本屋さんと私

ノストラダムスがきっかけで、古代遺跡を旅する魅力の虜になってしまった芝崎みゆきさん。
紹介好きで楽天的な性格から、遺跡の面白さを手書きの本にしてしまおうと思った経緯については、前回お伝えした通りです。

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『古代エジプトうんちく図鑑』22-23ページ
(ページの青字をクリックすると、PDFで大きなサイズで見られます。ぜひご覧になってください!) 取っ付きにくい印象のあるエジプトの神さまも、芝崎さんの手にかかればこの通り。ユーモラスで愛らしささえ感じます。

ですが、古代愛に充ち満ちた芝崎さんにとっても、旅の面白さは遺跡だけではありません。
「旅のことで思い出すのは真っ先に人のこと」と語るように、むしろ「人間こそ面白い」んだそうです。

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本の中では、旅先での温かい人情話や、旅のパートナーとの珍道中、笑いが止まらないくらい「信じられない」人々を描いています。
そうした人間模様を通じて、お国柄の違いが見えてくるのも面白いところです。

今回は、そうした人間関係に焦点を当ててお届けします。
編集の大越お気に入りの、「オレほどおもしろいヤツはいない」男も登場する、芝崎さんインタビュー第2弾をお楽しみください。

(聞き手:大越裕・萱原正嗣、文:萱原正嗣)

第48回 戦う女、振れ幅の大きい女、過剰にサービスする女

2010.09.22更新

人のいいメキシコ人と、傲慢極まりない白人たち

―― 旅先で遭遇する人々のエピソードが面白いですよね。マヤ・アステカの紀行本を読んで、メキシコ人の親切心と慎ましさに、メキシコ人が大好きになりました。

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『マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行』(草思社)。マヤ・アステカの旅で出会った人々のエピソードが満載です。

芝崎そうなんですよ。ホントにいい人たちなんです。道を聞いたらすごく親切に教えてくれるし、自分の用事とは関係ないところまで案内してくれるし。中にはデートそっちのけで観光ガイドをしてくれた人もいて、何てサービス精神が旺盛な人たちなんだと・・・。

―― メキシコって、麻薬取り引きや殺人事件のイメージが強くて、『北斗の拳』を地で行くような国だと勝手に思っていたので、すごく意外でした。

芝崎私もそうでした。いきなりズドンと撃たれるイメージがあって、ホントに怖くて遺書まで書いたくらいですから(笑)。友達に渡したその遺書は、帰国後無残にも喪失の憂き目に遭っていることが判明しましたが・・・(涙)。

 * 『マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行』12ページ参照。

それが、行ってみたら嘘みたいにいい人ばかりで感激でした。メキシコ人はすごく礼儀正しくて恥ずかしがり屋だし、ホントに奥ゆかしいんですよ。謙虚な面もあるし、場の雰囲気や人間関係を大事にして、相手の言うことにまず「イエス」と答えるところは日本人そっくりだと思いました。いえ、日本人よりお人好しですね。

―― それに引き換え、白人たちの傲慢さ、傍若無人ぶりときたら・・・。

芝崎白人の我が物顔はホントに憎たらしいです。本にも書きましたが、ヨーロッパからのツアー客は、自分たちが写真を撮りたいとなると平気で人をどかそうとするんですね。「エクスキュゼモア」「パルドン」連発ですよ。それでお礼の一言もなしですよ。彼らには「譲り合い」の精神はかけらもないんでしょうね。
そうやって人のものを平気で奪っていって、あちこち征服していったんでしょうね。マヤ・アステカも、人のよさに浸け込まれて滅ぼされたところがありますから。

―― それで、いまだに自分たちが宗主国という感覚が残っているんでしょうね。

芝崎こっちを使用人みたいに扱いますから。「ちょっと荷物持ってて」って急に言われたりして、「何で私が?」って感じです。傲慢極まりないですよ。

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『古代ギリシアがんちく図鑑』314-315ページ
アテネのパルテノン神殿ではスト決行中。それに対して抗議する大勢の客を前にして全く動じない職員の精神状態は、日本人的にはちょっと想像できません。ストが重要な権利なのは分かりますが・・・。

「オレほどおもしろいヤツはいない」って言う人が、面白かった例はない

―― いい人や傲慢な白人もたくさん登場しますが、笑いが止まらないくらい「信じられない」人も多いですよね。特にマヤの紀行本の、「オレほどおもしろいヤツはいない」男の話がたまらないです(笑)。

