本屋さんと私

前回は、インタビュアー・木村俊介さんの原点ともいえる少年時代や学生時代の読書体験、また、仕事をするうえで、ロールモデルとしている先人たちのお話を中心に伺いました。

全3回目のうち2回目の今回は、木村さんの第一作目『変人――埴谷雄高の肖像』のエピソードからスタートします。

(聞き手:足立綾子・林萌、文:足立綾子)

第67回 インタビュアーは「過去収集家」

2012.04.19更新

歴史はほとんど消えてしまう

本屋さんと私 第67回 インタビュアーは「過去収集家」

『変人――埴谷雄高の肖像』(木村俊介、文春文庫)

―― 埴谷雄高さんにゆかりのある方々に木村さんがインタビューした『変人――埴谷雄高の肖像』を読むと、埴谷さんの人物像が多面的にわかるだけではなくて、埴谷さんに加えて、鶴見俊輔さんやほかの方にも自然に興味が湧いてきました。

この本のなかで、「インタビューする際に、取材相手がものを書く人の場合は、その人が書いたものを事前に可能なかぎり入手して読んでから行くように」という立花さんの教えを忠実に守って、本多秋五さんの全集を全部読んで取材に臨まれたことが書かれていますね。

木村立花隆さんがすごく本を読むんですけど、学生は暇だから、立花さんよりも本を読まなくてはと思いました。調布市立中央図書館で本多秋五さんの全集を読んだのですが、全集って、だいたい中央図書館の書庫に入っているんですよ。

―― 図書館で検索すると「書庫にあり」って出てくる本ってありますね。

木村全集の全16巻のうち、1巻目ぐらい、誰かが読んでいてもいいじゃないですか。でも、1巻目を開くと、パリッていって。「あれ? これ、新品だ! 図書館の人も含めて、僕が最初に開いた!」と思って。本のなかが全然日焼けしていなくて、付録も全部残っていて、他の巻もパリッだらけでした(笑)。

全集って、注釈がいっぱいついていたり、付録やそのときの論争なども収録されているんですね。埴谷さんの時代って、僕の曽祖父ぐらいのちょっと前の年代だから、その当時、重要とされていた論争が無に帰しているんです。戦争に関係すること以外は捨てられているんだけど、結構おもしろい話がいっぱいある。小説家まわりのことでいうと、その当時、重要とされていた人の顔ぶれもどんどん変わってきていました。

一次資料にあたると、その時代の空気感がよくわかりますね。当事者が生きていらっしゃれば、亡くなる寸前にお話を聞くことはできるけれども、ほとんどの歴史が消えるんだなと思いました。でも、逆に僕らがやることがあって、いま、こうやってしゃべっていることだけでも現代史のひとつだと思うんですよね。いま、マイノリティとかメジャーとか、わかりにくくなっている時代ですけど、だからこそ、一個一個を並列に並べるというのがおもしろいと思います。

インタビューとは、一次情報になっている不思議な媒体

第67回 インタビュアーは「過去収集家」

木村たとえ日本語でやっていても、固有名詞の書き方を工夫すれば、外国人の方に対して伝わり方が変わってくると思うんです。そのように留学していたときに感じました。英語もできた方がいいと思って、埴谷さんの本を出した一週間後にオーストラリアに一年度ぶんくらい留学したんです。でも、僕の英語力って、読むことはできても、しゃべるのがだめで、英語でインタビューとか、できやしないんですね。ものすごい挫折でした。

留学中にわかったのは、日本というのは、ほんとうに知られていないということでした。日本の本を英語に翻訳したものでも、固有名詞がわかっているものとして提示されているから、難しいんですね。「日本の小説について知りたいと思っているが、発掘できようもないかたちで書いてあるから、残念ながらおもしろくない。もっと言葉をひらいてほしい」と日本語学科の教授に言われました。

そのとき、なるほど、固有名詞の処理の仕方さえまちがわなければ、言いたいことが伝わりやすくなるんだと思いました。ノンフィクションの世界も特にそうですよね。すばらしい仕事がいっぱいあるけど、同時代の前提とするものが多すぎるから、なかなか難しい。そういう意味で単一の言葉というのは、シンプルにならざるをえないと思います。

―― 作家、漫画家、料理人、研究者などの方々をインタビューされている木村さんの本が翻訳されたら、そのまま世界に日本のさまざまな文化が伝わりますね。

本屋さんと私 第67回 インタビュアーは「過去収集家」

『物語論』(木村俊介、講談社現代新書)

木村『物語論』のなかで、弘兼憲史さんが、「漫画の良さって『読みやすさ』『わかりやすさ』なんですよ」とおっしゃっていました。漫画って小説よりも簡単じゃないですか。インタビューって評論よりも簡単だと思うんですね。インタビューって、わかりやすい翻訳にもなっているし、しかも一次情報にもなっている不思議な媒体なんじゃないかなと思います。

