本屋さんと私

村上春樹、伊坂幸太郎、荒木飛呂彦、安野モヨコ、木皿泉・・・さまざまなジャンルの第一線で活躍している人から無名の人まで、インタビューをしている木村俊介さん。

木村さんの本のなかで、木村さんご自身は気配を消しています。
丁寧に推敲をかさねた選りすぐりの「声」がぎゅっとつまっていて、その人の言葉が直に響いてくるように思います。

今月の「本屋さんと私」では、木村さんがインタビュアーになった経緯、仕事観を育んだ本や取材相手、最新刊『料理の旅人』などを軸にお話を伺います。

十年以上前から木村さんとお仕事をご一緒している代表三島によると、木村さんは「ライター界のイチロー」だといいます。

木村さんは、いかにして「ライター界のイチロー」になったのか。全3回でお届けします。
1回目の今回は、本好きになった木村さんの少年時代から、「ライター界のイチロー」たる所以を探っていきます。

(聞き手:足立綾子・林萌、文:足立綾子)

第66回 インタビューでは「ほんとうの話」ができる(木村俊介さん編)

2012.04.12更新

一冊の本を五十回以上読むと起こることとは?

―― 小さい頃に読んで、印象に残っている本はありますか?

本屋さんと私 第66回 インタビューでは「ほんとうの話」ができる(木村俊介さん編)

木村いっぱいあります。特に、本をたくさん読むようになったきっかけは、リンカーンの自伝です。リンカーンというのは、ワシントンの伝記を読んで育った人間なんですよ。リンカーンはものすごく貧乏で、ワシントンの伝記しか本がなくて、本の内容を暗記するまで読んでいたそうです。

僕はリンカーンの伝記を五十回以上は読んだと思います。本を一、二回読むおもしろさもあるし、十回読むおもしろさもある。十回読むとその本の世界から物事を見るようになるんですね。その世界とくらべて、前の本のほうがおもしろかったとか、伝記だとその人の目線から世界を見渡すのがおもしろいんです。

五十回ぐらい読むと、なにかおもしろいことが起こるんじゃないか。そう思っていたら、実際に起こったんですね。それは、「書き手が自分に移ってくる」ということでした。書き手の書き方やレトリックの使い方が身につくから、小学生ぐらいだけど、作文の書き方が随分変わってくるわけです。なるほど、本を何回も読むのは、ものすごくおもしろいことなんだなと思った覚えがあります。

―― リンカーンの自伝のほかにも、本好きになった原体験の本はありますか?

本屋さんと私 第66回 インタビューでは「ほんとうの話」ができる(木村俊介さん編)

『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ著、上田真而子・佐藤真理子訳、岩波少年文庫)

木村そのあとに読んでハマったのがミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でした。

物語のなかに出てくる本じたいが、物語に入り込んでお話が展開するんです。岩波書店が最初に出した『はてしない物語』は、装丁が凝っていて、函(はこ)入りのハードカバーで、物語のなかで主人公のバスチアンが手に取った本のように、あかがね色の表紙、函に二匹の蛇がお互いの尾を咬んだ紋章の絵が描かれていて、まさにバスチアンが手にした本は、僕が読んでいるこの本だ! と思うわけです。

ミヒャエル・エンデといえば『モモ』で、『モモ』を読んだ流れで『はてしない物語』を読んだわけですけど、『はてしない物語』は背徳感がものすごくて、すごくよごれた世界が描かれているんですよね。前半は、映画「ネバーエンディングストーリー」の話なんですけど、後半は、もうほんとうに悪というか、バスチアンが心を失っていくんです。

僕は、ジャンプを読んでいるふつうの少年でしたけど、こんなダークな話は読んだことないなーと思って、ものすごくおもしろかったですね。その二冊に小学生の頃、ハマりました。一冊の本を十回、五十回も読んでいる人は、出版業界内にもあまりいないから、取材前から差がつく話だなと、いま、振り返ると思いますね。

新潮文庫の外国文学を「ア」から順番に読む

―― いつぐらいから本屋さん通いされていましたか?

木村小学校四年生ぐらいからです。本屋さんって、いろんな人のいろんな話を知ることができますよね。一日、ひとりに会えるからおもしろい。最初は、伝記やスポーツものを読んでいました。他には、カッパブックス、ゴマブックス、青春出版社とか、「ツボを押すと元気になる」みたいな、ああいうものも好きでしたね。「座禅の方法」「呼吸の仕方」とか。

―― 渋い小学生ですね。

木村中学生ぐらいから、新潮文庫とかを買って小説を読み始めましたね。本格的に本を読み始めたのは、高校生の頃からです。新潮文庫の外国文学を「ア」から「ワ」まで順番に読んでいきました。あれが、めっちゃおもしろかったです。

―― ええーーっ!

