本屋さんと私

その日は大学院の卒業式でした。あいにくの雨。曇り空のもと、いつにもして厳かな雰囲気漂う東大本郷キャンパスに、柴田元幸先生を訪ねました。
「今日は卒業式なんです。この天気はちょっと残念ですね」。
第一声で、卒業生のことを気遣われた柴田先生。「もうここにある本は読まない本たちです」膨大な書籍に囲まれた小部屋に場所を移し、僕たちのたどたどしい質問にも、ひとつひとつ丁寧にお答えくださった柴田先生。

インタビューアーであることも忘れ、この空間に身をおいていることに恍惚としてしまうような時間が過ぎていきました。ポール・オースターの翻訳を読んでいるときに感じるあの幸福感、『ケンブリッジ・サーカス』に流れているお茶目な空気感、そうしたものがそのままライブで味わえたのですから。
4週にわたってたっぷりお伝えします。柴田元幸ワールドにどっぷりどうぞ。(聞き手:三島邦弘)

第37回 アメリカの本屋さんで(柴田元幸さん編)

2010.04.08更新

マクナリー・ロビンソンNYCを訪ねて

―― 先生は海外に行かれることも多いと思うのですが、『Coyote No.21』でもニューヨークで、マクナリー・ロビンソンの取材インタビューをやってらっしゃいますね。記事に書かれているように、アメリカやイギリスでは書店を「チェーン」と「インディペンデント」にわけるっていうのはすごくおもしろいなと思いました。

マクナリー・ロビンソンNYCは、ニューヨークのダウンタウンに久々に現れた評判の書店である。バーンズ&ノーブル、ボーダーズといった大型チェーン店のように、ひたすら量と値引きで圧倒する店とは違い、もう少し小ぶりの、半日かければ一通り全部見て回れるかなという大きさ、コンピュータと数字がではなく人間が在庫を管理していることがよくわかる棚作りで、文学関係が充実していて、東京の青山ブックセンターや、ロンドンのロンドン・レビュー・ブックショップなどを思わせる。(『Coyote No.21』の「ブックストア最前線 大手チェーンに負けない独立系書店の心意気」より)

第37回本屋さんと私柴田元幸先生

『Coyote No.21 特集 柴田元幸が歩く、オースターの街[二〇〇七年、再び摩天楼へ]』(スイッチ・パブリッシング)

柴田日本でも青山ブックセンターとか、ジュンク堂はまだインディーズの感じがありますよね。三省堂とか紀伊國屋はチェーンですけど、アメリカのチェーンほど威張ってはいないですよね。

―― チェーンはボーダーズにしてもバーンズ&ノーブルにしても威張ってる?

柴田アメリカは日本と違って割引できちゃうでしょ。そうするとね、僕もお金ない学生だったらやっぱりそっちに流れちゃうだろうなと思います。
新刊書30%オフとかね。とにかくコンピューターで得られる情報はデータだから、データにしやすいものは数字ですよね。ということは値段、値段だったらやっぱり大手とかチェーンが勝っちゃいますよね。

―― 確かに。

柴田インターネットとか、あるいはインターネットを通して情報が広がってる世界っていうのはチェーンに有利なように展開していますね。
もちろん、その一方ですごく小さい出版社が大手とまったく同じように宣伝を出せるとか、そういう強みもあるので一概には言えないですけどね。

―― あの記事でも店長さんが、スティーヴン・キングとかジェームズ・パタースンみたいな何十万、何百万と売れてる本がうちでは5冊くらいしか売れないっておっしゃってたのは、そういうことだったんですね。値段のところで、大型チェーン店で買った方が得というような。

柴田そうですね。あとはマクナリー・ロビンソンに来る人たちは、あまりそういう本には興味がないとか。

―― なるほど。確かに。

第37回本屋さんと私柴田元幸先生

『Lord Jim』(ジョゼフ・コンラッド、バーンズ&ノーブル)

柴田でも、大手チェーンでも、バーンズ&ノーブル・エディションというのはけっこういい本を出しているんですよね。古典文学なんかだと、解説とか注釈とかで全然値打ちが違います。ジョゼフ・コンラッドの『Lord Jim』っていう小説なんかは僕も版をたくさん持ってますが、それのバーンズ&ノーブル版が一番注釈が詳しくて、翻訳でも頼りになります。あそこに行けば、地味な出版社のいい本なんかもちゃんと揃っていますしね。どちらかというと人間味のあるほうが好きですけど、何にでも一長一短はありますよね。

