本屋さんと私

 2011年に放送された、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』。ファッションデザイナーとして活躍する、コシノヒロコ・ジュンコ・ミチコの三姉妹を育てあげた小篠綾子の生涯を描いたこの作品は、放送されるやいなや、関西をはじめ全国で話題となりました。ドラマの舞台となったのは、だんじりの街・岸和田。特徴的な岸和田弁を覚えている方も多いのではないでしょうか。

本屋さんと私

『村上海賊の娘』和田竜(著)、新潮社

 一方、2013年10月に発刊された、和田竜さんによる4年ぶりの最新作『村上海賊の娘』。
瀬戸内海に実在した海賊、村上海賊の長・武吉の娘である景を主人公に、手に汗握る合戦が繰り広げられる歴史小説です。なかでも眞鍋七五三兵衛をはじめとする眞鍋海賊たちが話す、アクが強くてやたら勢いのある泉州弁が強烈! みるみる小説の世界に入っていってしまいます。

 じつはこの『カーネーション』と『村上海賊の娘』には、ふたつの共通点があります。
ひとつは、どちらも登場人物が関西弁(とくに岸和田弁などの泉州のことば)を話すこと。そしてもうひとつは......じつは、方言指導をされた方が同じなのです!
 今回は、この2作品の方言指導をされた、俳優・林英世さんにお話をうかがいました。大阪弁をはじめとする方言のはなしから、小説の話までじっくりどうぞ!

(聞き手:新居未希、寄谷菜穂 構成:新居未希)

第105回 ザッツ・岸和田は勢いがええ

2014.01.28更新

勢いと、方言の使い分け

―― ミシマ社の中で岸和田というと、ずばり江弘毅さんなんです(林さんは、なんと江さんの高校の後輩なんだとか!)。

(笑)。なにがすごいかって、あの勢いですよね。「それあれやで!!」って前傾姿勢で突っ込んでくるあの感じが、ザッツ岸和田なんです。けれど江さんは城下の方のええとこの方なので、海のほうにいったらさらにきついです。なので江さんは、語調としてはあんまりきつくない。でもあの勢いがね。

―― (笑)。

実際はいろんなタイプに人がいますよ。『村上海賊の娘』では松浦兄弟は、普段は「○○け」ではなく、丁寧語で「してますやんか」というような言い回しをして、顔色を伺うこす辛いキャラを演出してます。二人きりになると、「○○じゃ」みたいな泉州弁で話すんですけど。

―― そう思うと、方言の使い分けで小説はすごくいろいろできるんだと感じますね。

最近は映像の文化があるので、標準語というものをばーっと聞いて慣れているうえに、他の地方の言葉も耳慣れてきていますよね。もしかしたら、小説の中に方言の表記をもっともっと取り込める時代になっているのかもしれない。昔は方言を聞いても「なに喋ってんの?」と思ったかもしれないけれど、今は全国の人たちがイメージできるようになってきたと思うんです。これはすごく大きな変化だと思います。
 だから、その中にどれだけ人間個人みたいなものを書き込めるかが一層大事になってくる。関西弁の小説もあるくらいですしね。

―― 関西弁もそれぞれですよね。

京都弁と関西弁と神戸とは違いますしね。商売人さんの言葉みたいに、職業によっても違う。


俳優だからこそ、できたこと

以前、それこそ江さんがツイッターで「和田竜はえらい関西弁を研究してる。すごい!」って書かれてたんです。大阪大学の金水敏(きんすいさとし)先生が「これ林さんがやってるんだよ」と言うと、「え~~!? おまえか~!!」って(笑)。あれをみたときに「やった」と思いましたね。江さんがそう言うからには、勝った!と(笑)。変な話、ほっとしました。

―― なにわのだんじりエディターの太鼓判ですもんね!

私は学者じゃないけれど、俳優をやっているということが方言指導をやれているポイントだと思っていて。ふだん演技するときに、「大阪のごりょんさんなのか京都のおかあはんなのかで、そこはちょっと違うやろ」と言われたりする。「○○してはって」の「は」が高くなって「て」が宙に浮くみたいになるのが京都。「して」が高くて「はって」が坂道を降りるように下がっていくのが大阪なんですね。「そういうことを使い分けろ」と、ずっと言われてきた。
 言葉の違いに文化の違いが出るということを「面白いもんやな」と思いながら、言葉だとか音声や発音、人間のしゃべる動機と言語の関係なんかを考えてきました。活字をいかに身体から出る言葉に直すのか。それが今は逆転したり、相互に行き来して、こういうこともやらせてもらってる。

―― おもしろいですねえ。

『カーネーション』や『村上海賊の娘』をやらせてもらってから、自分が演技するときに考える角度の広がりが生まれましたね。


とにかく、関西人に納得させたい

○○指導というのには、たくさん専門家がいるんです。例えば、テントを縫うシーンには「テント指導」とかね。「テントの縫い方は右から左で間違いないですか?」とか、もう全部です。お茶を飲むのも「順番としてこれやってあれやって」とかそういうのも含めて。

―― テント指導までいてるんですか!

