本屋さんと私

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『わが盲想』モハメド・オマル・アブディン(著)、ポプラ社

 2013年6月に出たエッセイ『わが盲想』(ポプラ社)の著者モハメド・オマル・アブディンさん(35)は、12歳で視力を失ったのち19歳で鍼灸を学びに単身渡日、今年東京外国語大学大学院で母国スーダンの紛争問題をテーマに博士論文を書き上げたばかり。承認されればめでたく博士号取得となります。来日してからの波乱万丈の日々をユーモアたっぷりに綴られたこの作品では、私たちが気づかなかったような日本が生き生きと描き出されています。

 今回の企画は、この本を読んで興奮したデッチの「ぜひお話をお聞きしたい!」という思いをアブディンさんが受け止めてくださり実現しました。
 思いもよらない読書の楽しみ方から本づくりにあたっての御苦労、さらにはお得意のおやじギャグの秘訣まで、魅力たっぷりのアブディン節をぜひお楽しみください!

(聞き手・構成:寺町六花、写真:星野友里)

第113回 妄想?闘争?いえいえ、「盲想」!(モハメド・オマル・アブディンさん編)

2014.04.14更新

漢字を「盲想」する読書!?

―― ご著書を読んでまず、「日本語の勉強ってこんなに楽しいんだ!」と思いました。「りゅうがく」という言葉を勉強したとき、意味から「流学」だと推測したのに、正しくは「留学」だとお知りになって、「なんでとどまるんだ!」とお怒りを感じる場面は本当におもしろかったです。

本屋さんと私

アブディンあれは今でも不服です(笑)。
 漢字は何か頭の中でイメージとしてつなげないと覚えられないからね。漢字の形がわからないので、自分の頭に作ったデータベースの中から引き出すためのキーワードやタグをつけないと難しい。
 漢字は1個1個イメージで覚えるというよりは、ある音はどういう漢字の可能性があるのかと考えて覚えたほうが早いんです。「コウ」というのはどういう漢字の可能性があるのかと。高いのか、分厚いの厚なのか、反抗の抗なのか・・・。いろんなコウがありますよね。それを文脈で、どういう可能性があるのかと考える。

―― 音で漢字の可能性を判断するのですね。難しそうです・・・。

アブディンやっぱり鍛錬ですよ。いろんなものを点字で読みながら、「あ、この字はこの漢字かもしれない」と、間違っていてもいいから、自分の中で「こういう漢字かな」というのを連想しながら読むのが楽しいんです。そうすると本当の漢字じゃなくて、「これだろう」と自分が間違えて思って読んでいるというのも、ある意味で別の読み方じゃないですか。これが楽しいんですね。

―― そうか、新しい読み方の発見ですね。

アブディンみなさんは漢字が見えるからそこで限定されちゃいますけど、僕は間違った漢字を想像するという別の楽しみ方があるからね。書き手が意図しないところに行ってしまう(笑)。


高野秀行さんとの出会い

―― ご著書『わが盲想』は、以前ミシマガのこのコーナーでも取材させていただいた高野秀行さんがプロデュースされていて、アブディンさんは高野さんのご著書、『異国トーキョー漂流記』(集英社文庫)にもご登場されていますね。

アブディン変な人でしょ? ああいう人がさ、日本の1億2000万人のうち2、3人でもいたらね。それ以上いたらちょっと困るけどね。

―― (笑)。高野さんと出会ったきっかけはそもそも何ですか?

アブディン彼はいつもさ、不思議なものを探しているじゃないですか。東京に目の見えない外国人が生息しているという情報を手に入れて、僕のところに来たんです。ちょうど2002年のはじめくらいだったんですよ。2001年の9.11のテロの後はさ、「ムスリムの人はヤバい」という雰囲気があったんですね。そこに彼が取材に来てね、「アルカイダのこととかどう思いますか」って。「あ、これは公安の手先だな」と思った。

―― (笑)。

アブディン余計なことは言わないでおこうと思っていたら、そのうち野球の話になって盛り上がったんです。彼は巨人ファンで、巨人ファンは「今の巨人だめですよね~」とか言うじゃないですか。本当はそう思っていないのに、余裕かましてるからね。僕はカープファンだから、「巨人はだめだ」って言ったら「なんでだめなのよ!」って言ってきたんですよ。公安にしてはおもしろい人だなと。でも2~3年間、(公安だという)疑惑は消えなかったです。

―― そんなに長い間(笑)。『わが盲想』を高野さんがプロデュースされることになったのは、どのような経緯でしたか?

