本屋さんと私

ミャンマー(ビルマ)難民の研究をしていた大学院生女子が、ある日突然、原因不明の難病を発症。自らが「難民」となり、日本社会をサバイブする・・・。『困ってるひと』をはじめて読んだとき、そのあまりに命がけの過酷な状況、貫かれているユーモア、物語としてのおもしろさ、そしてなによりも、全身全霊で書かれた文章の迫力に、圧倒されました。

今年4月からは、明治学院大学大学院にて、難病政策の研究も開始され、「人類は、難病人、作家、研究者、三位一体のわらじをはたしてはけるのか・・・という壁にぶちあたっています」とどこまでもパワフルな大野さんに、本と本屋さんのお話をうかがいました。

第2回目の今回は、現在の大野さんを形成したといっても過言ではない、高校時代の思い出の本屋さんのお話です。

(聞き手、文、写真:星野友里)

第80回 アフロで金髪の女子高生、魯迅を読む

2013.05.14更新

世界の入口、「東北書店」

大野郡山市にある県立高校に通うようになって、今はもうなくなってしまったんですけど、駅前に「東北書店」という本屋さんがあったんです。その書店が、私にとっての世界の入り口のようなところでした。

 田舎の本屋さんなのに、受験の赤本もちゃんと東京大学までおいてあるし、絶対誰も買わないと思うんですけど、カントとかフーコーとか、難しそうな雑誌とか業界誌とか、自分は全く知らない領域の本が狭い店内にダーっと置いてあるんですね。3階建てで、1階は一般書もちゃんと置いてました。

――その本屋さんにはかなりの頻度で通われていたのですか?

大野私は合唱部に入っていたのですが、全国大会で毎回トップをとらないといけないという、やや極端な部活動だったんです。その高校の部活動の予算の大部分を合唱部が消化していたので当時はプレッシャーでした。全国大会で銀賞を取ると「今回は、残念だったね」といわれる(笑)。

――すごい練習量だったのでしょうね。

本屋さんと私 第80回 アフロで金髪の女子高生、魯迅を読む

大野毎日朝5時くらいに起きて7時に高校に到着するのが日課でした。朝練からはじまって、授業が終わった後は夜練、さらにその後に残って受験勉強していました。夜9時くらいまで校舎にいて、家に帰り着くのは11時過ぎることも多かった。週1回くらいは夜7時~8時くらい、ちょっと早めに切り上げて帰った。その週1回の「早引き」の帰り道に、東北書店に寄っていました。

高校と駅と東北書店はこんな感じの位置関係になっていて、この単純な構造の中をめいいっぱい生きた高校時代でしたね(笑)。


今の自分を形成したもの

――そのころはどんな本を読まれていましたか?

大野私が通っていた県立高校では、高校の先生が受験勉強の個人指導してくれるというシステムだったんです。女子高だったので、クラスの授業の時には評判が悪いというか、女子高生から「キモーイ」とか散々ひどいことを言われている現代文や世界史の先生たちが、個別指導になるとすごく面白い話を教えてくれた。

たとえばね、こんなことがありました。ある先生がふいにポツっと「ところで大野さん、こういう本を読んでみるといいんじゃないかな」と、いうんですね。それが岩波文庫の古い中国の小説だった。今でもはっきり覚えてますよ、『駱駝祥子(ラクダのシアンツ)』。そして魯迅の『阿Q正伝』。こんな本、生徒にすすめていいのかな、という感じでちょっと申しわけなさそうにいうんです。

――大野さんなら興味をもってくれると思ったのでしょうね。

本屋さんと私 第80回 アフロで金髪の女子高生、魯迅を読む

『阿Q正伝』(魯迅、増田渉訳、角川文庫)

大野この子ならわかってくれるかもしれないという、ほろ苦いせつない心をこめていっているんだな、というのを高校生ながらに理解して、「わかりました、読んでみます」と素直に返答していましたね。帰り道に東北書店にいって、店長さんに「魯迅の『阿Q正伝』という本はありますか?」ときくと、そこでまた「おお!」と嬉しそうな顔をされるんですね。こんなアフロで金髪(当時)の女子高生が、うちの書架で煤に埋もれている本を読むのか、という感じで(笑)。

――なんだかすごく素敵な高校時代ですね。そこに大野さんを形成する何かがありましたよね。

大野それは何かしら、あったとは思いますね。


書店員さんには公共的な役割がある

大野東北書店は私が上京したあとになくなっちゃったんです。そのあとは郊外に大きい書店ができたんですが、高校生が学校の帰り道に気軽に行ける場所じゃなくなっちゃったんですよね。親に車で連れて行ってもらわないと、アクセスできなくなった。

――本屋さんがなくなってしまうのはほんとうに悲しいです。

大野私は異様な熱意がある人たちとか、損得勘定はないわけじゃないけど、でそれが「いい」と思ったらとにかく突っ走ってやってしまう人たちが好きなのですが、本屋さんにもそういうものを感じますよ。書店員さんは、単なる会社のサラリーマン、販売員じゃないと思う。地域の人々に、知識や情報を提供するという公共的な役割があるんですよね。

 東北書店の店長の親父は、あのときに魯迅を買った娘が今こんなふうにしているとは全く知らないと思うんですがあの人がいなかったら今の自分はなかった。そういう、人の人生を左右するすごく大事な仕事なんです、ということを書店員の方々に厚かましくも伝えたい。自分の本を売ってほしいというのとは、やや別の次元の話ですが。



*次回は、メディアとしての本と本屋さんのお話です。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

大野更紗(おおの・さらさ)

1984年福島県生まれ。作家。
2008年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。
ビルマ(ミャンマー)難民支援や民主化運動に関心を抱き大学院に進学後、自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎、筋膜炎脂肪織炎症候群)を発症。
その体験を綴ったデビュー作『困ってるひと』(ポプラ社)がベストセラーになる。
2012年、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。
2013年4月より、明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期課程にて研究を再開。都内で闘病・在宅生活をしながら、執筆も続けている。
『困ってるひと』発刊以降に書きためたエッセイや対談を編集再構成した最新刊『さらさらさん』(ポプラ社)が好評発売中!
Blog:http://wsary.blogspot.com/
Twitterアカウント:@wsary

バックナンバー