芝崎あの男はねぇ・・・、ホントにびっくりしました。どこの国にもいるものなんですね、人の都合も迷惑も省みず、自分に酔い痴れて語りまくる人が・・・。もうホントに何時間延々と話を聞かされ続けたことか・・・。しかも、「オレほどおもしろいヤツはいない」「オレってどれだけ輝いてるか」そんな話ばっかりですよ。

私はバイトで水商売をしていたことがありますが、そういう自信満々、自己陶酔のお客さんはホントに困りものでした。「オレはこの店で逆指名なんだ」とか、「オレが来ると、この店は繁盛するんだ」とか言って喜んでいる人がいましたが、そんなことはまったくないのに、どこをどう勘違いするとそういう発想になるのか不思議でたまりませんでした。こっちとしては愛想よく相槌を繰り返せばいいので、仕事をするには楽な方々で、ある意味「いいお客さん」でしたけど・・・。

本にも書きましたが、「オレほどおもしろいヤツはいない」って言う人で、実際に面白かった例は一度もありません。仕事ならともかく、普段こういう人と遭遇すると、周りは話を合わせるのに多大なエネルギーを使わなければいけないから大迷惑ですよね。でも本人は陶酔しまくっているから、気づかないんでしょうね。ちょっと羨ましいですけどね、本人は絶対幸せですから。

―― そうでしょうね。反省とかないんでしょうね。羨ましい。

芝崎あの男はさらにすごいですよ。自分の話に飽きたらず、セックスの話をし始めるわ、いきなりタンクトップを脱ぎ始めて筋肉自慢を始めるわ・・・。不穏な空気を感じていたら、挙句に「君は縛られたことある?」って聞いてきて・・・。

もうビックリですよ。こっちに一言も発する隙を与えずにあれだけ喋り続けるのも驚きですが、散々ひとりで話しておいて、初めての質問がそれってどういうこと? しかも、あの男は宿の主人で、奥さんも一緒の宿にいるんですよ。もうホントに信じられません。

ともかく、向こうが質問してくれて、こっちにも話すチャンスがようやく回ってきたので、「連れの様子を見てきます」って言って、なんとか逃げることができました。驚くことに、それで終わりかと思いきや、夜中にトイレに行ったら廊下で素っ裸で寝ているし・・・。とにかく衝撃ですよ、ホントに・・・。

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『マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行』154-155ページ
「オレほどおもしろいヤツはいない」男、何度読んでも凄まじすぎます。

―― 何度読んでも信じられなくて、ついつい笑ってしまいます。ところで、このエピソードでも登場する、旅のパートナーのエキさん(*)はどういう方なんでしょうか?エキさんのキャラクターがすごく気になります。

 * エジプト、ギリシア、マヤ・アステカを、芝崎さんとともに巡る旅のパートナー。本の中で描かれる表情は飄々としていて、なんとも印象的。

芝崎エキは旅のお供ですが、ただの陰湿な悪い人です(笑)。顔は優しそうな顔をしていますが、考えることがとにかく陰険なんです。いまはタクシー運転手をしていますが、お客さんが横柄で感じが悪かったりすると、お客さんにいろいろワナを仕掛けていくんです。

例えば、お客さんにお釣りを渡すときがありますよね。1万円もらってお釣りが8千円だったとすると、気に食わないお客さんの場合は、わざと千円札10枚のお釣りを渡します。そうすると、お客さんは内心喜びますよね。その心情の変化をエキは見逃さない。相手の人間の内面の汚さを炙り出して、こっそり覗き見ておいて、降り際に「すいません、お釣り間違っていました」って呼び止めるんです。お客さんもわかっているだけに、自己嫌悪みたいな感情に陥りますよね。そういう姿を見て楽しむ人なんです。

ホントに陰湿ですよね。そうやって、人を緻密に、陰湿に陥れようとする悪いことをたくさんする人なんです。本には書いていないことも多いですが、旅行中も、私を陥れようとワナを仕掛けてくるから大変です(笑)。

―― エキさんすごいキャラクターですね(笑)。なかなかそんな人とはお目にかかれません。

芝崎みゆきは戦う女です

―― 旅先のエピソードもそうですが、これだけ面白い人と遭遇するのは、芝崎さんのキャラクターが面白いからではないかと思ったりします。
エジプト本のあとがきで、「通り魔のような風情の女」って、ご自分のことを書かれていますよね。面白い発想をされる方だなぁと思っていました。

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『古代エジプトうんちく図鑑』(バジリコ)。エジプトの魅力がぎっしり詰まっています。

芝崎エジプト本は原稿持ち込みだったので、出版社の方からすれば、押し売りどころか通り魔みたいな感じなんじゃないかと思いまして・・・(笑)。
それに、自分でも見た目それっぽいところがあると思っていまして・・・。

数年前に、女性が駅構内で通りがかりの人を何人か刺すっていう猟奇的な事件があったんですが、そのとき防犯カメラに映っていた犯人の後ろ姿が自分にそっくりで、「自分が撮られた」と思ったくらいです。そんなことを思っていたら、友達からも「あの映像見てあんたが犯人だと思った」って電話がきましたし・・・。ホントにやりかねない風情だなぁって自分でも思います(笑)。

―― (笑)どうやって出版社に持って行かれたんですか?

