本屋さんと私

昨年12月9日、ミシマ社の本屋さんにて行われた「第5回寺子屋ミシマ社」のゲストは、紀伊國屋書店梅田本店の仕入課・課長、百々典孝(どど・のりたか)さん。
ミシマ社社員はもちろん、京都オフィスにいる仕掛け屋ジュニアたちもみんな大好きな書店員さんです。
というのも、百々さんが本をオススメすると、なぜだかどうしても読みたくなる! なぜか本屋さんに走ってしまう! そんな魔法を使う書店員さんなのです。
そんな百々さんの本の話を多くの人にも聞いてもらいたい、という思いから「2012年 百々大賞」を決めていただくことになりました!

今回の「本屋さんと私」は、そんな百々さんの本と本屋の話が満載の「第5回寺子屋ミシマ社」の様子を3回に分けてレポートいたします。

(聞き手:三島邦弘、文:新谷有里)

第72回 第5回寺子屋ミシマ社番外編 今日は、百々ナイト!(百々典孝さん編)

2013.02.07更新

本屋って、お客さんの好奇心を、そして街の文化を変えてゆくんです

第72回 第5回寺子屋ミシマ社番外編 今日は、百々ナイト!(百々典孝さん編)

百々どうもこんにちは。紀伊國屋書店梅田本店の百々典孝(どどのりたか)です。

ミシマ百々さんは、僕が最も尊敬する書店員さんで、百々さんにみなさんの前で本の話をしてほしいというのが僕の念願でした。だから今日は、とても楽しみにしています。

百々ありがとうございます。

ミシマ百々さん、最近、紀伊國屋書店梅田本店でごっつ推してた本ありましたよね、これですよ、これ。中沢新一先生の『大阪アースダイバー』!
 あのときの展開、目を疑いましたよ。

百々ふふふ。

ミシマ紀伊國屋書店梅田本店を入ってすぐ、っていう超一等地に、ただひたすらこの本だけが広がっているんです。いや、本当にびっくりしたなあ。

百々しかも、1カ月間もね。たしか、5、60面置いたかなあ。

ミシマ5、60面!?

百々この本の売り方に関しては、部下たちに「今まで見たことないやり方でやれ!」という指令を出していました。例えばこの本が、本屋さんの空中を舞ってるくらいの・・・。

一同(笑)

百々「ええ、そんな本屋見たことないわ〜」ってみんなが思うようなことを考えてくれと。で、入ってすぐのところに5、60面ばーっと、ね。あの一等地にだだっ広くこの本のみ!

ミシマはああ。

第72回 第5回寺子屋ミシマ社番外編 今日は、百々ナイト!(百々典孝さん編)

百々この本は中沢新一先生のシリーズ第二弾で、『大阪アースダイバー』の前に、東京について書かれた『アースダイバー』という本が出版されています。新宿本店での『アースダイバー』のひと月の売上が、300冊でした。

でもね、僕、中沢先生の知性が、たった300冊だけで良かったんかなあ、と思ったんです。だからね、普通なら前のが東京で300やったら400くらい仕入れるんですけど、これ1000冊注文しまして・・・誰にも内緒で(笑)。

ミシマええええ!?

百々店長にも内緒で。

ミシマそ、そんなこと可能なんですか!?

百々こっそり。(笑顔)

ミシマいや、「こっそり」の意味がわからない(笑)。

百々この『大阪アースダイバー』は「大阪」ってついてるし、まさにこの地域の本でしょ。そしてなにより、これは、お客さんに知の好奇心のスイッチを入れられる一冊だと思うんですよ。
    
ミシマその通りです。

百々で、おかげさまでひと月の売上は800(冊)・・・。

ミシマえええ! すごい! それは、すごいなあ。

百々書店って、こんなふうに提案していくことで、お客さんの好奇心を変えられると思うんです。その一人ひとりの好奇心が変わっていけば、それが輪になってその街の文化も変わってゆく。そういうことを発信できるのが本屋という場所かなあと思っています。だから、この『大阪アースダイバー』のおかげで、大阪について深い意識を持った人が800人くらいは、増えたなあって思ってるんですよね。

ミシマいや、間違いなくそうだと思いますよ。いや、素晴らしいです。

そんなんなかった時代に、「僕の本棚」ってのつくりましたからね。

ミシマ百々さんはいま、紀伊國屋書店梅田本店の仕入課長をなさってますよね。

百々僕、「仕入課長」ってなりたくなかったんですけどねえ。だって、怒られることはあっても、褒められることはないじゃないですか。500仕入れて500売りました! って言っても、「あ! おめでとうございます!」とは言われないでしょ?

