本屋さんと私

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『わが盲想』モハメド・オマル・アブディン(著)、ポプラ社

 2013年6月に出たエッセイ『わが盲想』(ポプラ社)の著者モハメド・オマル・アブディンさん(35)は、12歳で視力を失ったのち19歳で鍼灸を学びに単身渡日、今年東京外国語大学大学院で母国スーダンの紛争問題をテーマに博士論文を書き上げたばかり。承認されればめでたく博士号取得となります。来日してからの波乱万丈の日々をユーモアたっぷりに綴られたこの作品では、私たちが気づかなかったような日本が生き生きと描き出されています。

 今回の企画は、この本を読んで興奮したデッチの「ぜひお話をお聞きしたい!」という思いをアブディンさんが受け止めてくださり実現しました。
 思いもよらない読書の楽しみ方から本づくりにあたっての御苦労、さらにはお得意のおやじギャグの秘訣まで、魅力たっぷりのアブディン節をぜひお楽しみください!

(聞き手・構成:寺町六花、写真:星野友里)

第115回 地球の端っこまで行ってやろう

2014.04.16更新

「愛に理屈はない」

―― 19歳のとき、お1人で来日されたんですよね。本当は日本にすごく興味を持っていたわけではなく、お父様に自分はもう1人で生きてゆけると示したかったと、御本の中でおっしゃっていました。その年齢で、こんなに思い切った決断ができるものなのかと、すごく刺激を受けました。

本屋さんと私

アブディン上の子ども3人が目が見えないから、父親は過保護なところがあるんですね。乞食だと思われてお金を渡されそうになるのがムカつくから、危ないですけど僕らは杖を持たないで街中を歩いていました。怖がっていたらどこも行けないから、死ぬ覚悟で出かけるんですね。そしたら父はすごく怒るんですが、僕はけっこう頑固で、それがすごく嫌で。
 だったら地球の端っこまで行ってやろうって思っていました。その気持ちがなかったら、日本はしんどくて尻尾巻いて逃げたかもしれないです。帰って、「ほら、それみろ」って言われるのが嫌だった。みんなにいつも「日本は大変だったでしょう」って言われるけど、僕は失敗してスーダンに帰ることは絶対嫌だったから、大変でもなんでもなかったんです。帰ったら僕の判断が間違っていたということになる。

―― 本当に強いお気持ちがあったんですね。奥様のアワティフさんも、電話で数回お話ししただけの、声しか知らないアブディンさんとの結婚を決意し、全く未知の世界である日本に来られたと。その行動力もすごいですよね。

アブディンまあ、愛に理屈はないからね。名言を言ってしまったね (笑) 。僕はけっこうふらふらしているから、結婚するとき、軸になってくれる芯のある人を自分の頭の中で描いていました。彼女の決意はすごいし、ちゃんと自分というものを持っていますから。だから、ふらふらしても大丈夫かな、とね。日本食もすごく好きで、寿司好きとしての強力なライバルです。

―― 小さなお子さんがお2人いらっしゃいますが、子育ての楽しさやご苦労はどんなものがありますか。

アブディン「こういう人に育てたい」とかっていうのは自分は出来ないんだけど、子どもはすごく楽しいお友だちですね。やっぱり大人になると付き合いがあって、言えることと言えないこととあるじゃないですか。当たり障りのない言葉ばかりで退屈になってくる。子どもは本当にどストレートで、思ったことを言いますから、刺激的ですね。「うわーっ、こういうこと言うんだ!」みたいなね。子育てはすごく楽しいです。

―― 楽しいお友だち!それは素敵ですね。

アブディン家帰って、ご飯食べて、博士論文書いているときにね、ものすごく考え事してる顔になるんです。そしたら子どもがいきなり、「パパ笑って!」って言うんですよ。子どもってやっぱりそういうところわかっているんですよ。そんなこと言われたらもう、爆笑するしかないですね。そしたら子どもが喜んで、「えらい、えらい」って言います(笑)。


専門性で勝負したい

―― この御本って、何度読んでも飽きなかったです。シリアスなことでもユーモアたっぷりに伝えてあって、すごくスカッと笑えます。でもしんみりする部分もあり、とてもテンポが良いなと思いました。