芝崎絵を書き始めたのと同じで、何でも簡単に考えていました。「原稿あるので持って行っていいですか?」って出版社に電話をして、訪ねていきました。
最初は大手中の大手の出版社に行ったんです。そうしたら、あっさり「いいよ、やりますよ」って。これはますます「ちょろい」と思ってしまいましたね(笑)。ところが、何度か会議をしていくうちに、折り合いがつかないところが出てきまして・・・。原稿の直しは一切やりたくなかったんですが、「あれを直せ」「これを削れ」と、いろいろ注文をつけてきたんです。

それで結局そこは破談になりましたが、難攻不落だと思っていた最大手が簡単に会ってくれて話が進みかけたので、どこの出版社に行っても大丈夫だろうと思い込んでしまいました。ところが実際は、中堅クラスの出版社になるほど、最初からバカにして話を聞いてくれなくなりました。やはりそんなに甘いものではありませんでした。

出版社廻りをしているうちにバジリコの編集者に会ったんですが、どうやら企画のノルマで困っていたようで、編集会議にかけてくれたみたいです。当の編集者は「数合わせ」のネタのひとつとしか思っていなかったようですが、最終的にそれが出版につながったわけなので、何がどう転ぶかわからない世界だなと思いました。

―― 原稿は全部書いてから持って行かれたんですか?

芝崎そうです。2作目のギリシアのときは企画を通してから旅に行きましたが、1作目のエジプトは完全に書き上げてから出版社に持って行きました。
原稿に興味を持ってくれても、「直せ」とか「削れ」とかいう出版社が多かったんですが、バジリコは唯一「そのままでいい」と言ってくれました。実際、口出しもなくて自由にやらせてくれました。編集者は、口出しどころか読んですらいないという話だったので、単に読むのが面倒なだけだったと思いますが・・・。結局校正の人がチェックして、そのまま通っちゃいました。

―― 校正の人も内容のチェックが大変ですよね。中身が専門的なので。

芝崎そこは、一応監修もついたんです。本当は気が進まなかったんですが・・・。

―― と言いますと?

芝崎出版社廻りをしているときに、「芝崎さんの名前じゃなくて、違う人の名前で出しましょう」っていう話をされたことがあります。ビッグネームを監修で前面に出して、「芝崎さんは、イラストってことで後ろに名前書いてあげるよ」って。私が書いたのに「なんじゃそりゃ?」って感じです。もちろん断りました。
それが出版業界の常識なのかもしれませんが、そんな話があって、監修にすごく嫌なイメージがあったんです。

それに、「監修」っていう名前も、出版社の人はどういう役割かわかっていても、一般の読者はなかなかそこまでわからないじゃないですか。名前が偉そうだし、字面を見れば、監修者が企画立案して、監督して修めていると思われますよね。
それは癪だったので、本の信用度は下がったとしても監修は遠慮したいということをバジリコにも主張したんですが、やっぱり必要だという話になって・・・。バジリコは、「表紙にも著者の名前もいれるから」ということだったのでしぶしぶ飲みました。

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そうしたら、監修を受けてくれた先生が、「これは芝崎さんが一生懸命つくった芝崎さんだけの本だから、監修者の名前を表に立てないほうがいい。もちろん校閲はしっかりやります」と、こっちは何も言ってないのに仰ってくれたんです!! 先生は、学界でも国宝級に重要な方で、立派な本をたくさん出されています。おそらく、こんな得体のしれない者の書いたマンガ、いや、マンガどころじゃない「イタズラ描き本」に、監修者として名前が出るのが嫌だったんじゃないかと思います(笑)。

でも、たとえそうだとしても、こちらとしては願ったり叶ったりで、めでたく私の名前だけで本を出せることになりました。しかも最終的に、先生は帯で推薦という一番太っ腹でうれしいことをしてくださって・・・。先生には今も感謝の気持ちでいっぱいです。

