本屋さんと私

第90回 漫画家には「なるもんだ」と思っていた

『重版出来!』 著者:松田奈緒子 発行:小学館 価格:580円(本体552円)

 ことのはじまりは営業ワタナベがメルマガの編集後記に、『重版出来!』を読んで痺れた、というエピソードを書いたことでした。これに、京都の新人ミッキーが激しく反応。「私も一昨日、『重版出来!』読みました!!!途中でめっちゃ泣きました。・・・わたしも黒沢心に負けんとこうと強く心に決めた一日でした。」
 さらに自由が丘メンバーヒラタが反応。「わたしも昨日渡辺さんに借りて読みました!むっちゃいいね!!むねアツやね!!なんて素敵な仕事に携わってるんだろうと誇らしくなりました。」。・・・同時多発的にミシマ社内を席巻した『重版出来!』。

 柔道に青春を捧げた主人公、黒沢心が体当たりで挑む、漫画の新米編集者という仕事。編集、営業、書店員がチーム戦で漫画を「売る」姿を描くストーリーは、私たちが日々している仕事ともぴったり重なって、読んでいるうちに仕事やる気モードが全開に。もちろん出版業界にかぎらず、就職活動中の学生さんや新入社員の方、いろいろな業種で働くみなさんも、読めば元気倍増間違いなし。
 今回は作者の松田奈緒子先生に、制作秘話と本屋さんのお話をうかがいました。第3日目、第4日目には、編集ご担当の山内菜緒子さんにもご登場いただいています。どうぞお楽しみください!

(聞き手:星野友里、東江夏美、吉田美里、構成:東江夏美、吉田美里)

第90回 漫画家には「なるもんだ」と思っていた(松田奈緒子さん編)

2013.08.05更新


小学生のときから描いていた

――漫画家になりたいと思われたのはどれぐらいのころですか?

松田なんか、なりたいというか、もう漫画家になるもんだと思っていて。皆が、おじいちゃんとかおばあちゃんになるじゃないですか。それと同じで「なるもんだ」と思ってたんです。その選択肢の無さがもう恐ろしいのですが(笑)

――一同 (笑)

松田でも、小学生ぐらいの時から思ってましたね。

――そのころからもう描かれてたんですか?

松田描いてました。鉛筆でノートとかに描いてて。私の世代は皆、トゥシューズに画鋲が入ってる系の漫画でした。今の30代の真ん中ぐらいになると記憶喪失系とかで、その下だとお姫様とかファンタジー系を描くみたいなんですよね。だから世代があるなぁと思って。

――一番最初に読まれて、印象に残っている漫画はありますか?

第90回 漫画家には「なるもんだ」と思っていた

松田最初は、読み方がわからなかったですね。従妹のお姉ちゃんの家に『なかよし』があって、当時は『キャンディ♥キャンディ』をやってたんです。それで、読み方がどうしてもわからなくて、でも、絵をじーっとみてたのは覚えてます。
 少しずつ読めるようになって、当時は学習漫画の『うわさの姫子』とかを一所懸命に読んでて、で、単行本で大和和紀先生を読むようになって。でも本当の意味でガツンときたのは萩尾望都先生ですね。14歳で一番多感なときでした。

――小説などは読まれてましたか? それよりは、やっぱり漫画でしたか?

松田漫画でしたね。小説は中学入ってからぐらいかな。児童文学とか一切読んでなくて。本が一冊もない家だったので、シンデレラの話とかも小学校6年生ぐらいのときに知ったような状態で(笑) だから、漫画のほうが早かったし、濃く、深く深く自分の中に入っていますね。


長崎から東京へ

――松田さんは就職などはされず、アシスタントになるところからお仕事をはじめられたのですか?

松田いえいえ、全然違いますよ~。もう20年以上前の話ですけど、当時はまだ景気が良かったので、高校を出た田舎の子が東京に出てきても寮に入ることができて、働けることができたんですね。それで西友に就職させてもらって。寮に入って1年8カ月働いて、一人暮らしをするお金を貯めました。
 それと同時にアシスタントの仕事をずっと探していて、で記念にと思って木原敏江先生のところに応募したら、「一番若いから」という理由で採っていただいたんです。

――そうだったのですね。

松田そこから会社辞めて、アシスタント始めて、でもアシスタントだけでは食べていけないので、主に販売のバイトをしていました。池袋のデパート系は全部行きましたね。お弁当とか洋服とかを売りながら、アシスタントをして、自分の原稿も描いて、持ち込みして、っていうのを7年ぐらいやりました。

――漫画をやるために、お金を貯めようと思って、まず東京に出てこられたのですね。 松田 そうですね。地元が嫌いっていうのもあるんですけど、なんか親元に居たらそのまま漫画家になるのを諦めてしまうと思ったんです。それと、たまたま谷川史子さんが私の高校の先輩なんですよ。

――へぇ~!

松田谷川さんが先にデビューして、東京に行っていらしたので、くっついていけば何か未来があるかもしれない! と思って(笑) だからもう、ツテも無かったし、ほんとうに藁をもつかむような感じでした。

――勇気がいりますよね。

松田ただ、まだあのころは景気が良かったので、わりとそういう呑気な感じで出てこられたんですけど、今の子たちはなかなか難しいですよね。


本屋さんの思い出

松田家が田舎だったので、まわりに本屋さんがほとんどなかったんです。団地の中に、文房具も一緒に置いてあるような小さい本屋さんがあって、そこの本屋さんにはずっと通ってました。
 雑誌も単行本も、なにしろ本が置いていなくて、「これ取り寄せてください」って注文すると3カ月ぐらい待たされて、あげく、まわりがすっごく黄ばんだ本が届く。それがすごく悲しくて。だから今は書店さんでもネットでもすぐに本が手に入るのを見ると、ちきしょう!うらやましいぜ!って思います(笑) 

――東京に出てこられてから、よく行っていた本屋さんはありますか?

松田 上京した当時、会社の寮が埼玉の新所沢っていうところにあって、そこのパルコの中のリブロさんによく行っていました。みすず書房系の本とかもずらっと並んでいて、お給料でハードカバーの本を好きなだけ買える、っていうのが、なんというか王様のような気分で(笑) すんごく嬉しくて。
 絵本シリーズの『タンタン』がダーッと並んでいて、お給料が出るたびに一冊ずつ買ってたんです。
――幸せな買い方ですね~!

松田それで、会社を辞めるときにちょうど刊行に追いついて。

一同おおー!

松田最後のほうは、刊行が一年に一回、クリスマスの時期に出る、というようなペースで、それを楽しみに買っていました。最近全部刊行し終わったのですが、そのときは感無量でした。

――自分の歴史と重なりますね。

松田そうそう。ありがとう!タンタン!っていう気持ちになりました(笑)。


   

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