本屋さんと私

その日は大学院の卒業式でした。あいにくの雨。曇り空のもと、いつにもして厳かな雰囲気漂う東大本郷キャンパスに、柴田元幸先生を訪ねました。
「今日は卒業式なんです。この天気はちょっと残念ですね」。
第一声で、卒業生のことを気遣われた柴田先生。「もうここにある本は読まない本たちです」膨大な書籍に囲まれた小部屋に場所を移し、僕たちのたどたどしい質問にも、ひとつひとつ丁寧にお答えくださった柴田先生。

インタビューアーであることも忘れ、この空間に身をおいていることに恍惚としてしまうような時間が過ぎていきました。ポール・オースターの翻訳を読んでいるときに感じるあの幸福感、『ケンブリッジ・サーカス』に流れているお茶目な空気感、そうしたものがそのままライブで味わえたのですから。
4週にわたってたっぷりお伝えします。柴田元幸ワールドにどっぷりどうぞ。(聞き手:三島邦弘)

第39回 もし私が本屋さんだったら

2010.04.22更新

「うちはとにかく会社の区別つけませんから」

―― 最初に本屋さんに行った記憶って覚えてらっしゃいますか?

柴田六郷堂っていう本屋さんで『少年サンデー』を買ったのが一番最初ですね。小学校の4年生くらいのときです。僕の時代は、その前はだいたい貸本屋なんだよね。

―― そうなんですか。

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

『ビリー・パック』(河島広光、少年画報社)

柴田「ビリー・パック」っていう少年探偵ものとか、いまの人でもわかるのは、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」ですかね。墓場の鬼太郎って言ってた頃ですけど。あれなんかは貸本屋で読みました。それが一番最初でしたね。

うちには本当に本なんかなかったから、その貸本屋でマンガを読むようになって、そのうち『少年サンデー』とかを買うようになって、中学生くらいになって古本屋で普通の本も買うようになったりしました。そうすると、古本だから50円とか100円で買える。それが、読むのに何時間もかかるので「なんて安いんだろう」って思いました。

―― なるほど。それはほんとお得ですよね。
ところで、先生が本屋さんだったらこんなことしたいっていうのはありますか?

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

『墓場鬼太郎』(水木しげる、兎月書房)

柴田それは、最初に言った話に戻りますね。やたらとコメントする書店員(笑)。あと、本屋さんに行ったら猫がいるといいなと思うから、猫をおくとかね。

―― あ、猫がいるのはいいなと思われるんですね。

柴田本屋さんに猫がいるのは好きですね。もうなくなってしまいましたが、ニューヨークのゴサムっていう新刊も古本も両方ある本屋さんは、アメリカの文芸誌が揃ってる老舗の文学系のいい本屋さんだったんですけど、確か猫の名前はピンチョンとかジョイスとか言うんですよ。お店のハガキも売っていて、そこでも猫がフィーチャーされてました。

―― へー。

柴田でも、それじゃぁアメリカの本屋さんのまったく猿真似だなぁ・・・。でもそういうのがいいですね。
あとは、現実的に考えるとしたら並べ方が違うのがいいですよね。

いまロンドンでいいのは、ロンドン・レビュー・ブックショップっていう本屋さんですね。イギリスには文芸新聞がいくつかあって、「ロンドン・レビュー・オブ・ブックス」っていう文芸新聞が本屋さんを大英博物館の裏に何年か前に開いたんですよ。そこの品揃えはいいですね。そしてさらにいいのは、イギリスで普通に出版している本とアメリカから輸入した本が同じに並んでるところ。あの感じはよかったです。

―― なるほど。

柴田あと、ニューヨークの紀伊國屋は、文庫が会社別になってないところがいいですね。新潮文庫も集英社文庫も角川文庫もみんな一緒にアイウエオ順に並んでるんです。これはけっこう便利です。

―― そうですね。それすごくいいですね。

柴田だから、そういう意味で言うと自分としては、翻訳と小説が一緒に並んでるような棚がほしいですね。翻訳がハードカバーで、原書がペーパーバックだったら原書の方が安いですから、そういうふうな並べ方だったらいいですね。
でも「うちはとにかく会社の区別つけませんから」って言ってやることってできないのかなぁ。

―― 確かに文庫は思いますね。カフカの訳とか並んで置いてなくて、会社別にひとつひとつ探さないといけないですからね。どこかの本屋さんでやってほしいですね。

柴田文庫に関してはできる気がしますよね。猫より簡単じゃないかと思いますし。

―― なるほど。柴田書店があればぜひ行きたいです。かなり人気出そうですよね。

柴田元幸責任編集、『モンキービジネス』の裏話

―― 最後に、『モンキービジネス』の今後について少しお話しいただければと思うのですが、あれをつくるのって本当に大変ではないですか。

柴田いや、別にそんなに大変じゃないですよ。というのはやっぱり、同世代かそれよりもう少し上の世代の人に原稿を頼むのは緊張しますけど、若手だとみんな高校とか中学の頃に僕の翻訳とか読んでいてくれるから、すごく親近感をもってくれるみたいなんですよね。

だから、依頼してもいまのところはあまり断られてないですね。やっぱり普通の雑誌は依頼したら誰でも引き受けてもらえるものでもないと思うから、そういう意味ではありがたいです。

それで、いい原稿が入ってくるし、編集者もすごく優秀なので僕はあまり口を出さなくてもいい感じです。とにかくうるさく言うのは、漢字の正字がちゃんと出てないと嫌だっていうところですかね。割と僕は最後、校正みたいに、ここは半角あけて下さいとかそういうような指示ばっかりです。