―― 木村さんの本は、まさに一次情報なんですよね。ある人の言葉をまとめた本というもののなかには、まとめた方の解釈が入っていて、違和感をおぼえる場合もあるのですが、木村さんの本にはそれがないんですよね。

木村それはうれしいですね。僕、インタビューする相手を「ここ」に、僕の隣に連れてきたいんですよね。僕も聞き手だから、読者も僕と立場は同じだと思うんですよね。

本屋さんと私 第67回 インタビュアーは「過去収集家」

『仕事の話――日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」』(木村俊介、文藝春秋)

―― 文字の力を信じているというか、本もお好きですし、取材相手とのコミュニケーションなど、すべて含めて編み込んだ言葉なんだと思いました。取材相手のキャラクターが自然と立ち現われてくる書き方をされていますよね。たとえば、『仕事の話』のなかでいうと、料理人の北島素幸さんのやんちゃなお人柄だとか、渋滞学者の西成活裕さんも、どういう方なんだろうととても興味を持ちました。

木村西成さんが博士課程の頃、二層式の洗濯機を使ってお風呂に入っていたというエピソード、僕、ものすごく好きなんですよ。

――ご苦労を経て、渋滞学という新しい学問のジャンルを築いたこの方は、どういう佇まいの方なんだろうって気になったんですよね。『仕事の話』には、まったく写真を入れていないけれど、この方がどういう風貌をされているのか、いま、どういうことをされているのかをネットでつい検索して、調べてしまったんですよね。

木村読者にそうしてほしかったんですよね。文字が好きなんです。文字とか言葉とか単一で登っていく。音楽でいうと、アコギだけで演奏するみたいに豪華じゃないけれど、そういう楽しみ方があるかもしれないなと思っています。

情報のチャンネルを減らす

―― よく行かれる本屋さんってありますか?

木村昔は、紀伊國屋書店のカバーが好きで、「ザ・カバー」というか、紀伊國屋書店で買うと大人になったような感じがしました。大学から渋谷まで歩いて、紀伊國屋書店渋谷店へ行ったり。あとは、当時あったブックファースト渋谷店も品揃えがいいだけじゃなく、コンパクトにまとまっていて、好きでしたね。有隣堂も文庫本のカバーが好きですね。

―― ブックカバーの色が選べたりしますものね。

木村そうそう。有隣堂は時代によってカバーのデザインを変えていて、昔の復刻版を出したりとか。

―― 象のイラストのあゆみブックスのブックカバー、どう思いますか?

木村たいへんすばらしいと思います。あゆみブックス田町店は、入口のところに、書店員さんが気に入った本を並べるところがあって、いいお店ですね。心から応援したいジュンク堂書店新宿店が閉店したのは、本当に残念でしたね。僕、クレジットカードがこわいので、アマゾンは使っていないんですよ。

―― えー、そうなんですか。

木村なので、本はすべて本屋さんでしか買ったことがないんです。最近の好きなのは、丸善丸の内本店ですね。本の通好みの人から、「ちょっとどうなの?」っていわれるのは知っています。東京堂書店の方が棚の編集を感じさせるから、そちらにも行きたいのはやまやまなんですけれども、そうはいっても、大書店が好きなんですね。

―― それは、見たい本が全部見られるからですか?

木村そうですね。大きな本屋さんって、人が多くて疲れるんだけど、きらいじゃない。むしろ疲れたい(笑)。本屋さんで疲れるのが好きなんです。

―― どれぐらいのスパンで本屋さんに行きますか?

木村学生のときは、一週間に一回ぐらいでしたけど、社会人になってからは毎日ですね。どこかに買い物に行っても、本屋さんは必ずありますから。この2年ぐらい、月刊『文藝春秋』の「『新書』に聞く」というコーナーで著者インタビューをしているんですけど、新書って、結構おもしろい分野で、文庫と同じくらい、棚が変わるのが早いんです。なので、日頃から棚を見ていないとわからなくなるんですね。

新書は、弱小出版社とか大手出版社とかある程度関係なく戦える稀有な媒体だと思います。ここ2、3年、新書の棚には会いたい人を探すために見に行っていますね。

―― 本と同じくらい、テレビ、ラジオ、インターネットなどをチェックされていますか?

第67回 インタビュアーは「過去収集家」

『戦争報道』(武田徹、筑摩書房)

木村いやー、そんなことないですよ。ジャーナリストの武田徹さんが『戦争報道』という新書を出されたときにインタビューさせていただいたんですけれども、そのときに「知ることは、仲間になってしまうことである」とおっしゃっていたんですよね。これはすごくおもしろい話で、たとえば、ツイッターなどもそうだと思いますが、同じ情報を見ていると、実は知らないうちに考え方まで洗脳されているところがあると思いませんか?