―― 確かにそうですね。
書店員の目を意識して読者も本を選んで買うという、あのコミュニケーションもおもしろいなと思うんですよね。

柴田アメリカは店員と対話しますからね。そこはやっぱり、店員だけが「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」っていう挨拶をする日本と、お客さんが入ってきたときに「Hi」って、店員とお客さんがどちらも同じ挨拶をするところの違いというかね。

―― なるほど。確かにそうですね。

柴田多様化をもし図るんだったら、やたらと書店員がコメントする本屋があってもいいと思いますね。カリスマ書店員と言われてる人も、活字上では発言しても、お客さんに直接「この本いいですよねぇ〜」とは言わないですよね。それを言うような店があってもいいんじゃないかなと思いますね。

―― 確かに。語りかけてくれるところがあってもいいですね。

柴田もちろんそれをうっとうしいと言う人もいるでしょうけどね(笑)。
僕も本屋さんが好きなのは、店員さんが声をかけてこないからだもんね、実は。服買いに行ったりして、「これけっこう売れてますよ」って言われると、「うるせえな」って思いますもんね(笑)。

でも、アメリカの本屋さんもこっちが本を読んでるときに「この本売れてますよ」なんてそんなことは言わない。あくまで、レジに持って行くと「これいい本なんだよね」って、そこで初めて言いますからね。

―― あの感じは、僕もたまに行くと気持ちいいなと思います。あと、知らない土地で純粋に嬉しいっていうのもありますね。話す機会がそうそうないので。日本も昔だと町の書店ってそういう役割あったんですかね。

柴田近所のなじみだったらそういうこともあったと思いますけどね。でも、詳しくはわからないなぁ。

アメリカの本屋さんには猫がいる

―― 海外の書店さんで印象に残ってる本屋さんってありますか?

柴田一番いいのは、何度も行くオレゴン州のポートランドにあるパウェルズ書店ですね。

―― やっぱりそうですか。いまパウェルズはネットでも買えますよね。

柴田もちろん。でも、インターネットがかなりロマンを壊しましたよね。少なくとも、知ってる本に関してはどうやって見つけたらいいか簡単になってしまった。日本なら「日本の古本屋」っていうサイトがありますけど、アメリカには、あれをはるかに本格的にやった「AbeBooks.com」っていうサイトがあるんですね。それをつかうとアメリカ中の古本がどこにあって、値段がどれくらいかまで全部わかってしまうんですよ。

そういう意味では、本屋さんで「知ってるけど見つけられなかったものに出会ってうれしい」っていうロマンはなくなりましたね。ほしければインターネットで探して買えるから。

―― ほんとそうですね。

柴田その前だと、名前はちょっと覚えてないんですが、メルボルンの町外れで、海辺の割と行楽地みたいなところの古本屋さんはすごかったなぁ。
異様に品揃えがよくて、イギリスまで行ってずっと探して、どこにもなかったレベッカ・ブラウンの初期の作品が、そこに行ったらずらっと並んでたんですよ。絶版になってて、もう手に入らないかなと思ってたのに。

―― へー。

柴田他にもけっこういいのがあったね。そこではかなり買い込んだな。

―― それは本当にうれしい出会いですね。

柴田うん。あとは、ニューヨークにあるストランド・ブックストアっていう古本屋かな。そこは「18 miles of books」っていうのが彼らのキャッチフレーズなんですけど、本棚の長さを合計すると18マイル(約29km)あって、とにかく大きい本屋です。基本的に少し前の本だったらなんでもあるっていうところです。

以前、そこで、他のお客さんが「ミシマがない」って怒ってましてね。古本屋で「ない」って怒るって変ですよね(笑)。だからもう揃ってるのが前提なんですよ。店員さんも「これだけ揃ってたらいいだろう。文句あるか」っていう感じで、愛想とか全くない。まぁ、そういう感じのところです。

―― おもしろいですね(笑)。

柴田でも、ここでもね、イェール大学に留学してたときだったんですけど、クレジットカードで買い物したから身分証が必要だったんですね。それで、イェールの学生証を見せると「おお、君、イェール行ってるんだ」とかって言ってくるんですね。そういうのが、「大きなお世話だ」とかそういうのではなく、むしろそう言われて、「そうなんだよ」って自然に返すような文脈があるんだよね。

―― それだけで本屋さんとの距離が縮まりますよね。そうするとなんか自然と通い出したりしますよね。

柴田そうなんですよね。どっちか選ぶってなったときは、そっちを選びますよね。

―― 本当に。

柴田あと、全然関係ないですけど、アメリカは猫がいる本屋っていくらでもありますよね。「あれはなんでなんだろう?」ってよく思います。古本屋だけじゃなくて、新刊書売ってるところでもけっこう猫いるんですよね。

