本屋さんと私

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『季刊 レポ』創刊号の表紙。表紙にまで思いが溢れています。

2010年9月15日。東京の西荻窪で、一冊の「雑誌」が産声をあげた。

その名は『季刊 レポ』(以下、『レポ』)。

編集・発行したのは、突撃系体験取材のライターとして名を馳せる北尾トロさんだ。

60万部を超えるベストセラーとなった『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』(以下、『裁判長!~』)をはじめ、「やってみたかったけど、できなかったこと」を実際にやってみた様子をレポートする『キミは他人(ひと)に鼻毛が出てますよと言えるか』など、「汗のにおい」たっぷりのノンフィクション作品を数多く世に出している。

『裁判長!~』は、裁判所の傍聴席から覗いた人間ドラマを描いた裁判傍聴記だ。

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『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(鉄人社[2003年]、文春文庫[2006年])

その人気は衰えることなく、続編が次々と出版され、2007年にはマンガ化、2009年にはテレビドラマ放映、そして本年11月には映画が公開された。

人気ライターのトロさんが、ライター業のほかに力を入れていることがもうひとつある。

それが、日本に「本の町」をつくること。
2007年から、高遠(たかとお・長野県伊那市)の地を舞台に活動をつづけている。

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『キミは他人(ひと)に鼻毛が出てますよと言えるか』(鉄人社[2000年]、幻冬舎文庫[2006年])

今年の「第2回高遠ブックフェスティバル」は、そのひとつの通過点だ。

『レポ』に「本の町」。ふたつの気になる旬な話を聴きながら、トロさんの、本との関わり、本屋さんとの関わりを紐解いていきます。

それでは、いざ、トロさんワールドへ。

(聞き手:三島邦弘・萱原正嗣、文:萱原正嗣)


第53回 『レポ』は、「手紙」のような「雑誌」です(北尾トロさん編)

2010.12.02更新

フリーのひとたちが嘆いていても始まらない

―― 『レポ』の創刊おめでとうございます。創刊号読ませていただきました。どの記事、どのページからも独特のにおいを感じられて、とても面白かったです。

トロありがとうございます。

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―― これまでもいろんなところでお話されていると思うんですが、改めて、『レポ』はどういう雑誌か、お聞かせください。

トロ『レポ』は、一言でいうと、「ノンフィクションの専門誌」です。
どうしてそういうものをつくったかというと、ひとつは、本が売れないという不景気な話が最近多いんです。

―― 確かに多いです(苦笑)。

トロそうですよね、僕の周りでもそうなんです。
企業のひとたちが、「本が売れない」って愚痴るのは、ストレス解消みたいなものだから、まぁいいかなと思うんです。組織だから異動もあるし、いまの仕事をやりたくてやっているとは限らない。「お前はこれをやれ」っていわれてやっていることも多い。
でも、最近はフリーのひとたちまで愚痴っぽくなっていて、「この状況はどうなんだ?」と思うわけです。

本来フリーのひとたちは、組織に属しているわけじゃないから、たとえば「ミシマ社がつぶれそうだ」と思えば、ミシマ社から離れて他のところでやればいい。フリーっていうのはそういうひとたちです。
それがいまは、どこもかしこもつぶれそう、状況が悪いということで、フリーのひとたちも、版元のひとたちと同じように出版不況を嘆いている。嘆いたところで何にも始まらないし、どうなるものでもないのに、です。

―― 確かにそうですよね。

トロ出版のなかでも、特に雑誌に元気がなくて売れない。廃刊になるものが多いし、残っている雑誌も実用性重視の情報誌みたいなものが多い。僕が好きで、僕が書いてきたようなくだらない読み物を載せる雑誌はなくなりつつあります。

僕自身、雑誌で育ててもらったところがあるし、一読者としても、役に立たないっていう理由だけで、そういう読み物が排除されていくのは悲しいんですね。
そもそも、いまの雑誌が、構造的な理由だけで売れなくなっているとも思えないんです。売れないのはつまらないからだと思うし、つまらなくなっている理由のひとつとして、くだらない読み物がなくなっているということがあるような気がします。

これを解決する方法はいくつかあるんでしょうけれど、要は、そういうくだらない読み物を書ける場所があればいいわけです。だったら、そういう読み物ばっかりが集まる場所を自分でつくればいいと思ったんです。それで、「じゃあつくろうかな」と。

取材費ぐらいは払います

トロ出版不況とはいっても、僕は長いことライターをやってきたからまだマシなんです。いろんなひとを知っていたり、いろいろやりようもあるわけです。
でも、いまの若手で、ノンフィクションを面白いと思っている人が、それで食べていけなければ、彼らは去っていくしかないんです。
かつてであれば、エロ本とか柔らかめの雑誌が受け皿になって、若手の書き手を育てる機能を果たしていました。でも、いまはそういう雑誌がどこにもありません。そういうのを僕がやれないかなという思いもあります。

