本屋さんと私

第27回 本屋さんに教えられ

2010.01.21更新

ある日、中島淳大推薦のPOPが!

―― 次に本屋さんとのつきあい方の話をおうかがいできたらと思います。
昔はもう毎日のように行ってらしたとか。

中島別に毎日じゃなかったけど、やっぱりエルマガジン社時代は販売部におったから、店頭でいろいろ話を仕入れてくることは多かったですね。
そこでさまざまな出会いがあって新しい商品ができたりしたこともありました。

―― なるほど。出版社の営業の仕事って注文をとってくることと思われがちですけど、中島さんがやってこられたことは、ぜんぜんそんな域じゃないですよね。

中島いや、注文はとりますよ。強欲に。ただ、書店の人はお忙しいし、やっぱり本をそんなにたくさん読まれへんから、他社の本は「これ読んでおもろかったで」とは必ず言ってましたね。

―― へー。

中島そしたらある日、原尞さんの『愚か者死すべし』(早川書房)に、「エルマガジン社中島淳大推薦!!」っていうポップがあって、おれみたいなもんでもポップにしてくれるんやと思って嬉しかった。
だからとにかく、情報をもらえるかわりにこっちからも情報をあげる。それも自社商品じゃない情報をあげるっていうのはやっぱり大事かな。

―― 装丁のラフ(試作品)を持って行って実際並べられたり、そんなことも書店員さんと一緒にやられていたそうですね。

中島やっぱり考える当事者になってもらうことが大切ですからね。責任販売制がどうのこうのっていう話もあるけど、それよりも「自分が決めた、自分が決定を下したことが反映された」ところに、書店さんは書店さんで売る喜びとか、当事者意識が生まれると思うので。

―― そういうことは相当やってらした?

中島やってたというか、書店員さんをよく会社によんで一緒にミーティングをやってました。特に私が編集やってたときに、販売のやつがよく「書店はこんな表紙絶対気に入らん」とか言ってきたんですね。でも「こいつのいう書店さんって誰なんやろな?」と思って「いっぺんその書店さんに会わしてよ」みたいなこと頼んでたんですけど、結局会えなかったわけですよ。
それやったら、私が連れてくるのが一番かなと思って。

―― なるほど。

中島うん。まぁ、その担当者は書店さんを編集に会わせたくなかったっていうのもあったのかもしれないですけど。でも逆に編集者が書店の売り場のこととか、書店の人がどう反応するかなみたいなことも考えて本づくりするのはいいことだな、とはそのとき実際思ったんですよね。

―― 実際それで変わりました?

中島エルマガジン社の最後の4年間くらいはしょっちゅうミーティングしてたんですね。それで、社内の会議のときも、たとえば「紀伊國屋書店のAさんがこう言うてましたよ」とか、「Bさんが言うには・・・」とかそういう固有名詞がすっと入るんですね。そういうのはすごくありがたい。
そういう具体的なところが入らなかったら、結局はなんか知らない世界の人たちの内輪話やん、で終ってしまいますからね。

―― そうですね。編集側からの反発はそのときなかったですか。

中島結局、顔見て話したら別にありませんでしたね。本が売れんようになったらいいとは誰も思ってないわけやし。

第27回 本屋さんと私 140B

―― そうですね。

中島そしたら、あとは売れるための方法論が、赤にするか青にするか、B5かA5かとか、そういう話やん。

―― なるほど。

7割以上賛成のあるものはつくらない、とか

中島まぁ、サッカーでも一緒やけど、パスを出すコースが近ければ近いほどゲームは動くやん。ただね、どうしてもこれは難しいところだけど、なんだかんだいって本は出してみないとわからないことがあるじゃない。

―― 本当に。

中島結局、売り場の人間が言うことは過去を相手にしか言うてないところはあるのね。だから、見たこともないようなことに対しての判断は期待できない。逆に自分が販売にうつったとき、すごく保守的になったなと思ったこともありました。
だから、江(弘毅)がはじめて『もう何冊も買わなくていいのですね。神戸本』(Meets Regional増刊)持ってきたとき、えーって目が点になってたんやけど、若いスタッフは「全然いいじゃないですか」って。

―― へー。いや、そうそう、そこは自分もすごく重要だなと思っていて、書店員さんの意見はすごく大切にしてるんですけど、やっぱりどうしても後追いになりがちなんですよね。毎日現場にいるのですり込まれてる部分もあると思うので。だから、つくり手としてはちょっと先を見て、みんなが欲しがるだろうなというものを常にやっていかないといけないと思うんですよね。そのときにどこをどう参考にしたらいいかは悩みますね。

中島ね。だから編集におったときに販売の人間とよう言うてましたよ。「たとえば、イヤホンジャックに差し込んでヘッドホンでしか聞かれへん再生レコーダーがあります。ステレオ再生はできます。3万3千円だったら買いますか?」 っていうアンケートをもしソニーがウォークマンを出す前にとってたら、おれは9割以上は買わへんって書くと思うで、って。
商品っていうのは、登場した瞬間に人の意識は変わるんやけど、「そういう商品があったらいいですか?」ってアンケートをとって○が多かったらいい、みたいなものやないよって。

―― そうですね。

中島ある食品会社では「7割以上賛成のあるようなものはつくるな」みたいな、そういうのもあるらしいから。

―― なるほど。それはとても重要だと思いますね。

見た瞬間、決定的に違うものを

―― 書店員さんとの話でこれは忘れられないという話はありますか。

中島まずひとつね、以前、金沢のタウン誌に発注して、エルマガジン社発行・発売元の『シティマニュアル』っていうガイドブックつくってたんですよ。そこで、販促のために金沢の本屋に行ったら、担当者が「何しに来はったんですか?」って。