―― たしかに、そう思うこともありますね。

木村ちょっと注意しないと、と思うんですよね。情報を見るのも自分の責任ですし。そういう意味で申し訳ないんだけれども、チャンネルを減らしています。自分の知っている本の世界は、随分たくさんの工程を経て、正式にかたちになっているから、一行のなかにも厚みのある記述があるはずと思っていますね。

テレビのない生活をしていますし、情報がちょっと偏っているかもしれませんね。でも、ラジオは好きだったんです。ラジオって声の媒体で、一対一の話ができるから好きだったんだなーって、あとからわかりましたけど。「ほぼ日」でメルマガの仕事をしたときもラジオのコーナーみたいなかんじでやっていましたね。

―― 本やラジオのように、受け手の想像の余地が広いものがお好きなんでしょうね。

木村そうですね。

『料理の旅人』は、団塊世代の中卒・高卒者の現代史でもある

―― いろいろなジャンルの方にインタビューをされていますが、その人選は木村さんがされているのですか?

木村そうじゃない場合も結構ありますね。週刊誌だと80万部くらい発行しているので、ある程度知られている人ではないと困るという場合があるので、もちろん自分も候補者を出すのですが、編集部の方からも出して、たくさんの人数のなかから選んでいくというやり方でしたね。「『新書』に聞く」では、自分が会いたい人を挙げたなかから、編集部に選んでもらうスタイルでした。

単発でいただくお仕事では、基本的には取材相手が決まっていて、そちらの方が主流だとは思います。その人それぞれのライフログを集めている「過去収集家」としては、タイムカプセルを集めているような感じで、自発的に選んだ方も、そうではない方も、おもしろい人ならインタビューしたいと思っています。

―― 「過去収集家」って、いい言葉ですね。

木村いま、朝日新聞「be」で、無名の未婚の男性に取材する「結婚未満」という連載をしていますが、それは、ぜんぶ自分の好きな人に会いにいっていますね。

第67回 インタビュアーは「過去収集家」

『料理の旅人』(木村俊介、リトルモア)

―― 最新刊の『料理の旅人』のなかで、インタビューされている方も編集部と一緒に人選されたのですか?

木村半々ぐらいですね。『料理の旅人』は、柴田書店が出している「専門料理」という雑誌の連載をもとにした本です。日本の料理革命の端緒は60年代、70年代にあるから、いま、いわゆるグランシェフ(総料理長)といわれている人たちの体験談を聞きたいと思ったんですね。

―― 本文中に出てくる料理人の方々の言葉もさることながら、注釈に出てくる方々の言葉も心に響くものが多いですね。注釈の方々のお話も本編にきっと入れたかったんだろうなと思いました。

木村めちゃくちゃ入れたかったですが、今回は難しかったですね。ポリシーとしては、料理評論家や歴史家っていっぱいいるんだけれども、「本人たちだけのかたりによる本人たちの料理史」というものをつくりたかったんです。料理研究家はみなさん叙述家でもあるからそういうことをやっているんだけれども、料理人は意外とやっていないんですね。

―― 料理研究家の方のエッセイはすごくたくさんありますけど、『料理の旅人』を読むと、料理人の方は早朝に食材の仕入れをして、深夜まで翌日の仕込みをしていて、落ち着いて文章を書くような時間はほんとうにないんだなと思いました。

木村料理研究家の方は、文章が上手ですよね。見立ても含めてだから、論理の人たちなんですよね。料理人は、肉体の人たちなんです。コンパクトな本ではあるんですけれど、そうはいっても、注釈とかに意外と時間がかかっている感じが伝わったらうれしいなと思います。

―― 注釈って、ふつうは本文の補足的な扱いが多いなかで、『料理の旅人』では、注釈だけではもったいないエピソードがとても多くて、ひとつの大切なパートとして存在していますよね。

本屋さんと私 木村俊介さん

『調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』(斉須政雄、幻冬舎文庫)

木村僕、料理人の声がとても好きなんです。斉須政雄さんの『調理場という戦場』という本をつくらせていただいたときに、おもしろいなーと思ったんですね。その本をつくっているとき、毎週2、3回のペースで半年ぐらいのあいだ、斉須さんの話を聞きに行っていました。聞いたことを次の日にまとめて、それを渡しに行って、その翌々日に、ここはこうでと斉須さんに直していただいて、また話を聞いて・・・といったやり取りを繰り返しました。

