本屋さんと私

鷲田清一さん

鷲田清一『おとなの背中』(角川学芸出版)

 「みんなのミシマガジン」紙版9月号の「はじめに」で私は、鷲田清一先生著『おとなの背中』から、長い引用をさせていただきました。

 「お一人の仕事が丁寧だと、以心伝心、メンバーが入れ替わった異分野の職人さんたちにもそれが感染していって、だれが指示したわけでもないのに佇まいが一定の感度にそろってくる。(略)将来、おなじ職工の眼にふれたときに恥ずかしくないような仕事をしておきたいというのである。職人のこだわりはじつに未来の職人に宛てられていたのである」

(まえがき『おとなの背中』角川学芸出版)

 これを実践していくこと。
 このミシマガジンも、ミシマ社の本たちも、上記の「職人さん」のようでありたい。そう誓った私は、本書をご執筆された鷲田先生に、お話をどうしても直接うかがいたく研究室を訪れたのでした。
 仙台メディア・テークの館長もされている鷲田先生。超がつくご多忙にもかかわらず、これからの人生の指針となるべき大切なことをいっぱい教えてくださいました。
 3回に分けて、ミシマガ読者の皆さまへお届けいたします。
 第一回は、「『教育』なんてない」というお話です。どうぞ。

(構成・聞き手:三島邦弘)

第97回 「教育」なんてありません。(鷲田清一さん編)

2013.11.25更新

子どもは勝手に育つもの

―― 『おとなの背中』は、国民皆読書だと思いました。先生、このタイトルはどのような思いでつけられたのですか?

鷲田「教育」という言葉があんまり好きではないんです。「教え育てる」ってなんかモノ扱ってるのか、植物の栽培でもやってるのか、という気持ちになるので。
 教える、育てるいうよりも、そこに子どもがいたら勝手に育つような場を作る、空間を作る、それが教育やと思ってます。直に「これせえ」「これをしたらいかん」とか、いろいろ教えるんやなしに、ここにいたら子どもが自ずと育っていけるような場を、あるいは空間を作るのが大人の仕事です。

―― 心から共感いたします。

鷲田昔の学校は、特に京都の場合、地域の人の寄付でできました。ぼくらが子どものときは、学校のほうがたいていのクラスメイトの家より上等やったんです。

―― あぁ~。

鷲田だって石造りでコンクリートがあって、階段の手すりにも彫りがあるんですよ。そんな家ってあらへん。今は学校のほうが普請が安もんでしょう。それは、どうせ子どもやからすぐ壊すやろう、という感覚。それなら安もんの丈夫なもの、プラスチックでいいやろ、というふうになってくるでしょう。

―― そういうことなんですねぇ。

鷲田明治の大人は、どうせ子どもやからとは考えなかった。子どもが一日のうち大半の時間を過ごすんやから立派に造ってやらねば、という発想です。まったくフィロソフィーがちがうわけです。

――― ホントそうですね。

鷲田子どものときはわからへんのですよ、そういう贅沢してるいうことが。でもなんとはなしに、大人が大事に作ったもんやから粗末にしたらあかん、傷つけたらあかん、あるいは自分らがそんなふうに大事に思ってもらえてるのやから命は粗末にしたらあかん、っていうような気が、言葉ではわからなくても感じる。それが、そこにいたら勝手に育つということです。

―― ホントにそうですね。子どもは勝手に育つ。わが身をふりかえっても、そう実感します。

鷲田「背中」と言ったのは、子どもはなにも正面から「こうせぇ」とか教えなくても、そこにいたら大人が何してるか勝手にわかるものという意味を込めてです。「うちのお母ちゃん、隣の家の前まで掃いてるわ」「お父ちゃん忙しいのに今年は祭りの当番でえらい大変やなぁ」とか。ふんどし意外とかっこええなあとかね(笑)。子どもはちゃんと見ていて、その大人の姿を見て勝手に覚えるのです。


大人の背中がいっぱい

鷲田「背中」のもう一つの意味は、いっぱい違う背中があるというのが自ずと教育になるということです。

―― あぁ~。

鷲田昔は学校というのは、うちの家族にはいないような人、地域にはいないような人に会いに行くもの。だってぼくの周りには大学なんて卒業した人1人もいいひんかったからね。

―― ああ、僕の周りも同じかんじでした。

鷲田そうでしょ。職人さんと商人ばっかりよ。で学校行ったら大学院を出てる人がいる。だから地域では触れられないような別な大人に会いに行く。しかも大卒の先生でも全然人によって違う。もうそれだけで学びなんですよ。