木村だんだん読んでいくと、「ト」がきびしくって。トルストイ、ドストエフスキーがいるから。

―― 「ト」の壁があるんですね。

木村そう、急に道が険しくなる。うわ、もうこれやだなーって(笑)。『罪と罰』、『アンナ・カレーニナ』、『復活』とか、中高生が読んでも、めちゃくちゃおもしろい。でも、『戦争と平和』とか『悪霊』は、僕は全然わからなかったですね。

得意の二回読み返す方法を『悪霊』でできたから、『悪霊』はだんだんわかってきたんですけれども、『戦争と平和』はなんにもおもしろくなくて、びっくりしました。僕、トルストイ、すごく好きなのに、初めてわからなくて、捨て置いたり・・・。

だんだん読んでくると、ジャン・クリストフとか『魔の山』みたいに、長ければいいみたいな考えになってきました。物語が長い方が主人公と長く時間が過ごせるから感動できる。自分のいる世界ではないところにいけるので、本当におもしろかったですね。

そのような感じで、プルーストとかを読むようになると、こんな本があるんだなーって、びっくりしちゃいました。『失われた時を求めて』の最終章の「見出された時」が、ほんとうにすごい。プルーストも一回目は『戦争と平和』状態だったんですね。井上究一郎さんの訳が難しかったので、ほかの訳をいろいろ読んで、最終的に最初から最後まで全部含めてひとつの伽藍みたいになっているんだなーとわかったのは、集英社文庫の鈴木道彦さんの翻訳のものでした。その本は、すごく読みましたね。

―― 新潮文庫のシリーズの次は、どんな本を読んでいましたか?

木村新潮文庫の「ト」のすごいところを抜けるとうずうずしてきて、「結局、岩波はすごいんだ」っていうふうになってきて。あれ、中二病ですね(笑)。フッサールとか、岩波文庫、中公世界の名著シリーズ(現、中公クラシックス)に流れていきましたね。

人に比べて本をたくさん読めたのは、通学時間が往復で三時間もあったということもあります。毎日、行き帰りの電車のなかで座れますし、読むのにちょうどよかったんです。

ロールモデルは、弱いインタビュアー

本屋さんと私 第66回 インタビューでは「ほんとうの話」ができる(木村俊介さん編)

カポーティの伝記のリプリント版『Capote: A Biography』。装丁デザインが美しい復刻版の『In Cold Blood(冷血)』

木村自分の仕事観を育てた本というのが、トルーマン・カポーティの伝記『カポーティ』で、この本の存在がものすごく大きいです。『カポーティ』の原著『Capote: A Biography』と『In Cold Blood(冷血)』は、僕がはじめて英語で読み通した本でもあります。今日ここに、なぜ『カポーティ』を持ってこなかったかというと、きたなすぎるからです。

―― ぼろぼろになるまで読んだからですか。

木村『カポーティ』は、たぶん、人生のなかでいちばんたくさん読んだ本ですね。700ページぐらいあるんですが、百回はもちろん超えていると思いますし、何回読んだからわからないぐらいたくさん読みました。

あともうひとつは、『仕事!』や『よい戦争』を書いたスタッズ・ターケルの自伝です。彼は、一生、インタビュアーとして生きた人です。すごく尊敬している年配の編集者の人から、二十代はじめの頃に「きみは、スタッズ・ターケルみたいな人だね」と言われたものですから、さっそく本を読んでみました。彼はテープレコーダーと友だちで、テープレコーダーを使って書くというか、声で書くみたいな人なんです。

本屋さんと私 第66回 インタビューでは「ほんとうの話」ができる(木村俊介さん編)

『スタッズ・ターケル自伝』(スタッズ・ターケル著、金原瑞人・築地誠子・野沢佳織訳、原書房)

スタッズ・ターケルとカポーティのインタビュアーとしてのあり方が、僕とすごく似てるなーと思ったんです。欠点を暴くような強いインタビューが上手な人っていますよね。情報をかためて、最後の1ピースだけを聞きにいくような。でも、彼らはすごく弱いインタビュアーなんです。

取材相手に油断されたり、差別されたりしながら、受け身で受けて、その意味をすごい長い時間をかけて考えるんですね。スタッズ・ターケルは、一生かけてインタビュアーをしているし、カポーティにいたっては、『冷血』をまとめるのに六年もかかっている。話を聞いて、侵蝕されることにすごく上手な、人生がそうなっちゃっているような人。そういう運命みたいなインタビュアーが僕はすごく好きなんです。

取材相手のライフログを集めて、ひとつの時代を照らす

―― 本をたくさん読んでいた頃の木村少年は、その当時、将来、なにになりたかったんですか?