原稿を縮めては、ちょっと増やしてというふうに年輪のようにつくっていった本ははじめてで、でも、そういう速度ではないと出てこなかった味というものがあるんだなと思いました。しゃべり自体はあまり上手ではないんだけれども、考え方や行動がおもしろい人というのはいっぱいいるんですよ。だから、こっちの受け側の問題で、効率よくやってしまうと、おもしろくない人になっちゃうんですが、うそじゃない熱さって、どこかにあるんですね。

自分の親の団塊世代の人たちって、すごく人数も多くて、声も大きいから、自分の同時代史っていっぱい語っているんです。でも、ほとんどが少数派の大卒の人たちの時代の声なんですね。彼ら、料理人の声は消されているんです。

2000年代以降、彼らと同世代のふつうのサラリーマンが社長になるかぐらいの時期に、ようやく花開いているから、彼らの積み上げてきたものが、まだ歴史に残されていない。いま、日本が誇る食文化をつくったのはこの人たちで、見習いの頃からいままで、ずっと動いていることを伝えたいですね。

これは自分の父親の年代の中卒者、高卒者の現代史だと思っています。出典がないと現代史になりにくいから、「料理」って添えましたけど、一応歴史ものになるといいなと思っています。

―― 海外修業をして帰国し、バブルの時代を経て、そして、いまはどうなのかというところや、料理人の方が体当たりで経験して培った知恵や境地が丁寧に描かれているので、「現代史」を意識されたというのもなるほどなと思いました。

たくさん読めて、たくさん余地のある本をめざす

―― 木村さんの本を読んで、どの本もこれという強い道が一本あるんじゃなくて、いろいろな道があるんですよって提示してくださっているのではないかなと感じました。『料理の旅人』を例に挙げると、海外修業を経た料理人たちのパートが多いけれども、「時代とともに話題の店が出ては消える状況を定点観測してきたようなもの」という日本料理の野崎洋光さんもほかの料理人との比較ができるように入っていますよね。

また、食材業者、生産者、料理店支配人などの料理人の周辺の方々の言葉が注釈に入ることで、あるひとつの時代の料理界をめぐる全体像が立体的にわかったような気がしました。そのあたりが読者さんに対して、とても親切だなと感じました。

木村たくさん回数が読める本が好きなんですよね。一回しか読まなくても、たくさん余地がありそうな本ってあるじゃないですか。それをめざしていますね。

―― 木村さんの文章のスタイルも今後いろいろと変化していくとは思うんですが、『料理の旅人』を読んで、この本文と多めの注釈というスタイルが、ひとつの完成形なんじゃないかと思ったのですが、いかがですか?

木村うれしいですね。いまの日本のなかでも、世界のなかでも、こういう文章のスタイルというのは、少数派なんですね。こういうまとめ方というのは、若いかけだしのときに、やるものです。取材対象者の力で、ぐっともっていけるもの。要するに誰が読んでもおもしろい、有名な人をまとめるときにやる手法なんですね。

地の文がいっぱい続くもののおもしろさもいいんですけど、地の文が続かない、全部その人だけの言葉でまとめられたものの方が、その人に魅力を感じてインタビューを目的に買っている人にとっては、うれしいのではないかと思うんですよね。

そして、若手のライターや編集部がまとめたものではなくて、取材対象者の声だけでまとめることを専門にやっているインタビュアーがすごく丁寧に仕事をしたら、ちょっとした重しや信頼感が出てくる。そういうインタビュアーの目線でみた世界、集めた声をまとめたら、結構豪華ですし、贅沢だなって思うんです。いまの出版環境でそのようなことをやらせてもらっているだけで、贅沢だと思っているんですけど、やれるうちはそうしたいですね。


次週は、「インタビューは、その時代がわかる和歌のようなもの」をお届けします。

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木村俊介(きむら・しゅんすけ)

インタビュアー。1977年、東京生まれ。
糸井重里事務所に約7年間在籍し、「ほぼ日刊イトイ新聞」で取材・対談記事の執筆や、同サイトが運営するメールマガジンの編集などに携わる。その後、フリーのインタビュアーに。

4月2日からスタートするNHKのインターネットニュースと連動した新しいタイプのニュース番組「NEWS WEB 24」の金曜日のネットナビゲーターを務める。

著書に『料理の旅人』(リトルモア)、『物語論』(講談社現代新書)、『仕事の話』(文藝春秋)、『変人――埴谷雄高の肖像』(文春文庫)、聞き書きに『調理場という戦場』(斉須政雄/幻冬舎文庫)、『芸術起業論』(村上隆/幻冬舎)、単行本構成に『海馬』(池谷裕二・糸井重里/新潮文庫)、『ピーコ伝』(ピーコ/文春文庫PLUS)、『イチロー262のメッセージ』シリーズ(ぴあ)など。ミシマ社の単行本構成に『やる気! 攻略本』(金井壽宏)、『脱「ひとり勝ち」文明論』(清水浩)がある。

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