でも、先生からすると、面白くないところもあったと思うんです。神様や人物の描き方がフザケすぎたようなところもたくさんあるし、フィールドワークもしないで本で読んだだけの人間が、わかった風なことを書くことも含めて、苦い思いもされていたんじゃないかと・・・。それを思うと申し訳ない気持ちになりますね。

―― 書き上げてから本が出るまでにも、紆余曲折があったんですね。でも、すごいですよね。持ち込みといい、監修にまつわるエピソードといい、芝崎さん戦う女ですね(笑)。思いを曲げなかったからこそ、最後は形になったわけですし。壁にぶつかっている人にとってはとても勇気づけられる話だと思います。

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『マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行』20-21ページ
戦う女・芝崎さんも、古代遺跡への愛情はたっぷりです。何度見ても実に愛らしい遺物たち。

女優になる夢は諦めきれませんでした

―― ところで、芝崎さんは劇団にいらっしゃったという話を伺いましたが・・・。

芝崎劇団ではないです。女優をやりたかったんですが、劇団はチケットを売りさばかなきゃいけないという話を聞いていて、そんな友達をなくしそうなことは自分には無理だと思って、劇団に入ることは考えずに、へっぽこな事務所を転々としていました。
始めて一年くらい、二十歳くらいの頃は、鼻高々で自信満々だったんですが、だんだんと鼻をへし折られまして・・・。でも、絶対女優になれると思って東京に来ていましたし、学歴も何もなくて保険も何もないので女優を諦めたら何も残らない。そんな思いも入り交じって、女優を諦めきれませんでした。

そうは言いながら、当時の日本のドラマや映画で面白いと思えるもの、自分が心底出たいと思えるものはほとんどなかったし、そんな調子なので「女優をしている自分」の将来像はろくに描けませんでした。
女優になりたいけれど実力がない。諦めきれないけれど将来像が描けない。その狭間で苦しくて苦しくて・・・。旅に出たのは、結局のところ現実逃避なんです。ノストラダムスの予言で1999年に人類が滅びるかもしれないから、そうなる前に、20代のときに我慢していた旅に出ようと。

―― 女優になるために捧げた20代という感じだったんでしょうか?

芝崎それがそう一生懸命になれなかったんですね。オーディションに行くのが嫌だったこともありました。「怠惰の罪」だったんじゃないかと思います。

―― 「怠惰の罪」というと?

芝崎「怠惰の罪」についてはエジプト本でも書きましたが(*)、キリスト教の「七つの大罪」のひとつで、自分の本当にやりたいことから目を背けてしまうことなんだそうです。
映画『セブン』(*)でも描かれていましたし、「怠惰の罪」の言葉は知っていましたが、そういう意味だとはエジプト本を出すちょっと前まで知りませんでした(エジプト本は2004年に出版)。そのことを知った衝撃と、「怠惰の罪」が私の20代をまさに言い表しているような気がして、エジプト本にも書いたんです。
それにしても、昔の人も人間の本質をよく捉えていますよね。本当にやりたいことに対して努力を怠ったり、二の足を踏んだりしてしまう人間の性質に気づいていたわけですから。

 * 『古代エジプトうんちく図鑑』54ページ
 * 1995年、監督:デヴィット・フィンチャー、出演:モーガン・フリーマン、ブラッド・ピット

―― なるほど。

芝崎私も、本当にやりたいことは、なぜか歯止めがかかってしまいました。「女優をやりたい」ということを人前で堂々と言えなかったんです。恥ずかしいというか、そこに立ち向かうのが怖いというか。ずっとアルバイトに逃げ続けていました。私の家はすごく貧乏だったんですが、「親にお金を送らなきゃ」というのを理由にして、アルバイトを正当化していました。

女優の仕事も、コネクションのある人に巡り合えると、オーディションにどんどん行かせてもらえたし、映画やドラマにもすんなり出られるんですが、その人からちょっとでも離れると、本当に一からやり直す感じになりました。エキストラとか再現VTRのちょい役みたいな・・・。

本当に綺麗な女優さんは周りが放っておかず、何でもしてくれますが、そうじゃない下の者は、政治に頼るしかないようなところがありました。もちろんいい仕事をするのが本筋ですが、コネがないと仕事を得ることも難しく、仕事ぶりを見せるチャンスすらなかなか得られません。それは私もわかっていましたが、そういう人間関係というか政治というか、媚びを売ったりするのがだんだん面倒臭くなってきて、ますます頑張れなくなってしまいました。