木村それが、なりたいものがなくて。あこがれの職業を書く欄とかがあるときは、ほんとうに困っちゃっていました。

―― たとえば、岩波書店や新潮社で働きたいという気持ちはなかったんですか?

木村「なんで編集者にならなかったんですか?」と編集者の方によくいわれるんですけど、なにも考えてなかったですね。大学一年生のときに立花隆さんのゼミに入って、インタビューをはじめて、いちばん最初に山田太一さんにお話を伺った時に、「あ、僕、インタビュー向いているな」って、向こうの人間的包容力がすごいのに、そう思っちゃって(笑)。

―― なぜ、そう思ったのですか?

木村「これでようやく人とほんとうの話ができるな」と思ったところがありました。学生時代のとき、人とほんとうの話って、なかなかできないなと思っていたんです。わりとかなり近しい人ともほんとうのことは隠す。受け入れやすそうなキャラクターを各々が演じている。みんな、同じ情報をうけて、同じ心理を共有するというのが、僕はすごくいやだなと思っていました。

中学までのんきに暮らしていたんですが、進学校の高校に入ったら塾に行っている人が9割で、みんなが同じ行動をしているなと思ったんですね。その単一さかげんに、みんなが気づいていない。勉強しか取り柄がないのに、ギャグっぽく振る舞う人や遊んでいるふうにしている人がいたりして。でも、遊んでいるっていったって、国道16号線沿いの悪い人たちの遊びとかは、ほんとうにとんでもないですから(笑)。

―― なんとなく想像はつきますね(笑)。

木村みんな同じような環境で育って、たいへん時間をかけて同じ情報を読み込む戦いをしている。でも、一次情報をぜんぜん知らないんですね。僕は独学で、空き時間を自分の好きなように本で勉強しようと思って、塾に行きませんでした。

山田太一さんのお話を伺って、「自分の人生でこんなおもしろい話を聞いたのは初めてだ」と思いました。取材の次の日に山田さんからはがきをいただいて、「ああ、わかった!」って思ったんです。『まんが道』で藤子不二雄が手塚治虫先生にもらったはがきって、こんな感じだったんだって、感動しましたね。

言葉ってすごい不思議なもので抵抗がないから、ほんとうの話だけを積み上げていくと雲の上に乗ったみたいな感じになるんですよ。それと同時に、同じ情報だけではなくて、一応自分が介在しているので、できれば隙をねらって、いままで聞いたことがない話を聞こうと思ってやっていますから、自分の聞いた話がその人のライフログみたいになるんですね。

埴谷雄高さんの本を出したあとの大学三年生の頃に思ったことですが、インタビューというのは、人の過去を聞いていくことですけど、過去を集めたら時代になって、時代を集めたら歴史になる。歴史、時代というのは、ずっと同じ情報を操作している。要するに一次資料じたい、みんな同じで並べ替えとか、見立ての良さというゲームでやっているんだけれど、そうじゃなくて松尾芭蕉とか伊能忠敬みたいな、自分のペースで足で見た時代というのがあるんじゃないのか。

スタッズ・ターケルとカポーティはそれをやっているんですね。彼らの仕事はアメリカを映していて、スタッズ・ターケルは、無名、有名問わずインタビューをしている。僕も無名でも有名でもインタビューした人のライフログをずっと本にして集めていって、ひとつの時代を照らせていけたらいいなぁと思っています。


次週は、「インタビュアーは『過去収集家』」をお届けします。

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木村俊介(きむら・しゅんすけ)

インタビュアー。1977年、東京生まれ。
糸井重里事務所に約7年間在籍し、「ほぼ日刊イトイ新聞」で取材・対談記事の執筆や、同サイトが運営するメールマガジンの編集などに携わる。その後、フリーのインタビュアーに。

4月2日からスタートするNHKのインターネットニュースと連動した新しいタイプのニュース番組「NEWS WEB 24」の金曜日のネットナビゲーターを務める。

著書に『料理の旅人』(リトルモア)、『物語論』(講談社現代新書)、『仕事の話』(文藝春秋)、『変人――埴谷雄高の肖像』(文春文庫)、聞き書きに『調理場という戦場』(斉須政雄/幻冬舎文庫)、『芸術起業論』(村上隆/幻冬舎)、単行本構成に『海馬』(池谷裕二・糸井重里/新潮文庫)、『ピーコ伝』(ピーコ/文春文庫PLUS)、『イチロー262のメッセージ』シリーズ(ぴあ)など。ミシマ社の単行本構成に『やる気! 攻略本』(金井壽宏)、『脱「ひとり勝ち」文明論』(清水浩)がある。

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