本屋さんと私

夏葉社・島田潤一郎さんのインタビュー第2弾。
前回は、島田さんが夏葉社をつくるまでの話をお届けしました。

夏葉社が、これまで世に送り出した本は2冊。
ひとつが、ユダヤ系アメリカ人作家・バーナード=マラマッドの短篇集『レンブラントの帽子』。もうひとつが、東京は大森で古書店を営み、川端康成や三島由紀夫をはじめ数多くの作家と交流をもった関口良夫氏のエッセイ『昔日の客』。

今回は、この2冊の本がどうやって生まれたかを伺います。
それぞれの本に、万感の思いが込められている。誕生までの物語がある。

その思いと物語を、是非、とくとご覧あれ。

(聞き手:大越裕・萱原正嗣、文:萱原正嗣)

第57回 夏葉社は、まちのパン屋さんのような出版社を目指しています

2011.01.18更新

荒川さんと和田さんに本づくりを教わりました~『レンブラントの帽子』のつくり方~

第56回夏葉社・島田潤一郎さん

『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド 著、小島信夫・浜本武雄・井上謙治訳)

―― 出版業界ほぼ未経験で出版社をつくられたことも驚きましたが、はじめてつくられた『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド)で、これだけのクオリティに仕上げられたというのが本当に驚きです。

島田巻末エッセイを書いてくださった荒川洋治さんと、装丁をやってくださった和田誠さんのおかげです。お二人から多くを教わりながら本をつくることができました。もっとも尊敬していたお二人ですから、本当にいい経験をさせていただきました。

―― まさしく最高のお二人ですよね。お二人とはどういうご縁だったんでしょうか?

島田荒川さんは、世田谷区の市民学校の講座でご縁がありました。ご縁と言っても、荒川さんが講師をされている文学講座を受けただけで、私が一方的に知っていた関係でしかありません。

『レンブラントの帽子』を出版しようと決めたときに、荒川さんがこの短編をお好きだということを思い出しました。「これは荒川さんに解説を書いてもらうしかない」と思って、いきなりですが、お願いの手紙を出しました。「授業を受けていた者ですが、今回マラマッドの本を出すので解説を書いていただけないでしょうか」と。そうしたら、すぐにお返事をくださったんです。
本当にいろいろなことを教えていただきました。奥付はこうした方がいいとか、本づくりの細かいところまで・・・。

―― 荒川さんは、やる気がある若者に対してすごく面倒見がいいという話を聞いたことがありますが、そこまでやってくださるとはすごいですね。和田さんとは、どういうつながりだったんでしょうか?

島田和田さんは、私が一番好きな装丁家です。夏葉社を立ち上げたときから、いずれは和田さんに装丁をお願いしたいと思っていましたが、まさか一冊目からお願いすることになるとは・・・という感じです。

マラマッドの本を出そうと決めた時点で、「装丁は和田さんじゃないとダメだ」と思いました。マラマッドは地味で知名度も低いので、普通に書店に営業に行っても、取り扱ってくれないだろうと思ったんです。出版を決めた時は、まだ柴田元幸さんの『喋る馬』も刊行されていませんでしたし。その辺りは、出版社の営業を経験していたので、書店さんの反応が想像できました。装丁が和田さんなら、書店にも置いてもらえる。そう思いました。

和田さんには、何度も何度もお願いしました。最後は粘り勝ちで、「そこまで言うなら・・・」とお引き受けくださいました。その言葉を聞いたときは、飛び上がるくらい嬉しかったですね。

―― 和田さんは、具体的にどの部分をやってくださったんですか?

島田表紙にカバーまわり、スピン、花ぎれ(*)、など、ブックデザイン全般です。「カバーにバーコードは入れない」ということでしたが、事前に和田さんの著書を読んでそのことを知っていたので、オビに印刷しました。流通の取り決めより、ブックデザインの美しさのほうが重要だという和田さんの主張はもっともだと思います。

文字組みは知り合いのデザイナーにお願いしました。

 * 花ぎれ:本の背の内側、上下両端につける布のこと。本来は補強用だったが、現在は装飾が主目的になっている。

―― 本当に素晴らしい装丁ですよね。カバーの絵は、見れば見るほど味がありますし、読み終えた後で見ると、物語を思い出させてくれます。

島田本当にありがたいです。いま思い返してみても、よく引き受けてくださったな、と思っています。
昨年の秋、渋谷で「和田誠の仕事」という展覧会が開かれていました。私も観に行ったら、たまたま和田さんがお見えになっていて、改めてお礼をお伝えしました。そうしたら、「またやらせてね」と言ってくださって、本当に嬉しかったです。

 「和田誠の仕事」展

心中できる本、読者に開かれた本~夏葉社の本のつくり方~

―― きっと和田さんにとっても心に残る本だったんでしょうね。そもそも、なぜマラマッドの『レンブラントの帽子』を復刊しようと思われたんでしょうか?