―― ええ。

鷲田たとえば将来設計して、自分なりに夢見て、こういう人になるためにこんな学校に行って、と考えます。けど、うまいこといかなくて、ぺしゃんとなったとき、オール・オア・ナッシングにならないこと。こんなおっちゃんでも、こんなええ加減でも生きていけるんやとかね(笑)。
 一つのことをちゃんとやったら、他のことはええ加減にしてても生きていけるんや。

―― そういう学びは、たくさんの「背中」を見てないといけないと。

鷲田そう。生き方のオルタナティブ、生き方の選択肢をできるだけたくさん見たらそんなにぽきっと折れないものです。ところが、「教育」という考え方をすると、「先生はやっぱり立派でないといかん」となる。こんなんでも先生になれるっていう、大人って意外とええ加減やなぁっていうのも学べないくらいに「先生らしく」行動し、それに評価なんかも入ってきて......。授業のやり方とかシラバスの作り方とか点数の付け方とかみんなワンパターンになって、大人の背中が一種類になっている。
 職住が離れて、直にお父さんお母さんが働いているのを見てないから、働く人っていうイメージはみんな「ひとつ」になってしまう。そういう多様性がホントに学校からなくなってしまっている。

―― そうですよねぇ。それは本当に怖いことです。

鷲田だからぼくは職住を少しでも近づけてね、せめて15分くらいにすべき。なんかあったらすぐ帰れる、「昼飯今日はちょっと家で食うわ」と言って帰れる。そうしたら、子どもはお父ちゃんの休憩してる姿を見られるし、そこら中に働いている人もいっぱい見れるようになる。それを反対に、鉄の門でばしゃーんと閉めて大人が入ってこない学校にしてしまったら、学びとか育ちなんて、起こらないと心配してしまいます。

―― ホントそうですよねぇ。


消費者としての大人の背中しかなくなった。

鷲田ぼく10年くらい千里ニュータウンにいたでしょ、単身赴任で。そのときは、働いてる人って、キヨスクのおばちゃんだけやもん。

―― えぇ~!

鷲田大阪の千里は府営住宅が多いから一階にお店が入れない。レストランもないし、もちろん魚屋もないし。そうすると大人の働いてる姿は、全部非正規の人がやってはるレジで働く人の姿しかない。働いてる人の姿って皆無。帰ってきたらお母さんは時間つぶしにスポーツしたり、エンターテイメントの消費をしたりと、要するに消費活動しかしていない。お父さんは帰ってきたら労働を免除された暮らしばっかりで、ぐうたらと(笑)。

―― 食べて寝るっていう。

鷲田そう、それとテレビ見るだけ。大人が真剣になってる姿を見るチャンスがない。だからねえ、働く場所と消費する場所がこんなきれいに分かれてしまって、子どもがその消費する場所にいる。
 消費マインドって、大人と子どもの差をなくすでしょ。だって同じ行為やもん。子どもも小遣い持ってるから。親に頼んで買ってもらうってのが昔、今は自分で買うから子どもが生意気になってくる。大人と同じ行為をするですから。で、そうするとお金って、何でも買えるっていう万能感を持ったものになる。

―― なるほど~。もう子どもの頃から万能の消費者になってしまうのですね......

鷲田何でも買えるっていう万能感を異様に持つから、一度思う通りにならなかったり買えなかったりするとガーンッ! と無能感のほうに揺り動かされる。
 算段するとか相談するとか、懇願する、お願いするとか、いろいろ手を考えてあーだこうだやりながら、すぐには買えなかったけど一カ月後には実現したい、というようなモノの買い方とかがなくなる。あれが買えなかったらうちは貧しい、あるいは、うちは親の愛情が薄い、なんてふうに、急に悲劇の主人公みたいになり、「もうだめだ私は...」と無能感のほうにいってしまう。

―― 極端から極端ですよねぇ。

鷲田何でもできるか、何にもできない、そのどちらか。昔は大人の姿を見て、小ずるいこととか辛抱とか、いろんなことを覚えていきました。ぼくのとこは職人やったから仕事ないときやったら、やっぱり人に頭を下げて借金に行ったりもしてる。惨めなものを含めてお金のやりくりを見てる。子どもがそういうのを見なかったらね、そんなんたくましくなれないやん。

―― たくましくなれないですよねぇ。それこそ消費者としての大人の背中しか知らない。

鷲田そこは器用器用。早くから自分も主体になってるんで、かえって大人よりも上手いかも。

―― そうですね。

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