それに、人を押しのけて前にズイズイ出て行くのが生来できない性格で、頑張って人と喋っても疲れ果てちゃうというか・・・。自分から名刺をガンガン配って売り込みに行く子もいて、私も頑張ってそういう真似をしてみたんですが、一日か二日やったら心底疲れてしまいました。自分を売り込むにしても、容姿がいいわけでもなく、演技力にしたって簡単に売り込めるものではないし、何を押せばいいかわからない、というのもあったと思います。
要は、そういう世界がつくづく向いていない性格なんだろうと、今にして思います。

「私、マツコ・デラックスの気持ちがわかります(笑)」

芝崎本の世界は私の生来の性格に合っているように思います。もともと人と喋るよりは、自分の殻に引きこもるタイプなので―って今日は喋りまくっていますが(笑)―、ひとりで家にこもって書き続けるのは苦ではないですね。本の場合は、売るのは自分自身ではなくて作品なので、売り込みもそんなに辛くはないですし。

―― 小さい頃からそういう性格だったんでしょうか?

芝崎両極端なんです。振れ幅が大きいと言いますか・・・。ホントはこもりたい性格なんですが、周りに人がいると、エンターテインメントを振りまかなきゃって思ってしまうんです。いい顔をしたいんだと思います。そのせいで、学校に行くのが仕事みたいになっていました。

この前、テレビでマツコ・デラックスが同じようなことを言っていました。あの人も学校に行くのを仕事だと思っていて、学校に行ったらみんなを喜ばせなきゃいけないからすごく張り切るんですが、そうすると疲れちゃって、しょっちゅう学校を休んでいたって。

私もまったく同じだったので、すごく共感しました。私は、小中高の12年間、おおよそ3分の1は学校を休んでいるんです。学校に行くと、徹底してみんなを楽しませようと思って、毎日朝から「これを言おう」って仕込んだり、ハイテンションでギャグを飛ばしたりしていました。でも、やっぱりそれが性格には合っていなくて、疲れちゃうんですね。休んだ3分の1は家にこもって、小説やマンガを読み耽っていました。

―― 充電期間ですね。

芝崎学校はそれが許されたからまだいいんですが、社会人だとそういうスタイルは許されないですよね。そうなると、もう疲れ果てちゃって・・・。友達からは、「大したエンターテインメントじゃなかった」「サービスでもなんでもなく、ただ騒ぎたかっただけのくせに」と言われそうですが、何であんなに張り切っていたんだろうなと・・・。今にして思えば、誰も望んでいない過剰なサービスですよね。

〜〜〜〜〜


芝崎さんは、この日のインタビューでも、たくさんお話をしてくださいました。これもきっと、こちらを楽しませようと気を遣ってくださった結果なんだと思います。
おかげさまで、とても面白いインタビューになりました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

芝崎さんのサービス精神は、ご自身の本にも思う存分込められているように思います。
芝崎さんの本から感じられる、紙面から溢れんばかりのエネルギーと、なんとも言えない温もりは、ややもすると過剰気味なサービス精神が、形を変えて表現されたものではないかと思えてきます。

「エジプトはナイルの賜物」と言ったのはヘロドトス(*)ですが、芝崎さんの場合は、「手書き本は、過剰なまでのサービス精神の賜物」というところでしょうか。

さて、あまりのトークの盛り上がりに、聞き手の二人も思わず忘れかけていましたが、このコーナーのタイトルは、「本屋さんと私」。
過剰なまでのサービスを振りまいては疲れ果て、そのアップダウンの果ての現実逃避から、ノストラダムスがきっかけで古代にはまり、あまりにはまりすぎた勢いで手書きの本をつくってしまい、「通り魔」のように出版社に押しかけて出版に漕ぎ着けた芝崎さんが、「本屋さん」といったいどんな風に関わってきたのか?

3日に1度は学校を休み、家にこもって本を読んでいたという若かりし頃の読書体験、書店体験から、膨大な参考文献の探し方、書店営業のエピソードまで、芝崎さんの「本屋さん」との関わり方を、次回存分に語っていただきます。
引き続き、「乞うご期待」です!

 * ヘロドトス(紀元前485頃-紀元前420頃):古代ギリシアの歴史家。世界で現存する最古の歴史書『歴史』を著したことで、「歴史の父」と呼ばれる。『古代エジプトうんちく図鑑』64ページも参照。


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芝崎みゆき(しばさき・みゆき)

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1966年生まれ。
著書は、『古代エジプトうんちく図鑑』『古代ギリシャがんちく図鑑』(ともにバジリコ刊)、『マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行』『古代マヤ・アステカ不可思議大全』(ともに草思社刊)。

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