島田私が出版社を立ち上げたのは、いい本を世の中の人に届けたかったからです。

私が本格的に本を読み始めたのは大学生になってからですが、そのころは、「いい本というのは、新刊書店に行けば手に入るものだ」と思っていました。しかし、少しずつ、本の世界を知るにつれ、そうではないということがわかってきました。いい本であっても新刊書店で手に入れられないものが多い。その状況に、私は大きな不満を抱いていました。

ですので、夏葉社ではとにかくいい本にこだわりたいと思っています。いい本は何かというのも難しいと言えば難しいですが、夏葉社の場合は、この本と心中してもいいと思えるかどうか、です。
自分がいいと思った本でも、それが受け入れられずに売れないということもあると思います。それでも仕方がないと思える本、これで会社がつぶれてもいいと思える本を、丁寧につくって、丁寧に売っていきたいと思っています。

本屋さんと私 夏葉社さん

『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド著、小島信夫・浜本武雄・井上謙治訳)

マラマッドの『レンブラントの帽子』は、私が大好きな短編です。これまでに読んだ短編のなかで、一番好きなものです。私は、この本と25歳のときにめぐり合いました。実に幸運だったと思っていますが、いまでは古書店でも滅多に見かけることもありません。マラマッドという作家も地味ですし、出版されたのも1975年とだいぶ時間が経っています。

ですが、それだけの理由でこの本が人の目に触れる機会さえ与えられないのは、実にもったいないことだと思いました。
この本を、ひとりでも多くの人に届けたいと思いました。

―― 本当にいい本だと思いました。人間の心の描き方が丁寧で、物語に引き込まれていきます。一昔前の海外文学ですが、そこに描かれている人間は、いまを生きる私たちと何も変わりません。それは、大きな救いのようにも感じました。

島田もうひとつ、本をつくる上で気をつけていることがあります。ミシマ社さんの考え方からも大きく影響を受けていることですが、すべての読者に対して開かれた本をつくりたい、と思っています。

一部の人に向けて書かれた本、読者を選ぶ本もありますが、私は、本をそういうものにしたくないと思っています。私自身、マラマッドの他にも、たとえばムージルのように好きな作家はいますが、ムージルは一般的に難解とされていて、すべての人が気軽に読めるものではありません。
その点マラマッドの表題作は、普段本を手に取らないような人が読んでも、すんなり物語に入っていけると思いました。そういう思いが重なって『レンブラントの帽子』を出そうと思いました。

―― もとになった短篇集は、全部で8編の短編が収録されています。そのなかから「レンブラントの帽子」「引き出しの中の人間」「息子に殺される」の3編を選ばれたのは、なぜでしょうか?

島田原本の実物を見ていただくとわかりやすいのですが、原本は全250ページあって、文字組みもかなりキュウキュウです。これを、文字組みをゆったりさせて、読みやすい形につくり直したら、どうしても400ページを超える分厚い本になってしまいます。そうすると、紙代と印刷代で、定価は2,800円くらいにしなければなりません。その厚さと値段で、どれだけの人が手にとってくれるかというと、よっぽどマラマッドが好きな人はともかく、一般の人には縁遠い本になってしまうと思いました。

本をつくるときのもうひとつの基準として、田舎の小さな書店に違和感なく並ぶ、ということを目指しています。その点でも、8編すべてを収録するのは無理だと判断しました。
「レンブラントの帽子」は最初から収録を決めていましたが、読みやすさとボリューム感の両面から選んだら、この3作品が残りました。

まちのパン屋さんのような出版社でありたい

―― 版権の交渉は、どういう感じだったんでしょうか? 故人の外国人作家となると、なかなか難しいところもあったのではないかと思いますが・・・。

島田嬉しいような悲しいような、マラマッドの作品は、先ほど話した『喋る馬』以外は、他に権利を持っているところがなかったので、すんなり進みました。著者のご遺族の方に復刊を打診したところ、"Please go ahead."とフランクな返事がありましたし、訳者の方々も、ご存命の井上先生はじめ、亡くなられた小島先生、浜本先生のご遺族も喜んでくださいました。

マラマッドに限らず、この頃のアメリカの小説家の作品は、日本ではほとんど絶版になっています。同じユダヤ系のソール・ベローや、フィリップ・ロス、シンガー、一時期は人気のあったメイラーやアップダイクも例外ではありません。マラマッドと比べて華やかなこうした作家でもこの惨状です。

―― 売れ行きも好調のようですが、何部刷られたんでしょうか?

