本屋さんと私

第25回 泣く子も黙る140B(中島淳さん編)

2010.01.07更新

泣く子も黙る、という表現がある。
泣く子も黙る鬼ばばあ。泣く子も黙る鬼軍曹。泣く子も黙る――。
西を代表する編集集団140B(いちよんまるびー)。この名を耳にするたびに、なぜかこの接頭語を思い出してしまう。
泣く子も黙る140B。

・・・どうして「泣く子も黙る」なのだろう?
彼らが文字通り、「超こわい」人たちの集まりなのならわかる。
たしかに、メンバーの肩書きはなんだかよくわからない。
「総監督」「現場監督」「隊長」・・・。
もしかすると、ここは工事現場か軍隊か? 

竹刀と鞭が常備され、鉄拳と血が飛び交わぬ日は一日とてなし。そういう会社なのか。実際の彼らを知らない人であれば、そんな想像をするかもしれない。
だが、本人たちに会ってみると、それが的外れ以外の何ものでもないことがわかる。
驚くほどやさしい方々ばかりなのだ。
そして、そのやさしさは、けっして表面的なものではない。
こう言い切れるのにはワケがある。

何を隠そう、140Bは、ミシマ社の営業部長的存在なのだ。
僕たちが自社営業を始める際、さまざまな方々から多大なる教えをいただいたが、「実地訓練」という意味でいえば、140Bの中島淳社長ほどお世話になった方はいない。

2007年4月。
数カ月後に自社営業開始をひかえ、ワタナベと僕は、関西に出張した。
取次という卸店を通さない、書店直取引という形での自社営業。
自社の本が発刊後に書店さんに置いてもらえるかどうか、すべてはこの出張にかかっていた。
結果としては、この出張が功を奏し、京都のふたば書房、大垣書店、大阪のジュンク堂、旭屋、紀伊國屋、・・・多くの書店さんとの取引が決まった。
そして、その書店さんの大半は中島社長のセッティングによるものだった。

それだけではない。
中島さんとその日が初対面だったワタナベは、同行出張するなかで、中島さんの行動すべてに度肝を抜かれていたようだ。

事実、その日の中島さんの動きはすごかった。
氷上のスケーターのように大阪の町をスイスイとすり抜ける。靴にエンジンでもついているのではないかと思ったほどだ。大阪人の足は速い――そんな迷信のような話を思い出しつつ、僕らは、駆け足気味でついていった。もっともその移動の間にも、中島さんは仕事の手を休めない。携帯電話片手に、アポをとっていない書店へ電話をかける。

なかには、直取引ということで、電話段階で、取引をしぶるところもあった。
すると、中島さんの口調はそれまでのやわらかいものから、ほんのわずかだがドスのきいたものへと変化した。

「直取引をしないという方針もわかりますけど、お客さんが来たときどうされるんですか。おたくには内田樹の新刊置いてないんですか? 言うて来ますで」

お互いの立場を尊重しつつも、譲れぬところは譲らない。ここが勝負と見たら、有無をいわさぬ「口撃」で畳み掛ける。
これぞ、商売人の鑑――。

本屋さんと私 140B 中島敦さん

『街場の大阪論』(江弘毅、バジリコ)

僕は中島さんの背中を見つつ、感動すら覚えていた。

140Bは、2006年4月に誕生した会社だ。
社長の中島さんは、京阪神エルマガジン社に長年勤めていたが、『ミーツ・リージョナル』の編集長であり、『街場の大阪論』の著者でもある江弘毅さんとともに、140Bを旗揚げした。

ちなみに、中島さんは、弊社刊の『やる気! 攻略本』のなかで、『ミーツ』時代のエピソードをふりかえってくださっている。くわしくは、そちらをご覧いただけるとありがたいが、ここではいくつか印象的な言葉を紹介しておきたい。

・出版社の異動で編集から営業にいき、書店での芳しくない売り上げを知らされて、「編集者にはほんとうのことを言わないんだ」と目が開かれた
・営業部長のときは、毎日、部数のデータを伝えたら、編集部の「やる気」があがった
・営業の部下には、「最大の営業先は編集者。編集者の力をひきだそう」といっていた
・営業では、「編集のときにやってもらえなかったこと」をやろうと思っていた
・営業が、編集に、「失敗してもええから、おもしろいことをやろう」ということにした

「最大の営業先は編集者」。こんなことを言う営業の人に僕は初めて会った。この本の取材をしながら、同行出張につづき二度目の感動をおぼえた瞬間だった。
というのも、出版社にかぎらないかもしれないが、営業と編集部(開発部)は、とかく対立しがちだ。本来なら、両者がどれだけ協同関係になれるかが、会社の生命線といって過言ではないのだが。

・出版社は空気が売りものだから、いい空気を持つ人と、仕事をしていきたい

この言葉そのままに、江さんという「すさまじく」いい空気を持つ人と、140Bを立ち上げ、この間、数々の本を手がけてこられた。

26kai 140B

『京都店特撰 たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』(バッキー井上)

おそらく、この中島さんの姿勢こそが、「泣く子も黙る」という言葉を連想させるのではないか。
なぜなら、子どもこそが「いい空気」にもっとも敏感であろうから。

子どもは、何も怖いから黙るわけではない。いい空気以外は許さない、そういう「筋の通った」空気に触れたときにも自然と黙る。それは、そこが泣く必要のない快適な空間だからだ。人はうれしさあまると沈黙に向かうことだってある。

発行元が他の出版社なため、140Bという名前は表向き出ていないが、『キョースマ!』『ななじゅうまる』 、そして『月刊島民』(フリーマガジン/発行も140B)など、あ、それ持っている! という人も多いのではないだろうか。

本屋さんと私 140B 中島敦さん

『奇跡の寄席 天満天神繁昌亭』(堤成光)

昨年の夏から、こうした編集プロダクションにくわえ、いよいよ「出版社」として、発行・発売を始められた。
第1弾がバッキー井上著『京都店特撰 たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』、第2弾が堤成光『奇跡の寄席 天満天神繁昌亭』。どちらも、140Bしかつくれないツワモノ企画だ。

このたび、中島さんに、本格的な出版社活動開始の経緯などをうかがってきた。

泣く子も黙るインタビュー、どうぞご期待ください。


次週「やっぱりやせ我慢もあります」をお届けします。

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中島淳(なかしま・あつし)

雑誌やガイドブックの編集者としても15年以上のキャリアがあるが、「販売」という仕事に目覚め、目の前で読者が嬉々として買っていく現場見たさに企画書を書きタイトルをひねり出し書店や取次に通った。そのせいか編集者時代と比べても比較にならないほどタイトルの「切れ」が増す。
140Bの事務所で最も大きな存在感を示す2つの巨大白板は、「必殺のタイトル考案」のために用意されたもの。自分がそれを書きたいというのもあるが、人がつくったタイトルの中から「コレや!」と見いだす快感にも目覚めた。タイトルのことを考えれば考えるほど、川内康範や阿久悠、山上路夫、岩谷時子、安井かずみなど大作詞家に対するリスペクトが深まる。
零細企業の代表としては、「収支が黒字になる」ことも「入金がドッとある」ことも嬉しいが、それ以上に目下の愉しみは「タイトルが月面宙返り的着地で決まる」「信頼するスタッフと新しい仕事が出来る」ことである。そして、つくった本が目の前でバカスカ売れてくれれば言うことナシだが、死ぬまでにあと何度味わえるか……。(140B HPより)
本屋さんと私 140B 中島さん顔

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