本屋さんと私

その日は大学院の卒業式でした。あいにくの雨。曇り空のもと、いつにもして厳かな雰囲気漂う東大本郷キャンパスに、柴田元幸先生を訪ねました。
「今日は卒業式なんです。この天気はちょっと残念ですね」。
第一声で、卒業生のことを気遣われた柴田先生。「もうここにある本は読まない本たちです」膨大な書籍に囲まれた小部屋に場所を移し、僕たちのたどたどしい質問にも、ひとつひとつ丁寧にお答えくださった柴田先生。

インタビューアーであることも忘れ、この空間に身をおいていることに恍惚としてしまうような時間が過ぎていきました。ポール・オースターの翻訳を読んでいるときに感じるあの幸福感、『ケンブリッジ・サーカス』に流れているお茶目な空気感、そうしたものがそのままライブで味わえたのですから。
4週にわたってたっぷりお伝えします。柴田元幸ワールドにどっぷりどうぞ。(聞き手:三島邦弘)

第40回 『モンキービジネス』のつくり方

2010.04.28更新

いろんな意味で一貫性のない雑誌にしたい

柴田やっぱり、洋書と日本の本とで日本が勝つのはデザインですよね。愛情のかけかたが違うと思う。

―― やっぱりそうですか。

柴田まずデザインでは、これは原書に負けたなと思うことはないですね。作家もだいたい気に入ってくれますしね。日本の方がデザイナーが愛情もってやってくれるような気がします。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『Cathedral (Vintage Contemporaries)』(Raymond Carver, Vintage; Reissue版)

でも、アメリカでヒットだったのはこれですよね。ビンテージ・コンテンポラリーズ(Vintage Contemporaries)っていうシリーズ。このシリーズは80年代後半の大ヒットなんですよね。レイモンド・カーヴァーなんかもここに入ったし、これで若者が純文学を読むっていう波をもう一回戻したすごいシリーズですね。

純文学の新刊が最初からペーパーバックで出るっていうやつ。で、しかもこういうフォーマットは決まっていて、けっこうおしゃれっていう、そういうかたちはありますけどね。

―― はい。

柴田このシリーズがすごく賢かったのは、新人作家の新刊と、それに加えて、ちょっと前の作品もそこに入れちゃうってことをしたことですね。ペーパーバックオリジナルと、普通にハードカバーのペーパーバック化っていうのを混ぜてやったんですよ。それがすごく賢かった。

作家にしてみればお金にならないわけですよ。最初はハードカバーでまず印税がきて、その次にペーパーバックで印税がくるというふうに2度儲けたいわけだから。でも、そのゲーリー・フィスケットジョンという担当者は若手作家を「ここにはドン・デリーロとか大御所も入れるんだよ。それと君、一緒に並ぶんだよ」と言って、説き伏せたわけですね。

―― なるほど。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『Story of My Life (Vintage Contemporaries)』(Jay McInerney, Vintage; Reprint版)

柴田その若手の中のジェイ・マキナリーは大ヒットしましたね。
なんとなくこういうのが『モンキービジネス』をつくるときのヒントになってるのかな。それに限らずアメリカの文芸誌自体はけっこう参考にさせてもらっています。アメリカの方が商売とあまり関係ないから自由だし。

―― そうなんですか。

柴田アメリカはもう、そもそも文芸誌が商売になるわけないんだから、とにかくどこかから助成金をとってきていいものをつくろうという考え方をする。スチュアート・ダイベックが、文芸誌の編集者の仕事の1/3は寄付集めだって言ってましたね。とにかく、「こういうことやってるんですよ」と言って寄付をもらう。そして、あとは定期購読者を募る。

―― なるほど。

柴田そうするとまぁ、売上げは安定するわけですよね。
そして、定期購読でいいのは、アメリカの『McSweeney's』っていう文芸誌がやってるんですけど、毎号フォーマットを変えられるとこですかね。

これ(Vintage Contemporaries)なんかはフォーマットを揃えて成功した例ですけど、McSweeney'sはもう一冊の雑誌になってるときの方が珍しい。最新号なんかは、ビニール袋に新聞とかチラシみたいなものがごちゃごちゃに入って、それが書評だったり小説だったりするというつくりになってます。3号くらい前のやつは、すごく薄い20ページくらいの文庫を8冊つくって、羊羹の詰め合わせみたいに箱に入れてましたね。おもしろいですよ。

