本屋さんと私

全4回にわたってお届けする、今月の「本屋さんと私」。
ノンフィクション作家の石井光太さんにお話を伺っています。

「例えば、僕がこうやって話しているなかでも、何かしらのプライドってあるでしょう。
 あなたのなかにも絶対にそれはある。
 そのプライドみたいなものがすべて浮かび上がって描かれていたり、
 人間をそんなふうに丸裸にしてしまうようなことができるんだったら、
 文章ってどんだけすごいんだろうと思った。
 それが高校生くらいのときだと思います。
 そのときには文章を書く方向に進みたいと思っていました。」

前々回は、明日(27日)発売となる『遺体――震災、津波の果てに』(新潮社)制作の裏側を。前回は、ノンフィクション作家としての出発点、作品化という過程、作家性をつくりあげるまでの道のりについて伺いました。

今回は、作家として必要なこと、作家性の再構築について。
そして、最後にもう一度、現地での取材状況をお聞きしていきます。

(聞き手:松井真平・林萌、文:松井真平)

第64回 常に変わり続けて

2011.10.26更新

現実は裏切る

本屋さんと私 石井光太さん編

『地を這う祈り』(徳間書店)

―― それにしても、石井さんの作品を読むと、本当に衝撃を受ける場面が描かれていたりします。そういった表現は、ある意味、ガチガチに固まった価値観を壊す、といった側面もあるのですか。

石井ガチガチに固まってる人って気持ち悪いですよね。ただ、ガチガチに固まるのって事実を知らないからだと思います。知らないからこそ、観念だけが先走ってガチガチになってしまう。

例えば、「テロリストは悪だ、殺せ」といって戦争を始める政治家がいる。これはテロリストがどういう人か知らないからそう言っているんでしょう。彼らの立場に身を置いて、生い立ちをしっかり考えて、なぜテロリストになったかということをちゃんと知れば、そんなガチガチの考え方で戦争をおっぱじめることで、世界の問題が解決するなんて馬鹿げたことを思い立つわけがない。

―― そうですね。

石井やっぱり、現場の人間と現場から離れた場所にいる人間とでは見ている風景が違います。知らないからこそ、固定観念で考えてしまう。日本を知らない外国人は「日本人女性はみんな大人しくてやさしくてHだ」と思っている。逆にブラジルを知らない日本人は、「ブラジル人は全員サッカーがうまくて、サンバができて、大胆だ」と考えている。そんなわけないのにね。ガチガチの人って、僕は非常にダサイと思いませんか?

―― 勝手に思い込んでしまう部分はありますね。

石井なんでもそうですよね。ただ、ノンフィクションの一番の醍醐味というのは、人の価値観を転覆させるところにあるのも事実ですよね。読んだ人間の価値観が、その本を読んだことで180°変わったらおもしろい。読者だってそれがおもしろいわけですよ。最初に予想したことが覆される経験をしたくて本を読む。

ノンフィクション作家と読者が違うところは、現場を知っているかどうかでしょう。
はじめは作家だってみんなガチガチなんです。僕だってそう。しかし、現場へ行くとまったく違う世界が見えてきて、それを学べる。ノンフィクション作家というのは、それを伝えるこのが仕事なのです。だからこそ、読者はそれを読むことで、ガチガチの考え方が吹き飛び、まったく違う価値観を抱けるようになる。

関係性に目を向ける

―― 以前何かの媒体で、つくりあげた世界とか個性というものを壊して、別の方法を構築しなおすことが作家として大切なことだと書かれていましたが、それは大変な仕事ですよね。

石井力がなければやめたほうがいいですよね。それはそう思いますよ。そんなに簡単なことではありませんから。例えば、雑誌で原稿を載せて連載を勝ち取ろうとしたら、それこそ化物みたいな人たちと戦わなきゃいけないわけですよ。いわゆる大御所と言われる人たちとかね。

そういった人間から原稿枚数を取っていくには、当然パワーは必要なわけであって、でも、だからといって、まともにやったら太刀打ちできないわけですよ。彼らのパワーなんて化物だからね。恐竜と戦うようなもんだから。自分が全速力でやらないと単純に食われて終わり。だから、彼らができないことを彼らの何倍も精力をかけてやらなきゃいけない。

彼らができないことはなんなのか? それを僕が考えたとき、ひとつ、スラムに暮らすことが頭に浮かんだ。例えば立花隆さんに「あんたスラムに暮らしてこい」と言っても暮らせないですよ。昔だったらいざ知らず、今の年齢だったらね。あるいは、「遺体安置所に行って暮らしてこい」と言ったって、できないですよ。

若い人というのは少なくともそうやって自分のできることに全力を注がなくてはいけない。それができないんだったら最初からやらなきゃいいと思います。だって、一緒のことやったら原稿の話は絶対彼らに行きますから。

だけど、もうひとつ、一番やらなきゃいけないことは、さっき言った、自分を壊していくことですよね。例えば、なんで自分を壊していかなきゃいけないのかというと、一回ついた読者はいつか絶対離れていきますから。これは自分の読書体験からしてもそうでしょ。同じ作者の本を一生読んでることなんて絶対ないですからね。そりゃハマるときはありますよ。だけど、ある程度読んだら飽きて他のところに行きますよね。

