本屋さんと私

 本を開けば広がる文字の世界。読み手はその文字を拾って、文字のあいだを泳いで、ときにつまづきながら読み進めていく・・・

 でも、その文字たちがどんな表情をしているか、意識をしてみたことはあるでしょうか?

『文字の食卓』正木香子(本の雑誌社)

温かい? 冷たい?
柔らかい? 堅い?
甘い? 辛い?

――そんなこと、なかなか考えませんよね。でも実は、文字にも"味"があるんです。

 今回お話いただいたのは、『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)の著者、正木香子さん。「絶対音感」ならぬ「絶対文字感」の持ち主です。
 文字の専門家というわけではないけれど、文字に対する思いが人一倍強い正木さんは、いわば「文字の伝道師」。

 活版や写植の文字が減り、デジタルフォントが増えるなかでも、「もっと文字を味わう人が増えていったら幸せ」という正木さんに、滋味豊かな文字のお話をうかがいました。

(聞き手・構成:池畑索季・松重鮎子 写真:成田有沙)

第117回 本を読む人のための書体の本がない!

2014.06.17更新

*正木さん編、その1はこちら

―― 正木さんの1冊目の著書『文字の食卓』は、一風変わった「書体見本帳」です。それぞれの書体に、「チューインガムの文字」、「炊きたてごはんの文字」、「氷彫刻の文字」、「肉の文字」といった名前がつけられていて、その書体の持つ質感や、肌触りや、匂いというようなものが伝わってきます。まさに文字を味わっているような感覚になる、不思議な一冊なのです。


みんなどこかで見覚えがある、というおもしろさ

―― この「書体見本帳」をつくるにあたって、どんなことを意識されましたか?

正木この本の中には、一応書体の正式な名前も入っているんですけど、あくまでも私にとっては、名前を知らない頃から味わっていた書体の感覚――ヨーグルトだったり、卵だったり、肉だったり――のほうがほんとの名前だから、それを、一番大事にしたいと思ってつくりました。

―― まさに帯にも書いている通り、「世界にひとつだけの書体見本帳」ですね。

正木あと、珍しい本とか、お洒落な本の紹介本には絶対しないぞ、と思って始めたので、登場する本もベストセラーとか、みんなが一度は見たことがあるものも多いんですよ。

―― 自分も知っている本が登場するたびに、その本を読んだときの気持ちが蘇るような気がしました。「あ、このフォント、この文章、見たことある!」って。

正木書体のイメージっていうのは、みんながどこかで見覚えがあるっていう、そういう感覚に働きかけるものなんです。それが書体のおもしろさだと思うし、日本語ってすごい豊かだなあ、おもしろいなあって心から思うことなので。


本を読む人のための書体の本がない!

―― ウェブ連載をしたり本を出したりしたことで、どんな反応がありましたか?

正木不思議なことに、本職でデザインの仕事をしているような人よりは、まったくデザインと関係がなく、「昔から読書が好きで・・・」という人から、「わかる」とか、「自分が本に対して抱いている感覚と、ちょっと近いと思います」っていうような声をもらうことが多かったんですよ。きっと私みたいな人、他にもいるんじゃないかって思って始めたことだから、すごく嬉しかったんです。

―― プロのデザイナーではなく、一般の読者の方から。

正木はい、これはおもしろいことだと思いました。そのときに、デザイナーさんのためのタイポグラフィーの本はいっぱいあるけど、本を読む人のための書体の本はない! って気づいて。
 それがこの2冊目の本(『本を読む人のための書体入門』)を書く力になったんですよね。


自分では使えない書体で世に出るから、おもしろい

―― 2冊目の著書を出されたとき、本文の書体は正木さんご自身で選ばれたのですか?

正木実は最初にこれをつくるときには、編集さんも、「好きな書体を指定してもらってかまわない」、「書体の本なんだからなんでもやります」というふうにおっしゃってくれたんです。
 でも私は、「星海社新書がずっと使ってきたこの書体で組んでほしい」というふうに言ったんです。星海社新書は創刊されてからずっと、この筑紫明朝という書体を使っているんですよ。

―― あえて星海社新書のスタイルに則って・・・。でも、どうして?

『本を読む人のための書体入門』正木香子(星海社新書)

正木星海社新書という世界がすでにあって、そこに自分も入り込みたい、書体を通じて世界に入っていきたいなと思ったので、他の本と同じにしてほしいと、あえてお願いをしました。
 それは、私にとってすごくよかったと思います。私はその筑紫明朝を持っていないんですけど、書いてる間、自分の文字が、この筑紫明朝になることを想像しながら書くわけですよ。それがもう楽しくて(笑)。

―― いま画面に表示されているのは違う文字だけど、実際に完成したら・・・と想像するわけですね。

正木それがちょっとモチベーションになるぐらい。自分が書いた文章が、自分じゃない誰かの手によって組まれて、自分では使えない書体で世に出るっていうことが、すごくおもしろいことだと思うんです。


本屋さんに行くと、手が文字を書きたくてうずうずしてくる

―― 本屋さんには、よく行かれるんですか?

正木はい。学生時代からよく行く本屋さんがあるんです。そんなに大きな本屋さんではないんだけど、そこで、いろんな本を教えてもらって、たくさん本を買って。
 だから、『文字の食卓』に載っている本にも、そこで買ったものがいくつもあるんですよ。
 本屋さんに行くと、私、すごく文字を書きたくてしょうがなくなるんです。いろんな文字がいっぱいあって楽しくて。それで見ているうちに、すごくこう、手が文字を書きたくてうずうずしてくるというか。

―― 読みたいけど書きたい、みたいな。

正木そうそう。書きたいっていう気持ちを見つけるために本屋さんに行くときもあって。原稿の半分近くは、その本屋さんに行って、その足で二階の喫茶店に行って、手書きで書いたんですよ。
 サイトを始めて、それが本になったときに、私がその本屋さんにしょっちゅう行っていることなんて、その本屋さんは全然知らないんだけど、『文字の食卓』を置いてくださっていて。それを見て、「循環してる・・・!」って感動しちゃって(笑)。

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正木香子(まさき・きょうこ)

1981年生まれ、福岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。幼いころから活字や写植の文字に魅せられ、絶対音感ならぬ「絶対文字感」を養う。 2011年にウェブサイト『文字の食卓|世界にひとつだけの書体見本帳』を開設。「書体の滋味豊かな味わい」をテーマに連載した文字と言葉を めぐる読書エッセイが今までにない読者目線の書体批評として話題となり、「文字の食卓展」を開催する。文字を食して言葉を味わう「文字食」 日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。
著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)

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