ミシマはははは。絶対言われないですねえ(笑)。

百々でも、500仕入れて50しか売れませんでした、やったら「お前あほか!」って言われる。

ミシマそういうポジションなんですよね、仕入れの責任の一切を負うっていう。
百々さんは、書店員になられてどのくらい経つんですか?

百々いまは書店員になって21年かな。本が好きで本屋さんになったんですが、一番初めは、いまと同じ紀伊國屋書店梅田本店で2年ほど文房具をみていました。でも、「百々は使えん!」ということで、場所を点々としまして。

ミシマそうなんですか!?

百々いや、たぶん、そうじゃないかなと思う。はじめの異動は北海道の札幌本店です。札幌テレビ塔の向かいの地域一番店。そこのビジネス書と新刊を一緒に見てくれって言われて。いやいや、僕、文房具しかやったことないのに、って。

一同(笑)

百々で、そこで面白いほど売上落とさしまして。

ミシマ落ちたんですね。

百々むっちゃ落ちましたよ。びっくりしました。この一冊がこの棚にないとあかん! っていうのを知らなくて、ことごとく置かずにいたらね。

ミシマああ、定番の本とかを置いてなかったりしたってことですね。

百々うん。そう。棚の見た目はめっちゃ綺麗なんやけどねえ。ぴちっと、ばっちし! でも、そういう定番ものがないとね。だって、30%くらい落としましたからね。

ミシマえええ! そんなことって起こるんですか。面白いなあ。

百々そこから、サッポロファクトリーという、サッポロビール工場跡にある施設の店に異動して、今度は、雑誌と文学と文庫を担当します。

ミシマ幅広い(笑)。

百々結構場所の面積も広い店やったんやけどねえ。お客さんがね、ちょっと少なかった。お客さんはいない、本の数も少ない、でも広さは300坪くらいある。だからね、結構好き放題置けたんです。置き方をすごく考えてね。ひとつの台に同じ本を2冊、ナナメにどーん! どーん! と置くだけ、とか。

ミシマす、すごい置き方ですね(笑)。

百々でも、そんときは、多面展開っていうのが、まだ本屋さんでやってもいいのかどうか微妙な時代でした。
昔、本屋さんって、いい本も悪い本もみんな一面ずつやったでしょう?

ミシマあっ、そうなんですよね。いま多面展開って本屋さんで当たり前ですけど、昔全然当たり前じゃなかったんですよ!

百々というか、むしろやったらダメでしたね。本はお客さんが選ぶもんやから、僕ら本屋さんがお客さんに「これはいい本です!」なんてゴリ押しすんのは美しくないとされていました。そんな時代に、「僕の本棚」っていうのをつくりましたから(笑)。あれは当時ものっそい(もの凄い)社内でも怒られてしまいましたけど。

第72回 第5回寺子屋ミシマ社番外編 今日は、百々ナイト!(百々典孝さん編)

ミシマ(爆笑)

百々雑誌と文学と文庫を担当してるから、そのなかから選んで「僕の本棚」に好きに本を並べていくんですよ。

『シートン動物記』から、『利己的な遺伝子』までいく棚! とか。この作家さんのデビューからいままで! とか。

ミシマいま見たらそれ、かなり気になりますけどねえ。

百々で、またまた売上落ちて。

ミシマ(笑)。また落ちたんですか。

百々まあ、あれはさすがに僕も遊びすぎましたよね(笑)。
で、次に千歳空港店に行って、結局7、8年北海道にいたんですけど、大阪に戻りました。一旦は梅田本店で少し働いてから、大阪の本町店になります。

第72回 第5回寺子屋ミシマ社番外編 今日は、百々ナイト!(百々典孝さん編)

ミシマ僕が初めて百々さんと出会ったのは、そのときです。

百々そうか、そうやったなあ。本町店はビジネス街にあって、大体のお客さんは800m圏内くらいからやってきてたと思うんですよ。

だから、お客さんの顔や生活が見えていました。そこでようやく、店づくりを形にできるようになったなという気がします。で、またそこで7、8年働いてから、いま梅田本店に戻ってきています。


(本屋さんにある、本屋さんからのオススメやポップって昔はなかったのか!! でもそ
んな時代につくられた百々さんの「僕の本棚」。当時のお客さんはどう見てたんだろう・・・。
さて、次回はそんな本屋への熱ーい思いを持つ百々さんが、小学生時代に体験した強烈な
本屋さんとの出会いのお話です。)

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百々典孝(どど・のりたか)

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