本屋さんと私

 本を開けば広がる文字の世界。読み手はその文字を拾って、文字のあいだを泳いで、ときにつまづきながら読み進めていく・・・

 でも、その文字たちがどんな表情をしているか、意識をしてみたことはあるでしょうか?

温かい? 冷たい?
柔らかい? 堅い?
甘い? 辛い?

――そんなこと、なかなか考えませんよね。でも実は、文字にも"味"があるんです。

 今回お話いただいたのは、『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)の著者、正木香子さん。「絶対音感」ならぬ「絶対文字感」の持ち主です。
 文字の専門家というわけではないけれど、文字に対する思いが人一倍強い正木さんは、いわば「文字の伝道師」。

 活版や写植の文字が減り、デジタルフォントが増えるなかでも、「もっと文字を味わう人が増えていったら幸せ」という正木さんに、滋味豊かな文字のお話をうかがいました。

(聞き手・構成:池畑索季・松重鮎子 写真:成田有沙)

第116回 書体の世界へ(正木香子さん編)

2014.06.16更新

好きな書体を使っている出版社だけ受けた

―― 正木さん、はじめは編集のお仕事されていたんですよね。

正木はい、新卒で出版社に。でも編集者になりたいっていうよりは、本をつくる仕事がしたかったんですよ。小さいときからほんとに活字が好きだったから、自分の好きな活字を使って、自分が書いた文章が本になるっていうのが夢だったんです(笑)。

―― 「活字になる」というところが・・・。

正木そう、そこがポイントで、出版社に入るときも、自分が好きな書体を使っている本や雑誌をつくっている出版社だけ受けて、運よくそこに受かったんですけど・・・。

―― 念願叶って大好きな文字の世界に入ったわけですね。

正木でもそれが、私が子どものときに見ていて、「これを使いたい」って自分で思っていた書体は、活版印刷の活字とか、写植って呼ばれるもので、パソコンでは使えない書体だったんです。それを大人になってから初めて知って。私が出版社に入るちょっと前にはもう、デジタルに切り替わってしまっていて、私がずっと憧れていた書体は結局、使えなかったんですよ。


名前がわからないと、人に伝えられない

―― ウェブで「文字の食卓」を始められたのも、その頃にきっかけが?

正木はい。ちょうどその頃、活版や写植でつくられた本や雑誌っていうのは、書店に並ぶ新しい本からはどんどん消えていっていたわけです。
でも、その理由がずっとわからなかった。今までずっとこだわりを持って本をつくってきた人たちが、なんでいきなりこの書体を嫌いになっちゃったんだろうって。それがすごく謎だったんです。でも、それが目の前からいなくなって寂しいとか、辛いとか、そういう気持ちを誰にも言えなくて。

―― 誰にも言えず、悶々と・・・。

正木はい。それで、なんで言えないんだろうって考えたら、「私、その書体の名前がわからないんだ」ってことに気がついたんですよ。「この文字で出来上がっている世界が好きだったのに、それがなくなって寂しい」と誰かに伝えようと思ったら、名前がわからないと伝えられないと思って。
それで、「書体見本帳を自分でつくろう」って。自分の好きな文字だけ集めて、見本帳をつくろうと思ったんですよ。


何度も何度も出会い続けている、という感覚

―― フォントがなくなる辛さ、寂しさを、それほどまでに強く感じたというのは、なにか正木さんご自身の思い出とも関係していたりするのでしょうか?

正木関係していると思います。子どものときに読んだ本のことをずっと覚えていたり、そのときの感覚を覚えていたりするのって、きっとそのとき読んでいた書体が他の本でもずっと使われていたからで。20代の前半くらいまでは、本を読むたびに何度も何度も出会い続けているという感じがあったんです。

―― 書体が記憶や感覚の架け橋になっていた。

正木はい。でもそれが、どんどん再会する機会が少なくなっていって。もしこのままずっと、新しいデジタルのフォントでできている本だけ読んでいたら、自分が本を読みながら考えていたことや、それぞれの文字に対して持っていた思いを忘れちゃうと思ったんですよね。それがすごく嫌だった。忘れたくないと思って、ほんとにもう、自分のために書いたというか・・・。

―― 忘れないため、だったんですね。

正木それで、書体の名前などを調べるうちに、自分が10代、20代の頃に、出版や印刷の世界でなにが起きていたのかを初めて知ったわけなんですね。子どものときに読んでいた本が、今では考えられないような手間ひまをかけて、分業して、本当にたくさんの人の手によってつくられていたとわかって。

―― そう考えたら、昔の本って贅沢ですよね。

正木そうですね。だから、つくり手の人たちに、「私みたいに読んでいる人もいるよ」っていうことを知ってもらいたいと思ったんですよね。「読めればどんな書体でも同じなのか?」、「自分たちがやってたことは何だったんだ」って思ってる人たちが、ひょっとしたらいるんじゃないかなって。


知らないことは評価できない。だから知ってほしい。

正木やっぱりプロが組むとね、全然違うんですよ。ただこう、テキストを流し込むだけでは、こうはならないんです。
でも普通の人たちは、あまりにもそれを当たり前のこととして見すぎている。そこでどういうことが行われているかとか、そこにどういう価値があるかっていうことを知らないからこそ、「紙の本じゃなくてもいいや」とか、「テキストが画面で読めれば、別に一緒でしょ」っていう考え方になってしまうような気がして。それもすごく、私にとっては不思議なことなんですが・・・。

―― 職人さんってストイックというか、「自分の仕事の跡は見えないほうが、むしろいい仕事である」というような美学があるのかもしれませんね。

正木気づかれないように動いているというのは立派な美学だと思うのだけど、でも、人間って知らないことを評価することはできないじゃないですか。私自身が知らなくて、その結果、なくなってしまったものがたくさんあるから。

―― みんなが知らないうちに、失われていく・・・。

正木はい。おこがましいのですが、今でもどこか私の中で「自分のせいだ」って思っているところがあるんですよ。その後悔も「文字の食卓」を書いた動機のひとつだと思います。


*続きは明日、更新します!

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正木香子(まさき・きょうこ)

1981年生まれ、福岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。幼いころから活字や写植の文字に魅せられ、絶対音感ならぬ「絶対文字感」を養う。 2011年にウェブサイト『文字の食卓|世界にひとつだけの書体見本帳』を開設。「書体の滋味豊かな味わい」をテーマに連載した文字と言葉を めぐる読書エッセイが今までにない読者目線の書体批評として話題となり、「文字の食卓展」を開催する。文字を食して言葉を味わう「文字食」 日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。
著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)

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