―― へー。

柴田それで、こないだこれをつくってる編集者が来たので、「本屋じゃ大変でしょう」って聞いたら、「いや、オレたちのことはもう書店も慣れてるから。They are used to us.」って言ってましたね。

―― なるほど。

字の大きさ変えるのはダメ

柴田日本の文芸誌と違って、アメリカの文芸誌が絶対にやらないことは、表紙に作家の名前たくさん並べて、偉い人の名前を大きくしたりとか、あれはやらないですよね。だから、『モンキービジネス』でもそれはやりたくない。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2010 Spring vol.9 翻訳増量号』(ヴィレッジブックス)

―― なるほど。

柴田帯をつけるのは最大の妥協ですけど、それでもそこで偉い人の名前をでっかくすることはしない方針でやっています。今回は翻訳増量号なので、村上春樹×ジェフ・ダイヤー、岸本佐知子×ステイシー・レヴィーンとか訳者×著者っていうかたちでずらっと並んでるんですけど、「ちょっとメリハリがないので、名前の大きさに大小をつけたらどうか」と昨日編集者からメールが来て、「いや、その原則だけは譲れない」とかいませめぎ合いをやってるところ(笑)。

―― せめぎ合いやってるんですか(笑)。なるほど、そうか。全然違う雰囲気が出てると思ったらそこが違うんですね。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『Story』

柴田もうつぶれちゃったんですけど、昔アメリカに『Story』っていうすごくいい雑誌があったんですね。それはもう本当に徹底していて、ストーリーっていう名前のとおり短編小説がひたすら並んでいるだけなんです。しかも並べ方はアルファベット順。

―― おもしろいですね、それ。

柴田アメリカでは、だいたいどの雑誌もそうやって大小つけないですよね。それは見習いたいと思います。その割には僕の名前だけ表紙にでかでかと出てて、「これじゃ民主主義じゃなくて独裁だろう」って言われるんだけど(笑)。

―― まぁ、これはないと、とっかかりがちょっとつかめないですからね。逆に読者の方が困ってしまうんで。

柴田何やってるのかわからないもんね。そういうことで許してもらってるんですけど。

―― 村上さんが出てても帯だけですもんね。

柴田そう。帯に並べるのも「村上さんが3番目くらいに来るのが渋い」って僕は言うわけだけど、「一番右が一番目立つから一番右にさせてください。これだけはやらせてください」って編集者に言われて、それは僕も折れたんですけどね。

―― おもしろいですね。

柴田でも、こないだ研究会形式の授業で、「雑誌のつくり方」っていうのをやって、僕もこの雑誌についてしゃべったんですね。そしたら、やっぱり東大生の読者は厳しいですよね。「あの帯にはがっかりしました」って。ああいうのがないのがモンキービジネスのいいところだと思ったのに。って言うんですよ。

―― 帯すらも許さない。

柴田帯すらも許さないんですよ。

―― それかなり厳しいですね(笑)。

柴田いわゆる世に言うコアな読者っていうことになるわけですよね。だけど、あんまりそう突っ張ってもはじまらないので、商品としてある程度成り立たないとダメなので、そこはまぁ、どこを最適ポイントと見きわめるかです。

―― あくまで、帯とった状態で本ですからね。それにしても、それは相当コアな厳しいご意見ですね。

モンキービジネスは、厚さ、値段、刷り部数も毎号変わる

―― もうどれくらいプランがあるんですか? 毎回1号終わって企画会議をする感じですか?