島田3,000部です。周りからは多いと言われましたが、嬉しいことに、多くの方が手に取ってくださいました。出版社を立ち上げて一冊目が復刊というのも珍しく、新聞社や古本ライターの方が好意的に受け止めてくださって、各所で取り上げてくださったのが大きかったと思います。

3,000部という数字は、売れる見込みというよりは、自分の足で売り歩きたい目標でした。全国に1万5000の書店がありますが、『レンブラントの帽子』にしろ『昔日の客』にしろ、夏葉社の本を取り扱ってくれそうなところは、恐らく多くても300店舗くらいだと思います。そのうちの100店舗は、自分で足を運んで、営業にまわりたいと思っていました。100店舗であれば、書店さんの顔も見えますし、月に一回くらいは、伺ったり電話をしたりという何らかのアクションができる範囲だと思っています。

書店さんとは、私が実際に書店に行って、棚を見て、「ここに置いてほしい」と思えたところと、基本的にはお付き合いをさせていただいています。そうすると、書店さんを通じて、その先にいる読者の方の顔も何となく想像できるような気がするんです。

夏葉社は出版社ですが、まちのパン屋さんみたいな商売の形を目指したいと思っています。お客さんの顔が見えて、顔馴染みがいて、それでいてすべての人に開かれていて、誰でも気軽に立ち寄れる。そういう出版社でありたいと思っています。
いい本をつくるのはもちろんですが、本を売ることも、書店さんや読者の顔を見ながら、丁寧に取り組んでいきたいと思っています。

人のご縁で生まれた『昔日の客』

第56回夏葉社・島田潤一郎さん

『昔日の客』(関口良雄)

―― 取次はJRCさんということですが、こちらはどういうご縁で決まったんでしょうか?

島田同じ吉祥寺で出版社をされているアルテスさんに教えていただきました。アルテスさんとは、高円寺にある「円盤」というCDショップ兼カフェで出会いました。

円盤は面白い商売の形をとられています。扱うのはインディーズのCDですが、CDをつくった人が自分で売り込みにこないと、店に並べないんです。顔が見える関係をとても大切にされています。
私も円盤が好きで、よくお店に行っていました。夏葉社のスタイルも円盤から大きな影響を受けています。

円盤に遊びに行ったある日、店主の田口さんがアルテスの鈴木さんを紹介して下さいました。出版社を立ち上げるという話をしたら、鈴木さんはいろいろなことを教えてくださいました。ツイッターをやった方がいいとか、家賃は大丈夫なの? とか。その流れで、取次のJRCさんも紹介していただきました。

―― アルテスさんは、内田樹先生のつながりで(*)、ミシマ社もお世話になっています。夏葉社さんは、編集も営業もおひとりでされていて大変だと思いますが、営業は具体的にどのようにされているんでしょうか?

 * アルテス、ミシマ社ともに内田樹氏の著書を出版している。
 『もういちど村上春樹にご用心』(内田樹、アルテスパブリッシング)
 『街場の中国論』(内田樹、ミシマ社)
 『街場の教育論』(内田樹、ミシマ社)

島田とにかくお金をかけないように、近郊以外は18切符でまわっています。『レンブラントの帽子』を出したときは、名古屋、大阪、京都、神戸をまわって、先日は東北地方に行ってきました。

本屋さんと私 夏葉社さん

『sumusu 13 まるごと一冊晶文社特集』(スムース)

京都に行ったときに、ある方がツイッターでアドバイスをしてくださいました。「『善行堂』(*)という古書店に行ったほうがいい。そこは絶対『レンブラントの帽子』を置いてくれるはず」ということです。実際に行ってみたら、とても歓待してくださいました。

店主は山本善行さんという方で、お名前を店の名前にされています。山本さんは古本に関する著作を何冊か出されていて、どれもすごい面白いです。山本さんの周りには、岡崎武志さんや荻原魚雷さんといった古本ライターの方々がいて、そういう方々と一緒に、『sumus』という本にまつわる雑誌をつくられたりもしています。
善行堂では、70冊も『レンブラントの帽子』を売ってくださいました。

 * 善行堂:ブログ著書

―― 1店舗で70冊はすごいですね。善行堂の情報を教えてくれたのはどういう方だったんですか?