その書き手が10年20年同じ方法、同じテーマで書き続ける。それはいいことかもしれないけど、「それだったら大学の教授でいいんじゃん」って思いますよね。給料もらいながらひとつのことに専念していたほうが、よっぽどいいですよ。でも、本を書いて生きていくということは、ひとつのテーマを一生かけて追い続けることではないですから。

やっぱり読者あってのことですし、その読者というのは、時代によっても変わるし、その風潮によっても変わっていくものです。書き手としては、自分がいいと思うものをつくる、というのは大前提としてありますが、読者が求めるものを提供していかなくてはいけない側面もある。時代によってもテーマによってもまったく新しい方法論とかテーマに挑まなくてはならないことがあるんです。

本屋さんと私 石井光太さん編

『おかえり、またあえたね ストリートチルドレン・トトのものがたり』(東京書籍)

そうやって意識的に変わっていけるか変われないか、ということはものすごく大きな問題で、少なくともひとつの業界で20年以上生き続けている人間というのは、常に違うことや新しいことをやっていますよね。同じように見えていても違うやり方でやったり、あるいは違う媒体でやったり、違う編集者と仕事をしたり、常に血の入れ替えを、新陳代謝をしています。ことごとく。

やってない人はひとりもいないと思います。それはどんなに狂ってる作家だってやってますよね。それはだから、いろんなふうに、いろんなかたちで、いろんな場面と付き合っていかなきゃいけないわけですから、自分を変えていくということは、僕としては絶対必要なことじゃないかなと思います。

吹雪のなか20リットル×4缶のガソリンを積んで

第63回本屋さんと私 石井光太さん編

『遺体――震災、津波の果てに』(新潮社)

―― 最後にもう少し、石井さんの現地での暮らしをお聞きしてもいいですか? 『遺体』に書いてある遺体安置所での生活とか食料はどうされていたのかなと。

石井最初に現地に行ったときは大変でした(笑)。最初は週刊誌の依頼で取材を始めたので、現地のカメラマンが先に入ってたんですよ。

なので、そのカメラマンと連絡を取ってどう行くのがよいか聞いたら、新潟経由で来るのが一番いいという話だったんですね。そこで、一度、新幹線で東京駅から新潟に行って、新潟でレンタカーを借りて仙台に向かいました。

当時は雪がすごくて、なにも見えないくらいの吹雪のなか蔵王を抜けて、仙台に入りました。一番始めは仙台のホテルを取ってもらって行くんですけど、一番の問題はガソリンなんですよ。現地ではガソリンが4月の頭までストップしていたので、ガソリンの供給ができない。ガソリンを供給しようとすると新潟までまた戻らなくてはいけない。新潟まで大雪のなか行くと、それだけでガソリンを半分使う。つまり往復して終わり。そこで、どうしたかというと、しょうがないから出版社が手配してくれて、ガソリン缶が僕宛に届いたんですね。20リットルのやつが4缶。

―― おお。

石井それが来たとき新潟まで一回取りに行って、そこで全部ガソリンを入れて、車に積んで、再び仙台に向かうんです。すごいですよ。ガソリン20リットル×4缶ですからね(笑)。もし事故を起こしたら大爆発します。爆弾かかえているようなものですから。まさしく『ダイ・ハード』の世界ですよ。

―― 雪も降ってますから。

石井それと、4缶あるうちの2缶がね、レーサー用だったんですよ。日本中のガソリン缶を新聞社、テレビ局が全部買いあさったもんだから、編集者が九州まで探したけど普通のやつは2缶しか集められなかったそうなんです。それで、残りの2つは自衛隊で使うような変なやつなんですよ。それがどれだけ栓を閉めてもなかのガソリンが漏れてくる。ガソリンですよ、ガソリン。

―― へぇ〜。

石井で、漏れるとどうなるかというと、車のなかがガソリンのガスで充満するんです。車まるごとガソリン缶みたいになるわけ。外は、大雪が降ってるので窓を全開にするわけにもいかないし。でも、閉めてると大変なことになる。下手したら車ごと大爆発ですよ。しかたなく窓を半分開けて運転するんだけど、雪が窓からどんどん入ってくる。それで顔半分、メガネ半分が雪だらけになって運転するんです。常に、ガソリンの爆発を気にしながらね(笑)。

―― すごい状況ですね。


次回に続きます)

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石井光太(いしい・こうた)

1977年生まれ。東京都出身。日本大学芸術学部文藝学科卒業。 海外ルポを初めとして、国内外の文化、歴史、医療についての文章を多数執筆。 また、本や映画などについてのコラムや批評も手掛ける。執筆以外では、TVドキュメンタリの製作、写真活動、漫画やラジオ番組のシナリオなども手掛けている。 主な作品に、 『神の棄てた裸体−イスラームの夜を歩く』(新潮社) 『物乞う仏陀』(文藝春秋) 『絶対貧困−世界最貧民の目線』(光文社)、『感染宣告』(講談社)『レンタルチャイルド』(新潮社)。 その他、共著に『ベストエッセー2007 老いたるいたち』(光村図書)などがある。 ペンネームでの著書は多数。

石井光太公式サイト【コウタイズム】

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