本屋さんと私

ミャンマー(ビルマ)難民の研究をしていた大学院生女子が、ある日突然、原因不明の難病を発症。自らが「難民」となり、日本社会をサバイブする・・・。『困ってるひと』をはじめて読んだとき、そのあまりに命がけの過酷な状況、貫かれているユーモア、物語としてのおもしろさ、そしてなによりも、全身全霊で書かれた文章の迫力に、圧倒されました。

今年4月からは、明治学院大学大学院にて、難病政策の研究も開始され、「人類は、難病人、作家、研究者、三位一体のわらじをはたしてはけるのか・・・という壁にぶちあたっています」とどこまでもパワフルな大野さんに、本と本屋さんのお話をうかがいました。

最終回の今回は、大学時代を振り返りながら語っていただいた、やぶれかぶれ読書のすすめ、をお送りします。

第82回 やぶれかぶれ読書のすすめ

2013.05.16更新

本の顔が変わる

――『さらさらさん』のなかで、大野さんがフィールドワークをされている実感として、若い世代が本を読まなくなっていると書かれていますが、そのように感じますか?

大野単純に「読まなくなっている」わけじゃないんです。たぶん、冊数としてはそれなりに沢山読んでいる。少し変な言い方ですけど、「武器になるような」本を読む。成果、効率、即戦力。だって社会が、そういうふうに要求していますから。20歳そこそこの人間に「即戦力」を要求したら、そりゃあ本人は武器を装着するしかないですよね。しかし武器っていうのはあくまで手段です。どこまでいっても、手段です。じゃあ目的は何なのか、というところが読書の醍醐味じゃないですか。

――なるほど。

大野わかりやすくて論理的で明快なものと、わかりにくくて自分の生きている世界とはちょっと違うものを、雑多に含めて全部読むのが読書の醍醐味だと思うんですけど。私は「この人はおもしろいな」と思ったら、その人に読んだ本やお勧めの本をきいて、片っ端から読む、ということを大学学部時代にしていた時期がありました。そういうことする人がいなくなった、というより、そういう余裕が大学生活から消えたという感じがします。

――大野さんはほんとうに多岐にわたるジャンルの本を読まれていますよね。

大野上智大学外国語学部というところに入って、1年生からゼミ形式の授業があったんですが、そのクラスの先生に一番最初にいわれていまだに守っていることがあるんです。「今はわからなくてもいいから、とにかく読むことです」と。たまに、わからなかった本を読み返してみる。そうすると、その本の顔が変わっていることに気がつく。それはつまり自分が変わっているということでもあるんですが、それを「確認する本」を何冊かもっておくといいよ、ということをいわれた。わかんなくていい。でも半年後、1年後、あるいは5年後、10年後にまた読むものをもっておくといいよ、と言われた。それだけを忠実に守ってきた気がします。

――すごく大切なことを、大切なタイミングで教えてくださったのですね・・・。


「生きる技術」としての読書

大野たとえば相手が「怖い」とか「嫌い」という感情って、「わかんない」というところから来る部分があると思うんです。エイリアンみたいとか。それをわかるようにするという言い方はおこがましいのですが、せめて、それについて読むことで相手が怖くなくなっていくんですよね。

――本を読むことで、怖くなくなる。

大野たとえば、私にとってドクター(医師)たちっていうのは怖かったんですね。今でも怖い時はあります。そこを助けてくれたのはやっぱり本でした。医者というのはどういうひとたちなのか、どういう仕組みでどういう働き方をするのか、本を通じて理解しようとする。「ほんとうの武器」ってたぶんそういうことなのかなと思ったりもします。

もし怖いものとか大変なこととか生きづらいことがあったら、それについて読んだり調べたりすることは、いわゆるカッコつきの「勉強」ではなくて、生きる技術なんじゃないかなと。

――そうですね。

大野マンガとかアニメとかゲームとか、活字じゃない領域に惹かれるのは悪いことだとは思わないですよ。絵ってビジュアライズされているので、入ってくる速度が速いしわかりやすい。文字って、ゆっくりなんです。そのゆっくりさがもつ大事さみたいなものは、あると思っています。

――『さらさらさん』でもそのことについて書かれていますね。


「生存する本屋さん」のあり方

大野こんな忙しい世の中になってしまって、長い時間がかかることをやるのは大変です。ただ、全然わけがわからないものにぶちあたるって、20代くらいでしかできなかったりするんですよね。20代だとまだ、ドカーンと転んでも勢いで立ち上がれるじゃないですか。

今、難病とのバトルを続けつつ、大学院での研究を再開して感じるのは、周囲の学生さんが20代前半にして既に人間ができあがってしまっている感というか。私が20歳の頃なんか、もっとやぶれかぶれで適当でいい加減だったから、みんな大人だなあと感じます。すごいなあと率直に感心すると同時に、どこかで「20歳くらいで、ホントにそんなふうになるかなあ」と思う自分もいて。私は28歳でまだまだやぶれかぶれだけど(笑)、やぶれかぶれの読書もいいんじゃないかなと。

――やぶれかぶれ読書のすすめ、ですね(笑)。

大野本というのは、書く、つくる、そして流通があって本屋さんがあって、読み手の人の手元に届くまでが、たぶん「本」なんですよね。一連の営みがセットで本だと思うんです。本という営みが、変動の過渡期にある中で、ひとりの作り手として、その営み自体をすごく大事にしていきたいなという思いがあります。

――それはまさに、ミシマ社が大事にしたいと思っていることでもあります。今日はほんとうにありがとうございました。東北書店の元店長さんに、ぜひこの記事を読んでいただきたいですね。

大野東北書店は、惜しまれながらなくなってしまいました。「惜しまれながらなくなる」んじゃなくて、なくなったらダメなんです。繁盛とまではいかなくていいから、生き延びること。生存すること。「生存する本屋さん」のあり方に、書き手として関心があります。

本屋さんと私第82回 やぶれかぶれ読書のすすめ

4月から通い始めた明治学院大学にて。

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大野更紗(おおの・さらさ)

1984年福島県生まれ。作家。
2008年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。
ビルマ(ミャンマー)難民支援や民主化運動に関心を抱き大学院に進学後、自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎、筋膜炎脂肪織炎症候群)を発症。
その体験を綴ったデビュー作『困ってるひと』(ポプラ社)がベストセラーになる。
2012年、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。
2013年4月より、明治学院大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期課程にて研究を再開。都内で闘病・在宅生活をしながら、執筆も続けている。
『困ってるひと』発刊以降に書きためたエッセイや対談を編集再構成した最新刊『さらさらさん』(ポプラ社)が好評発売中!
Blog:http://wsary.blogspot.com/
Twitterアカウント:@wsary

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