本屋さんと私

 デビュー作『ふがいない僕は空を見た』で話題をかっさらった作家・窪美澄さん。書店員さんにもファンが多く、「久しぶりにすごい小説を読んでしまった」との声をよく耳にしています。いま、大注目の作家さんなのです。

本屋さんと私

『よるのふくらみ』窪美澄(著)、新潮社

 とくにミシマガ編集部のアライは窪さんの作品がすきでたまらなく、新刊が出ると必ず発売日に本屋さんに走っている次第。はじめて窪さんの小説を読んだ日は、感動と興奮で眠れぬ夜を過ごしました。

 そのアライが「最新刊『よるのふくらみ』を入り口に、ぜひミシマガ読者に窪さんの作品を紹介したい」と熱く語ると、「窪さんの作品は男子こそ読むべき」と代表・三島も激しく同意し、なんとほんとうにミシマガにご登場いただけることに・・・!

 窪さんと作品の魅力を、全3回でたっぷりお届けします。男子も女子も、必読です。

(聞き手:三島邦弘 構成・写真:新居未希)

第110回 辛さ6を入口として(窪美澄さん編)

2014.03.18更新

まずは辛さ6のカレーから

ーー『よるのふくらみ』、とてもおもしろかったです。デビュー作の『ふがいない僕は空を見た』から、すごく楽しみに読ましていただいています。

ありがとうございます、うれしいです。

ーー 窪さんの作品は、男の人はみんな読んだほうがいいんじゃないかと思っているんです。とくに最新刊『よるのふくらみ』は、これまでの窪さんの作品を読んでいない人に、すごくいいのではないかと。 

本屋さんと私

『ふがいない僕は空を見た』窪美澄(著)、新潮社

『ふがいない僕は空を見た』は、デビュー作としてはこれでいいと思うのですけれど、性描写や設定がちょっとハードなんですよね。それに比べれば『よるのふくらみ』はマイルドです。『ふがいない僕は空を見た』の辛さレベルが10だとすると、『よるのふくらみ』は6くらいかな(笑)。はじめてカレー屋さんに行く方には、これがいいのではと思います。

ーー たしかに『ふがいない僕は空を見た』は、生まれて初めてカレーを食べる人には激辛かもしれません。

『よるのふくらみ』では、あまり男の人を追いつめてはいないんです。『ふがいない僕は空を見た』は、お父さんがちょっとだめな人だったり、小児性愛の人がでてきたり、男の人をあまりいい位置にはおいていないんですよね。


「男の人の手は借りないよ」

ーー 書いていらっしゃるときに、「今回は追いつめてやったぞ」と思うときはあるのですか?

めちゃめちゃありますよ!

ーー あるんですか!(笑)。

本屋さんと私

『アニバーサリー』窪美澄(著)、新潮社

たとえば2013年に『アニバーサリー』という本を出したのですが、執筆し始める前に3.11の震災がありました。
 これは私の個人的な思いなのですが、男の人に対して怒っていたんです。それがすごくダイレクトに本に反映されています。ああいう有事があったとして、男の人の手は借りないよ、という。子どもを生みたくても、言い方は悪いけれど種だけくれれば、世代を越えて女同士は協調して生きていきます、という話だから、たぶんあれを男性が読むと相当キツいんではないかな、と(笑)。書いた後も、「これは書きすぎたな」と思う節はありますね。

ーー そうなんですね。

ただ、最後の最後でものすごく譲歩して書いた部分もあります。結局、働く女性が言われたかったことを、登場人物に言わせてしまったなあという感じはありましたね。

ーー そのあたりが、窪さんの小説を男性が読むといいなと思うところのひとつなんです。女性はひとことでこんなにも心の捉え方が変わるんだ、とハッと気づかされることがたくさんありました。その、追いつめるっていうのは・・・

なんっか腹立たしいんですよ(笑)。女の人は仕事もして家事もして・・・それをやるのは当然とは誰も言ってはいないんですけど、誰かに言われている気になってしまうんですよね。たとえば、ごはんを食べてからどっちが汚れた皿を洗うかとか、口で決めなくちゃいけない。「交互でやろうね」「作らなかったときは洗おうね」とか、それを2人のルールにしていくのがすごく大変ですよね。言葉で言わないと、わからないじゃないですか。

ーー そうですね。

言わないとわからないことに苛立っているんですよ。一緒に暮らしている奥さんに、そんなふうに毎日ガミガミと言われたくはないんだろうな、とも思いますけどね・・・。


もっているものでしか大きくならない

本屋さんと私

ーー 今回『よるのふくらみ』という作品で、男性の捉え方が変わられたりはしましたか?

『よるのふくらみ』はデビューのときから4年くらいかけてゆっくり書いていった連作なんですが、自分の息子が20歳になったのは大きいかな。

ーー そうなんですか。

またそこで、男の子や男の人に対する見方も変わったのかなぁと思います。「お互い歩み寄ろうとはしているよな」というのが、ここにはあるのかな。女には女の事情があるし、男には男の事情もあるけれど、けっして悪くしようとしているんじゃなくて、それが時に不幸なほうにも転ぶし、幸福なほうにも転ぶかもしれない。でも歩み寄ろうとはしているよね、という話だとは思うので。
 自分の子育てが一段落して、なんとなく楽になったというのはあると思います。

ーー それは、少し客観的に見れるようになったということですか。

そうですね。子育てって、乳幼児のときからの闘争ムードみたいなのが尾を引いていて。息子もガミガミ言って育ててみたものの、彼のとおりにしかならないと思ったんですよね。

ーー なるほど。

彼がもっているものでしか、彼は大きくならないということに気がついて、やっと子離れしたのかもしれないです。息子は大学の近くに住んでいて親元を離れているので、実質的にもそう。だからわりと客観的になったのかもな、と思います。


男の人ってなんだろう

ーー そのあたりが、登場人物に関係しているところはありますか。

どうでしょうか。子育てがどうこうっていうことはないけれど、常に「男の人ってなんだろう」って考えているところはあります。私はずっと女子校だったので、女の人のことは大体わかる。短大ぐらいまで女の人にまみれて生きてきて、女の人のことで起こるトラブルも、もう全部経験したんじゃないかっていうくらい(笑)。けれど、それでもわからないのが男の人のことだったんですね。

ーー なるほど。

だから、恋人ができるとか結婚するとか、これは一体なんなんだろうと思いながらずっと生きてきて。闘争して、それは自分の力でねじ曲げたり変えたりできないということに思い至ったんです。息子なんかとくに、粘土みたいにはまったくならない(笑)。

ーー うーん。そうですよね。

だから、だめなところはだめなまま、通じるところで通じるほうがハッピーかな、と思ったのはあるかもしれないですね。

ーー 作中には兄弟が出て来ますが、その兄弟間でも自分のお父さんへの捉え方がそれぞれ違う、というのもおもしろいですよね。

私自身もそうでしたし、実際にもよくありますよね。たとえばお父さんが浮気しているとか親同士が揉めるとすると、兄弟でも見ているものがまったく違う。一人の人をこうだと語るのは、その人を見ている人数分だけ、その人の人間像があるんだなというのは実感としてありますね。

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