アブディン僕はオーラル文化出身なんです。小さいときから文字を書いてなかったから、話したり聞いたりするのはすごく得意だったけれど、原稿を書くということはなかなか慣れていなかったんですね。そしたら高野さんが堀内倫子さんというフリーランスの編集者の方を紹介してくれました。「アブディンが持っているものは本当におもしろいから書いてみろよ」って言ってね。本を書こうというと構えちゃうので、まずはショートネタをいくつか書いて送ったら、彼女が「これはおもしろい」と言ってくれました。でも構成などの話をどんどん進めていた時期に、彼女は急死してしまったんです。

―― そうだったのですね。

アブディン本の話はひとまず棚上げだなと思ったのですが、高野さんはあきらめの悪い男で、自分が編集をするから小学館の新人賞に応募して賞金を山分けしようと言ってきました。僕もやろうやろうと言ったんですが、書きたいことが出てこない。それを彼に伝えたんですが、それでも彼は「変な動物に出くわした」みたいにブログに僕のこと書くんですよ。変なのはそっちのほうだろうってね(笑)。
 そのブログにポプラ社の斎藤さんが目をつけて、ポプラビーチで連載しないかというお話をもらいました。


聴覚で書く難しさ

―― ショートネタを書くことと、一冊の本になることを想定して書くのとでは、まったく違う作業ですよね。

アブディン全然違います。ポプラ社の場合は本にする前提で連載を始めました。でも連載が始まった途端書けなくなっちゃったんですよ。「次書かなきゃ」ってなってしまって。
 僕いつも逃げてるから、『わが盲想』は初めて完成させた作品なんです。(編集の)斎藤さんって、みんな「かわいい顔してるね」って言うけど、僕にとったらただの鬼。厳しいこと言うんですよ本当に。「書くの?書かないの?」って(笑)

斎藤尚美(ポプラ社担当編集者)さん 軟禁状態でしたね。

―― 軟禁状態!?

アブディンそう、時間と場所を拘束したほうが進むじゃないですか。毎週金曜日、6時台に満員電車に揺られて朝7時に近くのカフェでモーニングをとりながら執筆し、10時くらいに彼女が迎えに来てくれて、ポプラ社でお昼食べて、ラウンジで執筆して・・・。 
 でも大体モーニングは現実逃避ね。斎藤さんがいない間に友だちに電話して、携帯の充電なくなってしまって、「あ~。書いてるふりしなきゃな」とそこで思う。でも昼ご飯食べた後、眠くなって・・・。さすがに15時くらいになると、ご飯も出していただいているのに申し訳ないなという気持ちが出てきて、16時にスイッチが入りました。そこからポプラ社の夜食もとって終電まで書き続ける、ということをやりました。

―― すごいですね(笑)。パソコンで文章をお書きになるときは、アブディンさんは文を読み上げてくれるソフトをお使いになっていますよね。でも機械の声はすごく無機質ですし、文章の流れを視覚的に把握できない中で執筆するというのは、すごく想像力を要する作業だったのではないですか。

アブディンその通りです。だから斎藤さんには、最初から最後まで朗読してほしいとお願いしました。そうすると、「なんで気づかなかったんだ?」ってくらい、流れの悪さが瞬時にわかるんですよ。機械じゃだめですね。
 普通の人は編集者に赤を入れてもらうけど、僕は機械で順に読み上げていくので全体がわからない。赤ペンが1つ入ったら、構成に問題があるということなのでその原稿は全部あきらめます。修復よりもぶっ壊すほうが早いんです。でも、耳って一方的に受け取る器官なんですが、本を書いたことによって、初めて、不特定多数の人に向けて発信するという体験をできたと思います。


次回はアブディンさんと本とのかかわり方についてお伺いします!

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ミシマ社編集チーム

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