配達してましたね。男の子たちは。

―― 毎朝7時半に朝食をみんなで揃って食べられたのですか。

幸江さん座れば食べられるように用意していました。

―― その朝食は、家の方とその6人の住み込みの人たちと。

幸江さんそうですね。2階に私どもが暮らしていたところがあって、それと茶の間と台所と食堂がありましたので、そこで家族たちが食べた後、店員さんが帰ってきて、だから、3、4回朝食を用意してました。それが、朝昼晩ですから、エンゲル係数がものすごく高くて(笑)。
本当によく食べました。

遠山さんすごかったよね。お稲荷さんの量とか。

幸江さんお米の減り方。こんな大きな瓶があって、1斗2斗とかそういうんじゃないんですよ。で、私のときになってからキロでしょ。そうすると、一回に20キロずつ買うんですよ。普通だったら、2キロとか5キロでしょ。でも、20キロ買ってもすぐなくなっちゃうから。だから、お米屋さんもお得意さんで、よく電話かけて20キロずつ一回。それで、お釜だって三畳釜っていって、いま見たこともないようなこんな大きな。何升って焚いたお米がすぐなくなってしまって。
お鍋でもなんでもこんなに大きなもので作ってました。

―― 相撲部屋みたいですね。

幸江さん学校の給食みたいな感じでしたね。

―― そっかー。

家族で夕飯なんて一度もありません

幸江さんお店は、朝は8時ごろから、夜は9時半まで開けてたでしょうか。

―― 夜の9時半まで開けてたんですか。当時としてはすごい遅いですよね。

幸江さんレジを締めて10時。それから、やっと自分の時間です。それで、いつも私は6時か6時半までには起きていました。7時頃には配達から帰ってきた人の食事の用意をして・・・。
やっと終わって、やれやれと思ったら、もう夜10時です。その合間に食事はしてましたけどね。

―― 夕飯は、空いた時間を見てそれぞれ各自で食べると。

遠山さん家族でご飯食べたことないよね。

幸江さんお店の人のやってる合間に食べたりとかしてたから。

―― ひえー

幸江さんテレビでよくやってますけど、家族でテーブル囲って夕飯なんて、嫁いでから一度もないです。

遠山さん時間差だったよね、いつも。

―― 子どもながらにそれがあたりまえだと

遠山さんそう思ってたんですよ。だから、家族で食卓囲むなんて、わたし結婚してはじめてやりましたね。

幸江さんでも、あの頃はしようとも思わなかったわね。

遠山さんみんなで一緒に食べるなんていう感覚なかったよね。

幸江さんないない。
食べ終わったらすぐにお店に行かなきゃなんないし。夕飯の支度の時間になったら、上に上がって行って、手が空いたら下に来てっていう生活でした。

―― 働き者ですね。尊敬します。

明日食べるものがないわけではなし、おそれることはない

遠山さんこれ(写真のお洋服)も母がつくったんですけど、母は洋裁の先生をしていたこともあるんですよ。それで、尾道にも教えに行ってたんです。

第18回本屋さんと私 山陽堂さん

万納幸江さん

幸江さん文化服装学院ってあるじゃないですか。あそこの連鎖校がありまして、全国に。そこの連鎖校で2年くらい教えてました。

遠山さん母は長野の生まれなんですけど、女学校を出てから10年間やりたいことをやらせてもらったっていっています。

幸江さんものをつくることでストレス発散。子供の洋服つくったり。おばあちゃんの着物縫ったり。
おばあちゃんは、亡くなるまで私の縫った着物をきてくれましたね。

―― それはうれしいですね。

遠山さん今、私のスーツを縫っているんです。母は時間をムダにしないですね。だから、いつも何かやってます。

幸江さんだから、昭和一桁生まれなんて、77歳、戦争を経験していますから。いま『<貧乏>のススメ』って出してるでしょ。あの頃は日本中が貧乏でした。国が貧乏でしたからもう怖いものないですよ。

―― 強いですね。

幸江さんだから、いつもこの子が落ち込んでると「明日食べるご飯がないわけじゃなし。おそれることはない」と思ってるんですけど、あんまりいうとね。

遠山さんとはいってもねえ・・・。

幸江さん何やったって食べて行けると思うんですよ。何もないところからここまでやってきましたから。
だから、あんまり大変とは思わなかったけど、ストレスはありましたよね。店の仕事も食事づくりも中途半端な気がして。

―― それはそうですよね。

幸江さんそれで、夜10時になると、子供たちを寝かせて、裁断したりしてね(笑)。ストレス解消してましたね。

遠山さんお母さんは、洋裁がストレス解消だったからね。朝起きるとピンク色のフリルのついたブラウスが仕上がっていたことがあったり。

幸江さん「お母さん、魔法使いみたいだね。」って。こういう子供のひとことがなによりうれしかったですねえ。

住み込みから、お偉いさんに

―― 最初ここに来られたときっていうのは、時代的に住み込みっていうのは、普通にあったことなんですか? 他のお店でも。

幸江さんはい。そうですね。だから、家族と一緒です。お布団からなにからつくったり。

―― 最初にいらした4人の方っていうのは何歳くらいだったんですか。

幸江さん中学校を卒業したばかりでしたね。

―― だいたい、どの辺りから来られるんですか?

幸江さん岡山の人が多かったです。

―― あぁ、やっぱり、そういうふうにちゃんと地縁が生きているんですね。

幸江さん働きながら高校に行きたいから、っていうので。

遠山さん夜学に行ったんです。4時までここで働いて。

幸江さんみんなよく働きました。午前中配達して、食事して、それからまた配達して、お昼休みのあと、また配達して、それから4時には学校に行く。

―― なるほど、朝は雑誌の配達で、昼からは書籍の配達をしていたのですね。

幸江さんそうですね。注文の品を届けたりと。主人が仕入れてきましてね。全集とか。それを、個人の一般家庭の家に届けていました。

―― だいたい1人の方は3年間くらい住み込みですか。

幸江さん高校から大学卒業するまでだから、7年ですね。なかには、卒業してからも住み込みしていた子もいました。

―― 住み込みの方っていうのは、学校を卒業されると地元に帰られるんですか? 

幸江さん千葉に帰った人は、中学校の先生になりました。お寺の住職さんになった人もいるし。それから、うちのお得意様に岡山の大きな会社の会長さんがいらして、よく配達に行っていた子が気にいられまして、大学卒業後そちらに就職して今は役員になっています。

―― お偉いさんになったんですね。

幸江さん義母と私のご飯を食べて一生懸命配達してた子が、偉くなっちゃって。

―― すごいですね。歴史ですね。

幸江さんそうでしょ(笑)。私はまだ店番してますけどね。


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