本屋さんと私 夏葉社さん

金子彰子詩集『二月十四日』(龜鳴屋)

島田詩人の金子彰子さんという方です。金子さんが出されている『二月十四日』(龜鳴屋)という詩集を善行堂で置いてもらっているご縁だったようです。

金子さんの詩集を出している龜鳴屋(かめなくや)という出版社がまたすごいんです。金沢でひとりで経営されている出版社なんですが、つくっている本がどれもすごくて・・・。限定版の特別装丁本をつくられることもあって、竹で装丁した本を2万円近い価格で売っていたのを見たことがあります。そのときは、「攻めてるなぁ」とつくづく思いました。書店に卸さずに、通信販売限定の売り方にも強い意思を感じます。

 * 金子彰子さんブログ

―― 龜鳴屋さん、本当にすごいですね・・・。サイトからでもパワーがビンビン伝わってきますね。

島田そうなんです。攻めの姿勢しか感じられないというか、「売れないかもしれない」ということを怖がっている感じがまったくしないのがとにかくすごいなと・・・。
善行堂さんでは、もうひとつ大きなご縁をいただきました。店主の山本さんが、『昔日の客』との出会いをもたらしてくれたんです。「素晴らしい本だから、是非とも手に入れて読んだ方がいいよ」って。

本屋さんと私 夏葉社さん

『昔日の客』(関口良雄、三茶書房)

『昔日の客』は古書好きのなかでは有名な本だということです。古書店でも滅多にお目にかかることはないそうですが、店に並ぶと、15,000円くらいの値がついて、それでもすぐに売れていくということです。

私も気になって、あちこちの古書店を探し回りましたが、やはり見つけられませんでした。30年前に自費出版でつくった本で、そもそもの部数が少ないというのが、なかなか出まわらない理由のようです。

仕方なく手に入れるのは諦めて、国会図書館で読みました。そうしたら本当に感動しまして・・・。この本を復刊したい、復刊しなきゃいけないと思いました。その翌日には、居ても立ってもいられなくなって、具体的に動き始めていました。

―― すごいご縁ですね・・・。著者のご遺族とはすぐに連絡がとれたんでしょうか?

島田著者の息子さんが、フリーのCM音楽プロデューサーをされていて、連絡先がインターネットでオープンになっていたんです。「是非復刊したい」とお手紙を書いたら、とても喜んでくださいました。

著者の関口さんの古書店は、私にとって理想的な商売の形です。店とお客さんが絶妙の距離感で関係を保っていて、うらやましいと思いました。まちのパン屋みたいな出版社にしたいとか、好きな書店さんとお付き合いをしていきたい、という話をしましたが、まさにその理想の姿がここにあります。

『レンブラントの帽子』を出してから、2冊目をどうするかはまったく決めていませんでしたが、善行堂さんから素晴らしいご縁をいただいて、本当にありがたく思っています。

―― 本当に素晴らしい本ですよね。著者の関口さんの人となりとか、商売のあり方とか、温かみが伝わってきます。文章の美しさにも、とにかく驚かされました。著者が古書店の店主というので、「文章は多少ぎこちないのかな」などと想像していましたが、とんでもない。「日本語ってこんなにきれいだったんだ」と思わせてくれる、流れるような美しい文章でした。

島田ありがとうございます。この本も、出会ったときから「心中してもいい」と思える本だったので、本の素晴らしさが伝わって、とても嬉しく思っています。
ツイッターでも、読者の皆様から熱い感想をいただいています。なかでも、「こういう本を丁寧に売るために、私たちは付録付きの雑誌を売っている」という書店員さんからのツイートに感動してしまいました。夏葉社ももっともっと頑張らなきゃいけないな、と思っています。

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島田さんの、本と向き合う真摯な姿勢が、しっかと伝わってくる。
それでいて、力みは一切感じられない。

『レンブラントの帽子』も『昔日の客』も、この2冊の本は、間違いなく島田さんだからこそつくることができた本だ。島田さんがいなければ、この本が新しい読者と出会うことはなかったに違いない。

島田さんのインタビュー、次回はいよいよ最終回。
夏葉社のこれからと、島田さんの本屋さんへの思いをたっぷりとお届けします。

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島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)

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