―― そんなこと言われたんですか。

中島そう。そこで「いや、販促でよらしてもろたんですけど」って答えたんやけど「ご覧の通り○○(金沢の地元の会社)が出してるガイドブックのほうが強いに決まってますやん」って。
「そりゃ、おたくの本を請負でつくったら商売になるかもしれませんが、自分らの本が売れんような本はつくりませんよ。そういうことわかって頼んではるんですか?」っていうことからはじまって、「この『シティマニュアル』と地元の本、るるぶ、まっぷる、どれが一番売れてるかといったらわかるでしょ」みたいな。

―― ふんふん。

中島「だから、おたくさんのやつは正直言って売れてません」とはっきり言われたことがありました。

―― なるほど。そもそも売る気合いも気持ちもないんですね。

中島ほんで「そもそもおたくさんの『シティマニュアル』って他と何が違うんですか?」って。
「いや、載ってる店も違うし・・・」と言っても、「それは、行ってその店で体験しないとわからないじゃないですか。そんなんでは売れないでしょう。そうじゃなくてとにかく、見た瞬間に決定的に違うものじゃないとあかんのじゃないですか」って。
それは値段なのか、判型なのか、デザインなのかはようわからへんけど、そういうものがないと売れないと。しかも「るるぶさんやまっぷるさんは、月に2回以上来てますよ。おたくさんらは半年に1回しか来てないじゃないですか」って、もうぼろかすに言われました。

―― ぼろかすですね。

中島「そりゃ大阪では『Meets Regional』とか『SAVVY』って有名かもしれませんけど、ここでは全然ですよ」みたいな。

―― それ、へこみますね。

中島へこんだけど、まぁこの人の言う通りやなと思って。だから、この人から言われた言葉の「見た瞬間に決定的に違うものをつくらなあきまへん」っていうのが、その後の販売人生を決定づけたかなと思います。

―― すごいですね。

中島もう一つは日販のムック担当の人も同じようなことを言うて下さったんですね。
「おたくさんらは、『Meets Regional』『SAVVY』っていう強い雑誌あるのに、なんでわざわざ、なんとかマニュアルとかそんなもんつくらはんの? それだったら『Meets Regional』『SAVVY』をムックにしたらいいじゃないですか」って。その通りやなぁって。

―― そうですか。その通りですか。

「本は売れるもんやなくて、売るもん」

中島まぁ、いろいろ言われましたね。それと、やっぱり印象的なのは、なんばミヤタの宮田さんですかね。「本っちゅうもんは、売れるもんなんやなくて、売るもんなんや」って。売れるもんなんやなくて、売るもんなんやっていうのがものすごく響きました。

―― その言葉の真意は、それを聞いたときどんなふうに解釈されたんですか。

中島やっぱり嬉しかったですね。こういう人たちにあかんと言われたら、そりゃ説得できんと意味ないで、みたいな気持ちにもなるし。「おれらに編集権があるんじゃ」みたいなこと言うてたらあかんで、みたいな。そういうのはありましたね。

あとは、いまどうしてるのかな。吉祥寺のかつての弘栄堂書店のA店長とかね。Aさんは私が行ったら絶対にお茶をごちそうしてくれた。「お茶おごってくれる書店の店長さんなんてはじめてや」みたいな(笑)。

―― それは、あんまりないですよね(笑)。

「一緒にせんといて」が道を開く?

―― 本の売り方ってなんとなく日本全国に蒔かないといけないと思いがちなんですけど、中島さんは京都とか尼崎とかそういうひとつの地域に絞ってたくさん売っていたりもしますよね。それを聞いたとき、そうかそうか、そういうやりかたもあるんだなとすんなり教えていただいたと思ったんですね。今後も地域限定というのはやりたいですか?

中島やりたいですよ。『月刊島民』っていうメディアを毎月発行しているんですが、そこでやっている中之島のナカノシマ大学の話なんかを本にするとかね。関西ではわりかしなんていうの、同じ中央区でも心斎橋と難波って全然違うみたいなね。天王寺とか玉造とか桃谷とか環状線の駅ごとに、やっぱりぜんぜん違う文化が好きじゃないですか。「一緒にせんといて」というか。

―― そうですね。外から絶対わかんないちょっとの違いを「一緒にせんといて」っていう強さは関西の方が強い気がします。そこはなんかめちゃくちゃなニーズがありそうですよね。

第27回 本屋さんと私 140B

中島あとは、それがね、どういうふうにやったら商売としても成功するのかなと。

―― なんかありそうですよね。それこそ、地元の人とつくる繁昌亭方式みたいなかたちとか、何かありそうですよね。

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中島淳(なかしま・あつし)

雑誌やガイドブックの編集者としても15年以上のキャリアがあるが、「販売」という仕事に目覚め、目の前で読者が嬉々として買っていく現場見たさに企画書を書きタイトルをひねり出し書店や取次に通った。そのせいか編集者時代と比べても比較にならないほどタイトルの「切れ」が増す。
140Bの事務所で最も大きな存在感を示す2つの巨大白板は、「必殺のタイトル考案」のために用意されたもの。自分がそれを書きたいというのもあるが、人がつくったタイトルの中から「コレや!」と見いだす快感にも目覚めた。タイトルのことを考えれば考えるほど、川内康範や阿久悠、山上路夫、岩谷時子、安井かずみなど大作詞家に対するリスペクトが深まる。
零細企業の代表としては、「収支が黒字になる」ことも「入金がドッとある」ことも嬉しいが、それ以上に目下の愉しみは「タイトルが月面宙返り的着地で決まる」「信頼するスタッフと新しい仕事が出来る」ことである。そして、つくった本が目の前でバカスカ売れてくれれば言うことナシだが、死ぬまでにあと何度味わえるか……。(140B HPより)
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