斎藤それは書き手が持っているセンスなんですよね。シリアスをシリアスに伝えてもだめじゃないですか。相手を楽しませて、どうやって巻き込んでいくかということが大切だと思います。

―― 私も最初は「日本語が上手すぎる盲目のスーダン人」というキーワードに惹かれた部分がたぶんどこかであったと思うんです。でも何回も読んでいくうちに、一人の青年の、挑戦して挫折して、たくさんの人に出会いながらそれを乗り越えて・・・という過程に、純粋に感動して、すごく元気をいただきました。

アブディンありがとうございます。僕はテレビなどのメディアによって「目の見えないスーダン人」みたいに単純化されてしまうことが嫌なんです。テレビだといろんなセンサーシップがはたらいてしまって、すべては映らないからね。
 だから言いたい放題の生のラジオが好きです。ラジオの野球中継が大好きですね。平凡なフライのことを、まるでホームランみたいにすごく水増しするんですよ。みんな視覚情報がないという同じ土台に立っている。「会場のざわめきがどよめきに変わりました」という解説などを聞いているうちに、日本語のボキャブラリーもまた豊かになりました。

―― アブディンさんは現在博士論文を書き上げられて、一方でメディアからの取材が増えていらっしゃると思うのですが、アブディンさんとしては、スーダンのことをもっと研究したい、ご自身の専門性で勝負したいというお気持ちがおありですよね。

アブディンもちろんもちろん。取材というのはあくまで一過性ですからね。『わが盲想』を書いた後に、「ああ、物書きいいですね」と妻に言ったら、「それは仕事じゃない」と言われました。それをやりたかったら、ちゃんと仕事をしたうえで、あくまで趣味の程度にしろと釘をさされました(笑)。一寸先は闇です。2〜3カ月後のことなんて考えられません。今までもけっこうそんな感じでやってきたんですけどね(笑)。

―― でも私たちとしては、第二弾が読みたいなという気持ちがあります。

アブディン自分のことって勝手に書けるんだけど、第二弾はいろいろ調べなければいけないことも出てくるから難しいですよね。最初の一冊とは違います。
 今は季刊アラブという雑誌に、子どもや昔の友人との対話をネタに短い連載をしています。短くまとめることが、自分にとっても文章を書く良い練習になっています。ウェブだと字数制限がなくてどこまででも書けてしまいますから。
洗練された文章ではなく、荒削りにいきたいですね。


おやじギャグはキレが命!

―― 楽しみです。そういえば、アブディンさんはおやじギャグもすごくご堪能でいらっしゃいますよね。

アブディン自然体でね(笑)。僕みたいに漢字を使わない言語出身の人は、最初は同音異義語に惑わされるんです。でもよく考えてみるとね、そういった言語出身の日本語の上手い人はけっこうおやじギャグ言いますよ。

―― 今の学生や若い人たちはギャグを言いませんね・・・。

アブディンみんなさ、「言わない」というけど、「言えない」でしょう? 能力的に(笑)。僕はずっとスルーされてるからね、逆襲、逆襲(笑)。「流した」って言いますけどね、「流したっていうか、わかんなかったでしょう?」ってね。無形の伝統芸能ですから。

―― (笑)。伝統芸能ですか~。

本屋さんと私

アブディンおやじギャグは考えるんじゃなくて、言葉を聞いたときにひらめくんですね。作り置きするとどもっちゃうんです、出てこないんですよ。「言うぞ、言うぞ」ってなっちゃうから。作り置きのコーヒーも美味しくないでしょ?むしろ平気にぱっと言えたほうがキレが良いんです。
 たとえばTully'sという店がありますよね。「タリーズ」という言葉を聞くとまず「おっ」と反応します。あそこのコーヒーはちょっと味が薄いから、友だちとそこに入って「味はどう」と聞かれたら「ちょっと物足りず」と答える。

―― おお~、締まりましたね(笑)。今日は本当に楽しいお話をありがとうございました!

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ミシマ社編集チーム

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