とにかく、全体の大きなことは言わないですね。デザインにはほとんど口出さないし。

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2010 Winter vol.8 音号』(ヴィレッジブックス)

―― そうなんですか。この号(音号)も2色刷りになったりとかおもしろいですよね。

柴田こういうアイデアはみんなデザイナーの鈴木成一さんと草苅睦子さんですね。『モンキービジネス』は、2008年4月に創刊号が出ましたけど、2007年の12月くらいに鈴木成一さんに会いにいってデザインを頼んだんですね。そのときに僕が表紙の案としてたくさん持っていったのは、ソール・スタインバーグっていうイラストレーターの本でした。

それを見て、鈴木さんもすごく気に入ってくれて、「絶対これで行きましょう」ってなったんですけど、何カ月かたったら「全然だめだ」となった。「いくら考えても閉じすぎてしまう」って言うんですね。つまり、スタインバーグは僕の趣味で、僕の趣味だと閉じちゃうと。だから全然違うのにしましょうってことで、カバーのアートワークは太公良さんにやってもらうことになりました。そんな風にここでは、とにかく僕の全然思いつかないものが出てくるっていうのが大事ですね。

―― なるほど。バックナンバー、全部並べるときれいですよね。オレンジがすごくパキっとしているというか。

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

柴田ありがとうございます。それはやっぱり太公良、鈴木コンビが非常にうまくいってるからだと思いますね。で、これは、よかったですね。こっちに断片集があって、こっちに対談が長く続くっていうつくりになってるんですよ。

―― これびっくりしました。

第39回本屋さんと私

柴田これはもう鈴木さんだから考えつく。それとこのランダム感っていうのが好きなんですよね。よく見るとグレーは後ろにかたまってるとか規則はありそうなんだけど、次が何色になるかっていうこのパターンは、すぐは見えない。

―― ほんとですね。

柴田青が1ページ置きに来るのかと思えば、次は別の色が2ページ続いたり、こういう感じは好きですね。で、お金ないからこの断片集の原稿は募集したんですよ。それで、採用しなかった人も含めてここに全員の名前を書いています。ほとんどが学者仲間、大学関係者ですね。

―― なるほど。

柴田そういうふうにしてお金を浮かしていますね。あと古典は版権料がいらないからね。エドガー・アラン・ポーとかはお金がかからない。だから、モンキービジネスで古典が増えはじめたら「ますますお金がなくなったんだな」っていう印です(笑)。

でも、実は新しい作家をやるより、古典をやったほうがよろこんでくれるんですよ。

―― 僕もポーを読めたのはすごくうれしかったです。

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2009 Fall vol.7 物語号』(ヴィレッジブックス)

柴田この前の号(物語号)では、O・ヘンリーとディラン・トマスとマグナス・ミルズのクリスマスのストーリーが3つあって、さりげなく「ミニクリスマス特集」みたいになってるんですが、「O・ヘンリーよかった」ってみんなが言うとね、古典はけっこうみんな読みたがってるんだなと思いますね。
版権料もいらないので、どんどんやろうと思ってるんですけどね。

―― いや、それはうれしくなりますね。古典は、昔読んだ記憶もありますし、それをいまの感覚で新訳でやってくださったら、うれしさが何倍にもなります。
でも、いま、こういう文芸誌が出てるって、本当に奇跡的なことですよね。こんなにおしゃれでおもしろくてっていうのは驚きます。

柴田好き勝手できますからね。厚さだって毎号違いますし。縛りとかが本当にあまりないし、作家とのしがらみとかもあまりない。

―― ほんとに、自由な雰囲気が読者に伝わってきます。毎号テーマは企画会議で決められてらっしゃるんですか。

第39回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2010 Spring vol.9 翻訳増量号』(ヴィレッジブックス)

柴田そうですね。次は、翻訳増量号っていうのなんですが、これはすごいですよ。
執筆陣は、村上春樹、岸本佐知子、岸本さんはいつも小説書いてもらってますが、それプラス翻訳。イタリア文学の和田忠彦、和田さんがアントニオ・タブッキを訳して、それから小沼純一、あと李箱(イーサン)という韓国のアバンギャルドな詩の佐川亜紀訳が載るんですね。それから、栩木伸明さんがアイルランドの民謡を訳して、僕はポール・オースターの戯曲を訳しました。あと、僕のもと学生がサルマン・ラシュディを訳して、とかね。翻訳でこれだけ並ぶのはちょっとないんじゃないかなというくらい今回はすごい豪華ですね。

―― なるほど。すごい楽しみです。それはいつ発売なんですか?

柴田4月20日ですね。

―― じゃぁ、これはスペシャルフィーチャーですね。

柴田そうそう、だから、そろそろもう校了してないといけないんですよね。(3月24日現在)あ、でも、もうちょっと大丈夫か。あと一週間くらいは。でも、これは鈴木成一さんのデザインに時間がかかるから、やっぱりね、本当は全部の原稿2カ月前にほしいんですけどね。最低ひと月半かな。という感じでつくってます。


次週「『モンキービジネス』のつくり方」をお届けします。

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柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年生まれ。東京大学教授、翻訳家。著書に『アメリカン・ナルシス』『翻訳教室』『それは私です』『ケンブリッジ・サーカス』など、訳書にポール・オースター『ガラスの街』、スチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』、ジャック・ロンドン『火を熾す』、バーナード・マラマッド『喋る馬』など多数。文芸誌「モンキービジネス」の責任編集も務める。

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