もうひとつは、コストの問題です。
駆け出しで経験がなくても、運がよければ書き下ろしで本を出すことはできると思うんです。じゃあ、ゼロから新しく企画をやりたいひとが、たとえば「ミシマ社さんやらせてください」って頼みにいって、めでたく企画が通ったとします。でも、そこで「日本中を周って取材したいので旅費をください」っていってもくれないわけですよ。

―― そうですね、それはちょっとくれないですね、正直厳しいです(笑)。

トロでしょ?
でも、本当は北海道にいる田中さんに会って話を聞きたい、会うべきだって思っているのに、元手がないから会うのはやめて電話で済ますのは、僕はイヤなんです。それだといいものはできないと思うんです。
そのとき何が足りないかっていうとお金ですよね、旅費の問題なわけだ。そう考えると、雑誌をつくってお金をいっぱい払うことはできなくても、旅費の足し、取材費ぐらいになるようなギャラは払えるようにしたいと思ったんです。

なので、友だちが集まって、ノーギャラの持ち出しで雑誌をつくるんじゃなくて、少しでもいいからお金を払って、ちゃんと仕事としてやってもらうようにする必要がある。
とまぁこんな風に、いくつかの要素が混じりあって、去年の秋ぐらいに「じゃ、やるべぇ」となって、雑誌づくりが動き出したんです。

いま、紙の雑誌を新たにつくる理由

トロその一方で、雑誌が動き出したのは去年の秋の話こと。そのころは「電子」っていう話題が世間を賑わせていました。
「何でいま紙の雑誌なの?」っていう話になると思うんだけど、僕は紙で育ったし、紙の雑誌が好きだからっていうのがひとつの単純な理由です。

だから紙でやりたいと思ったんですが、普通にただ雑誌をつくってもあらゆる意味でつまらない。
たとえば流通の問題です。僕は自分で本をつくったこともあるので、本屋さんに頼んで店に置いてもらうやり方はわかっている。でも、スタッフがいるわけでもなし、あれをまたひとりでやるのはしんどい。そういう事務的な作業はもともと大の苦手だし、できればやりたくない。

そうなると、いまはインターネットがあるわけだから、通販にしようと思ったんです。
通販っていうことは、雑誌がポストに届くわけです。それって手紙みたいなものじゃないかっていうイメージが浮かんできました。
手紙が友だちから届いたときって、中身が何であれ、ちょっと嬉しい感覚が僕にはあるんですね。しかも、その感覚は、僕が子どものころから現在にいたるまで変わっていない。とすると、手紙には、ただポストにあるだけで人の心を動かす力がある。「こいつは相当強力だ、これはいけそうだな」と思いました。

―― ホントに強力ですよね。

トロそうなんだよね。その力を借りて、手紙のように雑誌を続ければいいと思ったんです。
でも、つくるペースを考えたら季刊誌が現実的だということになり、そうなると、年に4回しか出さないのに手紙っていうのはコンセプチュアルに過ぎるなと・・・。
こっちがいくら「手紙」と言おうと、受けとったひとからすれば、「雑誌だろ」ってなるわけですよ。「こりゃいかん」と。
でもそのころには、どうしても手紙でないとダメだと思えてきたんですね。僕が面白いと思うものを束ねて、それを分厚い手紙にしてポストに送る。それじゃないとダメだと。

「ちびレポ」、「ちびレポ」、『レポ』!

―― ラジオのDJっていう言い方もされていますよね。

トロそうです。ラジオも好きなので、DJがリスナーに語るような「手紙」にしたかったんです。
ラジオだと、DJがしゃべっていて、「ここらで一曲いきましょうか」って曲が入りますが、その代わりに原稿を入れる。そのあとで、「いいでしょ、この曲」みたいな感じでまたしゃべる。そういうスタイルの「手紙」にしたかったんです。

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A4の紙にびっちりと書かれた10月送付の「ちびレポ」。まさしくトロさんからの「手紙」を受け取ることができるのは、『レポ』購読者のみ。ですが、今回だけは特別に。

手紙って、「そろそろかな」みたいなのがあるじゃないですか? それが、3カ月に1回だとやっぱり間が空きすぎで、必ず毎月何らかの形で手紙が届くのがいいよなって考えていました。だったらホンモノの手紙を書けばいいんだって気づいたんです。

それが「ちびレポ」です。『レポ』が出ない月は「ちびレポ」を送る。「ちびレポ、ちびレポ、レポ」っていう流れの繰り返しにすれば、「ちびレポ」の方が数が多いし、まさしく「手紙」になるわけです。3回に1回だけ、すごく分厚い手紙が届くということであれば、読者にも納得してもらえるんじゃないかと思ったんです。
ちなみに、これが10月に送った「ちびレポ」です(写真参照)。

―― びっちりですね。しかも手書きで・・・。ホントに「手紙」ですね。

トロそうなんです。手書きでびっちりと。これは完全に「手紙」ですよ。

先端のこととアナログなことは実は近い

トロ電子書籍じゃなくて紙にしたもうひとつの理由は、単純にわからないんですよね、電子がどういうものか。自分でつくることもできないし。
わからないものに変に手を出すより、わかっていることをちゃんとやった方がいいだろうと思ったんです。電子に関しては、そういうのが得意なひとがいっぱい目をつけているから、そのうち誰かがやるでしょうし。