―― 確か僕も見た気がします。

柴田でしょ。あれはなんででしょうかね。なんかそういうところに寛大というかアバウトですよね。日本はやっぱり綺麗じゃないといけない。だから、差異化つけるとしたら、猫のいる本屋っていうのを誰か日本でやったらおもしろいんじゃないかなと思いますね(笑)。

―― 猫のいる本屋さんは日本ではまぁ見ないですよね。

柴田僕は一度も見たことないな。いるとしてもカウンターの奥で主が座っている後ろにいるっていうのはあるかもしれないけど、そこらへんの通路に寝そべってるっていうのはないですよね。

オンラインだとなんかロマンがない

第37回本屋さんと私柴田元幸先生

『ケンブリッジ・サーカス』(スイッチ・パブリッシング)

―― 先ほどのパウェルズ書店の話に戻るんですけど、パウェルズの一番の魅力は新刊と古書が全部あって、それこそ先ほど先生がおっしゃられたロマンというか、出会いの感動がすごくある本屋さんという位置付けですか。

柴田そうですね。やっぱり、インターネットで入ってくる情報って売れてるものだったり、一番新しいものだったり、順番に見るしかないですからね。
でもパウェルズに行くと、それがもうとにかくずらっと並んでて、「なんかすごいものがあるかもしれない」っていうワクワクするものはあります。そうやって、けっこうおもしろい本に出会ってきたから。

―― それはすごく大きいですよね。行かれたらまずどこに行かれます。

第37回本屋さんと私柴田元幸先生

柴田まず、フィクションのところしか行けないですね。フィクションのところで、例えば1時〜3時まで見て、そこで少しお茶飲んで休憩して、また4時〜6時まで見ていく。それでだいたい、AからはじめればMくらいまでですかね。だから、AからZまで全部見るんだったらやっぱり一日かかります。

―― はー。

柴田それだって、そんなにじっくりは読めないですよね。

―― そうですよね。

柴田だからもう、パウェルズに行くときは、ちょっと読んで良さそうだったらかごに入れる。

―― かごにいっぱい入れる。

柴田で、アメリカって州によって消費税が違うんですね。オレゴン州はちょっと特別で消費税がないんですよ。ニューヨークなんかは消費税が高い。

―― へー。そうなんですか。

柴田で、消費税っていうのはそこに住んでいる市民が払うものなんですね。だから、海外に送るとその消費税はかからないんです。日本だと誰が買っても消費税ってとられると思いますけど、空港なんかだと免税っていう制度がありますよね。それが街中でもきくってことです。で、大体、消費税と船便の郵送料って同じなんですよ。だから、船便で送る分には送料はタダだと思っていい。

―― なるほど。

柴田そういうことをけっこう店員が知らないこともあるので、見てなきゃダメなときもあるんですけどね(笑)。最後に「Sales Tax」っていうのを打っちゃうとそれで入っちゃうので。

で、パウェルズの話に戻ると、かごに入れて持ち歩くのがけっこう大変なんですね。

―― そうですよね。先生の場合、大量購入ですものね。

柴田だから、こないだ行ったときは、持ち歩くのが大変なので「手帳に著者名と書名を書いて、最後にそれを棚からとっていけばいいんじゃないか」と思ってやったんですね。だけど途中で「これ棚から現物とる必要はなくて、このメモ持って帰ってあとで日本でオンラインで買えばいいんだ」と思って(笑)。
で、そうしたんですけど、やっぱりそれだとなんかロマンがないですよね。

―― そんな気が(笑)。結果は同じなんですけどね。

柴田手元にある本は同じで、手間はかからないからいいんだけど。なんか、やっぱりね、あそこでひとつひとつ打ちこんでもらうっていうあの儀式はやっぱりあったほうがいいなと思いましたね。

―― オンラインのデリバリーで完結するだけだと、なにかが抜け落ちた感がありますよね。


次週「カウンターに隠された秘蔵本」をお届けします。

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柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年生まれ。東京大学教授、翻訳家。著書に『アメリカン・ナルシス』『翻訳教室』『それは私です』『ケンブリッジ・サーカス』など、訳書にポール・オースター『ガラスの街』、スチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』、ジャック・ロンドン『火を熾す』、バーナード・マラマッド『喋る馬』など多数。文芸誌「モンキービジネス」の責任編集も務める。

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