方言の間違いへの突っ込みは厳しいですよ。『カーネーション』だって、申し訳ないことに間違ったところはありました。とくに「大阪制作のドラマの大阪弁が大阪弁じゃないから見たくない」という傾向は、ずっと昔からあったんですね。大阪制作の朝ドラなのに、関西での視聴率が低かった。関東は高くても、関西は視聴率を取れない。

―― 関西人は本当に関西弁にうるさいですよね。ちょっとおかしかったら、「なんやあれ」ってもう見てくれない。

構えて見てて「ほらあかん」って(笑)。だから『カーネーション』のとき、最初にプロデューサーに「何とかして関西弁をクリアしたいんです」と言われました。さらに岸和田は地元意識が強いから方言ハードルが上がるんですけど、「わかりました」と。そこをまず目標にしました。いかにして岸和田人および関西人を納得させるか。

―― 関西人は、関西弁が正しくイントネーションされてるだけで「おぉ、ええ番組やん」てなりますよね。

他の地域の方言はそうでもないそうなんです。そもそも、その地域の人全員が納得するものなんて作れないんですけど、ちょっとくらいおかしくても「うちらの言葉使ってくれてよかった」って思うらしくて。温かい目で見てくださるのに、関西はあかん(笑)。如実に視聴率が上がらない。

―― その役者さんに演技力がないくらいに思いますもんね。

でもたしかにどれだけ音を取れるかですし、本当に関東の方からすると難しいと思います。初めて使う中間音で、しかも中間音から中間音へ移っていく。上がる下がるという言葉だけではどうにも説明できないんです。あほ」とか「ええ」とか、微妙に子音が下がっていくだけの言葉なんか説明しきれないんですよね。大して上がったり下がったりしてないんですけどね。

―― なるほど......。

一回でやれと言っても難しすぎるんですけど、その感じを捕まえる人はパッとつかんだりする。つかめない方はつかめない。とにかく音をなぞろうという方はなんとかだんだんなってきたりするし、音の取れない方はずっと苦労する。


方言には敬語がない?

あと、河内や奈良や和歌山には敬語がない。方言ってもともと、同じところの人たちの会話なので敬語はほとんどないんです。
『カーネーション』のときは「敬語がないのは困る」って言われたんですけど、学校の先生にも「先生、○○け」「ちゃうちゃう」「ほな帰るわぁ」「気いつけて帰れよ」ってやり取りが泉州では一般的なんです。

―― なんだか距離が近く感じますね。

そうなんです。敬語がないと何がやりにくいって、上下関係やステータスを表現するのがとても難しいんですよね。「○○しはる」という船場言葉を入れてしまうと、岸和田という土地柄がぼやけるので『カーネーション』ではまず、「いわゆる敬語はやめたい」と。で、丁寧な言い回しでなんとかしました。

―― おお。

『村上海賊の娘』のときも、眞鍋七五三兵衛と手下とのやり取りに敬語は使っていません。泉州弁でお互いに会話している。それがあってこそ泉州侍たちの団結した感じが出るし、松浦兄弟がやたら丁寧にしゃべるのが浮いてくるんですよね。

―― たしかに、すごく泉州の雰囲気が伝わってきました。

むかし京都弁を教わったとき、「京都弁が一番音階が多いんですよ」と言われました。「今日はええお天気ですなぁ」と言うのを、大阪だったら「今日はええお天気ですな」と切るように言って終わり。「『なぁ』をどこに落とすかによって相手との距離をはかるんです。だからいっぱい音階がある」と。
 それは都で、上下関係を細かくしてつないでいく中で発達した言葉のあり方ですよね。そういうところが細かく分化してあいまいになればなるほど、人間関係の上下への気遣いが複雑になる。方言はその分化が少ない分、人間関係の密度と話者の本音が現れるんです。

―― なるほどー! そうやって京都弁を聞いたことはなかったです。

実際は敬語を使わないことはないけれども、使わないということにして、特徴づけていく。言葉の選択で、それができるんですよね。

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