何年かすると、世の中のトレンドは、電子書籍の方にシフトしていくんだろうと思うんです。でも、そこに対抗できる紙の強みとして、ポストに届くのは不変だと思ったんです。だとすると、やっぱり『レポ』はありだ、手紙もありだと・・・。
とはいえ、みんなが「電子」って言っているところで、すごくアナログな方法でやるわけだから、大穴狙いの逆張りなわけですよ。だけど、すごく先端なことと、すごくアナログなことは、実は近いところにいる予感がしているんです。

―― その感覚すごくわかります。

トロだから、雑誌をやるっていうのはもともと思いつきの話なんだけど、やろうとしている方向としては、間違ってはいないだろうと思っています。
ただ、僕は編集者じゃないから、実作業が心配でした。フリーの編集をやっている友だちの平野勝敏さんに話してみたら、面白がってくれて、「じゃあ一緒にやろう」ということになりました。もう実務は安心です。もう編集者はいりません(笑)。
というのも、『レポ』は僕からの手紙なわけだから、何人も編集者はいらないわけです。それよりも書き手が大事です。それで、ひとりずつ頼みにいきました。

発送作業は著者が集まってやりました

―― アナログな手紙ということは、宛名はひょっとして手書きされているんでしょうか?

トロシールです。さすがにそこまでは・・・。
『レポ』年間購読を基本に考えています。というのも、ちびレポまでを含めての通販なので、定期購読しかないだろうということです。
一年で『レポ』4冊に「ちびレポ」が8回届く。でも「ちびレポ」はタダ。それで年間4,200円(税込)。
最初は誰が買うかわかりませんでした。友達とか業界人辺りで、100か200部くらいかなと踏んでいたら、ありがたいことに、予約の段階でそれ以上申し込みがあったんです。いまの時点で600くらいです。だからシールでやるしかなくなりました(笑)。
シールは、著者のひとたちが集まってくれて一緒に貼りました。宛名と、レポのマークの2種類のシールです。

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できたてほやほやの「ちびレポ」発送用の封筒。11月以降の「ちびレポ」はこの封筒で届きます。11月送付の「ちびレポ」も一緒に写っています。

―― その作業楽しそうですね。

トロ楽しかったですよ。書き手のひと同士って、普段付き合いがないから、割と面白がってくれたみたいです。最初は僕に同情して来てくれるんだと思っていたら、そうじゃないみたいでした。
でも、シールふたつはさすがにちょっと大変だったので、レポのマーク入の封筒をつくりました。11月のちびレポからは、新しくつくった封筒で送ります。

次回も、『レポ』の話。
『レポ』の未来が朧気ながらに見えてきます。

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北尾トロ(きたお・とろ)

1958年、福岡市生まれ。
小学生の頃は父の仕事の都合で九州各地を転々、中学で兵庫、高校2年から東京在住。小倉市立高坊小学校、尼崎市立武庫中学、東京都立日野高校、法政大学卒。
インド旅行から戻ったら追試が終わっていたという情けない理由で5年かかって大学を卒業後、フリーター、編集プロダクションのアルバイトを経て、26歳でフリーライターとなる。おもにスキー雑誌、テニス雑誌で原稿を書いていた時期もあった。
本名時代の著作に、『サラブレッドファン倶楽部』、『馬なりの人生』、『図解で企画ができる本』がある。
30歳を前にバンド活動、同名の“脳天気商会”という会社を、ライターの下関マグロ氏たちと設立(3年後に解散)。
同時期、北尾トロのペンネームで原稿を書き始め『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。また、『ダ・ヴィンチ』『裏モノjapan』には創刊時からお世話になっている。
40歳を前に、インディーズ出版活動を開始し、『廃本研究』を制作。以後、『廃本研究2』『オンデマンド版銀座八丁目探偵社』『Secret of DragQueen』『なんて素敵!』『西荻カメラ』『ばいぶる』を制作。
1999年、インターネットを使った古本屋『杉並北尾堂」をオープン。期間限定のブックカフェ、ロゴスギャラリー(@渋谷パルコ)での古書イベントなど、古書関連の仕事(?)や知人が増えた。
40代後半からは、日本にも『本の町』を作りたいと考えだし、2008年5月、長野県伊那市高遠町に、仲間とともに『本の家』を開店。第一歩を踏み出したばかりである。
個人事務所(株)ランブリン代表。NPO法人西荻コム理事長。西荻ブックマークスタッフ。

〈連載中〉
* 走れ!トロイカ学習帳(ダ・ヴィンチ、メディアファクトリー)
* 超越大陸(ラジオライフ、三才ブックス)
* 北尾トロのそら飛ぶえほん(この本読んで! JPIC)
* 中野さぼてん学生寮(一冊の本、朝日新聞出版)

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