柴田だいたいゲラ読んでる段階で次の号を何号(なにごう)にするかは決まってますね。
今回も夏号はもう「アメリカ」ということで決まってます。で、その次は、「お金」で行こうかと。お金号。まだ確定していませんが。

―― へー。おもしろいですね。なんか意外な感じがして。

柴田こないだ『モンキービジネス』のウェブページにも書いたんですが「死」の特集をやりたいと思っていて、でも「死号」ではなぁ・・・って思ってましてね。それで、何かいいアイデアないですかって聞いたら、読者からメールが来て「新潮社の『yom yom』に対抗して『よみよみ(黄泉読み)』でどうですか?」って(笑)。ほとんどケンカ売ってるみたいな感じですけど(笑)。

あ、でも、「yom yom」は、作家のとり上げるメンバーとかは全然違いますが、あのすっきりしたつくり方は実は手本ですね。あと全部読み切りっていうところ。ああいうのはすごくいいですよね。

―― そうですね。すっきりしていて、いいですよね。
そういう意味では、2009年夏の箱号のクラフト・エヴィング商會さんの小説なんか、凝りに凝っていて、あれはけっこう時間かかりますよね。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2009 Summer vol.6 箱号』(ヴィレッジブックス)の「誰もが何か隠しごとを持っている、私と私の猿以外は」より

柴田あれはそうですね。けっこう早めに依頼して、なるべくはやく書いてくださいって頼みました。どうせ凝ったことやるに決まってますから(笑)。あのページだけは鈴木成一さんもオフリミットでしたね。あそこはもう、クラフト・エヴィングのお二人がどういう風に見せるかまで全部組んでます。

―― そうなんですね。

柴田あれを鈴木成一さんに渡したら、またどうなるかわからないので(笑)。

―― そうか、そういうことだったんですね。どうされたのかな? と思いました。なるほど。でも、ああいうことが実現してるっていうのはすごいなと思います。

柴田クラフト・エヴィングさんのつくり方はおもしろかったなぁ。

―― おもしろかったです。

柴田あれね、途中でとにかくビートルズの「Everybody's got something to hide except me and my monkey」っていう歌詞が出てくるところがあって、「これはどう訳すんですか?」って実際に聞かれたんですね。それで、こうだよって教えたら、それがちゃんと作品のタイトルになっていて、物語の中に組み込まれてるとかね。「この人たち、こうやってつくってるんだ」っていうのがおもしろかったですね。

......いささか読みにくい英語の羅列を追ってみると、これはジョン・レノンが作った『Everybody's got something to hide except me and my monkey』の歌詞ではないか。この歌詞が非常にナンセンスで何を歌ってるのかさっぱり分からない。仕方ないので、ネット上にある自動翻訳機に訳してもらった。......東大――いえ、灯台もと暗し。なぁんだ、柴田先生に訊いてしまえばよかったんだと翻訳機をうっちゃり、柴田元幸訳によるタイトルおよび歌詞をお願いしたところ、「訳と引き換えにその箱と猿を誌面で紹介してください」とのこと。光栄です。(『モンキービジネス 2009 Summer vol.6 箱号』の「誰もが何か隠しごとを持っている、私と私の猿以外は」より)

―― はい。

柴田でもいろいろありますね。やっぱりまずは雑誌って厚さがあった方がいいみたいね。厚さによって売れ行きが変わります。

―― へー。それおもしろいですね。全部毎号値段も違うんですよね。

第40回本屋さんと私柴田元幸先生

『モンキービジネス 2009 Summer vol.6 箱号』(ヴィレッジブックス)

柴田そう、箱号は薄いけど高いんですよ。「音号」の2/3くらいの厚さで1575円かな。で他にも、いろんな要素があって、「対話号」は古川日出男さんが村上春樹さんをインタビューしてくれて、これは異様に突出して売れてるとかね。

―― そうなんですか。おもしろいな。毎号初版部数は変わってますか?

柴田変わってますね。最初は営業も手探りでしたけど、大体読めるようになりましたからね。

―― そうですよね、テーマによってこのスタイルは変わりますよね。いや、モンキービジネス、今後もますます目が離せないです。もっといろいろ聞きたいんですが、そろそろお時間が来てしまいました。今日は長い時間ありがとうございました!

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柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年生まれ。東京大学教授、翻訳家。著書に『アメリカン・ナルシス』『翻訳教室』『それは私です』『ケンブリッジ・サーカス』など、訳書にポール・オースター『ガラスの街』、スチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』、ジャック・ロンドン『火を熾す』、バーナード・マラマッド『喋る馬』など多数。文芸誌「モンキービジネス」の責任編集も務める。

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